ずっと我慢してたんだ

少し遠くの町での鬼狩りだったのと、私が足を怪我してしまったので、近くの藤の家に一日泊まって帰ることになった。怪我は大したことはない、一日戻りが遅くなることも問題はない、ただ、この藤の家のお婆ちゃんが厄介だった。夜中にやってきた私達を見るなり、夫婦の鬼狩り様だと言って聞かないのだ。何度説明してもお婆ちゃんの耳には届かず、結局客間を一部屋しか貸してもらえなかった。

「ごゆっくりどうぞ」

六畳程の小さな一間に布団が二組、案の定ぴったりくっついて敷かれている。私が言葉に詰まっていると、冨岡さんは何を思ったのか、一組を畳んで持ち上げた。

「俺は廊下で寝る」
「何言ってるんですか!凍死しちゃいますよ!」

季節は冬真っ盛り。外は雪がしんしんと降り続いている。私が怪我をしたのも、慣れない雪に足を取られてしまったためだった。私は慌てて冨岡さんの布団を掴む。しばらくそうしていると観念したのか、冨岡さんは不満そうな顔で布団を少し離したところに敷き直した。

「足の具合はどうだ」
「ダメですめちゃくちゃジンジンしてます」

藤の家に着いてから緊張の糸が解けてしまったからか、さっきからどんどん痛みが増していく。少し捻っただけだと思っていたけれど、もっと深刻なのかもしれない。足袋を脱いで裾をめくると、

「うわぁ…」

右の足首は思った以上に赤くぱんぱんに腫れ上がっていた。私の声を聞いてひょいと覗き込んできた冨岡さんが、折れてるんじゃないか?と呟いた。

「そういうこと言わないでくださいよ余計痛くなるじゃないですか!」
「すまない…」

明日にはこの雪の中歩いて戻らなければならない。いや、大丈夫、折れてる感じじゃないしきっと眠って朝になれば痛みはひいてるはず!冨岡さんのことは無視して私は自分に言い聞かせる。

怪我のこともあるし、明日は早めに出立しようということになった。用意された浴衣に着替えて、それだけでは寒くて羽織に袖を通す。結んでいた髪を解いて、廊下で待っていてくれた冨岡さんに声をかける。

「冨岡さん、お待たせしました」

冨岡さんは一瞬驚いた顔をしたけれど、特に何も言わないまま私と入れ違いに部屋に入っていった。冨岡さんの着替えが終わるまで、今度は私が廊下で待つ番。降り積もる雪を見ながら、寒さで震える体をどう温めるか考える。私は極度の寒がりなのだ。いつもなら寝る前にお風呂で体を温めて、それから生姜湯を飲んで、綿がたくさん詰まった半纏を着て布団に潜り込むんだけど…今日はそのどれもない。どうしようか、ジンジンする右足よりも、その先の指の冷たさの方が問題な気がしてきた。

「悪い、待たせたな」

浴衣に着替えた冨岡さんが戸を開けた。まだ外よりも火鉢のあるこの部屋の方が温かいけれど、こんな雪の日には気休めにしかならない。

「冨岡さん浴衣だけで寒くないんですか?」
「問題ない」
「じゃあ羽織貸してください!寒くて寝られなくて…」

冨岡さんは面倒くさそうに綺麗に畳んであった羽織を貸してくれた。早速袖を通すと、さっきまで着ていた冨岡さんの熱がまだ残っていて、しかも大きいからすっぽり包まれているような気がした。これなら寝られるかも…!

「ありがとうございます!これでなんとか寝られそうです…」
「…そうか」
「それにしても冨岡さんの羽織は大きいですね」

腕を広げても私の手が出ないくらい、丈もかなり長い。まるで子供が大人の羽織を着たようだ。冨岡さんはボーッと私の方を見ていたけれど、何か言いたげな顔をして、でも何も言わないまま布団に入ってしまった。

「明日のことは心配するな。俺がお前を抱えて帰る」

背を向けた冨岡さんはそれだけ言って、眠ってしまったのかその後は私が何を言っても返事してくれなかった。…抱えるって、ここから屋敷がある辺りまではかなり距離がある。外は雪で歩きづらい。いくらなんでもそれは…だけど、自分の手をすっぽりと覆う冨岡さんの羽織を見ると、それも冨岡さんなら出来てしまうのかと思った。やっぱり男の人と女の私じゃ圧倒的に力の差がある。体の大きさだって、こんなに違うんだ。もし明日も痛くて歩けないくらいだったら、大人しく冨岡さんに甘えよう。そう思って眠りについた。

はずだったんだけれども。

(やっぱり寒くて寝られない…!)

全然温かくならない。特に足先!さっきから手でさすったりしてるけど一向に温まらない。火鉢は冨岡さんの向こう側に置いてあるから触れないし、何か足を温められるものはないかな…。そういえば、冨岡さんは浴衣だけで本当に寒くないんだろうか。

「…冨岡さーん?」

小声で呼んでも返事はない。私はそーっと起き上がり、自分の布団を冨岡さんの布団にぴったりくっつけた。少しでも火鉢に近づきたかったのと、それと。

(やっぱりあったかーい…!)

冨岡さんの布団に自分の足を突っ込むと、案の定温かいのだ。冨岡さんって体温高いのかな?もっと温まりたくて自分の布団からはみ出して冨岡さんの背中に近づく。私の足先が冨岡さんの足に触れて、めちゃくちゃあったかい!と感動したその時だった。ガバッと冨岡さんが起き上がったかと思うと、私の上に覆い被さったのだ。

「と、冨岡さん!起きてたんですか?!」
「俺はずっと我慢してたんだ、それなのにお前は…」

やばい、めちゃくちゃ怒ってる!どうにか体勢を立て直そうにも腕は冨岡さんの手にがっちりと押さえつけられしまっているし、冨岡さんが羽織に膝をついているので動かしようがない。足もまだ痛いし…。

「ごごごめんなさいぃ!寒くて眠れなかったから…」
「お前が髪を下ろしたときも、俺の羽織を着た時も、俺は我慢してたんだ」

何を言ってるのか全然わかんない。視界いっぱいに広がる冨岡さんの顔がずいっと近づいてくる。冨岡さんの羽織を着たときに香った匂いが鮮やかに蘇る。自分の周りが冨岡さんでいっぱいになって、なんだか急にドキドキしてきた。まずい、どうにかして起き上がらないと…!

「名前」
「はい!」

突然名前を呼ばれてびっくりした。あれ、冨岡さん私のこと名前で呼んでたっけ…?心臓がバクバクと脈打つ音と冨岡さんの匂いで混乱する私に、唇が触れてしまいそうな距離で冨岡さんが何か言おうとする。ああダメだ、よくわからないけど泣いてしまいそう。心臓がうるさすぎて冨岡さんにも聞こえているかもしれない。

「俺が温めてやるから覚悟しておけ」

(201123)