01.
その日は朝からツイてなかった。
30分の寝坊から始まり、トイレを詰まらせた後はトースターにぶち込んだ食パンを真っ黒に焦がした。
子供の頃から不幸な体質─とまではいかないけれど、決して運が良い方では無かった。
小学3年生の時サンタクロースにお願いしたゲーム機は不良品だったし、修学旅行は小中と体調不良で不参加、高校では記録的な悪天候により予定変更、そう言えば受験当日も記録的な大雪で苦労したっけ。
とにかく、ツイてないよね、と親にすらよく言われる、そんな人生を送ってきた。
だから朝からトラブルが連発してもこれくらいなら許容範囲だ。
私にとって、この程度のことはトラブルにすら入らない。
誰に見せるでも無くふんぞり返ってみたが、突っ掛けたパンプスのヒールが折れた時は自分のツイてなさを呪った。
◇
二十数年生きてきた経験則から、朝がツイてない日は一日ダメだと知っている。
その日も例に漏れず、出社してもお昼休憩を過ぎても退社の時間を迎えても、何だかんだと小さな不幸が続いていた。
危うく残業になりかけたが、無理矢理にでも就業時間内に仕事を終わらせ帰路についたのには理由があった。
私はOLとして働く傍ら、夜はキャバクラで働いている。
所謂ダブルワーク、副業だ。
会社はダブルワーク禁止、その上給料も悪くない。睡眠時間を犠牲にしながら働く理由は、借金返済の為だ。
借金と言っても自分のものでは無い。
父親がギャンブルにのめり込んだ挙句作った借金は4桁近くまで達しており、一般的なサラリーマンの父と週に3回のパートをしている母では返済が苦しいということで副業で稼いだお金は借金返済の為に全額仕送りしているのだ。
自業自得だ、と捨て置けなかったのは年の離れた妹と弟の可愛さ故だろう。
そうして父の借金が発覚した2ヶ月前からキャバ嬢デビューを果たした訳だが私には向いていないようで、接客は苦痛だし未だに指名客もいない。
ヘルプ周りをさせられる日々に何度も辞めたいと思った。
今日もまた出勤かと思うと憂鬱な気分になったが、1日も早く返済して楽になるのだ、と自分自身に喝を入れ、3時間後に迫ったキャバクラの出勤時間に遅れないよう足早に帰路に着くのだった。
◇
「ちょっと今から大切なお客様が来るからね。席に着くことがあっても失礼の無いように。」
わざわざ待機席までやってきた店長が、神妙な面持ちでそう言ったのは出勤してから2時間が経った頃だった。
相も変わらずヘルプとして売れっ子嬢の席を回っていた私が待機席に戻ったのはつい10分前で、私と同じ様に指名のお客さんがいない女の子達と並んでスマホを弄っていた時だった。
この2ヶ月の間に"大切なお客様が来る"などと言われたことは無く、大御所芸能人か政治家か、どんな大物が来るのだろう?と浮ついたが、その席に呼ばれるのは恐らくお店の看板にもなっている売れっ子達で私には関係の無いことだ、と考えるのをやめた。
◇
「やばい、五条さん来るの久しぶりじゃない?」
「今日は夏油さんも一緒かなぁ」
「アンタ夏油さん好きだよねぇ」
「そりゃあ、だってあの顔とスタイルに加えてヘルプにも優しいし。あーあ、私に指名変えてくれないかなぁ」
「無理無理。私だって五条さんに指名されたいし、ってか五条さんなら普通にプライベートで会いたいよ。お金払うから遊んでー!って感じだけど、夏油さんと五条さんに指名されてる2人が意地でも離さないでしょ」
静かな待機所では嫌でも会話が耳に入ってくる。
浮かれた様子の彼女達は"大切なお客様"のテーブルに着くことを期待してか、熱心にメイクポーチを漁っている。
周りを見渡せばそれは彼女達だけではなく、リップを塗り直したりチークを塗り直したり、各々鏡と睨めっこ中だ。
彼女達の会話の中で聞こえてきた"五条さん"と"夏油さん"という名前は私の知る限り、芸能人にも政治家にも思い当たる人は居ない。
あの様子では政治家というより芸能人だろうか、と予想してみても流行りに疎い私にはさっぱり見当が付かなかったが、日夜様々な男性を相手にする彼女達がここまで浮き足立つ男達がどんなものなのか、少しだけ興味が湧いた。
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