風邪を引きました(降谷)
風邪を引きました。
『じゃあゆっくり休んでね。お大事に。』
「すみません…何とか来週には出勤できるように直しますので。」
会社の上司に連絡をつけ、再びベッドに俯せる。だるい、暑い、気持ち悪い、頭が痛い。完全なる夏風邪。自己管理ができないなんて情けない限り。病院に行かないと、飲み物を飲まないと…いろいろ頭を巡るものの、身体が動くきがしない。
とりあえず風邪を引いたら必ず両親に連絡、というルールがあるので私は携帯を取り出し、朦朧とする意識の中連絡を入れたと同時に気を失った。
「ん…。」
目が覚めた時には、日も落ち始めていて、いつの間にか自分の体には毛布も掛かっていた。もしかしたら連絡を入れたことによって両親が来てくれたのかもしれない。私はゆっくりとした足取りでリビングに向かった。
「…ん?」
「ああ、起きたか。」
「…え、あれ、幻想…?」
「…お前、まだ寝ていた方がいいんじゃないか?」
「ふる、や?え、本物?」
「当たり前だろ。」
何故、高校の同級生である降谷がここにいるんだろう。そもそも格別仲がいいわけではなかったはずだし、確か先日街でばったり再会して連絡先を交換したけど連絡をしたことはなかったし。というかまじで何でいるの?
「ほら、これ飲んで。」
「あ、ありがとう。」
「お前病院行ったの?」
「…行ってない、けど。」
「これ飲んだら連れてくから上着着て保険証だけ持ってこい。」
「…え、夢?」
「お前いい加減にしろよ。」
ハアと息を吐いた降谷は見慣れないスーツ姿で、そう言えば再会したあの日もスーツだったから仕事帰りとかそんな感じなんだろうか。いやでもまだ17時だし、もしかして仕事中…?
「降谷、仕事は?」
「お前が気にすることじゃない。」
「…え、休んだりしてないよね?」
「ちょっと出てきただけだ。気にするな。」
「えええ…。」
「ほら、出るぞ。歩けるか?」
「ん…あ、まってもう少しゆっくり、」
「…これじゃ効率が悪いな。乗れ。」
「…はい?」
何故か目の前で背中を向けて座り始めた降谷は早く、と私を促した。とは言えさすがに30手前の女におんぶはないだろう。私は歩けるから、と言ってするりとその背を避けるとその横で腕を捕まえれる。いや痛いからね、加減ってものを知っていますか降谷くん。
「乗らないならこうするまでだな。」
「何言って、っひゃ、まって!おもい!重いから!」
「騒ぐな。頭に響くぞ。」
「わ、かってるけど、待ってほんと、重いし、」
「俺がそんな野暮な男に見えるか?お前くらい余裕で担げる。」
「…担ぐのは、勘弁してください。」
「なら言うことを聞くんだな。」
夢にまでみた(ことなんてないけど)お姫様抱っこをされ、私は家の外に止めてあるやたらと高そうな車の中に移動される。車に入ると降谷の匂いでいっぱいだった。
「辛かったら寝てていいから。」
「…な、んで?」
「ん?」
「…なんで、降谷がここまでするメリット、ないでしょ?」
「…メリットか。そうだな、強いて言うならポイント稼ぎ?」
「…何それ。」
何に対してのポイント稼ぎ?イケメンなのに優しい俺、みたいな?それ私が評判広げないと意味ないやつじゃん。頭の中ではぼーっといろいろな考えが過ぎるけど言葉にするほど元気がない。私はぼーっと外の景色を見ているといつの間にか眠ってしまった。
気が付いた時には病院の待合室にいて、どうやら私はまた降谷に運ばれてしまったみたいだった。
「…ごめん。」
「ただの夏風邪でよかったよ。」
「…うん。」
「何か食べたいものとかあるか?」
「…ううん。大丈夫。」
「じゃあ適当に何か買ってくか。…あ、悪い少し電話出てくるから待っててくれ。」
「うん。」
診察も終わり、ぼーっと待合室で待っていると名前を呼ばれ受付まで行くと薬の説明などされた。正直何も頭に入ってこないけど、まあ飲めば治ると信じたい。
「ではお大事に。」
「…あれ、あの、お支払いは?」
「ああ、お連れ様が既に支払っておりますよ。」
「へ…?」
「素敵な旦那様ですね。」
「…ただの元クラスメイト、ですよ。」
私は薬を受け取りゆっくりとした足取りで出口へと向かう。後で降谷にお金返さないと。そもそも降谷ってあんなお人よしだったっけ。私にこんな義理つくって何が目的なんだろ。あーダメだ、考えると頭痛くなるから何も考えないでいよう。ふらふらと歩いていると遠くに降谷の姿が見えた。走ってこちらに来る姿は、まるでどっかの王子様みたいで少し笑いそうになってしまった。
「待っていろと言っただろ!」
「…歩くの、遅いし。早めに行動してた方が効率いいかなと思って。」
「そんなのまた俺がっ…、いい。ほら、行くぞ。」
「ん。」
