神楽のまにまに 第一章『生贄攫い』 前編


▽登場人物
神楽(かぐら) ♀
半分人間、半分鬼(神)の少女。小さな鬼の角が生えているが、被り物で隠している。
生贄に捧げられた人間を攫いに来たようだが、彼女の本当の目的は…?

神無(かんな) ♂
狐神の青年。その正体はかつて村で祀られていた神様である。
神楽のお付きの人。何やら大きな恩があるようで、彼女に付き合っているようだ。

桜(さくら) ♀
生贄に捧げられた少女。村長の娘。
最初は生贄になることを受け入れてはいたが、
年若い彼女には、まだやりたいことが沢山あるようだ。

金華猫(きんかびょう) ♀
とある村の豊穣を司る猫の神。魔に侵され人々の信仰を無碍にし、
贄を寄越せと人を喰らおうとしている。



所要時間目安/50〜分

配役比率(1:3:1)
神楽     ♀:
神無     ♂:
桜      ♀:
金華猫    ♀:
ナレ     不:


※必ず利用規約をご一読お願い致します。

演じて頂くに当たって、参考程度にキャラクターの年齢、
軽いイメージなどを下記に記載しております。役選びの参考にどうぞ!
また、あくまで参考ですので、利用規約に反しない範囲で、
自由に演じて頂ければと思います。


 〇神楽
  長い時を生きる人ですが、見た目は10代前半程。
  基本的に気だるげ、アンニュイ、毒舌。
  冒頭の神無を助けるシーンはまだ幼い頃なので、
  少し幼めに演じて頂くと自然かと思います。


 〇神無 例1 例2
  20代前半程の好青年のような見た目。
  大雑把で荒々しく、ちょっぴり優しい。突っ込みセリフが多くあり。

 〇桜 例1 例2
  10代半ばの少女。元気で朗らか、快活。
  元気故に、大きく声を張るようなシーンがいくつかあり。

 〇金華猫 例1 例2
  20代半ば程に見える妖艶な美女。神々しく、優雅。
  また、本章のボス的な立ち位置。凄みのようなセリフあり。



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ナレ  :これは、とある妖怪と人間の間に生まれた、少女の物語。
     少女は人間の女と、鬼である男の間に生まれ、
     人間からも、妖怪からも疎まれる存在でした。
     闇夜に輝く緋色の瞳を見て、人間は言います。

     「何て恐ろしい。今にも人間を襲うに決まってる」

     前髪の隙間から覗く小さな鬼の角を見て、妖怪は言います。

     「何て小さな角。それじゃ妖怪とはとても呼べないね。
      嗚呼…人間臭くて敵わない。ほら、さっさとあっちへお行き」

     少女を生んだ両親も幼い頃に死んでしまい、天涯孤独の身でした。

     しかしある日そんな彼女の前に、九つの尾を生やした青年が、
     傷だらけの姿で現れたのです。それが、運命の分かれ道でした。


神楽  :…ねえ狐さん。どうしてそんなに傷だらけなの。

神無  :へっ……今まで神様だと崇めていた人間から、
     役に立たない神なら殺してしまえ…って。言われちまったのさ。


ナレ  :人間からの信仰。それは神が神である為に必要不可欠のものです。
     傷だらけなのは、恐らく信仰者から受けた傷なのでしょう。
     今にも消えそうな狐の手に、少女は自分の手を重ねました。


神楽  :…よく、わかんないけど。狐さん、消えちゃうの?

神無  :……そう、だな。…あーあ、最後くらい、思いっきり好きな事やりたかったぜ…。

    間

神楽  :……、…まだ、生きたい?

神無  :あぁ…?

神楽  :消えたくないんでしょう?

神無  :……、何だお前、目が…光って…!?

神楽  :貴方が消えたくないというのなら、私の力を分けてあげる。

神無  :…お前みたいなガキに、俺が救えるだと…?

神楽  :狐さんが消えたいって言うんなら、私は何もしないよ。
     ……、どう?私に、助けてほしい?

神無  :…俺は…っ、!俺は!消えたくない!
     まだやりてぇ事だって山程残ってんだ、こんな所で消えてたまるかっ…!


ナレ  :必死に叫ぶ狐を見て、少女は怪しげな微笑を浮かべました。
     少女に命を分け与えられた狐は、少女の付き人として傍に仕える事となったのです。

     そんな出会いを果たしてから、数年後…。


 ***


神無  :なあ神楽様ぁ。これから何処に行こうってんだよ。

神楽  :神無。無駄口を叩く暇があったら早く歩いてくれるかい?

神無  :ンな事言ったってよぉ…目的地がわかんねぇってのに、素早く移動出来るかっての。

神楽  :はあ……、いちいち説明しないとわからない?

神無  :わかる訳ねぇだろ!!俺ぁ読心術が使える訳じゃねぇんだよ!!

神楽  :九尾の妖狐のくせに?

神無  :九尾の妖狐を便利屋か何かと思ってねぇか…?
     最強の妖怪だからって何でも出来ると思うなよ…。

神楽  :……、これから、さらいに行くんだよ。

神無  :…は?攫う?……誰をだよ?

