普段お世話になっているカルデアの職員やサーヴァント達全員にチョコレートを配り終え、マイルームに戻ったルーラは制服もそのままにベッドに腰掛けた。ごそごそと紙袋からたった一つ残ったチョコレートの箱を見て、ルーラははぁ、とため息をついた。

「結局渡せんかったなぁ」

 ギルガメッシュに、と配ったものとは別で用意したチョコレートは己の手元に残ったままバレンタインを終えてしまった。イベントの騒ぎに乗じて素直に渡せば良かったな、と思っても今更どうしようもない。綺麗にラッピングされた箱を眺めながら、ルーラは困ったように眉を下げた。

「どないしよ」

 行き場の無くなったチョコレートは誰かに食べられるのを待っている。誰かにお願いして食べてもらおうか、そう考えるがすぐ首を横に振った。

「………自分で食べよ」

 甘いものは苦手であるが仕方ない。廃棄するのは勿体ないし、なによりギルガメッシュ宛のチョコレートを他の誰かに食べて貰うというのは自分の気持ち的にあまり良くない。自分で食べるしかない、とルーラは僅かに躊躇いながチョコレートを包んでいたラッピングに手をかけた。

(そもそも渡した所でおーさまが受け取ってくれたとは思わんし)

 心の中で言い訳をしながらラッピングを解く。綺麗に結ばれたリボンを引き抜いて箱を開ければ、少し歪な形をしたチョコレートが露になる。部屋に甘い匂いが充満して、ルーラは眉をひそめた。胸焼けしそうになりながら、ルーラは1番歪なチョコレートに指を伸ばす。

「あっっま」

 チョコレート特有の甘さが口に広がり、思わず顔を顰める。ギルガメッシュが食べやすいように、と甘さ控えめで作ったはずだった。それなのに、部屋に充満する甘い匂いのせいか、自分が甘いものを好まないからか、酷く甘ったるく感じる。

「これ、おーさまにも甘かったかなぁ.......」

 ぽつり、と呟いた言葉が空気に溶ける。ギルガメッシュに食べて欲しかったが、これ程甘ければ渡さなくて正解だったかもしれない。
 熱でチョコレートが少しずつ溶けていく。口の中に残り続ける甘みに顔を歪めながら、ルーラはもう一粒手に取って、再び口に運んだ。

「やっぱ甘いなぁ.......」

 自分の独り言が無機質な部屋に反響する。甘い、と顔を顰めながら少しずつチョコレートを食べる度に表しようのない気持ちが甘さと共にじんわりと広がっていく。
 手作りじゃなければ渡せたかもしれない。ふ、とそんなことが過ぎって、ルーラは眉尻を下げた。気持ちが落ち込めば悪い方向に考えるのが己の悪い癖だと理解しているが、こればかりはどうしようもない。

(もうちょい素直になれたら……………)

 ギルガメッシュはああ見えて意外と愛情深いのだと知っている。きっと、渡せばなんだかんだ言いつつも受け取ってくれたのだろう。それでも、もしかして受け取って貰えないかもしれないと怖がったのは自分だった。
 沈んでいく気分を振り払うようにチョコレートを口に運ぶ。口に広がるチョコレートは甘いのに、なぜかどろりとした苦い気持ちが広がっていく。
 じわり、と涙が滲む。チョコレートが少しだけしょっぱくなって、ルーラはくしゃり、と顔を歪めた。
 甘いのにしょっぱくて、それなのに苦い。色々混ざりあった感情が口の中に広がる甘さを上書きしていく。チョコレートをようやく飲み込んで、残った最後の1つを食べようと指を伸ばした瞬間、ぷしゅう、と部屋の扉が開く音が部屋に響いた。次いで聞こえたがしゃん、という聞きなれた鎧の音にルーラの血の気が引いていく。

「は、」

 慌てて顔を上げれば部屋の入口でギルガメッシュが不機嫌そうな顔で腕を組んで立っていた。

「お、おーさま、なんの用……………」
「何の用だと?言わずとも貴様が1番分かっておるだろう」

 ほんの少し不機嫌が滲んだ声。心当たりは1つしかなく、ルーラはさァ、と青ざめた。
 誰かから自分がギルガメッシュ用にチョコレートを作ったのを聞いたのだろう。それでも、ギルガメッシュがわざわざ部屋まで取りに来るとは思いもしなかった。
 ほんの少しの嬉しさと、それ以上の恐怖。もう既に遅いかもしれない。それでもチョコレートの箱を早く隠さなければ、と頭は動くのに、体は金縛りにあったように動かない。

「…………それか」
「あ、」

 1歩、2歩、3歩。一気に距離が詰められる。気がつけばギルガメッシュが目の前に居て、ルーラははくはくと口を動かした。何か言わなければ、と思うのに、言葉が音にならない。
 ギルガメッシュの視線が膝の上に流れて、箱の中に残った最後のチョコレートをギルガメッシュの指が摘んだ。

「やめ、」

 さァ、と血の気が引いていく。ギルガメッシュから取り返すよりも先に、僅かに溶けたチョコレートがギルガメッシュの口に消えた。

「…存外に甘いな」

 ぺろり、と指についたチョコレートも舐めとったギルガメッシュがぽつり、と呟いた。さっきよりも少しだけ柔らかな声に、ルーラの心臓がどくん、と跳ねる。

「して、残りはどうした?よもや一つだけとは言うまい」
「さ、さっき、うちが食べた………」
「そうか」

 つっかえながらそう答えれば、ギルガメッシュの顔が近づく。あ、と思う暇もなくギルガメッシュの口が重なって、唇の表面に付いたチョコレートを舐めとられる。驚きでぴしり、と固まった隙にギルガメッシュの舌が唇を割って口内に侵入した。

