「お待たせしました…!」

「全然待ってないよ。名前に会えるのが楽しみで早く来ちゃった僕が悪いし、むしろ急がせちゃってごめんね」

「い、いえ…」

「じゃあお店入ろっか」


 店を探して地図アプリの通りに歩くこと2分、店を見付けるより早く五条さんを見付けたのは単純に背が大きくて目立つから、というだけではなくて、明らかに五条さんの周りだけ世界が違っていたからだ。

高い上背と手足の長さを引き立てるジャケットとパンツは見るからに質の良いもので、手首に付けられた腕時計や靴はきっと私のお給料じゃ手を出せない代物だ。
いや、仮にプチプラだとしても素材が良いので五条さんが着たらハイブラに見えるだろう。
そして何より、あの怪しい布が無い。
サングラスはしているが通った鼻筋や小さな顔などから美形であることが隠しきれていない。

当然の如く道行く人は男女関係無く五条さんを見ているし、遠くから見つめてヒソヒソと話をする女性までいる。
これはきっと芸能人か何かだと勘違いされているか、もしくは逆ナンしようか相談している。

アツい視線を一身に浴びる五条さんに声を掛けるのは憚られたが、いつまでもその様子を眺めてる訳にも行かず、意を決した。

あんな女が彼女!?とか、ブサイクじゃん、とか思われるんだろうなぁ…でも私、そもそも彼女でも何でもなくただの幼馴染なので!役得で食事できるだけの女なので!と頭の中で叫びながら足早に近付いた。




 席に案内されて"助かった"と思った。個室だったからだ。
この調子では店内でも視線が気になってゆっくり食事どころじゃ、と懸念していたのだが、そういったことには慣れっこなのかそれともたまたまなのか、どちらにせよこれでゆっくり食事できる。

席に着いて適当に注文を済ませたあと改めて昼のお礼を伝えて、それからどちらともなく過去の話へと移っていった。

 五条さんは歳が私のひとつ上で、やはり下の名前は"さとる"というらしい。
悟って呼んでよ、と煩いので悟さん、と呼ぶと『昔は悟君だったのに』と少し不満そうではあったが納得してくれた。
敬語もやめてほしいと言われたけど、これは徐々に…ということで妥協してもらった。

 母から聞いていたことと大体は同じで、やはり悟さんは地元で有名なお家の息子さんで幼稚園には通っていなかったらしい。
1人で遊ぶことに飽きて家を抜け出した時、私と出会ったのだそう。
そして意気投合し、それから毎日遊んでいたのだという。

「名前が引越してからは寂しかったよ。どこに引っ越したか聞いても家のヤツら知らないっていうから手紙のひとつも出せないし」

「私のことずっと覚えててくれたんですね」

「忘れるわけないよ」

「……なのに私、忘れちゃって…」

「僕よりひとつとは言え小さかったんだし仕方ないよ。それに完全に忘れてたワケじゃないでしょ?僕の目見て思い出してくれたんだから」

「あ……それは……」

 夢で見ていたのだと本人に伝えても良いものなのか迷った。気持ち悪がられてもおかしくない。
記憶にも無いのに定期的に夢で見て、夢の中で結婚の約束までして。

「ん?それは、何?」

 しかし何となく悟さんはそれを伝えても気持ち悪がったりしないだろう、と思った。
ここで適当に覚えていたフリをしてもどこかでボロが出るとも思った。
だって私は本当に、夢以外悟さんの記憶が何ひとつ残っていないのだから。

「気持ち悪いかもしれませんが、夢で見てたんです…小学校高学年か中学校に上がったくらいか…それくらいから今も定期的に夢に悟さんが出てきて…それで、もしかしたらこれは過去の私の記憶なんじゃないかなって思って母に京都に住んでた頃のことを聞いたんです。私、小学校に上がる前のこと、殆ど忘れちゃってたから…」

「…それで、僕の事五条さんって呼んだワケか」

「はい。母も悟さんの下の名前までは覚えていなかったようで…」

「ちなみにそれってどんな夢なの?」

「……えーっと…ひ、引かないでくださいね…?ついこの間までは子供の私が子供の悟さんを膝枕して頭を撫でてる、っていう夢で会話も何も無かったんですけど、半年くらい前にちょっと変化があって…。け、結婚の約束を…してたんです」

 顔から火が出るかと思った。
たかが夢の話、私の中の妄想に過ぎないというのに、やたらと真剣な顔で耳を傾けるから、まるで告白でもしているような気分になった。

「…ええっと、細かい会話までは忘れちゃったんですけどね、私が結婚してー!って悟さんにお願いしてて…ごめんなさい、気持ち悪いですよね」

 悟さんがどんな顔をしているのか想像しただけで、嫌に鼓動が早くなる。
夢の内容まで馬鹿正直に言わなくて良かったな、と後悔しても後の祭りで、恐る恐る視線を上げると予想に反して五条さんは微笑んでいた。

「何が?気持ち悪くないし、むしろやっぱり覚えてたんじゃん、って最高に嬉しいんだけど」

優しい声でそう言って嫋やかに首を傾けた様の美しさに思わず息を呑んだ。

いや、そうじゃなくて。
これは夢の話だ。気持ち悪がられなくて助かったけど、今悟さんは"覚えてた"と言っていた。
私達の間に、実際にこのやり取りがあったという事だろうか。

「覚えてた…って、これは私が作り出したオリジナルストーリーかと思ってたんですけど…」

「全然!名前はね、よく僕に言ってたんだ。大人になったら悟君と結婚したい、って。でも僕には許嫁が居たから名前とは結婚できないよって言うといつも泣いちゃってね。あんまり必死で可愛くて、その時決めたんだ。この子と結婚しよう、って。僕もまだガキだったからねー、結婚が何かちゃんと理解してなかったけど、でも結婚すれば家族になれて一生一緒に居られるってことは理解してた。それまで自分は家が選んだ子と結婚するんだって漠然と思ってたけど、あの日決めたんだ。君と結婚して家族になるって」

 遠い日の約束を、愛おしそうに、宝物のように語る姿を見て、ぞくりと背中が粟立った。
だって、まるで悟さんはその約束を履行するつもりがあるような言い方をしている。
そんな、年端もいかない頃の口約束を。

「ち、小さい時ってあるあるですよね、誰と結婚したいとか好きとかすぐ言いがちですよね!私も小学生の頃なんてしょっちゅう言ってましたよ、はは…」

「うんうん。子供の頃ってちょっと優しくされただけで好きーとか足が早いから好きーとかね、そんなもんだよね」

 良かった。私の杞憂だった。と、胸を撫で下ろしすっかり汗をかいたグラスに手を伸ばす。
淵に唇がぶつかるその瞬間、悟さんは"でも──"と呟いた。

「僕達の約束は子供の頃のお遊びとは違うからね」


傾けたグラスの中で揺らめく琥珀色のアルコールの味は、分からなかった。


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