神楽  :行けばわかるよ。

神無  :ンだよそれ…答えになってねぇっつの。


ナレ  :のどかな森の中の道を、少女を肩に乗せて狐は歩きます。

     一度命を救われてからというもの、狐は居場所がない彼女の傍に居続けたのでした。
     少女は最初、怪訝そうにしていたのですが、今ではすっかり狐をこき使っております。
     けれども鬼と人の間に生まれ、何処へ行っても煙たがられる少女にとって、
     普通に接してくれる狐の存在は、何処か特別なようでした。

     そして狐は確かに、命を救われた恩返しとして彼女の傍に仕えておりますが、
     理由はそれだけではないようです。自分の命をいとも簡単に救ったその少女の力の正体が、
     どうしても気になり、知りたかったのです。
     そしてそれは、いずれ人間にも妖にも大きな存在になるのでは、と考えたのでした。

     けれども数年一緒に時を過ごしても、少女、神楽のことは何も知る事が
     出来ませんでした。そして数年経った今、突然家を飛び出して人間界を
     訪れている現状に、困惑を隠せないでいました。


神無  :なぁ、神楽様よぉ。

神楽  :…なぁに。まだ何か?

神無  :なんでまた人間界になんか出向こうってんだい?
     自分の家からも進んで出やしないってぇのに。

神楽  :まるで人を引き篭もりか何かみたいに言うんだね?

神無  :間違っちゃいねぇだろうがよ。
     買い物だって毎度俺にやらせてんじゃねぇか。

神楽  :……、そうだねぇ……。(腕を組んで考える)
     …強いて言うならば、誰かの役に立とうと思った…かな。

神無  :はあ…?人間嫌いの神楽様がかぁ…?

神楽  :私は何も、『人間の』役に立とうだなんて一言も言っていないだろう。

神無  :かといって、妖怪とかが好きな訳でもねぇんだろ?

神楽  :よくわかってるじゃないか。

神無  :ンじゃ、誰の役に立とうってんだよ?

神楽  :何でそんな事まで君に教えてやらなきゃいけないんだい?

神無  :……おいおいおいおいおい。そこまで話しておいて教えてくんねぇのか?

神楽  :何だ、私の事を隅から隅まで知りたいのか?
     ……、薄々勘付いてはいたけど、気持ち悪い奴だね君は。

神無  :今からその用事に巻き込まれそうになってんのに気にならねぇ訳ねーだろ!!
     …〜〜っ、だーっ!!もういいっての、教えてくんねぇならそれで!!

神楽  :そうそう、最初から黙って歩いてりゃいいのさ。

神無  :……いちいち腹立つ奴だぜ全く…。(ぼそぼそ)


ナレ  :そんな会話を続けながら、二人は陽の当たる道を進んで行きます。
     しばらく歩いて行くと、森を抜けた先には村が。
     しかし村には活気がなく、日中だというにも関わらず、
     人の姿はなく、不気味な静けさが村を包み込んでいました。


神無  :…なんだァ?やけに静かな村だな。

神楽  :うむ、ここで間違いないようだ。

神無  :え、こんなとこに用事あんのかよ?

神楽  :こんなとこだから用事があるんだよ。

神無  :あぁ?


ナレ  :少女は狐の肩から下りると、人気のない村へと歩いて行きます。
     誰もいない村に、一人ポツンと立つ年端も行かない少女。
     何とも奇妙な風景に、狐はごくりと唾を飲み込みました。
     迷うことなく先へ進んで行く少女の後を、狐は慌てて追いかけます。


神無  :お、おい。何処行くんだよ。

神楽  :何処って、言っただろう。さらいに行くと。

神無  :だから誰を攫いに行くんだよ?つーか、そもそも人いねーだろこの村。

神楽  :いるよ。今は忙しいから、その辺りにはいないんだろう。

神無  :忙しいっつったって…こんな静まり返るレベルは有り得ねぇだろ…。


ナレ  :確かに狐の言う通り、村には人っ子一人の姿も見えません。
     市場であろう場所を通っても、民家であろう場所を通っても、
     人の気配すら感じられないのです。

     規模的には結構大きな村が、静まり返っている様はこんなにも
     不気味なものか、と、狐はぶるりと身を震わせました。
     しかし少女は異様な光景に一切臆する事無く、先へ先へと進みます。

     黙って着いて行ってみると、徐々に人のざわつく声のようなものが聞こえてきました。


神無  :なんだ、ちゃんと人がいるんじゃねぇか。

神楽  :しっ。さっさと隠れる。

神無  :はあ?って、っおい!!尻尾引っ張んじゃねぇ!!


ナレ  :九尾の妖狐の象徴、証であるとも言えるふさふさの尾を、
     神楽は乱雑に引っ掴み、神無を茂みへと引きずり込みます。
     掴まれ引っ張られ、いつも手入れを欠かさず行っている
     神無からしてみれば、それはもう嫌がらせ以外の何者でもなかったでしょう。

     恨みがましく彼女を睨み付けてみても、全く気にする様子すらありません。
     少女は茂みの先、何やら村人がわらわらと集まっている様子をじっ、と見つめていました。


神無  :…なあ、何の騒ぎなんだよこりゃあよぉ。

神楽  :その狐耳は飾りかい?耳を澄まして聞いてごらん。

神無  :あぁ…?


