甘さで窒息してみせて

「貴様、鶴見中尉殿を誑かすなよ」
「……は?」



鶴見中尉を誑かした覚えなどない、と言ってやりたかったけれど 相手は明らかに格上の存在だ。(だってこの人、月島さんのことをいつも呼び捨てにしている)(敬意のかけらもあったもんじゃない)
わたしの態度が気に入らなかったのか、むっとした表情の彼。まずは名乗ればいいものを、と思いながらも「申し訳ございませんでした」と一言延べ、くるりと右回り。わたしは鶴見中尉の要望で作ったさくら餅を届けなければいけないのだ。大の甘未好きの鶴見中尉のおかげで、この明治での菓子作りはなかなかレパートリーが増えたと思う。砂糖も生クリームも高級品だからなかなか手に入らないけれど、さくら餅くらいなら出来る。



「おい、どこへ行く!」
「…鶴見中尉のところですけど」
「〜〜〜〜〜〜ッッッ!?!?!」
「(何語?)」



もしかして海外の人?それともきつめの方言かな。北海道のこの辺りはあまり方言もきつくないけれど、もっと別の地域…東北などはかなりきついらしい。全く聞き取れないので無視を決め込もうとしたところ、がしりと肩を掴まれる。普通に痛い。じろりと睨めば、「なんだその目は!馬鹿にしおって!」と怒鳴り声を上げられる。



「鶴見中尉にそんな菓子を食わす気か!?」
「鶴見中尉が自ら味見係を買って出てくれてるんですけど!」
「何!?貴様、菓子作りは素人だろう!」



そんな話は初めて聞いたぞ!というような驚きの表情をした男に、なんだかとても腹が立ってわたしの作ったさくら餅をひとつ 彼の口にねじ込んだ。(ちゃんと葉っぱを取り除いてねじ込んであげたのだから感謝してほしい)もぐもぐ、ごくん。音が聞こえてきそうなくらい大きく口を動かして飲み込んだ彼は、きりっとした切れ長の瞳をやや細めて「……うんめ」と呟いた。



「美味しいでしょう?試作品なのでそのうちもっと美味しくなりますよ」
「そうか…」
「あと、わたしの名前は"貴様"ではなく"蘇芳 玲"です 覚えてくださいね」



彼の目を真っ直ぐ見てそう伝えれば、ぽかんとした表情でこちらを見る。ふん、と鼻を鳴らして鶴見中尉の元を訪ね、一緒に楽しくお茶したのだった。その際に「先ほど鯉登少尉の声が響いていたが、大丈夫だったかな?」と聞かれ、やっと彼の名前が判明したのだった。あの感じで少尉とは驚きだ…月島さんの方がよっぽど上官向きだろうに。さくら餅を頬張りながらそう考え、ほんのりした甘さにとろりと目を細めるのだった。

その後、鯉登さんが菓子を作るたびに「おい蘇芳!鶴見中尉の前に私が食べる!毒見だ!」と勢いよくやって来るようになるのはまた別の話。



20240308
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