「子供の頃のお遊びとは違う、ってどういう事ですか…?」
「そのまんまの意味だよ。再会した時言ったよね。君は僕の婚約者だ、って」
「それは…子供の頃の口約束ですよね…?私、そんな約束したことすら覚えてませんしそもそもそんな口約束が有効とは思えませんが」
「君が結婚してくれってしつこかったのに、随分勝手なこと言うね」
「勝手も何も、私本当に記憶が無いんです…!私からしたら急に知らない人が現れて結婚だなんだって言われて…困ります…!」
確定した。悟さんはヤバい人だ。
子供の頃の口約束を本気にして20年以上も信じ続けていたなんて、正気とは思えない。
「そもそも、今日再会したのはたまたまで…あの路地で"アレ"に襲われてなかったら私達は再会してなかったですよね。連絡先だって分からなかった訳だし…まさか再会出来る確証も無いのに待ち続けるつもりだったんですか?そんな訳無いですよね?今日再会したことは無かったこととして今まで通りの日常に戻りましょう…?」
こんな言葉で悟さんが納得して引き下がるとは到底思えなかったが、私にはヤバい人を相手に場を切り抜ける術が無かった。
これで引き下がってくれたらかなりの儲けだ、と思いながら口にした言葉に、悟さんはどんな反応をするだろうかと顔を見ると、きょとん、と目を丸くさせていた。
それは一体どんな感情なのか、と聞くより先に悟さんが可笑しそうに笑った。
「アハハ!あー…そっか、"アレ"は夢でも見てないんだね」
「あ、アレって…何のことですか…?」
「あー……君ね、呪われてんの」
「……は?の、のろわれ…?何言って…」
「昼間路地で名前が襲われた異形は呪霊って言って人の負の感情から生まれる呪いなんだ。僕や恵達─今日名前を助けたあの子達はその異形を祓う呪術師。呪いは普通の人には見えないから信じられないと思うけど、年間1万人を超える行方不明者や死者が呪霊の被害によるものだと言われてる」
突拍子も無い、そんな話を信じろと言う方が無理があると思うのに、昼間見た"それ"を思い出すと、すんなり胸に落ちるものがある。
アレは確かに異形そのものだ。
着ぐるみでも、特殊なコスプレともまた違う。
上手く言えないが禍々しさのようなものを感じた。
「……呪いがあったとして、なんで私はアレが見えたんですか?普通の人には見えないんですよね?」
「呪霊が突然見えるようになることもある。特に死に際なんかはね。あの路地に入ってアレに遭遇したことで、名前の本能が死を悟ったんだろうね。ギリギリ間一髪、恵達が間に合ったから無事だったけど、あと5秒でも遅れてたら君は死んでた」
冗談だと笑い飛ばせないのは確かに"死の予感"を感じたからだ。
"アレ"が駆け出した一瞬、私は死を覚悟していた。
「……呪いが存在することは分かりました。信じます。それで、私が呪われてると言うのは…」
「そうそう。それね。君はね、僕に呪われてるんだ」
「はぁ……?」
「正確に言うと僕というより、僕が渡した呪物によって」
「え、呪物?そんなものいつ…」
「名前が引っ越した時だよ。名前が見る夢は名前が創り出した妄想なんかじゃなくて実際に僕達の間であった出来事だ。あの日僕達は結婚の約束をして、でも名前はその後すぐに引っ越すことが決まった。子供の僕にはそれを止めさせる術は無かったし、君に会いに行く術も無かった。家のヤツらに名前の新しい住所を聞いて記録するように言ったところで僕が非術師の君と仲良くしてることをよく思ってない連中が多かったから信用出来なかったし。実際、ダメ元で聞いておくように言い付けたけど知らぬ存ぜぬだったしね。だから、君を"護ってくれる"呪物を渡した」
「御守りってことですか…?」
「そんな綺麗なモンじゃないさ。少なくとも名前にとってはね。アレは簡単に言うと"君が僕を忘れて他の男と一緒にならないように見守る役目"をしてくれてる。君が僕以外の誰かと一緒になろうとした瞬間、アレの呪いによって相手に何らかの影響が出る筈だ」
「な…、そんなもの、本当に効果なんて…」