ナレ  :言われて、狐は両の耳をピン、と立てて村人の会話に耳を澄ませます。
     同時に人の群れの中心部を見やれば、
     一人の少女が色鮮やかな装束に身を包み、凛とそこに座っていました。

     そこに村長と思われる男性が、声高々にその少女を生贄として
     猫神ねこがみに捧げる、と告げていたのでした。


神無  :生贄か…穏やかじゃねぇな。

神楽  :そう。この村は長い間不作に悩んでいてね。
     今にも憐れな人の子が、贄へと送り出されそうなのさ。

神無  :…おい神楽様よぉ…攫うってぇのは、まさか…。

神楽  :静かに。

神無  :ぶっっ!!


ナレ  :言いかけた狐へと、着物の袖をべちん、と顔面にぶつけ
     何とも乱暴な方法で少女は黙らせます。
     言う通りに口を閉じれば、すぐ近くを沢山の人間が通り、
     わらわらと群がっていた人だかりはすっかり解散したようでした。

     代わりに、人だかりのあった場所に、立派なやしろと、
     煌びやかな装束を纏った少女が、社の前にきっちりと座っているのが見えます。


神無  :あのガキが生贄になるって様子だなァ…。
     ……、っておいおいおい神楽様!?


ナレ  :隣にいたはずの彼女はいつの間にか、
     茂みを飛び出して少女へと近付いておりました。


神楽  :そこの君。

桜   :……?なんですか?

神楽  :君はそんな所で、そんな格好で。
     一体何をしているんだい?

神無  :丁寧に着てるんだか気崩しているんだか、
     訳も分からない着こなしをしている神楽様には言われたくねぇだろうよ。

桜   :誰、ですか、あなた達……って、耳と尻尾が生えてる…!?

神楽  :嗚呼、気にするな。これはこいつの趣味だ。

神無  :人を変態みたいに言うんじゃねぇ!!

桜   :まさか…よ、妖怪…!?

神楽  :そんなモノだと思ってくれたまえ。
     それで?質問に答えてもらってもいいかい?

桜   :……、村の人じゃないあなた達には関係ないでしょう…。

神楽  :いいや、全くの無関係とは言えない。
     私はこの村の神様に用事があって、遠方から遥々やってきたのだから。

桜   :え…?……あなた、巫女様か何かなの?

神楽  :…まあそういう事にしておこうかな。

神無  :神楽様が巫女だァ??……っぷ、…あっはっはっは!
     やべぇ似合わないにも程がある…いってぇ!!(袖でぶたれている)

神楽  :君はちょっと五月蠅うるさいから黙っててくれないか。

桜   :……見ればわかるでしょう。
     あたしはこれから、猫神ねこがみ様の生贄になるんです。

神楽  :それまたどうして?

桜   :っ……村の作物が不作だからです!
     あまつさえ、疫病だって流行りだしてるの!
     このままじゃ村が滅んでしまうの!

神楽  :ふぅん。その猫神様とやらが、人を食えば全て解決なのかい?

桜   :…そうよ。猫神様は生贄を欲してる。
     だから、村長の娘であるあたしが選ばれたの。

神楽  :よくわからないな。
     神様は村人からの信仰心さえあれば、力が衰える事なんてないのに。

桜   :…それは、わからないけど…。
     あたし達村人の信仰心が足りなかったから…。
     猫神様を大事にしなかったから、きっとお怒りなんだ…。

神楽  :だからって贄を欲するのかい?
     その様子からするに、今回が初めての人身御供ひとみごくうだろう?
     何かがおかしいとは思わないのかい?

桜   :おかしいって言われても…。
     あたしが直接猫神様の御声を聞いた訳でもないし…。
     ただ、村長……あたしのお父さんが…、
     猫神様が、人を贄として寄越しなさいって仰ってたって言うから…。

神楽  :……なるほど。(考え込んで)
     自分の娘を喜んで差し出すくらいには、この村の飢饉と疫病はなかなかに厄介な様子だね。

神無  :…でもよぉ、生贄にしてはこう、何か……。
     ……、あんまり美味そうには見えねぇなぁ?

桜   :なっ…!!

神楽  :ぷっ…くく、言うじゃないか。(思わず吹き出して)

桜   :村の人でもないくせに、何なんですかあなた達!
     これから捧げられる人間が、そんなに面白いの!!

神楽  :……。

神無  :ンだよキャンキャンうるっせぇな…。
     そんなにその猫神様とやらに捧げられるのが名誉な事なのかよ。

桜   :あ、当たり前でしょう!

神無  :へぇー…の割りには、暗い顔してんだな。

桜   :それは……。

神無  :名誉な事だと思うんなら、もっと堂々としてりゃいいだろ。
     …本当は嫌なんじゃねぇのか?

桜   :…村の為なの…仕方ないことなのよ。

神無  :…へぇ?「仕方ない」で自分の命捨てられんのか。
     よっぽどシケた人生歩んで来たんだなぁ。まだ若ぇのに。

桜   :っ……!!