降谷は私の歩くペースに合わせてくれた。その帰り道、車の中では爆睡で記憶にない。ついでに言えばどうやって家まで戻れたかなんてあまり考えたくもない。
再び目が覚めた時には降谷が私のベッドの傍で目を閉じ眠っていた。こんな降谷を見るのはレア中のレアじゃないかと思う。昔から隙のない人だった。女の子からめちゃくちゃモテるのにいっつも男友達とつるんでて、高嶺の花なくせして私みたいな地味で目立たない人にも人当たり良かった。
先ほどより体が楽に感じているのはきっと薬を飲んだからであって、紛れもなく目の前で寝てるこの人のおかげ。あーあ、何でお礼すればいいんだろう。悶々とそんなことを考えていると降谷がもぞもぞと動き私の体に一気に緊張が走る。
「…悪い、寝てた。」
「あ、いえとんでもないです。」
「体調はどうだ?」
「さっきよりは全然楽になりました…。」
「ならよかった。というか何故敬語。」
「いや…えと、ごめん。私なんかに時間取ってもらっちゃって。」
「…ふ、相変わらずだなお前は。」
そう言って降谷は立ち上がり私の頭をポンポンと撫でた。おかゆ作るから待ってろと言われ呆然とその後ろ姿を見る。あれ?何これ私すごい絆されてる?でもなぜなのか、降谷に対したメリットの無い行動に改めて謎が深まった。
「ふるや、」
「ん?飲み物?」
「あ、ううん。」
「もう直ぐでできるから横になってろよ。」
「…うん。」
「いい子いい子。」
「…バカにしてる。」
「別にしてないって。」
キッチンまで様子を見に行くも戻るよう返されてしまったので大人しくベッドに座って待っていると、おいしそうなおかゆの他にセロリの漬物やきんぴらごぼうの様なものも小鉢に入っていた。
「お、おいしそう…!」
「これは食前に飲むやつ。後は食後な。」
「はあい。」
「食べれるか?」
「んっ食べれる!」
薬を飲んで、さすがにご飯を食べさせてもらうほど弱っていないためスプーンを受け取り口に運ぶ。どれも絶品で、おかゆ以外の食品はてっきりお惣菜だと思っていたのに降谷お手製だというんだから驚いてしまった。
「おいしい…。」
「よれは良かった。」
「降谷ってできないことないでしょ。」
「そんなことないよ。」
「えー例えば?」
「ん〜そうだな。例えば、本当に欲しいものは全て手に入らないとか。」
「…それはできるできないの話なの?」
「はは。それもそうか。」
「というかそもそも何で降谷が私が風邪ひいたって知ってたの?」
「ライン、お母さんってなってたけど俺に送ってた。」
「…ごめんなさい。」
「別にいいよ。辻川に会える口実できたしな。」
「うん?」
「わかってないだろ。」
100%分かってないと言ったら嘘になるけど、まさか降谷がそんなわけないから分からない振りをする。だって、あの降谷だもん。高嶺の花だよ?そんなわけない。
「あ、病院代と食事代払うから言ってね。」
「いいよ。俺が勝手にしたことだ。」
「いやいや…。」
「代わりに俺が体調崩した時同じようにしてよ。」
「……。」
「な?」
「…それしてくれる、女の子なんて降谷だったら沢山いるでしょ。」
ぼそっと言った言葉はしっかり彼にも届いていたようでむっとした表情をされた。その後すぐにハーッとため息をつかれ食べ終わった食器などを下げにキッチンに行ってしまった。全部やらせるわけにはいかないと思い薬を飲んで降谷の後を追いかける。
「後はわたしやるから大丈夫だよ!」
「…いいから寝ていろ。」
「洗い物そこに置いておいてもらえれば明日とか私やるから、」
「いいから辻川は部屋に戻ってろよ。」
「ねえ、降谷、そんなしてもらわなくていいよ。申し訳なくなっちゃうよわたし。それに降谷だって仕事とかあるでしょ?私はもう大丈夫だから、」
「迷惑?」
「め、迷惑なんかじゃないよ!有難いと思ってる!でも、私にこんなことしてもらう価値ないし、申し訳ないよ。」
そう言うと降谷は洗おうとして出した水を止め、くるりとこちらを向きなおした。どうやら少し怒っているように見えた。
「お前の価値を決めるのはお前じゃない、俺だ。それにここまでして伝わらない?俺がお前を特別として見てるって。」
「…へ?いやでもそんな、降谷に限って私なんて、」
「それ。学生時代から口癖だよな。私なんてって自分を悲観的に見るのやめろ。」
「……。」
「辻川は価値ある人間だよ。だからそんなこと言わないでくれ。」
そう言って降谷は私の背中に腕を回しぎゅっと抱きしめてきた。遠くで見ていたよりずっと逞しい体に私の体は思わず固まる。熱があるせいで余計に鼓動がドッドッと脈打っていた。
「あ、の、ふる、や?」
「付き合って。」
「…へ?」
「ダメ?」
「っ〜えええ…、」
もういっそのことまた熱で倒れてしまいたいと強く思ってしまった。