巣帰り

※書いててしんどい
※甘さなんてない
※カプ要素は(この時間軸は)無い
※今よりちょっと前にあった話





「まじか」

始まりは半年前ほど。

推しアイドルのライブが
両日とも
当選確定の幸運メール。

歓喜の舞になって、編集長から貰った仕事を
ほっぽったくらいだった。

入金も済ませて、あとはチケットを待つのみ…だったのだが

今日届いたメールには、こう書いてあった

「チケット当選者限定のグッズは、記載の住所に送ります」

それはまだいい。
その下だ。
僕の登録していた住所は


あの「家」のままだった。






「千陽…あの…」
「いいから。荷物取りに行くだけだし」
「それでも!やっぱり心配です…私も着いて行った方が…」
「い、い、か、ら!
余計なお世話なんだよ」

心配症の姉を、無理やり突き放す。
まだ制止の声は聞こえるが、無視をして家を出ていく。

(あの家の事…知り合いに…知りすぎて欲しくないし…見られたくない。
次からどんな顔されるかわかんないもん)

チケットを買ったアカウントが、恐らく学生の頃のままだったのだろう。
住所変更を忘れてしまっていた。
僕の失態だ。

(…捨てられてなきゃいいけど)

グッズを諦めるという手もあったけど、
流石にそれは、僕のオタク心が許さなかった。

(迎えに行くからね…うつき…)

1人、心に覚悟を決めた。




僕の家…昔住んでいた家は、電車を乗り継いで、1時間と言ったところ。
とにかく、そこから離れたかった。

見つかるのが怖いとか、連れ戻されるかもしれないとか…、そんなんじゃない。

(逆に、そんなこと起きないし)

もう、見向きもしたくなかったから。

でも、現状、グッズのために向かい合わなきゃいけないのは事実に変わりなし。
懐かしい駅名が聞こえた場所で、電車をおりる。
…中学の頃は、この駅から学校に向かっていたっけな。

「…」

中学の人たちに、会わないといいな。



目的の家は、周りからも1目置かれていた。
理由は、何よりも広い敷地。
庭なんて、他の家と比べ物にならないと思う。
BBQコーナーとして貸出すれば、それだけで食って行けると思う。
建物は…よくある洋風の豪邸を思い浮かべてくれたらそれでいい。
僕は必要最低限の場所しか知らなかったけど。

「…」

門の前までたどり着いた…はいいが、
鍵なんてとうの昔に捨てている。

ならば…堂々とインターホンを押すしかない…か。

「…大丈夫。グッズ取って帰る…だけ」

呼び出しのボタンに添えた指が、震えた。
恐怖…でもないな。なんだろうこの気持ち。
胃の中がぐちゃぐちゃして、全部吐いてしまいたい。

ベルの音が、響いた。
…そういえば、呼出音、無駄に豪華な鐘の音だったなぁ。

しばらくすると、家の誰かと繋がったらしい。がちゃんと音がした。

「どちら様でしょうか」

無機質な女性の声。
多分この人は…家にいる、メイドの人。
名前は…知らない。

「…っ…ぁ…」
「…もしもし?」

詰まってしまった。
声を出そうとしても、唇が震えて。
余計な思いを振り払って、声を絞り出す。

「…っ…灰獄……っ千…陽……。
荷物……っここに……っとどいて……っない…かっ…て……」

言葉がつっかかる。息が苦しい。胸が苦しい。お腹が気持ち悪い。
僕の言葉を聞いて、メイドの人はしばらく無言になる。

のちに、「お帰りなさいませ」と、機械的な言葉が聞こえた。

「お嬢様。今から門を開きに向かいます。
暫くお待ちください」

そこで、ぶつりとインターホンは切れた。
思わずその場にしゃがみこむ。


「…っっっ…ぉえ…」
(…吐きそう)

大丈夫
少しだけだと思ったから。
でも、でも、
声を聞いただけで、こんなにも。

(…なんでこの家にいる人達は、みんな…)

僕に冷たいんだろう。


すぐ側で、鍵の開く音がする。
慌てて立ち上がると、
1人の女性が、テキパキと門を開いていた。

多分、インターホンに出てた人かな。

「お嬢様。お待たせ致しました。お荷物なら確認しております。
ご案内致します」
「…」

変わらない。
態度も、言葉も、温度も、昔のままだ。
安心するほどに。
不安になるほどに。
気持ち悪くなるほどに。

メイドの後について、家の中へと入っていく。

メイドの他にも、料理担当の家政婦さんだったり、
掃除担当の人だったり、
たくさんのお手伝いさんがこの家にいる。

皆、僕に対しての態度は、変わりないんだけれど。

家の中は、嫌な程、変わってなかった。
今からでも、自分の部屋に行けるくらいには。

「お嬢様のお荷物は、お嬢様のお部屋だった場所に置かせていただきました。
どうぞご自由にお入りくださいませ。では」

メイドは一礼すると、そのままどこかへ去っていく。
振り向きもしない。なんの躊躇いもない。
昔から変わらないね。

案内されたのは、かつて僕の部屋だった扉の前。
僕の居場所は、ここだけだったかもしれない。
誰も干渉しない、小さな箱。

「…もう片付けられてるのかな」

ドアノブに手をかけ、ゆっくりと開く。







「…っっおぇぇ…っ……!!」

開けた瞬間、僕は思わずうずくまった。
胃の中にあるものが、全部口から出ていきそうで。
酸っぱくて、気持ち悪くて。

僕の部屋は、あの時と変わらなかった。
何一つ変化はない。
出ていく時に、持っていったもの以外、
減ってもいないし増えてもいない。
ベッドも、机も、テレビも、クローゼットも、その中の服も、
僕が出ていった時の状態のままだった。

