私はかわいい人といわれたい

念入りに塗り込んだボディクリームは甘いバニラの匂い。トリートメントしたての髪は、つやつやとドライヤーの風に靡いている。湯船でぽかぽかになった体は足のつま先まで熱くて少しのぼせ気味だ。最後にもう一度よく鏡を覗き込んで、洗面所を後にする。

寝室のドアを開けると、ベットサイドの小さな明かりで杏寿郎さんが本を読んでいた。私は隣に隙間なくぴったりとくっついて座る。スプリングがギシッと音を立てたけれど、杏寿郎さんはこちらを見向きもしない。分厚い小さなその歴史小説は、今度映画化されることを楽しみにしているのを知っている。ひょろりと頼りなく垂れ下がったスピンを摘んで、ページの真ん中に引っ掛けた。

「む、待たせただろうか」
「ぜんぜん」

パタリと本は閉じられる。ようやく杏寿郎さんと目が合う。少し悪戯な瞳の色をしているのがわかった。ならばとわたしは杏寿郎さんの膝の上に跨る。ワンピースタイプのルームウェアが自然と太ももの辺りまでたくし上げられる。最近お気に入りでこればっかり着ている。

杏寿郎さんの頬を両手で包んで、そっとキスをする。最初は重ねるだけ、それから唇の端を摘んだり、形のいいそれを確かめるように舌を這わせたり。やがてどちらからともなく舌が絡み合う。杏寿郎さんの手が露になった私の太ももを撫でている。それが私の背中をぞわりとさせる。

しばらく絡み合った舌が離れると、杏寿郎さんはワンピースの裾を捲って一気に脱がせてしまった。火照った体にひんやりとした空気が心地よい。そのままベッドに優しく寝かせられて、いつものように杏寿郎さんが私を見下ろす。この瞬間がたまらなく好きだ。そっと髪を撫でると、杏寿郎さんの舌が首筋から鎖骨までをゆっくりと這っていく。

「甘いな」
「きらい?」
「まさか」

わざと音を立てて耳を舐めたり、絡み合うように繋いだ指先にキスをしたり、焦らすような愛撫に今夜は長くなりそうだと思う。はぁ、と小さく甘いため息が私の口から漏れると、杏寿郎さんは満足気に微笑んだ。

「かわいい人だ」

その言葉に私も満足して、ああ、今夜も完璧に私の負けだと思う。杏寿郎さんのスウェットの下からそっと指を差し込んで滑らかな肌を堪能する。唇が重なり合って、また長いキスが、夜が始まった。


(210112)