神楽  :神無。

神無  :何だよ神楽様?俺ぁ別に間違ったことは、(遮られる)

神楽  :静かに。


ナレ  :紅色くれないいろに彩られた爪先をそっと口元に立てて、神楽は神無の言葉を遮ります。
     その声は決して大きくはないはずなのに、凛と澄み渡り、まるで心に響くようでした。


金華猫 :何じゃ何じゃ、騒がしいのぅ。
     気持ち良く昼寝していたと言うに…。


ナレ  :ざわざわと周りの木々が騒めき始め、豪奢な社から不思議な光が溢れます。
     まるで夕陽のような光は赤く、どこか不気味な色合いで、神無は尾を逆立てました。
     すると派手に音を立てて社の扉が勢い良く開き、
     中からは妖艶な着物を纏った美女が姿を現したのです。
     頭部には鈴飾りに囲まれた猫の耳、そして背後には二つに裂けた尾が見えます。


神楽  :この村の守り神様だね?

金華猫 :いかにも。この村の豊穣を約束した、猫神『金華猫きんかびょう』とは、わらわのことじゃ。

桜   :あ…っ、あなた様が猫神様…!

金華猫 :うん?その特殊な髪色は……。嗚呼、この村の長の血を引く者じゃな?
     くっくっく…何とまあ太っ腹な!良い贄を寄越してくれたのぅ、あのハゲ親父殿は!


ナレ  :贄の少女を見るなり、猫はカラカラと愉快そうに笑ってみせます。
     少女は神を目の当たりにし、その圧倒的な存在感、
     気迫に怯え、こうべを垂れることしか出来ませんでした。


桜   :…さ、作物が、満足に収穫出来ないのです。
     加えて近頃村中に疫病が蔓延しています。
     どうか…どうか猫神様の御力で村を助けてほしいのです!お願いします…。

金華猫 :ふぅむ、なるほどな。そんなに大変な事が起こっているとは知らなんだ。
     勿論、お主の願いの通り、この村を助けてやっても良いが…。
     ―――…見返りは望めるんじゃろうな?

桜   :もっ…勿論でございます。
     …その為に、私がここにいるのですから…。


ナレ  :神と呼ばれる猫に飢えた目でジロリと睨まれては、
     まるで生きた心地がしなかったでしょう。
     贄の少女の声は震え、今にも泣き出してしまいそうでした。
     けれども腹を空かせた猫にはそんなことは関係ないのです。


金華猫 :くくく…そんなに怯えずとも、しばらくは食わずに妾の傍に置いてやろうぞ。
     たっぷり可愛がってから、余す所無く食ろうてやろう。

桜   :……っ!!


ナレ  :少女の喉が恐怖で引き攣った時。
     傍らで見守っていた神楽が、庇うように少女の前へと立ちはだかり、
     被り物越しに猫を見据えました。


金華猫 :…騒いでいたのはお主らか。この神聖な我が社の前で。

神楽  :猫神よ。
     君は元々人を食らう神ではないはずだ。
     それが何故今になって、人間の贄を欲する?

金華猫 :…何故、じゃと…?


ナレ  :再び、周囲の木が風に揺れ、騒めき始めます。
     生暖かい風が、ざらついた猫の舌でねぶるかのように、頬を、体を撫でていきました。


神楽  :人間の贄を求めたのは、今回が初めてだろう?
     きっかけは何だったんだい?

金華猫 :黙れ。

神楽  :君がそれ程までに、飢えている理由は何なんだい?

金華猫 :黙れ!!


ナレ  :猫が吠えた瞬間、突如真っ黒な霧が猫の体から溢れ、
     神楽に向かって一直線に襲い掛かりました。


桜   :あっ…!


ナレ  :神楽の後ろで蹲っていた少女は思わず声を上げ、恐怖に怯えて目を瞑りました。
     しかし予想していた痛みや苦しみは一切訪れず、恐る恐る目を開けます。
     確かにその霧は神楽の小さな体を、少女もろとも飲み込もうとしていましたが、
     どういう訳か薄い壁のようなものに遮られ、二人には何の影響もなかったのです。


金華猫 :…!?お主何故、瘴気を防げる…!?

神楽  :…質問には、答えてくれないんだね。


ナレ  :狼狽うろたえる猫を他所に、神楽はどこまでも冷静でした。
     得体の知れない力を持つ少女を前に、猫の目つきが更に鋭く、
     そしてどこか狂気を帯びていきました。
     けれども神楽は全く臆することなく、
     カラン、と下駄を鳴らして猫へと歩み寄るのです。


神楽  :こんな話を知ってるかい?とある神様のお話だ。
     昔村を守っていた神は、ある日悲劇に襲われて、村を守るために人を食ってしまう。
     するとどういう訳だろう、見る間に神である象徴は消え、
     突然頭部から角が生え、人を食らったせいで村人からの信仰は消え失せた。

     ―――…そう、その神様は鬼≠ヨと変わったんだよ。

金華猫 :貴様…っ!さては人の子ではないな!?

神楽  :…私のことは良いだろう。
     それより、先程の質問には答えてくれないのかな、猫神様?

金華猫 :……それに答えた所で、何になると言うのだ。

神楽  :別に何にも。ただ今の段階で言えるのは……、
     残念だけど、この娘は君には渡す事は出来ない、ってとこかな。

金華猫 :ほう…?

桜   :ちょっ…何勝手な事言ってるの!?

神無  :まじかよ神楽様…。
     ……、嗚呼、攫うってこの事か…。

金華猫 :妾の村にずかずかと入って来ておいて、ましてや勝手に贄を奪うじゃと…?
     そんな事をしてタダで済むと思っておるのか?

