大切なもの


「ママ?なんでママとみまはみんなと違う言葉をつかうの?」
「ママとみまはね、日本という国の出身なの。でもお仕事で今はロシアという国にいるの、だからみんなロシアで使う言葉を使ってるんだよ」
「ふーん。にほん?ってどういうところ?」
「そうだな〜みまは会ったことないけどおばあちゃんもおじいちゃんもいるよ」
「えー!みまにおじいちゃんとおばあちゃんいたの!?あいたい〜!」
「うん、直ぐは無理だけど会いに行こうね」
「うんっ!にほんのこと、エレーナに明日はなそ〜!」
「じゃあ今から日本のお菓子作ってエレーナちゃんに明日あげようか」
「つくるー!!」


私の大切なもの。この生活に最愛の娘。もうこの生活も5年になる。若い頃に娘を授かって親には反対されながらも産み、更に海外での仕事を選び日本を発った。
両親には感謝している。大学2年生の頃に来たロシアで、優しい人たちにも巡り会えてここでもっと生きてみたいと思えたのも留学をさせてくれたおかげだ。

今年で29歳になる私は誰の力も借りず1人で美真を育ててきた。それだけが今の自分を鼓舞する原動力になっていた。














「Японец в команде?(日本人がチームに?)」


それは久しぶりのことだった。ロシアにあるスポーツ競技アジアサポートチームに所属する私はバレーボール競技で久しぶりの日本人配属に少し心が躍った。もちろんロシア語も様になってきたつもりではあるけどやはり母国語を喋れる機会が美真以外に使えるのはここ数年でもあまりない。だからこそ美真には家にいる時は日本語で話すようにしていた。

「Попросите его поддержки(彼のサポートを重心的に頼む)」
「Я понимаю(分かりました)」

本日からということだったので私は指示された通りバレーボールチームのある寮へと足を運ぶことになった。
日本人のバレーボール選手……どういう人なんだろう。いい人だといいな、と期待を込めてタクシーに乗った。













「это здесь!(こちらよ)」


日本では考えられないほど立派な寮。私は早速受付に行くと女性スタッフが早速手招きをしてくれ、その後を追うとロビーに想像していたスポーツ選手像よりも一回り小さい、下手したら高校生くらいに見える日本人男性がいた。

「あ、こんにちは」
「日本人?うわーめっちゃ安心しました…、すみません、ありがとうございます」
「よかったです。長旅ご苦労様でした、迷わず来られました?」
「いや〜……すっげー何回かバッグ取られそうになって死ぬほど焦りました。でもなんとかって感じです」
「擦られないでよかったです、今回担当につきます辻川みのりと申します、よろしくお願い致します」
「夜久衛輔です、よろしくお願いします」

笑うと余計に幼く見えるな、と思いながらもいい人そうでよかったと安心した。夜久衛輔さんはバレーボール選手の中でも極めて小さく、ただそれがマイナスにはならないリベロというポジションでの海外リーグへの挑戦だと貰った資料に記載があった。
5歳年下の童顔なプロスポーツ選手。まさかこの時はこの人が私にとって大きな影響力をもつなんて想像もしていなかった。