「………っ!?」

 口の中に残ったチョコレートを全て舐め取るようにギルガメッシュの舌が這った。唾液に混じるギルガメッシュの魔力と、残るチョコレートの甘みに脳がくらくらする。

「ン、んぐ………ん、んぅ………」

 ギルガメッシュを押し返そうとした腕は簡単に捕らえられ、さらに深く口付けられる。首を振って逃れようにも、ギルガメッシュの大きな手のひらでがっしりと後頭部を押さえられ、それすらも叶わない。

「んっ、……ぁ、んう、あ、ぅ、んぁ……」

 じゅるり、と唾液を啜られ、上顎を舐められる。チョコレートが残っているのを許さないと言わんばかりにギルガメッシュの舌が口内のあらゆる所を舐めまわした。くちゅくちゅといやらしい水音が口の中で反響て、聴覚すらも犯されている感覚がする。

「ふぁ、………ァ、アッ、あぅ、………んむ、ん、ん、アッ、ン……」

 舌がギルガメッシュの元へと引きずりだされた。甘噛みされ、柔く食まれる。そのまま絡められ、じゅう、と吸われれば、ルーラの腰がびくん、と跳ねた。
 飲みきれなくなった唾液がつぅ、と口の端を伝う。角度を変えて何回も深く口付けられ、呼吸すらも食べるような激しい口付けに、思考がどろどろに溶けていく。

「ンッ、はっ、……ふ、……ぁ、……」

 ちゅ、と音がして、舌が引き抜かれた。ようやくギルガメッシュの口がゆっくりと離れる。とろりとした透明な糸が2人を繋いで、やがてぷつり、と途切れた。

「お、さまぁ、?」

 涙でぼやける視界のまま見上げれば、ギルガメッシュが普段通りの顔で口を開いた。

「此度は貴様の献上品に免じて赦してやる。だが、我自ら足を運ぶ事が2度あると思うなよ」

 そう言いながらギルガメッシュがルーラの体が隣に腰掛けた。2人分の体重を受け止めたベッドがぎしり、と軋む。てっきりすぐに部屋から出ていくと思っていたギルガメッシュのその行動に、ぽかん、と口を開けてギルガメッシュを見上げた。

「何を呆けた顔をしておる」
 
 呆れたような顔をしたギルガメッシュに、ぺしり、と頭を軽く叩かれる。

「あれは貴様の手作りか?」
「そうやけど、」

 ギルガメッシュの言葉にこくり、と頷けばギルガメッシュがそうか、と笑った。普段の悪役じみた笑顔ではなく、子供のような楽しそうな笑顔。

「数日前からやたらと甘い匂いをさせておったからなぁ」
「……………おーさま気づいとったん?」
「当然であろう。この我が貴様の行動に気付かぬとでも?」

 ギルガメッシュのことだ。多分、最初から気づいていたに違いない。チョコレートを渡そうとして渡せず、もだもだしていた自分を見て楽しんでいたのだろう。知っていたのであればイベントが終わってからではなく、最初から取りに来てくれればよかったのに。相変わらずの趣味の悪さにルーラはじとり、と目を細めた。

「趣味わっる……………」
「そう拗ねるな」
「拗ねてへんわ。おーさまのあほ」
「あほとはなんだあほとは」

 するり、とギルガメッシュの手が頬に触れる。思わず体を後ろに引けば、ギルガメッシュがくすり、と笑った。普段なら不敬だと怒られるのに、何故かギルガメッシュは笑っている。
 先程までの不機嫌さはどこにいったのか、やけに機嫌の良いギルガメッシュにルーラはほんの少し身構えた。

「褒美をやらねばならんな」
「いや、いい、いらん、」

 ギルガメッシュが己に褒美なんて言い出したら碌でもない事をルーラは身をもって知っている。いらない、と首を横に振るが、ギルガメッシュはそれすらも楽しそうに笑った。

「我からの褒美だ。しかと受け取れ」

 ギルガメッシュの指が唇に触れた。親指で上唇を押し上げられ、そのままギルガメッシュの唇が重なって、ちゅ、ちゅ、と表面を啄ばれる。さっきの乱暴なキスが嘘のような、触れるだけの優しいキスにルーラが思わずふにゃり、と笑えば、ギルガメッシュの目が楽しげに細められた。

「貴様には物足りんかったか?」
「は、」

 ギルガメッシュがにぃ、と唇を吊り上げた。ルーラが何か言うよりも先に、ギルガメッシュの唇が再び重なる。
 ふにふにと唇を食まれ、ペロリ、と舐められる。ちゅ、と音を立てて離れたと思えばまた直ぐに唇が触れ合った。じゅう、とき唾液が唇の上を滑って、ぴくり、と体が反応する。

「ん、は、ぁ、ふ、」

 僅かに開いた口の隙間からギルガメッシュの舌がぬるり、と侵入して、ルーラは目を見開いた。
 ギルガメッシュの舌を押し出そうと動かした舌は簡単に絡め捕られ、じゅう、と強く吸われる。腰がびくびくと跳ねて、目の前がぼんやりと滲んだ。
 ギルガメッシュから離れようと身を引くが、いつの間にかギルガメッシュの腕が腰に回っている。

「んぅ、ぁ、ちょっ、おーさま、」

 目の前の体を押し返そうとするがビクともしない。するり、と唇に触れていた手が項に回される。上から覆い被さられ、がっちりと腰を掴まれれば、ルーラに逃げ場は無かった。

「褒美をとらせると言ったであろう?」

 ギルガメッシュの口が耳元に寄せられる。吐息混じりの、チョコレートのように甘い声。
 その暴力的なまでの甘さに、ルーラはとろり、と溶けていった。





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