神楽  :いいや?そんなに飢えている君が、
     ただ黙って贄を奪われるつもりがないくらい、予想はしていたよ。


ナレ  :どんどん空気は淀んでいき、張り詰めるように緊迫していくのがわかります。
     神楽と猫は互いに瞳を真っ直ぐ見つめ、相手の出方を伺っていました。


金華猫 :その娘は、村の者が妾へと捧げてくれた有難い供物なのじゃ。
     お主の言う通り、みすみす奪われるつもりは毛頭ないぞ。

神楽  :そう。だが私の意思はさっき言った通りだ。君にこの娘は渡さない。

金華猫 :小娘が粋がりおって……。
     …いいから、早く…その贄を寄越せっ!!


ナレ  :黒い霧…瘴気は先程より濃度を増し、まるで泥のように猫の体から溢れていきます。
     戦闘態勢に入った猫を見て、慌てふためく神無と贄の子とは対照に、
     神楽は静かに、じっと猫を見つめていました。


神無  :なんだこれ…こんなドス黒い瘴気、見た事ねぇぞ…!!

神楽  :嗚呼、君は知らないのか。神様が穢れを溜め込みすぎると、ああなるんだ。

神無  :知る訳ねぇだろ!俺ぁ他の神サマの知り合いなんざいねぇんだからよ!

桜   :あなた達、なんて事してくれたの…!!このままじゃ村が、(遮られる)

神楽  :君は静かに。あと、口は閉じておく事をおすすめするよ。
     瘴気は人間の体には毒だからね。

金華猫 :どいつもこいつも妾の感情を掻き乱す……もう良い。
     贄を奪うと言うのなら、盗人は懲らしめねばならぬのぅ!!


ナレ  :猫の爪が鋭く伸びたかと思えば、それは神楽の喉元目掛けて
     一直線に飛びかかってきます。けれどやはり神楽は先程と同様に、
     その場から動かず、避けようともしないのです。


金華猫 :…っ!!なん、じゃ、これは…っ!!


ナレ  :あと少しで神楽の真っ白な喉元に爪が届きそうになった時、
     先程瘴気を防いだ時と同じように、見えない障壁がそこにあるかのように、
     猫の爪は届かなかったのです。己の攻撃をいとも簡単に、
     そして何度も防がれている事に、猫は目の前の光景を信じられないようでした。


神楽  :君では私に勝てないよ。


ナレ  :神楽の瞳が鬼火のようにゆらりと光ったかと思えば、
     猫の体ははじかれたように、後方へと吹き飛びました。
     けれども猫は自慢のしなやかな体を活かして受け身を取ってみせます。


金華猫 :ぐっ…!!お主…一体何者じゃ!?


ナレ  :神楽の更に後方、神無と贄の子は切迫した空気に、思わず息を呑みます。
     彼女はそっと片手で被り物を取って見せ、猫へと向き直りました。


桜   :…鬼、の…角…?


ナレ  :一瞬見えた光景に、贄の子は目を大きく見開きました。
     神楽の頭には、大きくはないですが二本の角が、髪の間から覗いていたのです。
     すると神楽の動きに呼応するかのように、
     彼女の周りには篝火かがりびが灯り、飛び交い始めました。


金華猫 :鬼の子……いや、お主…人の血が混じって…?


ナレ  :すっかり狼狽ろうばいしている猫をよそに、やはり神楽の無表情は変わりません。
     周囲の篝火はどんどん彼女の周りを包み出し、揺らめいていきます。


神楽  :この娘は私が貰い受ける。
     君はもう少し自分の感情と、その飢えに向き合ってみると良い。


ナレ  :次の瞬間、眩しい程の篝火が神楽達を包み込み、
     火が消え去った後には、誰も残ってはいませんでした。


金華猫 :っ…!!何故!!妾の邪魔をする!!
     妾はただ、この渇きを癒したいと言うだけなのに…!!


ナレ  :残された猫は苦しそうに蹲り、泣き声を小さく漏らします。
     その姿はまるで、捨てられた猫のように、寂しさが木霊こだましていました。



 ***



桜   :離して!!あたし、猫神ねこがみ様の所へ行かないと…!

神無  :暴れるなってぇの!お前、自分から食われに行くなんて頭おかしいんじゃねぇのか!

桜   :頭から耳とか角とか生えてるヤツよりはまともよ!!

神無  :ンだとてめぇ!!喧嘩売ってんのか!!

神楽  :五月蝿うるさいよ。

神無  :うぉあっちぃ!!!ああぁぁ、俺の尻尾がぁぁ!!
     尻尾に火ぃ点けんのやめろって言ったじゃねぇか、神楽様よォ!!

神楽  :お前が勝手にそう言ってきただけで、私は約束した覚えはないよ。
     …さて、そこのお嬢さん。名前は何と言うんだい?

桜   :…さ、桜よ…。

神楽  :桜、か。亡き母上が名付けてくれたんだね。うん、良い名前だ。

桜   :へっ…!?な、なんでそんなこと知って…!?

神楽  :私は神楽。そっちの狐は神無だ。よろしく。

神無  :ふん…。

桜   :え、あ、えぇ…よろしく…。
     …って挨拶してる場合じゃないのよ!!
     あぁもうどうしてくれるの…猫神様、途轍もなく怒ってたじゃない…!!

