銃声からの幕開け

「(足、結構良くなってきたな…もう普通に歩けるや)」



先日山歩きの最中にぐきり、と音が鳴るかのようにしっかりと足を捻った。3人に知られるのは嫌で隠し通そうとなんとか我慢していたけれど、アシリパさんには全てお見通しだったようだ。無理して歩いたせいで余計に腫れ上がってしまった足首を見て、顔を顰める彼女に申し訳ない気持ちになった。一旦アシリパさんのコタンに戻ってお世話になっていたけれど、その数日後に負傷者を連れて帰ってきた時は驚いた。なんせ、その負傷者が谷垣さんだったのだから。



「蘇芳」
「谷垣さん!シタッは集まりました?」
「ああ、そろそろコタンに帰るか」
「はい!ふふ、谷垣さんがいてくれて助かりました」
「…ずっと蘇芳やおばあちゃんに看病されっぱなしだったから、これくらいは当然だ」



そう言ってそわそわとするこの阿仁マタギの男、谷垣さんはアマッポに引っかかってしまったようでわたしよりも重症だった。足首を捻ったおかげでコタンで待機中のわたしは、彼の看病を買って出たのだ。おばあちゃんにアイヌの看病方法を教わりつつ、自分で煎じていた薬剤を彼に飲ませてゆっくり看病した。意識が朦朧としていただろうに、わたしの顔を見た彼は驚いたように目を丸くしていた。今日は松葉杖をついて歩けるようにまでなったし、一緒にシタッを取りに行こうと言ってくれた時は心底安心したものだ。



「あ、」
「どうした?」
「すみません、薬草を摘んだ籠を忘れてきてしまったようで…先に子供たちと戻ってもらえますか?」
「分かった、気をつけて帰ってくるんだぞ」
「はい!またあとで!」



手を振って彼と子供たちの姿を見送り、来た道を戻る。大間抜けめ…薬草籠を忘れるなんて、普段はしないのに。自分の失態に心の中で文句を唱え、元いた場所の籠を持ち帰路を辿っていると パァン と銃声が鳴った。今の音、コタンから聞こえたような気がしたけど気のせいだろうか。なんだか嫌な予感がして急いでコタンに戻れば、チセの中には窓を塞いで身を隠したおばあちゃんとオソマがいた。



「おばあちゃん、オソマ!何があったの!?銃声がしたけど…!」
「谷垣ニシパが…!」



どうやらオソマの話によると、和人が二人現れて谷垣さんを攻撃したとのことだった。狙撃したとみて間違いないけれど、一体誰がそんなことを?第七師団の面々がこのコタンに現れたとは考え難いし、二人だけだなんておかしい。ううんと唸ってみても、狙撃と聞いて思い浮かぶのはただ一人。



「尾形さん…」



尾形さんが、谷垣さんを追ってここまで来たのだろうか。わたしのことは誰かから聞いたりしたのかな。(まあ、わたしのことを誰かから聞いていたとしても特にわたしを気にしたりしなさそうなところだけど)尾形さんに玉井さんたち以外の仲間がいたというのも聞いていないけれど、実はまだ内部に造反者がいたのだろうか。オソマの話によれば、谷垣さんは必ず帰ると言って出て行ったそうだ。下手に出歩いてわたしが谷垣さんの邪魔をしても良くないし、わたしたちにはここで待つ以外の選択肢はないのだろう。何もできない自分を歯がゆく思った。







翌日の朝、谷垣さんは無事にコタンへ帰ってきた。ほっと胸を撫で下ろし彼へ近づけば、谷垣さんはすまなそうな顔をして「…遅くなった」とつぶやいた。どれだけ遅くなっても、帰ってきてくれるのならなんでもいい。そんな素直な気持ちをぶつければ、彼は困ったように笑ったのだった。



「結局、追っ手は誰だったんですか?」
「………二階堂、そして尾形上等兵だ」
「やっぱり…」
「尾形上等兵は、お前のことも言っていた」
「え?」
「杉元と、蘇芳を探していたようだ…"玲はどこだ"と、お前の荷物を見て勘付いたようだ」
「はぁ…相変わらず目ざといんですね、あの人」



そう肩を竦めて見せれば、谷垣さんは心配そうに眉を下げたのであった。
やはり尾形さんで間違いなかったのだ。何度も一緒に狩りに出た、彼の銃声を聞き間違うわけがない。たった一回で相手を仕留めることのできる正確無比な射撃。敵に回すとこんなに恐ろしいなんて。さすがに軍人でもなんでもないわたしは、人を撃ったことはない。それを平気でやってのけるのだから恐ろしい男だと思う。
それに、彼が探しているのは杉元さんと、何故かわたしだ。仲間にでも引き込むつもりだろうか…わたしが仲間になったところで、ほとんど役立たずだろうけど。



「(尾形さん、生きててよかった)」



そう思うのだけは、許してほしい。



20240412
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