この夏は終わって欲しくなかった
蝉の声がする。
青すぎる空に染みた真っ白な入道雲。夏服と宿題と好奇心と、少し溜息をつきたくなるような無気力感をかばんに詰めて、僕は家族で田舎のばあちゃん家に車で向かっていた。
何の変哲もない小学六年生男子。あと半年ちょっとで小学校を卒業する。言わば小学生として最後の夏休みだ。それでも毎年のようにやることは変わらない。
「ねえ、まだ?」
「あともう少しで着くわよ。車酔いとか大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
心配性の母がそう聞いてきたが、らしくもなくむきになって投げ捨てるように返事をした。運転席にいる父は「腹が減ったんだろう、ばあちゃん家についたら美味しい飯が食えるぞ」なんて軽口を叩いた。
ばあちゃん家のごはんは美味しい。昔は農業というほどでもないけど、自給自足として似たことをしていたらしいから。
そんなことを考えていたら、車の窓から山のふもとにぽつんと鳥居が立っている神社が見えた。
「ねえ母さん。」
「今度はなあに。」
「あそこにさ、神社があるけど…あんなの昔からあったっけ?」
「あったわよ。ああ、でもアナタはゲームばっかりしていたからおばあちゃん家に来ても外に出る方が少なかったし、無理もないわね。」
「そんなにゲームしてたっけ?」
「そうよ。でも今回は持ってきてないのね。めずらしいわ。」
「……気分だよ。なんとなく!」
そんな会話をしていたらばあちゃん家に着いた。ばあちゃんはすぐ出てきて、「あらいらっしゃい」なんて微笑んで言ってみせた。ばあちゃんが歩く度に鳴る鈴の音が印象的だった。
不思議な気分だ。ゲームばっかりしていたのは認めるけど、むしょうにあの神社が気になった。ちょっと古っぽいつくりで、でもちゃんと手入れされてる鳥居。耳に残るばあちゃんの着物についた、根付の鈴の音。
なんだか今日はらしくもないとか、柄じゃないことばっかりだった。
「おなかが空いたでしょう。」
差し出された昼飯はとても美味しかった。
ばあちゃんの家は平屋だ。今どきに言うならレトロって感じだった。畳で、縁側があって、ちゃぶ台が置かれていて。
縁側で食後の棒アイスを食べていたら、ばあちゃんがふと僕に話しかけてきた。
「そうだ、今日は神社に行ってみたらどう?いい天気だし、おやつでも持って。」
「神社って、山のふもとの?でもここ田舎だから、夕立とか降るんじゃないの。」
「降るかどうかはわからないわねえ。それこそ、神のみぞ知るってやつじゃないかしら。」
ほほ、と和やかに笑ったばあちゃんの気持ちは、今日は無下に出来なかった。
***
「……はあ、はあ。車の中からだったら近くに感じたけど、けっこう遠くじゃん。」
普段ゲームばかりしていた生粋の都会っ子の僕にはかなりしんどかった。絶妙に膝に負担のかかる緩やかな坂道はあるし、この夏の気温だからアスファルトから陽炎が出ていた。
片道だけでもけっこうかかる距離だった。陽はまだ落ちそうにないけど、入道雲からは今にも雨が染みだしそうだった。
ぽつん。
反射した熱気に晒された鼻の頭に、冷たい感触が弾けた。
「ほらぁ!やっぱり!」
僕は、心の中でばあちゃんにぼやいた。何が「神のみぞ知る」だ、わけわかんないことばっか言って。らしくないことなんか、するんじゃなかった。心底そう思った。
傘はない。徒歩で平気なものの、家はここからじゃものすごく遠い。そうこうしているうちに風も加わって、ざあっとした雨が降ってきた。このままでは濡れてしまう。
ひとまず僕は神社を目指して走った。
鳥居をくぐって神社の中に入り、ひとまず雨風の凌げる屋根の下でびしょびしょになった服を絞る。
「よう。」
隣から聞こえてきた声に、ざあざあと降りしきってる雨音が止んだように感じた。
こんな人さっきいたっけ?神社の人かな?それにしては背が高くて、神社でよく見るあの服は着ていない。この夏に、緑色の長袖の学ラン。その下に、赤いTシャツ。
幽霊?
「……だれ?」
「んん?俺のことか?」
子供ながらに警戒して、僕はそのお兄さんを睨んだ。
お兄さんはそんな僕を見て、こどもがおもちゃを見つけたように楽しそうに、でも悪そうには見えない顔で、にやっと笑ってこう言った。
「神様って言ったら、どうする?」