兎にも角にもふたりきり


「おい、起きろ」
「……いまなんじ?」
「9時」



その言葉を聞いてがばりと飛び起きた。枕元のスマフォを引っ掴み画面を確認すれば『07:12』の文字。じとりとした視線を許可なく無断でわたしのベッドに腰かける尾形にやれば、満足そうに口角を上げた。こいつ、人をからかうのが好きすぎる。今日は2限からだし、9時半までに家を出れば授業に間に合うのだ。カーテンを開け、伸びをする。朝日がまぶしくて、うまく目が開けられない。



「おはよう尾形」
「………」
「お・は・よ・う」
「…はよ」



返事があったことに満足して、着替えるために尾形を部屋から追い出す。尾形はもう髪の毛までばっちりセットしていて、早起き過ぎると文句を言えば「ランニング」と一言返ってきた。
尾形はこの家で一緒に暮らす同居人のひとりだ。起こしてくれるのは助かるけど、勝手に自室に入って来られるのはなんとなくむず痒い。準備を済ませてリビングに行けば、尾形はソファに座って怠そうに朝のニュースを眺めていた。

おじいちゃんがわたしに遺してくれたもので一番に挙がるものといえば、きっとこの家だろう。この家が完成して入居者を募集したところ、一番はじめに応募してきたのが尾形百之助だった。完成して一緒に住むはずだったおじいちゃんは体調不良で入院していて、ほどなくして亡くなった。家にはほとんど二人で暮らしていたようなものだ。(たまに叔母が様子を見に来てくれたけど)
まだ高校生だった尾形と、同い年のわたし。学校は違ったけれど、家に帰ればいつも隣には尾形がいた。それは、おじいちゃんが亡くなったあの日も変わらなかった。



「あれ、杉元と鯉登くんは?」
「1限あるらしい、必修だと」
「あ〜なるほどね」



お天気リポーターのお姉さんが今日の天気を教えてくれている間、今頃授業を受けているであろう2人を思い浮かべる。この家にはもう2人同居人がいて、全員が同じ大学に通っている。(この近隣には大学が1つしかないので、駅の周辺まで行けば大学生らしき人がたくさん住んでいる)進級したばかりで授業も真新しいものとなったし、生活も春らしく若干慌ただしい気がする。
尾形と知り合って5年経った。今年で21歳になるわたしも尾形も、関係としてはあの頃と何も変わっていない。ただ隣にいて、ただ一緒に暮らす、それが当たり前の生活なのだ。「ちんたらするな、そろそろ出るぞ」と声をかけ立ち上がる尾形に、「ちょっと待って!」と声をかけて仏壇へ手を合わす。



「おじいちゃん、行ってきます」


いつの間にか隣には尾形がいて、一緒に手を合わせてくれていた。その様子にすこしだけ頬が緩む。そんなわたしを見た尾形はぐしゃりと顔を歪め、すっくと立ちあがって部屋を出て行ってしまった。素直じゃないやつめ。そんな尾形の後を追いかけるようにして、わたしも学校に向かうのだった。



20231114



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