1.「いや、月9ドラマでも今時ベタでしょ」



それはある夏の日のこと。
いつものように勤務していた、夜のこと。
ぼくは書店員だ。特になにか特別な役割をもって働いているわけでもない。普通。ヒラというやつだ。要領だけはそこそこよかったので、いろんな担当さんのアシスタントをしている。それだけしかできない普通のヤツだ。何が言いたいかというと、つまりここは本屋だ。道端でもなんでもない。現在八時なので人ずくなではあるし、飲み会の一次会とかも終わりに近づく時間帯。
行き倒れなど、あるはずがないのだが。

「ど、どうしたんですか?」

───────金髪の、背の高い美形が、カウンターに突っ伏していた。

話しかけると、カウンターに突っ伏したままぴく、と反応した。どうやら死んではいないらしい。なにか低い声でぼそぼそとつぶやいている。何を言っているのかよく聞き取れなかったから、思わず耳を彼に近づけた。
すると、掠れた声で「いやし」とだけ呟いた。いやし?いやしとは、「癒し」だろうか。疲れているなら家に帰って休むのがおそらく一番なので、ぼくは言った。

「えっと…お疲れならおうちに帰ったほうが…」
「まだ仕事がある」

どうやら残業マンらしい。
それにしてもこの人、どこかで見たことがある。でも思い出せない。こんなに大きなビルの中にある一角の書店なので、どこかですれ違ったとか、そんな感じだろうか…などと考えている暇はない。書店ももうすぐ閉店時間なので、どうにかしてこのお客さまに対応しなければ。
この時間で、疲れていて、カフェやレストランではなくわざわざ書店に来るということは、静かな場所がよいのかもしれない。且つ、「癒し」。何をもって、何がこの人の癒しとなりうるのかは初対面のぼくにわかるはずがない。そもそも、何が好みだとか、そんなのもわかるわけがない。
ただ、こんなに疲れ切った人がわざわざ書店に来てくれたのだ。多少なりとも満足させて、少しでも楽になって帰ってもらいたい。

「えーっと……癒し…お客さま、何がお好きかとかありますか?楽に読める漫画系がいいとか、エッセイがいいとか…ジャンルですね。」
「今は文字など目に入れたくない。」

うーん、この理不尽感。
とりあえずお客さまは『文字のない書籍』で、『癒し』をお求めだ。文字があって「本」たりえるのに文字のない本などあるのかと、普通の人なら思ってしまうかもしれないが、本とは文字だけではない。

「お客さま、好きな動物とか、国とかありますか?」

一見なんとも的外れな質問かと思うだろう。なんのその、少し違うのだ。文字のない書籍はある。写真集だ。ぼくはまずこのジャンルに焦点を絞ってから、お客さまの好きなものをきいている。
お客さまは依然として姿勢も態度も変わらない。でも、ものすごく小さな声で、「愛いもの…」とつぶやいた。愛い、とは。ぼくはカウンターから少し離れて、備え付けられたパソコンのキーボードに手を伸ばす。聞きなれない言葉だ。Google先生に頼るしかない。愛いとは、感心だ、殊勝である───かわいい。かわいいものか。

「お客さま、猫派ですか?犬派ですか?」
「……………」
「お客さま、起きてますか?」
「……猫…」
「猫ですね。」

少々お待ちください。そう言ってぼくはお客さまから離れて、写真集のコーナーに辿り着く。今日限りの疲れを癒すなら手っ取り早くページ数の少ないものがよいだろう。こういったことが度々あるなら、多少値ははるがページ数のあるものが、おそらくだが良いだろう。あの疲れようで重たい書籍が負担にならないかだけ心配ではある。
さきほどの理不尽さもそうだが、恐らくお客さまはクレーマー気質ではないものの多少わがままなタイプだろうとは予想した。猫の種類は豊富なものと、一点特化のものをチョイスしておこう。
それと、これはぼくの個人的なチョイスだが─────

