煉獄くんに他意はない

同じクラスの煉獄くんが、私はとても苦手だ。派手な髪型、いつも大きな声、どこを見ているかわからない目。あと背も高いので近くに立たれると威圧感があってとても怖い。到底仲良くなれそうにはないと、煉獄くんを見るたびににそう思っていた。  

それなのに、それなのにだ。よりにもよってそんな煉獄くんと、林間学校の実行委員に選ばれてしまったのだ。日程組みや班決め、しおり作りなどやることは山のようにある。ほぼ毎日打ち合わせしなければならない。その相手が煉獄くんとは、前途多難な予感しかしなかった。

「苗字!早速だがこれから時間はあるだろうか!」

煉獄くんは一番後ろの私の席の前に仁王立ちするなり、クラス中に聞こえるのではという声で話しかけてきた。キーンとする耳を押さえつつ、何度も頷く。

「聞こえてます、聞こえてますので、少しボリュームを…」
「そうか!すまなかった!」

はははと大きくて暢気な笑い声は、さっきとまるで変わらないトーンだ。これはもうこちらが適応するしかなさそうである。放課後の教室はすぐに人もまばらになり、前の机をくるりと反転させた煉獄くんが、その席にどかっと座った。

「何やら大変な任務を任されたが、苗字と一緒なら心強い!」
「そうですか、それはよかった…」

…私は今とてつもなく不安です。カバンの中から先生に借りてきた去年のしおりを取り出して煉獄くんに差し出し、私たちがやらなければならないことを一通り説明する。ふんふんと頷いてはいるものの、どこを見ているかわからないので聞いているんだか聞いていないんだかいまいちわからない。

「班決めとか…女子の方は私で決めるから、男子の方は煉獄くんお願いね」
「飯はどうするんだ!」
「は?」

開かれたしおりの日程のページの、夕飯作りという箇所を煉獄くんが指でとんとんと指し示す。あ、やっぱり話聞いてなかったんだな。

「カレーでいいんじゃないかな?毎年そうみたいだし」
「なるほど!」
「簡単だし、材料もそんなに必要ないよね。お肉と玉ねぎとじゃがいもと…」
「芋は、」

正直カレーの話よりも他に話したいことや決めておきたいことが山ほどあるのだけれど。私は頭の辞書の中の煉獄くんのページに、とてもマイペースと付け加えておいた。

「芋は、さつまいもでもいいだろうか!」

一際大きな声に私は再び耳を塞いだ。心なしか先程よりも煉獄くんの目はキラキラと輝いているようだ。さつまいもが好きなのだろうか。でもカレーにさつまいもは…どうだろう、それはそれで美味しいのかもしれないけれど、今はそれどころではない。

「それは…煉獄くんの班で話し合って決めてね」
「承知した!」

それから煉獄くんはさつまいものどんなところが好きかを語り始めたので、私は諦めてシャーペンを手に取り一人林間学校の日程を組むことにした。

「さつまいもは甘くてうまい!ふかしてもいいし揚げてもうまい!干してもうまい!」

しかし捗らない。目の前の煉獄くんがうるさくて全く集中できない。そもそもどうして私がここまで神経をすり減らして林間学校の実行委員なんてやらなければならないのだろうか。そしてどうして煉獄くんが実行委員なんてやっているのだろうか。確か煉獄くんは剣道部のエースで部活も忙しいはずだ。

その時ふと、先生の言葉を思い出した。男子の実行委員は立候補者が出たのですぐに決まったけど、女子の方がなかなか決まらない。先に決まった男子の実行委員の推薦で苗字の名前が上がったから、悪いけど協力してくれないか?と。

「優しくて可愛らしい、大好きだ!」

はっと顔を上げると煉獄くんが真っ直ぐにこっちを見ていた。初めて煉獄くんと目が合ったような気がした。いつもどこを見ているかわからないのに、今だけは、不思議と私のことを見ているとわかるのだ。

その瞬間、急に恥ずかしくなってかーっと血の気が頬から耳にかけて集中するのがわかった。

「…さつまいもの話…だよね?」

煉獄くんはニコニコと笑っていた。けれどもそれきり煉獄くんは何も言わなくなってしまったので、私はまた俯いてシャーペンを手に取った。

それにしても捗らない。どうしよう、困った。握りしめたシャーペンは白い紙の上をうろうろとしているだけで何の文字も紡ぎ出すことが出来ず、ばくばくとうるさい心臓を抱えて途方に暮れてしまった。

前途多難だ。林間学校も、煉獄くんも、何もかも。


(210208)