願うだけでは始まらないから




 あれから数ヶ月経ち、ついに悟の結婚式当日を迎えた。

教室で会話をした日から私達は殆ど顔を合わせていない。
結婚式当日とその後2日間、合計3日の休みを確保するために悟は予定を調整しているようで忙しくしていたし、私は私で任務に忙殺されていたので顔を合わせても挨拶を交わすだけだった。

ちなみに、式は五条家のしきたりに倣って神前式らしいが、ウェディングドレスが着たいという彼女の願いを叶える為ホテルで披露宴を行うらしい。

式は両家の近しい親族のみで執り行い、披露宴にはお互いの友人知人を招待した一般的なものを行うのだと硝子から聞いた。

"披露宴、行かないだろ?約束通り飲みに行くか"
と誘ってくれた硝子の優しさが沁みる。


 硝子との約束は昼頃、ちょうど披露宴が始まるであろう頃だったが、昨晩一睡も出来なかった私は、まだ夜の気配が残る澄んだ空を見上げながらコーヒーを啜った。

悟を筆頭にそれなりの数の関係者が纏まって休み、もしくは半休を取るとあってここ1ヶ月は調整の為にかなり忙しかった。
私も休み無しで働かされた1人だ。これでも一応一級術師の端くれ。
回ってくる任務は普段から少なくはない。

輪をかけて増えた任務に疲れきっていたはずなのに、昨晩はベッドに入っても、ホットミルクで温まってみても、思い付く限り寝付く努力をしてみたが睡魔が訪れることはなかった。

原因は分かりきっている。
あの日、悟の結婚を知った日からずっとその事が頭から離れることは無かったし、寝付けなかったのも目を瞑ると今日のことを考えてしまうからだ。

 気を紛らわせる為に付けたテレビの左上には時刻を知らせる数字が表示されている。

今頃、支度をしている頃だろうか。
いや、流石にまだ早いか。

家紋入りの紋付羽織袴を着た悟はきっと、世界の誰よりも格好良くて、2人は今日世界で一番幸せな2人になる。




「……何やってんだろ」

 午前9時20分。
私は悟の式が執り行われる神社の前で立ち尽くしている。

つい3時間ほど前まで自宅マンションから空を眺めてセンチメンタルな気分に浸っていたではないか。

何がどうしてこうなったのか。
それは、2時間前まで遡る。


──きっかけは些細なことだった。
ニュース番組の星座占いコーナーで1位だったのだ。

 普段なら気にも留めないそれが耳についたのは、こんな日に1番運が良いのだと言われて気が晴れたからだろうか。

初々しく弾むキャスターの声が若干耳障りに感じながら、テレビを消す気にもなれず画面をぼうっと見つめる。

『1位は○○座!大胆な行動で思いがけない成果が得られるかも!ラッキーカラーは水色!』

 デタラメだ。
そう思うのに、頭の隅でもう1人の自分がそれを信じたがっている。

大胆な行動が私に吉をもたらすなら、最後に思いの丈を全てぶつけてしまおうか。
これが本当に最後なのだから。
これを逃してしまえば気持ちを伝えることすら許されない。

 思えば私は、悟にきちんと気持ちを伝えたことはなかった。
分かりやすいのだという私の言動から気付かれてしまっただけで、私から"好き"とは言っていない。

高専時代、確か夏油君が離反してすぐの頃一度だけ、『オマエ、俺のこと好きでしょ』と言われたことがあるけれど、あの頃悟は不安定だったし好きとかどうとか言ってる場合じゃないと判断した私は適当に流してしまったのだ。

その少しあとから悟は私に恋愛事情を逐一報告するようになった。

すっかりフラれた気でいたけど、そういえばフラれてはいなかった。告白すらしていないのだから。

と言っても私の気持ちを知ってて恋人や遊び相手を作りそれを私に報告してきてたのだから脈があったとは思えないけれど。


 そうと気付いてからの私の行動は早かった。
ダメで元々、どうせ今日長年の片思いが終わるなら悟の口から終止符を打たれたい。

こんな日に自分勝手だと分かっている。
だけどどうしても、最後に自分の口から伝えたかった。

『大胆な行動で思いがけない成果が得られるかも!』

キャスターの声が頭の中に木霊する。

そうだ、どうせなら直接会いにいってしまおう。
今日の私は最も運が良い人間なのだ。
大胆にいかないでどうする。
ラッキーカラーは水色と言っていた。
奇しくも悟の瞳と同じ色だ。
これは神様も後押ししてくれている。

 つらつらと言い訳のような言葉が頭に浮かんでいき、勢いのまま身支度を済ませた。

最後に、もう10年も前にお土産だと言って悟から貰った水色を基調とした魚のキーホルダーをバックに着けて家を飛び出した。

式がどこで行われるかは知っている。硝子に聞いた。

『聞いてもいないのに式は何処で何時から始まるんだってベラベラ煩くてさ。出席する訳じゃあるまいしどうでも良いよって追い返した』

と硝子はウンザリしていたが、悟がお喋りな性格で助かった。

式が行われる神社は家から大体1時間もあれば着くはずだ。
五条の本家は京都だが、彼女側の出席者の事情や、悟としても都内で行う方が都合が良いという事で五条家と繋がりのある神社で行われることになったらしい。

京都で式を挙げることになっていたら、思い立ったとしても間に合うことは無かっただろう。
彼女が非術師で関東の出身で本当に良かった、と初めて悟の彼女に感謝した。


 そうして乗り込んだ電車内では何度も引き返そうかと悩んだが、結局何だかんだと考えているうちに着いてしまった。

わざわざここまで来たなら腹を括るしかない。
と、タクシーに乗り込み目的地までやってきた訳だが、長い石段の前に聳え立つ鳥居を前にしてまたしても葛藤していた。


うろうろとさ迷いながら数分悩んだ結果、意を決して鳥居を潜った。
長い石段を登りきったあとはもう迷わない。
悟に会えなかったら大人しく帰って硝子と飲みに行こう。
悟に会えたなら、絶対伝えるんだ。
好きだと。



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