家族対面と決意
『あ、お疲れ様です。今大丈夫ですか?』
そう辻川から電話が入った時には寮のベッドでごろごろしながら軽いトレーニングをしていた。普段仕事の連絡はメールでしてくるから、口調的に仕事の連絡っぽいし何かあったか聞けば辻川の家族が俺と話したいという連絡だった。それを聞いた瞬間、もしかしたら家族に反対されているのかもしれないと思って居ても立っても居られず電話ではうまく伝えることが出来ないと思ったから少し強引に電話を切って辻川の家に行くことを伝え急いで身支度をする。なんと言えば、彼女を海外に連れて行ってもいいと言われるだろう。大してない脳みそをフル回転しながら俺は走って駅に向かう。電車に乗ると影山選手だ!とわらわら騒がれてしまい、そういえばマスクも帽子もするのを忘れていたことに気が付く。まずい、そう思って聞かされていた最寄り駅より前に電車を降り、タクシーに移動する。早く着け、そう思う反面試合前のような緊張感が自分を高め全然考えがまとまらずぐるぐるとし始めた。
降ろされた場所は特にオートロックもないようなマンションで、エレベーターに乗って3階で降りる。その部屋番号の前に立ち、深呼吸をした後にインターフォンを鳴らした。はーい、と女性の声が聞こえるとゆっくりと扉が開いた。
「あ、こんにちは、」
「わあ本物!」
「おお〜影山選手!こんなところまでわざわざありがとうございます!」
「どうぞ上がって?」
「お、じゃまします。」
辻川のお父さんとお母さん、2人が迎え入れてくれそのちょっと後ろに辻川もいた。ここは、彼女の実家何だとより一層緊張が増した。
「影山さん、もしかしてそのまま来ました?」
「え?あ、あー……」
「またニュースになるからやめろって言われますよ、ちゃんとバレないようにしてください。」
「…す。」
「まあまあ、影山選手、コート受け取るわね?」
「それにしても本当に身長が高いね。何センチあるんだい?」
「191cmっす。あ、すみませんありがとうございます。」
「お茶?コーヒー?紅茶?オレンジジュースと、ジンジャエールもあるけど!」
「あ…お茶で、お願いします。」
「わかったわ、ソファ座ってね?あ、洗面台で手洗ったほうがいいわね、みのり案内してあげて、」
「こっちです。」
俺はかちんこちんになりながら辻川の後ろを歩くとくすりと笑う声が聞こえる。畜生、と思いつつもそういえば自分も騙したような形で恋人と紹介して両親に合わせた過去があるから何も言えなかった。
「緊張、してる?」
「……ワールドカップ、ブラジル戦。4セット目17点目のセットアップ並みに。」
「……安田さんの?」
「そう。」
「ふふ、あはは!大げさだよそれ。」
「大げさじゃねえ。こんなこと初めてだから、俺何が正解なのか全然わかんねえ。」
「……そのままの影山さんでいいんだよ。」
その声はすごく安心するもので、手を洗いながら鏡越しに辻川を見ると優しい表情をしていた。掌全体を石鹸を遣って洗い、キュッと蛇口を捻り渡されたタオルで手を拭く。そこでまた深呼吸すると辻川はにこりと笑っていこう、と言った。
「あ、影山選手!お腹は空いてる?」
「えっと…昼は、まだデス。」
「よかった!もう並べちゃうから最初に食べましょう?」
「ありがとうございます。」
「お母さん、家で影山選手はやめてあげてよ。ここはコートじゃないし、彼だってコート上以外は普通の一般人と変わりないんだから。」
「あら、じゃあ飛雄くん?」
辻川に似た笑い方、声…そんな人に名前で呼ばれて思わず全身に心音が伝わる。そういえば辻川に名前で呼ばれたこと、ない。それに俺だって…及川さんや宮さんも名前で呼んでるのに、ずっと辻川と呼んでいる。…名前で呼んでも、いいだろうか。
「いきなり名前ってフランクすぎ……」
「いいじゃない、ねえ?」
「っす。みのり、も、そう呼べばいい。」
「っ…な、」
「あらやだ、みのりったら顔真っ赤。」
「我が娘ながら初心で可愛いなあ。」
「っ〜〜〜手伝う!」
辻川は顔を真っ赤にさせキッチンへと移動してしまった。やべえ、調子乗りすぎたか。俺はおろおろとしているとお父さんにここに座ってね、と言われ椅子に座る。お父さんもどこか辻川に雰囲気が似ていて、今日初めて会ったのに安心する感じがした。
「飛雄くんの試合、見ていたよ。凄かったね。」
「ありがとうございます。」
「あれってやっぱりすごいスパイクがをさ、レシーブで上げるときってめっちゃ痛いの?すごいよね、リベロの人とかもポンポン上げて。」
「ああ、痛いってあんま感じないっす。上げるのに必死だったりするんで。」
「へえ、でも内出血とかすごいんじゃない?
