箱根温泉旅行


「お、はよう。」
「おう。」

東京駅、待ち合わせ時間より15分も早くついてしまったのに影山さんは帽子を深くかぶってそこにいた。お互いきっとソワソワしていたんだと思う。昨日ぶりだというのに、なんだか少し新鮮な気持ち。それはきっとあの”約束”があるからだ。

「早いね、」
「……そっちこそ。」
「私は癖と言うか…行きましょうか。」
「……今日敬語使ったらその度になんか罰ゲームな。」
「え、」
「行くぞ。」

影山さんは私が持っていたバックを取り左手を握るとそのまま自分のポケットの中に突っ込んだ。私は慌てて小走りで影山さんのスピードに合わせる、そして顔を見ると昨日見たようなにやけ顔でいるものだからもう何も言えなかった。あーあ、もういいや。撮られてもしらない、そんな無神経なことを思ってしまいながら私は握られた手をギュッと握り返した。今日は誰が何と言おうと、私と影山さんの特別な日になるんだ。




「静かだね〜。」
「さっみ、」
「薄着だからだよ、もう。」

箱根に着いた私たちはホテルに向かう道中、ぶらぶらと歩くことにしたわけだけどこの時期にしては薄着に見える影山さんと元々寒がりのためもっこもこに着込んできた私とは寒さの感じ方にも雲泥の差がある。私はしていたマフラーを外し影山さんに掛けるとこれじゃ辻川がさみいだろ、と言われるけどお構いなしだ。

「私はいっぱい着てるの。風邪でもひいたらそっちの方が嫌なんだから、してて。」
「……おう。」

そういえば影山さんは首元に巻いた私のマフラーに顔を埋める。そのしぐさに少しドキッとしているとスーッと息を吸い込んでいて途端に恥ずかしくなった。

「っ影山さん!におい、嗅いでるのやめて!」
「……何でだ?」
「だ、って…臭かったらどうしようとか、考えちゃう、よ……」
「……臭くない。辻川の匂い、すっげー安心する。」
「っ〜〜でもいいから匂い嗅ぐのは禁止っ!」

こんなことでドキドキとさせられてしまうのが悔しいけどやっぱり好きな人に匂いが安心するって言われるのが何だかとても嬉しかった。私は影山さんを引っ張って寒いから早く宿に行きましょうと前へと進んだ。その間も赤く火照った顔を冷やすのに必死だった。




*

「それでは、ごゆっくりどうぞ。」
「ありがとうございます。」

お宿は影山さんが予約してくれたので正直お値段が幾らくらいするところなのかは聞いてなかったものの、このサービスとお部屋を見れば嫌でも高級宿ということは分かる。私が小さい時に家族旅行で来たお部屋にはお部屋の中に露天風呂とかなかった気がする。恐るべし、全日本ルーキー……。

「す、すごいね……。」
「そうか?ならよかった。」
「……もしかしてこういうところ来慣れてたり、する…?」

それもそうだよね。これだけ世間でイケメンだなんだと騒がれ女の子のファンもたくさんいて将来有望な人に、女性経験が少ないなんてありえない。前に好きな人と付き合ったのは初めてだと言ってた気がするけど、きっと恋愛を上書きするタイプの人なんだろうなとか勝手に解釈してしまう。

「小さい頃に家族で来たことがあるくらいだ。」
「…へえ、露天風呂も部屋にあるの、すごいね。」
「それは俺も初めてだな。」
「……前の恋人、とかとは来てないの…?」
「…来ねえ、そもそも彼女とかいたことねえし。」

思わずお茶を入れていた手が止まる。今、この人なんて言った…?

「え、っと……影山さん、今22歳だよね?」
「もう来月で3になる。」
「あ、うん…え、っと…え?学生時代は?」
「……?バレー部だった。」
「そうだけどそうじゃなくて!彼女とか、いたでしょ?!」
「いねえよ。」
「な、」
「辻川が初めてだって言ったろ。」
「…そんな、だって!キスとか!すっごい慣れてた!それは嘘だ!」

私は思わず立ち上がりそういうと影山さんは大きな目をさらに広げて私を見た。そうだよ、初めてであんなにキス上手なわけあるか!影山さんとしたキスのよさ、私が1番よくわかってるんだから!と何故かよくわからない反抗心が生まれ嘘つかれるくらいなら本当のことを言ってくれたほうがいっそ清々しいと思う。しかし影山さんは嘘じゃないと真剣な目で、声で話す。

「付き合ったことはない。んなこと嘘ついたってどうしょうもないだろ。」
「……じゃあ、どうして慣れてるの。」
「……別に、慣れてねえよ。」
「だって私、影山さんが…キス、してくれるといつもされっぱなしというか…、かっこいいし、絶対モテるからこういうところも女の人と来たことあるのかなあ、とか思っちゃって、……すみません、何かこういうところ来慣れてないから勝手に余計なこと考えちゃって、」

言い訳を口走っていると影山さんは後ろから私をギュッと抱きしめた。影山さんがさっき私の匂いに安心するといったけど、私だってそう。この温かさと匂いに、安心している。そして影山さんは私の耳元でなあ、と声を掛けた。

「辻川が何言いたいのかわかんねえけど、俺が他の女にモテても関係ねえだろ。俺が好きなのはお前なんだから。」
「っ……、」
「俺だっていつも必死だ。お前に嫌われたくねえし、俺だけの辻川になればいいのにってずっと思ってる。だから今日はすげえ楽しみにしてきた。…辻川も、そうじゃないのか?」

振り返り影山さんを見ると頬をいつもより赤く染め、伏し目がちに私を見つめた。その姿にまたドキッとさせられ、馬鹿みたいに過去が気になって仕方なかった自分の気持ちとかどうでもよくなった。私は精一杯背伸びして影山さんの唇に触れるだけのキスをするとな、おま、とまとまりのない言葉を漏らしながらさっきよりも赤くなった顔で私を見た。ああ、もう早くこの人のものになってしまいたい。そんなはしたないことすら思ってしまうほど、私はこの人が好きなんだと感じた。

「お風呂、行ってきます。」
「っ……お、う。」

直ぐに脱衣所に行き鏡を見ると真っ赤な顔をしてるのは影山さんだけじゃない、私もだった。


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