そこからどうやって部屋から出たかさだかではない。気がつけば私は黒い刀袋に入った軍刀を手に池の前にいた。
周りは木に囲まれ、時折風が緩やかに水面をなでていく。私はこの静かな場所がすきだ。士官学校に入り、男のなか性別を偽りながら受けたキツイ訓練のあと、決まってここに来た。泣き言を漏らすことはここでしかできなかったからだ。
鬱蒼とした森のなかを進んだ先にある、ぽっかりとあいた場所。
ここなら誰にも気づかれない、私の"居場所"。
定位置である太い幹のもとに寄り腰を下ろす。軍刀を抱え座るとお腹にずしりとくる重み。あれだけ望んでいたものなのに、いざ手元にあると重く感じた。
刀袋から刀を取り出すと鞘に丸いものが結びつけられていた。
「なにこれ」
手に取りじっと見てびっくりした。
「桜の紋章がある!?」
軍に属する者は日本帝国の象徴、菊が描かれたボタンが渡される。だが国の政事を司る一部の幹部には桜の紋章が刻まれたボタンが渡され、襟の首もとにつけているという噂がある。噂というのは私のような下級のものには確かめられないことだからだ。
手の中で日の光を受け、キラキラと輝く金のボタンをただポカーンと見つめる。
なぜこんな貴重なものを雑に渡すのだろうか。いやあのまま上の空で受け取っていたらいつの間にか無くしてしまいそうだ。でもこれは身分が上のものしか‥‥
あ、そっか。これは餞別というものか。
手の中に小さく収まるこれが私の命と同等。手の届かない雲の上の天井的なものなのにひどく軽く感じた。
「そっかこれが私の命か」
金のボタンがぼやけて見え急いで目元をぬぐう。
幹にもたれ頭上で揺れる葉の音をききながら静かにこれからのことを考えた。