「気が付いたら腕真っ赤とかは全然あります。」
「うひゃ〜そうなんだ。怪我とかはしないの?」
お父さんはバレーボールの話をたくさんしてくれた。今自分が冷静に話せる話題と言ったらそこしかなかったから、正直すごく助かった。多分、気を遣ってくれてるんだと思う。だけどこうやって関係者以外にバレーボールの話をしても直ぐに飽きられてしまうから沢山聞いてくれるのはすごく嬉しかった。
「それで、セッターは試合中1番ボールに触ることが多いんでいつも指先までケアするようにしてるんすけど、」
「はい!お待たせ〜!」
「う、うまそうっ!」
「あらやだ嬉しい、お口に合うといいんだけど。みのり、ごめんお茶取ってきてくれる?」
「うん。影山さん、コップもらえます?」
「ん、俺も持ってくるの手伝う、」
「座ってていい大丈夫!」
「ふふ、みのりったら照れちゃって。」
「そんなんじゃないから。」
何だかこんな辻川を見るのは初めてで、俺は思わず嬉しくてにやけが止まらなくなる。そんな顔を見てか辻川はお茶を持ってきて座るときに小さい声で顔緩いよ、と言われてしまった。高校のころ田中さんがやった頬をパチン、とするやつをやって気合を入れるとみんなビックリして笑っていた。
「ご飯食べるのにえらい気合入れたね、飛雄くん。」
「あ、いやそうじゃなくて!」
「まあ気楽にね。いただこう、いただきます。」
「「「いただきます!」」」
まるでお店に出るみたいなビーフシチューも、サラダも、名前は分からないけど肉も、副菜も全部美味しくて。辻川の実家にいるというのに遠慮もせずにがつがつ食べているとお父さんが男の子は食べっぷりがいいなあ、と明るい声がした。
「本当にね。お替わりあるから遠慮せずに食べてね?」
「っす!ありがとうございます!」
「みのりは選手の食もアドバイスとかするのかい?」
「あ〜寮にいるときはしてないよ?食堂にプロがいるからね。ただ遠征とか、そういうときは資格ももってるしホテルの食べ物見て足りないものとかあればアドバイスというか、用意してるかなあ。」
「へえ、すごいわねえ。」
「食が資本だしねえ。」
「ねえ、飛雄くん。この子、うまくやってる?」
「そういう話は食べ終わってからで、」
「うまふやってまふ!」
口いっぱいご飯を含んだ状態で喋ったら思っていた以上に言葉が詰まってしまった。だけどそれでも3人は顔を合わせて笑ってそっか、と優しく聞いてくれて少し恥ずかしくなったのと、やっぱり嬉しかった。ゆっくりご飯を食べ、もちろんお替わりもしてお腹が膨れた時にはテーブルの上は片付かれ、俺はお茶を飲んでいよいよかとごくりと喉を鳴らした。片付けが終わったお母さんと辻川、洗濯物を入れてくると言ったお父さんも戻ってきて4人でまたダイニングテーブルに座る。
「あの、聞いてるかもしれないんすけど改めてお2人にみのり、さんと一緒に海外で活動する許可をいただきたくて。俺は日本チームをオリンピックで優勝させたいと思ってます。そのためには自分のステップアップが絶対に必要で、今回のワールドカップで声をかけてきてくれた海外のチームでの練習をしたいと思いました。でもそれは俺1人じゃ出来なくて、どうしても…どうしても、みのりさんが必要なんです。それは付き合ってるからとかじゃなくて、…いやそれも少しあるけど、」
「ふふ、」
「正直だなあ。」
「…もう、」
「あ、えっとだから…俺の身体的サポートから、精神面も今すげえ支えてくれてるのは辻川、あ、いやみのりさんなんでこれからも一緒に支えてほしいと思ってます。だから、どうか連れて行ってしまうことを許してほしいです。」
言葉が合ってたかは分からない。それでも必死に言葉を繋げるしかない。立ち上がり頭を下げると辻川が影山さん、頭上げてと声をかける。けど俺はまだ上げることが出来なかった。
「飛雄くん。顔あげて?」
「……はい、」
「そんな風に言ってくれてありがとう。僕たちも飛雄くんの活躍を期待してるんだ、だからそれにみのりが役立てるなら一緒に行って頑張ってきてほしいと思ってるよ。」
「そうね。こんなトップアスリートがこういう風に言ってくれるんだもの、娘としてもその親としても誇らしいわ。飛雄くん、よろしくね。」
「……っはい!」
じゃあもう堅いのはやめましょう、という一声でまた椅子に着き出されたリンゴを食べながら辻川の小さい頃の話とか俺の話とかをしながらあっという間に時間が過ぎていった。辻川の顔を見ると、やっぱり今日は来てよかったと思った。
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