私の辞書に君はいない

「ど、どうしたんですかあ千さん!辻川さん!」
「何がですか?」
「こんなに楽屋で千さんがみのりちゃんにちょっかいを出さないのが可笑しい!ねえおかりん!」
「そうですよ!可笑しいですよ!先ほどの送迎で何があったんですか!」
「…………。」
「百、おかりん。今日の収録だけど、新曲の前に」
「いやいやいや?待ってその前に千さん僕の話聞いて?ねえどうしちゃったの?」
「何が?」
「みのりちゃん!あれだけ構ってちゃんだったのに!」
「知らないよ。みのりなんて僕の辞書にない。」
「意味が分からないよユキ〜〜!」

そこまで…言う?確かにほっといてほしい、とは言ったけど存在を消してほしいとまでは言ってないのに。私は岡崎さんにこっそり後で経緯を説明する旨を伝え、ケータリングの準備をするために楽屋を出た。
あれ、可笑しい。何でちょっとズキッてなってるんだ心。

自販機で2人が好きだと言われてきた飲み物を購入してトボトボと下向き加減に道を歩いていた。そんな自分が悪かった、前から来る人に気が付かず思い切りぶつかって尻もちをついてしまった。

「いたた……、」
「っ申し訳ございません!こちらの不注意で…!」
「いえいえ、僕のほうも周りが見えていなかったみたいです。ごめんなさい。」
「お怪我はございませんか…?」
「大丈夫です!それより貴方は…?」
「私は大丈夫です!」
「そーちゃん?うわ、こけてる。」
「環くん!」
「ほら、手。」
「ありがとう。あ、貴方も。」
「……ありがとうございます。」

優しい方だ。華やかな衣装を着ているからきっとどこかのアイドルなんだろうな。
差し出してくれた手をギュッと握ると細そうに見えるのに軽々しく立たせてくれた。

「これ、あんたの?」
「あ、そうです。すみません、拾っていただいて…ありがとうございます。」
「いいえ〜行こうぜそーちゃん!」
「うん、本当にすみませんでした。」
「こちらこそです。あ、すみません!もし何か怪我などありましたらこちらまでご連絡ください!」
「岡崎事務所ぉ?」
「Re:valeがいる…?」
「あ、そうです。そちらの者になります。」
「へえ!僕たち、Re:valeのお2人にはよくしてもらってるんです!」
「ユッキーモモリン仲良しだよなあ!」
「先輩だけどね。」
「あ、あの…失礼ですが、あなた方は…?」
「え〜俺たちのこと知らねえの?」
「ぐ…すみません、こちらの業界に入ってまだ日が浅いもので…。」
「いえいえ!僕たちは小鳥遊事務所所属のMEZZO"の逢坂壮五です!こちらは四葉環くん!」
「まあIDOLISH7でもあるんだけどなあ!」
「ああ!なるほどそうでしたか!いつもお世話になっております!」
「壮五くん?環くん?」
「あ、バンちゃん!」
「万理さん!すみません!」
「あれ?こちらは?」
「あ、Re:valeのマネージャーアシスタントの辻川さんです!」
「へえ…Re:valeの!こんな可愛らしい方が居たなんて知らなかったなあ。」
「かわっ、ごほん…辻川みのりと申します。」
「大神万理です。この子たちのマネージャーをしています、Re:valeさんとは仲良くしているので今後ともよろしくお願いしますね。さ、2人とも行こうか。」
「「はい!」」

まるで嵐のごとく去るときは一瞬。
MEZZO"、IDOLISH7、逢坂壮伍、四葉環、大神万理。きっとこの先もお世話になることがあるだろう。忘れないようにしよう、と小走りで受けとった飲み物をちゃんと持ち楽屋へと戻った。


「遅かったじゃんみのりちゃん!」
「すみません、いつもの買ってきました。」

といっても千さんは私から手渡しで受け取ってもらえないので百さんに2本預ける。すると百さんは耳打ちをしたいと手招きされる。

「千から聞いた。1ヶ月、ほっとくんだって?」
「あ、そうなんです。」
「そしたらちゃんと千と仲良くするの?」
「……頑張りますよ。さすがに。」
「頑張るって!」
「まあ、ひとまず1ヶ月は百さんに迷惑かけないと思うので、安心してくださいね。いつも本当にごめんなさい。」
「あ、いや…それはいいんだけどさ……。」
「じゃあ私岡崎さんのところへ行きますね。何かあれば岡崎さんか私のこと呼んでください。」

私は楽屋を後にし、岡崎さんと共に挨拶周りに向かった。
千さんのことは視界に入れないようにした。千さんがそれなら、私もそうしてやる。
私の辞書に、折笠千斗なんてない!