神楽  :あぁ、途轍もなく怒っていたねぇ。

桜   :他人事みたいに言って…!あなた達のせいでしょ!

神楽  :そうだね。私達が邪魔をしなかったら、
     今頃君はあの猫神に大変可愛がられている頃だろうね。

桜   :……っ!!

神楽  :…時に桜。君は鬼≠ニいう存在を知っているかい?

桜   :え…?
     …あぁ、さっき話してた、鬼≠フ事?

神楽  :そう。君の中で鬼≠ニいうのは、どういう認識なのだろう?

桜   :えぇと…あの、桃太郎に退治される…。

神無  :発想がガキすぎんだろ。

桜   :うるさいわね!!普通鬼≠チて言われたらそこが出てくるもんでしょ!!

神楽  :そう、あの桃太郎に出てくる悪しき存在、鬼=B
     前提知識としては悪くないね。

神無  :まじかよ、そこから話広げる?


ナレ  :言いつつ、神無と桜は神楽の頭部に生えている角をチラリと見やります。
     長い付き合いであった神無も、神楽が鬼であった事は知らされていなかったのです。
     けれど今まで疑問に思っていた、その強力な力の源について、
     ようやく納得が行ったようでした。


神楽  :私は、鬼と人間の混血なんだ。

桜   :混血…?は、ハーフってこと?

神楽  :今時はそう呼ぶのだね…。
     私の母は霊力の高い巫女、そして父は、先程話した鬼へと堕ちた神様でね。

桜   :人を守る為に、人を食べた…って言ってた…。

神楽  :…その話は良いだろう。
     嗚呼因みに、私に人を食べる趣味はないから安心しておくれ。

桜   :は、はぁ…それで、その鬼が何なのよ?

神楽  :この村の猫神様は、人の贄を欲していただろう?
     先程の話を思い出してごらん。

桜   :…つまり、猫神様が、このままあたしを食べると、鬼になっちゃう…ってこと?

神楽  :その通り。鬼になった神様がどうなるか、想像出来るかい?

桜   :わ、わかんないわよ、そんなの。

神楽  :一度人を食った神様、鬼は、その後人を絶えず食い続けてしまうんだ。
     そして鬼は、人を食べれば食べただけ、その力は強力になっていく…。
     これがどういう意味か、わかるかい?

桜   :ええと…私が大人しく猫神様に食べられて、村に平和が訪れても…、
     猫神様は更なる生贄を求めて、村の人達は皆食べられちゃう…ってこと?

神楽  :その通り。賢い子は嫌いじゃないよ。

桜   :あなたに好かれても嬉しくないわよ…。
     …あたしが生贄になっても意味がないんじゃ、一体どうしたらいいのよ…。

神無  :…その為にこの村に来たんだろ?神楽様。

桜   :え…?

神楽  :そうだね。私達は、あの猫神が鬼へと変貌するのを防ぐ為にやってきた。

桜   :…そう、なんだ…。
     …じゃあ、神楽…さん、達は猫神様を助けに来てくれたのね。

神楽  :……。

神無  :……。

桜   :……、えっ!?違うの!?

神無  :俺、神楽様について来ただけだし…。

神楽  :助け……、まぁ、助けに来たと言っても過言ではない…のかな…。

桜   :そんな釈然としない感じで、猫神様の邪魔したって言うの…?
     結構おっかなかったってのに…。

神無  :まぁいいじゃん。お前、食われずに済むんだから。

桜   :え……、何でそうなるのよ。

神無  :はぁ?お前神楽様の話聞いてなかったのかよ。
     生贄、つまり人を食うと鬼になっちまうんだろうが。
     そうなると困るからお前を食わせない為に、
     神楽様はあの化け猫にメンチ切ったんだろ。

桜   :あ……そっか…。

神楽  :死ぬ心構えが出来ていたのなら謝るよ。すまなかった。
     けれどあの猫神に君を食わせる訳にはいかないんだ。わかってくれるね?

    間

桜   :……、あたし、まだ、恋もしたことなかったの。

神無  :…は?

桜   :まだ、村の外にも出たことない。おばあちゃんから聞いた海だって、見たことない。
     まだ…まだやりたい事、沢山あるの…。(だんだん涙声になりながら)

神楽  :…うん。

桜   :村長…お父さんに生贄の話をされた時は、頭が真っ白になった。
     でも、でもそれで、村が平和になるのなら…、
     皆が幸せになるのなら、きっと良い事だと思ったの。
     …だけど、いざ猫神様の、あの飢えた瞳を見た時…、
     ただの食べ物としか見られなかった時。

     すごく、怖かった。改めてあの時、ああ、あたし死ぬんだな…って、思って…。
     その場から逃げ出したくなった。怖くてちっとも動けなかったけど…。

神楽  :君はあの場から逃げず、己の役目を全うしようとしていた。
     村の為にと自らを差し出すその献身的な行いは、とても素晴らしい事だ。

桜   :…そ、そんな事ない。あたし、本当に怖くて動けなかっただけだし…。
     今こうして生贄にならずに済むって聞いてほっとしてる時点で、
     大した奴じゃないってわかるでしょう。

神楽  :…けれど、君が村の為だと思ったその気持ちは、嘘偽りはない事だ。
     そんなに卑屈にならなくていい。死にたくないと思うのは当たり前の事だよ。
     …君はよく頑張った。もっと胸を張って良いんだよ。


ナレ  :桜は、自分よりずっと幼く見える神楽が、自分の心の傷に、罪悪感に、
     言葉で寄り添ってくれている感覚が、とても不思議に感じているようでした。
     暖かいその声音をずっと聞いていたい。
     そう思うぐらいに、神楽の言葉は彼女の心に響いておりました。


桜   :…あたし、もう、食べられないんだよね?
     生贄にならなくて良いんだよね?もっとやりたい事、やって良いんだよね…?

