希望


その昔、木ノ葉隠れの里には魔女が居た ──

私がその魔女、“うちはツキ”と出会ったのは物心が付いて間もない頃。二代目の大叔父様が連れてきたうちはの赤ん坊が彼女だった。再会した時は互いに忍になったばかりだったが、既に当時天才と呼ばれた大蛇丸の名が霞むほどの天才。その上成長するにつれ強く美しくなったツキは、多彩な術に類稀なるその瞳術・幻術が恐れられ、第二次忍界大戦においてその名を轟かせた。

そして今、私の目の前にあるのはその魔女が死んだとされる当時の報告書である。

第三次忍界大戦の最中であったあの当時。ツキは先の第二次忍界大戦と同様、多くの戦果を上げていた。そんな中で訃報を受け取り、駆け付けたそこにあったのはただの肉塊と化した彼女で。今でもあの衝撃は忘れられない。


「綱手様、それは…?」


山積みの報告書を他所に、古ぼけたそれを見ている私に怪訝そうな表情でシズネが声を掛けてくる。ちょうど、ツキが死亡したのを目の当たりにした当時の暗部の証言が記載されているページを開いた時だった。


「雷の国国境付近、雲隠れの忍と接敵し、敵との交戦中に上半身が吹き飛び死亡を確認。小隊は彼女の遺体…残った下半身は情報漏えいの観点から焼失させ、吹き飛んだ上半身の一部のみを持ち帰った。……敵は雲隠れの忍、としか分からず、名のある忍ではないと思われる」
「それって…うちはツキ様の」
「ああ。どう思う?」
「どう、って……どういう意味です?」


当時は全く気付かなかった。と言うより、あのバカが死んだという事実を受け止め切れなかったというのが正しい。その時の詳しい情報は聞かず、調べもせず、つい最近まで向き合うことすら出来ていなかったのだ。あの時、この報告書を見ていれば、という後悔はもう遅い。

しかし、無名の忍にやられるほど、ツキは弱くない。その雲隠れの忍が実在するとして、ツキを殺せるほどの実力者なのであれば、その後に名を上げ各国にその名を轟かせ、この耳に入るはず。しかし雲隠れの忍と言えば、現雷影のきかん坊や八尾の人柱力くらいしか思い付かない。彼らは当時から名のある忍…。つまり、この死亡事件自体がフェイクである可能性がある。

(だとしたら、何故…)

何故、死を偽装する必要があったのか。あれから幾年月、姿を見せないのは何故か。考えても答えは出ないだろうが可能性がある以上、期待せずにはいられない。


「綱手様…?」
「あぁ…、だからわざわざ」


あの日、ツキがその任務へ出立する前日。アイツは私に会いに来た。いつも通り酒を飲みながら他愛ない話をした。違っていたのは帰り際、ツキは酔っ払った私にいつになく真面目な顔をして“必ず戻る”と言ったのだ。いつもならそんな事は言わなかった。そんな約束をするような奴ではなかった。もし、あの時すでにそうする事を決めていたのだとしたら、その言葉も合点が行く。

……少々、強引だが。

あの時のツキの行動に納得したと同時に報告書を閉じる。恐らく今はこれ以上の情報は得られないだろう。

ツキは抜かりのない女だ。もしツキが生きているかもしれない、と誰かが嗅ぎ付けたとしても、姿を眩ませている以上、アイツが死んだと思わせたい相手に見付かるほど甘くはないし、特に当時は戦時中だ。誰が死んでもおかしくなく、それはツキとて例外ではない。

(私も、そう思っていたが…。まあ、生きていると断定するには信憑性が足りない。……今は、忘れるしかないね)


「わざわざ、何です?」
「何でもないよ。さて、続き続き」


納得行かない、と顔に書いてあるシズネを放置して、溜まりに溜まった報告書を捌き始める。

ツキが生きているにしろ、死んでいるにしろ、うちはツキとしての消息を絶っていることには変わり無い。そしてもしツキが生きていると仮定するなら、消息を絶つに値する理由があるはずで。それが分からない以上、表立って捜索したり、情報を集めるのは野暮だ。

(あいつの事だ。……必要とあらば、ひょっこり帰ってくるかもな。…その時は、一発殴るとしようかね)


「綱手様、何笑ってるんです?」
「ああ、いや。こっちの話さ」


“その時”を思って笑ってしまった私に、シズネはやはり怪訝そうな顔をして口をへの字に曲げていた。

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