寄せ集めた夜と憂鬱と




「いや、だから、僕彼女出来たんだよね」

 金曜日、20時30分。
週末を前に浮かれたサラリーマン、カップル、若者達。

多種多様な人間でごった返す大衆居酒屋で五条悟によって放たれた言葉は、私を狼狽させるには充分なものだった。


「ま、待って待って。ストップ、タンマ」

「何、慌てすぎ」

「あ、あ、慌てるでしょ、そりゃ……え、ねぇ悟って私の気持ち知ってる、よね」

「うん」

「し、知ってて彼女……を作るのは良いけど、全然構わないけど、それ、久しぶりにサシで飲みに行けて喜んでる私に、言う……?」

「人伝に聞く方が傷付くかなと思って」

「あ、はは……お気遣いどうも……」

 ジョッキに入れられたメロンソーダをゴクゴクと流し込む姿が子供みたいで可愛いなぁ、と思う。
そんなことを思っている場合じゃないことはよく分かっているのに、その事実を受け入れ難い私の脳が思考を鈍らせる。

 私が悟を好きだというのは周知の事実だ。
私自身、隠している訳ではないが、それを差し引いても私が悟へ向ける視線や態度は彼への気持ちを言葉以上に表しているらしい。

もちろん、悟本人も私の気持ちを知っている。


 私達は同期で、同じ学び舎で共に過ごした仲間だ。
入学式の日、皆より少し遅れて教室に入ってきた悟を一目見た時から、まるで必然だったかのように強烈に惹かれた。
それから今日まで悟を一途に想い続けている。

最早執念だ。
私が非術師だったならとっくに呪いが生まれていると思う。

アラサーにもなって男性経験のひとつも無いまま、たった一人の男と結ばれることを夢に見ているのだから。




「──ていうのが出会いなんだけど。よく言うアレ、ビビっときた、的な?いやー、本当にあるんだね、あれ。」

「へ、へぇ……」

「顔もちょー可愛いしスタイルも抜群なの。細いのにおっぱいデカくてさ、男の理想だよね。」

「わー、良かったね……」

「しかも性格も良くてさ。優しくて気が利いてちょっと抜けてるとこもあって、なんて言うか守ってあげたくなる感じ?小動物感?とにかく可愛いの。あ、写真見る?」

 衝撃の報告から約1時間、悟はずっとこの調子で惚気けている。

繰り返すが悟は私の想いを知っているので、それでこれは相当性格が悪い。


「写真は良いよ、別に…」

「え、何で?見てって、ほら、ね?可愛いでしょ」

何で、と聞きたいのはこちらの方だ。
どこの世界に、長年の片思いを拗らせている相手の惚気を喜んで聞き、彼女の写真を見たがる女が居るのだろうか。

しかしそんな私の思いを知ってか知らずか悟は既に女性の写真を表示させたスマホの画面を此方に向けている。

「ね、どう?可愛いでしょ」

自慢気な口ぶりから彼女への想いが見えて、それがより私の心を傷付ける。

だけど、嫌味のひとつすら言えないくらい、画面の中の彼女は可憐で愛らしく微笑んでいて、流石悟が見初めただけのことはある、と妙に納得してしまった。

「……うん。可愛いね。すっごく可愛い。悟にお似合いだね。」

可愛いというのもお似合いだというのも本心だ。
少なくとも、私より遥かに美人で可愛くて、悟にお似合いだと思う。

にやにやとだらしなく口元を緩めていた悟だったが、私の言葉を聞くや否や、ぱちくりと白い睫毛に縁取られた宝石のような瞳を瞬かせると、ゆっくりと首を傾けた。

「え、嫌じゃないの?」

「嫌か嫌じゃないかで言ったらそりゃ嫌だけど……でも、だからって人の彼女を貶したりしないよ」

「そういうもん?」

「そういうもん!てか、悟って本当に性格悪いよね。私が嫌がると思って彼女の話したってことでしょ。最低」

「でもそんな僕が好きなくせに」

 何も言えない私を満足気に見る悟は本当に最悪だ。
最悪なのに私はこの男を嫌いになれない。

 今回が初めてでは無いのだ。
高専時代から幾度となく同じようなことがあった。

 一度目は高専の卒業を間近に控えた冬だった。
あの年は本当に色々あって、ありすぎて、私達の在り方が変わり初めた年だった。
悟はあの頃多忙で、顔を合わせる機会がめっきり減っていた。
賑やかだった教室は私と硝子の2人では広く、そして酷く静かに感じたものだ。

そんな中、やっと久しぶりに同期3人が揃ったある日の放課後、いつの間にか一人称が変わった悟がさらりと言ってのけたのだ。

"僕、彼女出来たんだよね"


 それからというもの、"彼女出来た"、"セフレがいる"、"補助監の○○とご飯に行ってくる"と、事ある毎に報告されてきた。

ちなみに悟は長く続かないタイプのようで、彼女が出来ても大抵は半年も持たずに別れてしまう。
セフレですら同じ人とは数ヶ月と持たないというのだから、飽き性なのか、それともそれ以外に理由があるのか。
片思いこそすれど、恋愛経験は一度もない私に男女の事情は分からない。




「──てことがありまして。」

「久しぶりだな、アイツに彼女が出来るの。」

「セフレはずっと居たけどね。彼女ってなると何年ぶりだろうね。正直油断してたから今回は久々に堪えたなぁ」

「……どうせすぐ別れるよ。半年と持った事ないでしょ。今回は3ヶ月だな。」

 ほんのり意地が悪い笑みを携えた硝子がブラックコーヒーを啜る音が医務室に静かに響く。

私達の同期であり、現在高専専属の医師として勤務する硝子は私の一番の理解者だ。
当然、私がこれまで悟に抱いてきた気持ちも、悟がわざわざ私に女性関係の全てを報告してくることも全て知っている。

「だといいけど…って、人の失恋願うなんて最低だね、私」

「最低なのはアイツだろ。名前の気持ち知っててこんなこと、何年もやってるんだから。……アレだな、近いうちに飲み行くか。久しぶりに七海と伊地知も誘って。」

「行きたい!私ちょうど午後の任務伊地知が同行してくれるから予定聞いておく!」

 不必要に踏み込んでこないことが硝子なりの優しさであると私は知っている。

"諦めた方が良い"も、"次へ進んだ方が良い"も、硝子は言わない。
ただ黙って話を聞いて、"クズだな"と呆れてくれる。

それが私には心地好い。
だって、きっと誰に何を言われても私が悟を嫌いになることは無い。

これは、私に掛けられた呪いなのだ。


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