神楽  :…嗚呼、勿論…―――


金華猫 :そう簡単に逃してしまっては、面白くないのぅ?


ナレ  :どこからともなく、響き渡るその声は、猫神金華猫きんかびょうのものです。
     涙する桜に手を伸ばしたはずが、神楽の腕は宙を舞い、地へと落ちました。
     数秒遅れて、まるで花開くかのように鮮血が飛び散ります。


神無  :神楽様!!

桜   :ひっ、あっ…!!手っ…腕が…!!


ナレ  :千切れた断面から血が、神楽の足元に血溜まりとなり、滴っていきます。
     けれどもどういう訳か、神楽の表情は苦痛に歪む事もなく、ただただ無表情のままでした。


金華猫 :何じゃ、腕を食い千切られたショックで動けんのか?

神楽  :……。

金華猫 :…まぁ良い。これに懲りたら、二度とわらわの邪魔はせぬ事じゃな。


ナレ  :動かない神楽を嘲笑うように猫はそう告げると、
     突然その華奢な腕で桜を乱暴に担ぎました。


桜   :きゃっ…ちょ、ちょっと、あの…!!

金華猫 :では行くぞ、贄の娘よ。

桜   :えっ、ま、待っ…!!


ナレ  :言い終える前に、真っ黒な瘴気に包まれて、猫と桜の姿は消えてしまいます。
     とっさの出来事に動けずにいた神無は、珍しく放心しているように見える神楽を、
     静かにじっと見つめていました。


神無  :……、お、オイ、神楽様?
     腕取れちまってっけど…大丈夫か…?

神楽  :……。

神無  :無視しないでほしいんだけど……って、うわあぁ!?
     オイ神楽様!!腕!!腕勝手に動いてっぞ!?

神楽  :五月蝿うるさい。

神無  :ぶへっ!!
     …その袖で殴るの、やめてくんねぇか…。


ナレ  :神無を一蹴した神楽は、指の力だけで這っている千切れた腕を拾い上げ、
     そのまま断面同士をくっ付けました。


神無  :…オイ、何して…―――


ナレ  :神無の呼び掛けを気にも留めず、神楽は些か乱暴に、
     己の腕をぐいぐいと千切れた部分に押し付けます。
     すると、断面の隙間から、金色の糸のようなものが現れ、
     たちまち腕と腕を縫い合わせるように動き出しました。


神無  :うっわ、何それチートかよ…。

神楽  :……。

神無  :…痛くねぇの?

神楽  :生憎、痛みは感じない体でね。


ナレ  :相変わらず無表情を貫く神楽のその姿は、何だか不気味で、
     けれどもいたたまれない、そんな感情が、神無の中には湧いてきていました。


神楽  :…あぁ、折角攫ったのに奪われてしまったね。

神無  :あ?…あー、さっきのガキか。

神楽  :九尾の妖狐の癖に、娘一人も守れないのかい、君は。

神無  :あっ、俺のせい?

神楽  :当たり前だろう。

神無  :えぇ…俺より神楽様のがつえーじゃん…。

神楽  :…はぁ…、君は本当、頼り甲斐というものがないな…。

神無  :そんなくっそ冷めた目で見てくんのやめてくんない!?
     奪われたんなら、もっかい攫いに行きゃ良いだろ!!


ナレ  :すっかり繋がった腕を動かしながら、神楽は再び社がある方角へと向き直りました。


神楽  :そうだね。どうやらもう、話し合いで解決するのは難しいようだから…。
     ―――…次は、少々手荒に行っても問題ないかな。


ナレ  :ぼう、と鬼火が灯り、同じように揺らめき光る神楽の瞳を見て、
     神無はゾワリと尾を逆立てるのでした。



 ***



金華猫 :…ここまで来れば、もう邪魔は入らぬじゃろう。


ナレ  :桜を捕らえ、再び贄として己の手中に収めた猫神ねこがみは、神楽達から大きく距離を取り、
     村々を取り囲むように建てられている祠の前へ、桜を乱暴に放りました。


金華猫 :…さて、どうしてくれようか。

桜   :っ……!!

金華猫 :「贄になるのが嫌」、か。
     先程は随分な我儘を豪語しておったのぅ?

桜   :我儘って、そんな…!

金華猫 :我儘であろう?仮にお主が生き延び、
     家族の所に戻ったとして、温かく迎え入れてもらえると思っておるのか?

桜   :…それは……。

金華猫 :仰々しく豪華に見送って、
     村の為に身を捧げたはずの娘が、のうのうと生きて帰って来た。
     父親としてはそれはそれは喜ばしいことであろうが、
     村長としての面子は丸潰れではないのか?

