AV女優になると決めた日
「ではこちらの契約書にサインを」
「はい」
契約を交わされたのが半年前のこと。
何者でもない、未来も希望も、楽しさも苦しみも特にないわたしが何をしたら、何かしたら変わるのだろうか。かと言って変わりたいというわけでもないけど、誰の目にも止まらないわたしという存在を知って、認めてほしい、ーーーのかもしれない。
そんな曖昧な理由でわたしはその日、AV女優になることを決めた。
何故ーーAV女優という職に決めたのか。
別にお金に不自由だったとか家庭環境が悪かったとかそういうわけでもない。裕福な生活はしていないけれど奨学金を使って大学も通って4年目の夏、決まらない就職活動にこれまで何となく目を逸らしていた自分の存在意義というものを全否定された気がして少し心が閉ざされてしまった。しかしここで負けて両親に迷惑を掛けるわけにはいかないというプレッシャー、そして大きなキッカケはそんなプレッシャーを感じる中でこれまで純潔を保ってきたわたしが処女を喪失する出来事が起こったからである。
『君、就職活動に困ってるの?』
『え?』
『さっきからずっと履歴書と睨めっこしてて気になってさ。僕の会社、ああ僕経営者なんだけど今ちょうど人を募集してて、君みたいな真面目そうな子にはピッタリだと思うんだけどどうかな?』
『ほ、本当ですか?』
『一度面接にでも来てもらえれば内定は確約するよ、時間ある?』
『あります!ぜひ面接させてください!』
『嬉しいね、じゃあ今からどうかな?』
『いいんですか!?ぜひ!』
その時声を掛けてきた人は推定40代の普通の年上の人って感じの人だった。小太りで眼鏡とか、背が低くて色黒とか、そういう人じゃなくて本当に普通のスーツを纏った男性。名刺を渡されて信じきってわたしはくたくたになりつつあった就活用のパンプスをコツコツと鳴らし彼の後をついていった。
彼の言葉が嘘だと気が付いた時には既にホテルに入ってしまっていた。そう、何故ならわたしは処女だったからラブホテルに自分が入っているだなんて気が付かなかったのだ。
『あ、の…ここはオフィスなんですか?』
『……ハ、君何言ってるの?』
『えっあの、面接は……』
『ああ、面接ね。申し訳ないけどうちの会社の人事に聞いてもらえる?』
『なに、言って』
『君こそホテルまで入って何言ってるんだ?まさかここに来て面接するつもりだったというのか?』
『…………騙したんですか?』
『ははは、ごめんね。そうだな、そうなるなぁ』
『…………わたしは、これから何をされるんですか?』
『そんなこと決まってるだろう、君くらいの歳ならお盛んだろ?』
『…………えっちなこと、ですか』
『ふは、随分と可愛いこと言う。そうだね、君もその気があったから何やかんや僕の後ろをついてきたんじゃないのか?』
『わたしは処女です』
『え』
『処女です』
そう伝えたら彼は吃驚とした表情でわたしを見つめ本当に?と三度聞いてきた。その問いにわたしは本当です、と同じ返ししか出来なかった。だけどもしかするとした事のないことを行き当たりばったりで騙してきたこの人にされるかもしれないという恐怖で口調はハッキリしていても身体は無意識に震えていた。それを彼は見てわたしが嘘をついていない事を認めまじかよ…、と言いながらベッドに座り込んだ。わたしはその間ずっと立ちっぱなしだ。
『処女、かぁ。君もしかして短大生?まだ未成年?』
『いえ、大学4年の21歳です』
『あー……随分遅いね?』
『まあ、彼氏も作ったことないので』
『わぁすごい。でも別にモテないって事ないんじゃない?僕的には全然ありなんだけど』
『………興味、なくて。付き合うとか、付き合わないとか。あと人付き合いとかも苦手で、………友達も1人しかいません』
『可哀想だねえ』
『………あの、聞いてもいいですか』
『ん?なんだい?』
『………貴方はなんでわたしを選んだんですか?』
少なからずあの時公園にいたのはわたしだけではなかった。それに直ぐ一本道を歩けば人通りの多い場所に出るし声を掛けられる女の子なんてたくさんいるはずだ。それなのにこの人はわたしを選んだ。その理由こそがわたしがAV女優になろうと決めたきっかけの言葉だった。
『はっきり言っていけそうだったからかな。僕の目に映った君はとても魅力的だったよ。悲しげで迷いがあって危うげで。だから声を掛けた』
『………そんな姿、魅力的ですか?』
『男性は元気で活発な女性より少し弱っている女性の方が魅力的に見えるさ』
『………じゃあ隣にわたしよりも可愛くて元気で就職も直ぐ決めてて友達も多い女の子がいても、わたしを選んでくれました?』
『ははは、何その質問』
『どうなんですか?』
『ん〜……そうだね。君を選ぶよ』
『……処女でも?』
『あはは、処女だって分かってたら声はかけないよ』
『………そっか、じゃあお願いです。わたしを卒業させてください』
会ったばかりの名前も知らない何歳も年上の男性にわたしはその日処女を捧げた。夢もかけらもない、何ならその先に繋がることもないたった3時間の裏路地のラブホでの出来事。男性は何度も後悔しない?と聞いてわたしの体を触った。多分とてもいい人だった。初めてだから痛くなかったと言うのは嘘になるけど男性はわたしの上で腰を振ってヤってよかったよ、凄い気持ちがよかったと褒めてくれた。何だかそれが嬉しくてわたしは涙を流した。
まあ今思えばそれが重かったからその先に繋がらなかったんだろうと思うけど、あの時はわたしと言う寂しい人間を選んでくれて、求めてくれて、褒めてくれたことがこれまでの人生の中で1番と言っていいほどに凄く嬉しかった。
そしてわたしは決めたのだ。AV女優になろうと。
そこから数ヶ月でわたしの人生は大きく変わった。親には言えなかったけど就職活動はとりあえず決まったということにした。そしてわたしは事務所に履歴書を送り面接、無事合格をして契約書を交わした。その後はメーカーを決めたり、専属かとかギャラだとか知らなかったAVの世界を一気に説明されパンク寸前になりながら何とかデビュー作が出せるところまでいきついた。何とデビュー作のタイトルは【25歳上のおじさんに処女喪失、全部教えてください】だ。わたしはサバ読んで20歳としてデビューであの男性は45歳設定になったらしい。まさか実話がオマージュ作品になるだなんて思わなかった。
そんな感じでわたしは専属として月1本のメーカー作品に出ることとなり現在3作品目【就活生が困ってます❤︎】を発売したピチピチの新人AV女優というわけだ。もちろん大学にも通っている現役女子大生という肩書きも継続中だ。
そんなわたしがまさか"普通の恋愛"をこの先することになるだなんて想像もしていなかった。