「…なんで…」

このままにしておく必要なんて無かったろうに。どうして。

吐き気が落ち着いて、立ち上がる。
お目当ての荷物は、ベッドの上に置かれていた。
ダンボールのまま、開封のあとも見当たらない。

「…」

目的は果たせたんだ。もう帰ろう。
長居する意味なんてない。

足早に部屋を出る。
外への道はまだ覚えてるから、誰かに聞かなくったって大丈夫。

段々と歩くスピードが早くなる。
(早く…早く出たい…早く…)

あの客室の前を過ぎれば、もう出口は目の前だ。


「ーーなんだ。来ていたのか」
「……っっっっ…」


目の前で開く扉。
出てきたのは、スーツ姿の男。
昔は、恋しかった。

今は、会いたくなかった。


神様、なんで


ーー


「家に入るのであれば、アポイントメントは取るべきだと思うがね。
「他人」の家に入る時のマナーだろう」
「っ……っ…」

この人も変わらない。恐ろしい程に変わらない。
僕に向ける言葉も、顔も、態度も、昔のままだ。
今も昔も、
余所者みたいな目で見る!!

「……っ…っ…」
汗が止まらない。
動悸が激しい。
息が細くなっていく。

空気が、重い。


「おや?灰獄さん。そちらにいらっしゃるのは?」
「あぁ、以前お話した例の貰い子ですよ。あの時は申し訳ありません。せっかくのご好意で婚姻を申し出て頂いたのに、こちらが蹴る形になってしまって」

あぁ、あの話のやつか。
僕が、出ていく決心をした時の。

「気にしてないさ。あの子にいい加減相手を作らせたいと思っていたからね。でも、気が変わったのなら、いつでも歓迎するよ?」
「まあ、私としてはどちらでも良いのですがね。
書類上は親子ですが、他人みたいなものですし」

客室から、もう一人の男が歩いてくる。
同じように、高そうなスーツを着ていた。
僕の目の前に来ると、下から上まで、舐めるように眺められる。
あぁ、気持ち悪い。気分が悪い。

「しかしあの子も物好きだな。こんな子供を気に入るとは。
あの子の気が変わらない限り、君は歓迎されると思うよ。その時は連絡をくれたまえ」

男はそう言って、僕の方を軽く叩く。
僕とは反対方向に歩き出し、
すれ違いざまに、こう呟いた。

「そもそも君のような落ちこぼれを、迎え入れたいなんて言う人間はいないと思うがね。
あの子くらいじゃないのかい。
大人しく言うこと聞いた方がいいと思うけどねぇ」

言いたいことだけ言ったらしい。
男の足音は去っていく。

「おや。長居をしすぎてしまった。どうもあの人との話は盛り上がってしまう。
出かけなければ」

もうあの人は、次の仕事の話だ。
僕になんか一切触れない。
僕を置いて、さっきの男の人と同じ方向に歩き出す。

「…っ…ま、…待って!」

この家に来てから、1番の声を出せた。
あの人は、立ち止まる。
「簡潔にいえ」
そう、背中で言われている気がする。

「なん…なんっ…で…僕の…部屋…
そのまま…に、…して、…くれて…たの…?」

それだけ知りたい。せめて。

あの人は、小さく「あぁ」と呟くと、
声色1つ変えずに答えてくれた。




「忘れていた」


「まあ、時間がある時にでも、片付けさせよう」



もう、あの人は、立ち止まらなかった。






よろよろと門を出る。
鍵は…いいか。閉め方も知らないし、鍵を持ってない。

完全に、家の敷地を出た。
体が、そう捉えた瞬間に


「…っ…っ…おぇえっっ…っ!!」

限界だった。
胃の中に溜まった気持ち悪いものが
蘇る嫌な思い出が

胃液と混ざって、
全部口から吐き出した。

幸人はいない。
何も食べてなかったから、
腹の中の液だけ零れた。
服も、汚してしまったけれど、
変えもないし、このまま帰るしかない。

(…)

忘れてしまうほど、僕の存在は、どうでもよかったのかな。
物好きな御曹司の玩具になるくらいの道しか、
僕が、愛される道は無いのかな。

姉さんも兄さんも出会えて、
知り合いも増えて、
友人も増えて…

なのに、
思い出してしまった。


僕が、無意味な存在だということに。

「…っ…」

持っていたダンボールを、ぎゅっと抱きしめる。
温度を持たないはずなのに、
ここの家よりかは、暖かい気がした。

「…帰ろう」

忘れたい。
さっきの会話も、あの人の言ったことも、
何もかも忘れたい。

一歩一歩、家から離れていく。


「…無意味な存在としてしか捉えられないのなら、もう、愛されることなんて、期待しない」

それは、昔に決めたこと。

「…幸せな未来も、期待しない」

きっと、僕を愛してくれる人なんか居ない。

「だったら、このままでいい」


僕は、無意味のまま、何も成せないまま、
淡白に人生を送るんだ。

(涙なんか、とうの昔に枯れ果てた)



かつての家は、もう、見えないくらい、遠くにある。

-1-

prev / next


ALICE+