桜   :……。

金華猫 :そうなれば最悪、家族全員村八分、という事も有り得るのぅ?
     この村周辺は大層な田舎、外部の町や村へ移動する事自体がまず難しい。
     そんな中、家族全員で大移動など可能なのかえ?
     お主の所は確か、もう体も不自由になりつつある老婆がおったはずじゃが…。
     老体を引き連れて遠い遠い町まで移動し生きていけるのか、わらわはとっても心配じゃ…。

桜   :…っ……。(息を呑む)

金華猫 :ありゃま、泣かせてしもうたか?まだ年端もいかない娘をいじめすぎたかのぅ…。
     …くくく…どれ、可愛い泣き顔を見せてくれぬか?

桜   :……いわよ…、

金華猫 :…何?

桜   :ふざけんじゃないわよ!!


ナレ  :俯いて肩を震わせていた桜ですが、顔を上げたかと思いきや、
     突然猫へ向かって声を張り上げたのです。
     大人しかった桜が豹変した事に猫は驚き、思わず尾を逆立てました。


桜   :さっきから黙って聞いてれば、人を馬鹿にして…!!
     今までこんな神様を信仰していたなんて、信じられない!!
     あたしが家に戻れば家族に迷惑をかける事なんて、そんなの端からわかってるわよ!!

金華猫 :…何じゃ。わかりきった事を言われて頭に来たのか?

桜   :それもあるわようるさいわね!!…そうなる事くらい、簡単に想像出来る。
     …なら、あたしが贄になったと見せかけて、この村を出るだけだわ。

金華猫 :……は?


ナレ  :あまりに突拍子もない桜の発言に、猫は思わず気の抜けた声を上げてしまいました。


桜   :こんな村出てってやるって言ってるの!
     人を食いたがる神様に守られている村に住み続けるなんて、御免だわ!
     そもそもあたし、大人になったらこの村を出ようと考えてたんだから、
     それがちょっと早まったってだけよ!

金華猫 :…お、お主、村長の一人娘じゃろう。そんな事許される訳、(遮られる)

桜   :その一人娘をこうして猫に食わせようとしてるんなら、
     もうあたしには関係ないことだわ!!


ナレ  :先程まで怯え切っていた少女はどこへやら、
     啖呵を切って叫ぶ桜を前に、猫はただただ困惑するばかり。
     威厳のある猫神を演じていたはずなのに、その象徴である猫耳は感情を表して、
     後ろへと垂れてしまっていました。


桜   :あたしはあんたに食われる訳にいかないの。
     神様だか何だか知らないけど、あたしにはこの先楽しい事が沢山待ってるの!
     あんたの思い通りになんて、なってやらないから!!

金華猫 :……、はっ…ただの人間の小娘風情が生意気な…。
     生き延びれると思っているのなら、さっさと逃げるが良い。
     この妾の爪と牙から逃げられるのならなぁ!!


ナレ  :地を蹴り、猫が鋭い爪を、牙を桜へと伸ばします。
     思わず目を瞑った桜ですが、その瞬間、頭上から声が降ってきました。


神無  :あっはっは!!
     何だよさっきまでビビッて縮こまってた癖に、意外と度胸あんじゃねぇか!!


ナレ  :思わず桜が空を見上げた時。ふさふさの尾が見え、目の前へ神無が華麗に着地し、
     どこからともなく現れた刀で猫の爪を弾き、猫は後方へと後退りました。


神無  :威勢の良い女は、嫌いじゃねぇなぁ?

桜   :あっ…えっと、キツネの人!!

神無  :変な呼び方すんじゃねぇ!!俺の名前は神無だ、か・ん・な!!

神楽  :人の顔の近くでギャアギャア騒ぐんじゃないよ。

神無  :いててててて、耳を引っ張るな耳を!!


ナレ  :肩に乗っていた神楽に耳を引っ張られ悶絶している姿に、桜は思わず笑みが零れました。
     この二人ならきっと力になってくれる。
     その予感と信頼が桜の心に火を灯し、勇気づけてくれているようです。


金華猫 :……何なのじゃ…突然現れたかと思えば、妾の邪魔ばかりしおって……。


ナレ  :一方、神無に弾き飛ばされた猫は怒りに震え、
     先程より濃度を増した瘴気を体から吐き出すようにしています。


神無  :…神楽様よぉ、ありゃあ…。

神楽  :嗚呼。……もう随分、穢れが溜まってしまっているね。

金華猫 :人の子はいつもそうじゃ!!勝手に妾の心を乱し、ぐちゃぐちゃにする!!
     妾は神だ…神だというのに……何故、どうして…こんなに苦しくて堪らないのじゃ…?


ナレ  :地面に蹲り、苦し気な声を漏らした瞬間。
     瘴気は猫の体を覆い隠してしまいそうになる程、密度と量を増していきました。
     すると神楽は神無の肩から降り、ゆったりとした足取りで猫の傍へと近寄ります。


神楽  :猫神よ。あなたをそうまで苦しめる原因は、一体何なんだ?

金華猫 :……。

神楽  :君の体と心は、もう限界だろう。どうかその心の内を、明かしてはくれないか。

金華猫 :…っ……!!


ナレ  :神楽の優しい声色に、猫は先程と打って変わって、怯えるように俯きました。
     そしてポツリ、ポツリと、呟くように言葉を紡ぎます。


金華猫 :……数百年前の、話じゃ…―――










後編へ続く

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