「たいへんお待たせ致しました。」
「む。」
「猫ちゃんの写真集です。文字がほぼないのでお疲れでも読みやすいかと思います。今日の疲れを癒すだけなら薄めの軽い写真集、日々お疲れならば、ちょっとお値段高くなるんですけどページ数があるもの。それぞれ猫の種類が豊富なものと一点特化のもの、最近人気の『とらねこにゃんにゃん』もお持ちしました。お好きなものをお選びください。」

金髪のお客さまの前に並べると、お客さまは顔を上げた。憂いを秘めたような長い金の睫毛、その隙間からのぞく深紅の瞳。この世のものとは思えなかったが、いや、目の前の人物がそうである。
お客さまは目を丸くして、「貴様はここの担当か」と仰った。あいにく自分は何の担当でもない、アシスタントの範疇を出ない、ただの普通の書店員だ。なので、「いいえ、ただの普通の書店員です」。そう答えた。

「よいぞ!」
「はい?」

お客さまが急に声を張り上げたものだからぼくはびっくりしてしまった。すごいよく通る声だ。拡声器とかぜんぜん要らなさそうな声量で、さきほどの疲れ切った姿はいったい何処へ。そう言いたくなったが、相手はお客さまなのでここは言わずにいるのがセオリーだ。

「並べた書籍、すべて寄越せ」
「ええ?ここに並べたものすべてとなると、お代けっこうしますけど」
「我を誰だと思っているのだ」

いや誰なんだ、ぼくは知らないぞ。
でもお客さまは、笑ったかおがとてもかわいかった。…男性ですが。
結局お客さまはぼくが並べた書籍すべてを買っていった。すごい偉そうな態度なのに無駄なものは嫌いらしくエコバッグを持っていたのがかなり以外で、かっこいい見た目に反して中身はけっこうおちゃめさんなんだろうかと思いつつ、店を去るお客さまを見送ってから定時の時間が訪れた。
同僚が「名前定時でしょ?上がりなよ」と言いに来た。仕事も残ってはいないので帰る支度をして、ビルを出る。

(それにしても今日のお客さま…どこかの国の王のように偉そうな態度なので『王様』とするとして、あの王様すごくどこかで見たことがある。一体どこで見たんだろう)

ぼくは帰路の中顎に手を当てて歩いた。太陽は眠り、月がアスファルトを照らしている。蒸し暑くても陽炎は出ない。ともかく今日も疲れたので、深く考えないようにした。


────次の日、朝。
いつものように出勤する。今日のシフトは昼休憩の時間まで少し間があるので、ビル内の某コーヒーチェーン店ではやめの昼食をとる。ぼくはよくその店に行ってコーヒーを飲むので、そこの店員さんとも世間話をするくらいには仲がいい。「抹茶ふらぺちーの、チョコソース追加でひとつ。」オーダーをする。

「朝にしてはなんだか疲れた顔をしているね、名前」
「いや…深く考えないようにはしてるんだけどどうしても気になることがね…」
「そういえば昨日ギルから夜九時くらいにLINEきたんだよね」
「人の話きいてますか?ここのビルにある大手外資系ベンチャー企業の社長を呼び捨てにできるなんて確かにあなたくらいですけど。」
「そう、そのギルからね。見てこれ。彼、昨日猫の写真集めちゃくちゃ買い込んでて笑ってしまったよ」

猫の写真集?

「相当疲れてたんだね。でも店員が有能だったからよかったって。」

は?

「その店員、雰囲気堅物なのにちょっとゆるくてかわいかったってさ。」

ぼくはなにかとんでもない人物に関わってしまったのではないだろうか。そんな、月9のドラマじゃあるまいし。たとえば好きな漫画の現パロ二次創作とかでしか、こんな展開見たことはないんですが。夢かなにかか?いや、夢であってほしい。
目の前の緑の人はにこやかに抹茶ふらぺちーのを差し出してきた。これがもし月9ドラマなら、ここで多分主題歌流れてると思う。