『京都に居た頃のこと?そうねぇ、覚えてることもあるけど…なんせ20年以上も前のことだからねぇ。忘れてることの方が多いわよ。で、何だっけ?幼馴染?』
オシャレとは程遠い茶色に囲まれた手作り弁当をつつきながら、離れて暮らす母に電話した。
母に電話をかけた理由はもちろん夢に出てきた少年について。
私は小学校入学と同時に京都から北関東のとある田舎町に越してきた。
理由は父の転勤というありふれたものだ。
たった5、6年、それもその殆どが記憶に残らない幼児期なのだから私にとって京都は故郷というより、関東人の殆どが感じているであろう"修学旅行で行く観光地"という存在だった。
引越しや新しい環境に馴染むことへのストレスからか、小学校入学以前のことは殆ど思い出せない私の頼みの綱は母しかいない。
父は5年前に死んだ。
3つ上の兄も数年前から原因不明の病に侵されまともに働くことも出来ず母と暮らしている。
後ろめたい気持ちがあるのか、その頃から兄は私に関わらなくなった。
元々兄のことは好きではない。
人に言うのは憚られるようなことが私と兄の間にはあった。
だから関わりが無くなったことに不都合は無いが、今回についてだけは少しだけ、不都合を感じた。
「京都に居た頃、私に男の子の幼馴染とか居た?」
『男の子の幼馴染……近所で仲良かった子は何人かいたわよ。男の子もいたわね』
「じゃあ、その中に髪の毛が白くて着物着てる子とか居た?」
『えぇ、そんな変わった子──あ、待って。もしかして、五条さん家の息子さんかも』
「五条さん?」
『ウチの近所に凄い御屋敷があってね、五条さんって言うんだけど。もうとにかく、観光地?歴史的建造物?っていうくらい凄い御屋敷だったのよ。まぁ、塀で囲まれてて外からは中まで見えないんだけど、地元じゃ有名なお家だったわ。そこに名前と同じくらいの歳の男の子が居たのよ。幼稚園には通ってないみたいで誰も遊んだことはなくてねぇ』
「その五条さん家の息子さんって髪の毛白かったりした?」
『そうそう!そうなのよ。私も多分2回くらい遠くから見ただけなんだけど、確か髪の毛が白くてね。始めて見掛けた時は驚いたわ。あの、ほら、何だっけ、生まれつき色素が薄い人。そういう子だったんじゃないかしらね。』
「私、その子と仲良かったんだ…?」
『きっかけは分からないんだけどね。気が付いたら仲良くなってたのよ。えーと、下の名前なんて言ったかしらね…さ、が付く名前だった気がするんだけど…。とにかく名前の口からよくその子の話を聞いたわ。お家にお邪魔したって聞いた日は慌てて菓子折り持ってお礼に伺ったわよ。けど使用人、っていうの?そういう人が門の入口で対応してくれただけで五条さんにもその子にも会えなくてね。ちょっと感じ悪い、なんて思ったものよ』
◇
母から昔の記憶を聞いていくうちに"そういえばそんなこともあったな"と思い出すものもあったが、"五条さん家の息子さん"のことだけは何ひとつ思い出せなかった。
夢は、過去から現在に至るまでに見たものや聞いたことを繋ぎ合わせたものだと聞いたことがある。
夢の中で突飛もない出来事が起きるのはそのせいなのだと。
どれだけ非現実的だろうが、体験したことがないような恐ろしい内容であろうが、それらは全て自分が経験、或いは映画やドラマ、小説や漫画本から体験したことで、自分が知らないことは夢に出てこないという。
それならやはり、私の夢に出てくる白髪の少年は母が言う"五条さん家の息子さん"で間違い無さそうだが、私達の間に夢で見るやり取りがあったのかどうかは分からなかった。
登場人物を私と、記憶の奥底に眠る少年にすり替えただけの、いつか読んだ漫画やドラマをモチーフにしたオリジナルストーリーという可能性も充分有り得る。
母はあの頃住んでいた家の大体の住所を教えようか、と提案してくれたが、私はそれを断った。
現在私は東京で暮らしている。
わざわざ新幹線に乗って京都へ向かうほどの熱量は無い。
ただ、白いふわふわの正体が人間の男児で、少年の纏う雰囲気が異質なものだったから少し気になっただけで今更どうこうなりたい訳じゃない。
これだけの年月が経った今、"五条さん家の息子さん"が私のことを覚えてるとも思えない。
あの少年がこの世界のどこかで幸せで暮らしていれば良いな、と柄にもなく願ってみたりして、それ以上あの夢について追求することはなかった。
しかしそれから半年後、彼と付き合い始めてから初めての記念日を迎えた日、私はまたあの夢を見た。
前回と違って、今回は夢だと気付いたあとも主観のまま会話をしているのだが、そこに私の意思は反映されることなく、前回と同じ内容の会話をする自分と少年を主観的に見つめているという不思議な体験だった。
相変わらず名前の部分だけ抜け落ちたように音が消え分からずじまいだったが、前回よりも至近距離で見た少年の顔は目が青かった。
輪郭も鼻も口元もぼんやりと霧が掛かったような、薄膜を1枚挟んだような曖昧なものなのに、瞳だけは虹彩を形成する空色と濃紺のグラデーションや瞳孔、瞳の煌めきからそれを縁取る髪と同様に真っ白な睫毛の1本に至るまでよく見えた。
思えば、10年以上に渡って同じ夢を定期的に見ているが変化があったのはこの半年で、それも2回連続で変化があったことが不思議だった。
きっかけを探してみても思い当たる節は無かったが、3回目にその夢を見た時、それに思い当あったのだった。
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