練度が頭打ちに近い太刀の手入れは、資材も時間も掛かる。笹貫が手入れ部屋に入れられてから数時間。糸櫻は手入れ部屋の前で膝を抱えて座っていた。
(長い…)
時間とはこんなに遅く進むものだっただろうか。なかなか進まない手入れの時間に、糸櫻は何度も息を吐く。最後に見た笹貫の姿は、血と泥でべっとりと汚れていて、口どころか指先ひとつも動かさず、治金丸に背負われていた。血の気が引いたように目の前がくらくらする。笹貫の顔が見たい。そう思いながら何度目かの息を吐いた瞬間に、がらり、と手入れ部屋の戸が開いた。
「あるじ様…」
「糸櫻、中に入っていいよ」
手入れ部屋の前から動かない自分を見かねたのか、眉を下げて苦笑いしながら審神者が糸櫻に入室を促した。
本体である刀身の修復は終わり、後は肉体の傷が癒えるのを待つだけ。そう言って立ち去った審神者に感謝しながら、糸櫻は手入れ部屋の中にへと入る。
「笹貫…」
べっとりと笹貫の体にこべり着いていた赤はもう見当たらない。刀も人の身も綺麗に整えられ、部屋の中央の布団で寝かされている笹貫に、糸櫻はひとまず安堵の息を吐いた。
それでも、普段は健康的な色をしている肌は血を流し過ぎたからか、今は僅かに青白い。瞼を閉じたままぴくりとも指先ひとつ動かさない笹貫を眺めながら、糸櫻は布団の横に腰を下ろした。
「あなたは本当に無茶をする」
なんてことの無いはずだった戦場に検非違使が出たらしい。練度にばらつきのある部隊では退かせることが難しく、全員折れずに帰還するために殿となったのだと同じ部隊だった男士にそう聞かされた。
戦場に身を置いているのだから怪我を負うのは当然のことで、刀なのだから仮に戦場で散ったとしてもそれは誉なはずなのに。
笹貫が自力で立てぬほどの傷を負って帰ってくる度に何故が胸の当たりが苦しくなって、目の前が真っ暗になる。
「これが人で言うところの心配、というものなのでしょうね」
ただの鋼だった頃はこんな風に思うことなどなかったのに。人の身を与えられ、感情を与えられ、刀であるはずなのにまるで人のようなことを思ってしまう。
「笹貫」
布団の上に投げ出されている手に触れる。指先から伝わる温度が、普段よりも随分と冷たくて。糸櫻は笹貫の指先を温めるように手を握った。
「……私を置いていったら絶対に許さないから」
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