「ウチの蔵に保管されてた古ーい呪物だけどそこまで価値が無いというか、使い所がないものだからちゃんとした文献は残ってないんだ。だからどんな条件で呪いが発動するのか、どこからどこまでがセーフでアウトか、細かいことはハッキリしてないんだけど君の夢にあの日のことが出て来てるって聞く限り、ちゃんと役割を果たしてるみたいだね」
「でも私が夢を見始めたのは12歳か13歳か…その辺ですよ。それまで何もなかったのにどうして急に…もちろん、その頃結婚だとか好きな子が居たとかも無いです。偶然だと考える方が自然じゃないですか?」
「んー……それは多分、君が"大人"になったからじゃないかな」
"大人"という単語が示す意味が理解出来ず、ほんの数秒固まってしまった。
初体験は18歳だったし、それ以外で大人になるという表現を使うことなんて──と考えを巡らせ気付いた。初潮のことだ。
「え、あ、そういう…」
「いくら誰それが好きだとか結婚したいだとか思ったところで体にその機能が備わってなくちゃどうにもならないからね。でも、体の準備が出来たことで呪いが発動して君に夢を見せるようになったんじゃないかな。"オマエが一緒になるべき相手は僕だよ、忘れるな"ってね。とは言っても夢は夢だ。ゼロから1は生み出せない。つまり、君は思い出せないだけで僕のことを忘れてたワケじゃないってことさ」
おぞましい話だ。呪いの存在を信じると言ったものの、そんな非現実的なことが有り得るのだろうか。
だとしたら、あの夢にこの半年で変化があった理由は──
「そういえば半年前に夢に変化があったって言ってたけど」
サングラスから覗く青く透き通る瞳は
「まさか、僕以外の誰かと結婚したいとか考えてる?」
凍てつくほど冷たかった。
◇
「で、どうしたの?急に。俺は暇してたから大歓迎だけどさ、珍しいじゃん」
「本当ごめんね急に押しかけて…ちょっと嫌なことがあってさ…」
「嫌なこと?話聞くよ」
「……ううん。傍に居てくれればそれで良い」
あれから暫くして悟さんと別れた私は彼の家に居た。
真っ直ぐ家に帰る気になれなかったのは何となく1人になりたくなかったのと、後を付けられて家を知られでもしたら、という恐怖からだった。
悟さんがマトモでは無いことはよく分かった。
あの語り口からして子供の頃の約束を未だに信じていて、しかもそれを履行しようとしている。
呪いだなんだという話については実際目の当たりにしているので信じざるを得ないが、胡散臭さは拭えない。
それに私を呪っているとかいう呪物についても、だ。
胡散臭いことこの上ないが、これも辻褄が合うことを考えると嘘だと一蹴できない。
とにかく胡散臭くて激ヤバな悟さん…いや、最早親しげに下の名前で呼ぶことも憚られる。
五条さんなら後を付けて家を特定するくらい平気でやりかねないし、何なら家に押し入ってくるのでは、と想像すると恐ろしくてとても家には帰れなかった。
もちろん彼の家を特定されても困るので念には念を、電車、タクシー、バス、とあらゆる交通機関を駆使し、最後は背後を注意深く確認しながら徒歩でマンションまでやってきた。
余計な出費に腹は立つが後悔はしていない。
そうしていきなり押し掛けた私に彼は驚きつつも迎え入れてくれて、心配してくれている。
彼の全てが平均的な容姿や耳障りの良い優しい声は酷く私を安心させた。
持つべきものは常識的な恋人だな、と出されたお茶に口を付けながら安堵の溜息を吐いた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「いや、今さっき外に何か…」
「ちょっとやだやめてよー。私そういうの苦手なんだから…」
「ごめんごめん、俺の見間違いだわ」
「そうだよ、ここ6階だよ?何もいる訳無いって」
「だよなぁ…まぁいいか!気を取り直して、名前明日も休みだしまだ寝ないだろ?面白そうな映画見付けてさ!一緒に見ようよ!」
「いいねぇ。あ、でもその前にお風呂貸して」
更けていく夜の冷たさのせいか、再度胸を騒がせる嫌な予感に気付かないふりをして、束の間の安息に身を委ねることにした。
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