優越感

双子というのは、珍しい。
当事者の僕はそんな感覚は湧かないけれど。

僕達は同じ卵で生まれて、一分一秒、同じ歩幅で、同じスピードで成長していく。

ただ、僕達は、約10年、お互いのそばにいなかった。

それは運命か誰かのイタズラか。
純粋で無垢なあの頃の僕達は、言ってしまえば「大人の事情」でバラバラになった。

あの時の僕は、離れたくもなかったし、ずっとそばに居たかった。

けれど、今となっては

正解だったのだと思う。

正解だと思っていたのに。

神様はなんとも意地悪なやつだ。
この街で、また3人が集まってしまうなんて。
こんな言い方をしているのだけれど、
僕は、心のどこかで、期待していたのかもしれない。
今でも、拒絶出来ずにいるのだから。


「これさえなければ」


双子の姉は、昔の面影がほとんどなかった。
見た目もそうだが、なにより…

僕の同じ顔。僕と同じ歳。僕と同じ時間を生きてる。
はずなのに。

初めてだった時は、「他人」とさえ思ってしまうくらいに
人間みがなかった。

彼女は変わってしまった。己の願いのために、己を殺して、他の為に生きていた。

僕と正反対だ。

「人が嫌になって、信じることも嫌になって、自分のためだけに、人生を無駄にしようとした僕とは、大違いだ」

今現在となっては、聖女ヅラも治まってきてはいるけれど
赤の他人に優しすぎるのは相変わらずだ。

僕は、いたたまれなかった。
双子というのは、もっと特別なものなんじゃないのか。
お互いに分かりあって、お互いに通じあって。

僕は、心陽が分からなかった。
僕は、心陽の生き方がわからない。
これじゃ、まるで他人だ。

「双子だなんて、言わないで」
「僕にとって、あの人は眩しいんだ」
「目が開けられないんだ」
「別の世界の人なんだ」





私は、ただ、あの頃が恋しかった。
兄妹3人で、ひとつ屋根の下で暮らしていた日々。

兄があんな目にあっていたのに
妹があんな泣きわめいていたのに
そう思ってしまうのは
わがままだ。独りよがりのエゴだ。
最低だ。

「でも私は、やっぱり、離れ離れにはなりたくなかった」

幼い頃に、遠い遠いお空に、強く強く祈った。
「たくさんたくさん、人にいいことをするから、神様どうか、私のお願いを叶えてください」と。

やりたかった遊び、欲しかったおもちゃ、本当はやりたくなかったこと。
沢山あったと思う。
でも私は、手にしたい現実のために
己を殺した。

やりたかった遊び。
でも、誰かがやりたいなら、笑顔で譲ろう。
欲しかったおもちゃ。
でも、欲しがらないのが、正しいのならば、笑顔で嘘をつこう。
本当はやりたくなかったこと。
でも、誰かに頼まれたのならば、笑顔で引き受けよう。

私は、みんなのことを見ているようで、
欲しかった現実しか、見てなかったのかもしれない。


「私に頼み事をした人がみんな、真っ黒に見えてしまったんです」


この街で、また、3人が巡り会えた時は、本当に嬉しかった。
私の願いがかなった。神様は本当にいる。
ちゃんと私を見てくれた!

お兄さんは、変わらずに、優しい笑顔を向けてくれた。

「1度だけ
「なんでそんな生き方をしてるんだ」
と言われたことがある。
その時は
意味は、分からなかった」


双子の妹からは、
他人のような目を向けられてしまった。

元々、最初にあった時の妹は、本当に「生きているのがやっと」の状態で、
体の底から叫んだのは、あの時が初めてかもしれない。
失いたくなかった。
大切な、兄妹。大切な、双子の妹。

その時も、家族に向けるような目はしていなかったけれど、
しばらく経ってからも、
私は「他人のような目」を、向けられていた。


「私、千陽に何かしましたか?」
と、恐る恐る聞いたことがある。


「今のお前は、僕の知ってる心陽じゃない。

その目が、気持ち悪い」


誰彼構わず、救いの手を差し伸べる、その人間味のない目を、見たくない。


「心陽は、どこに行ったの?」



私はどうやら、願いに集中するあまり、
己がどこかに行ってしまったようだ。

今なら、お兄さんの問いの意味もわかる。
家族のことを大切に思ってくれるあの人はきっと、
私が、己を殺して生きていることを、良しとはしなかったのだろう。
けれど、やめろとは言わなかった。

きっと、そうする理由があると分かっていたから。


「普通はあんなに他人に構わない」
「普通は見ず知らずの人間を家に連れ込んだりしない」
「怖いんだよ」


なにより、双子の妹から、拒絶の反応をされたのは、自分自身、とてもショックだった。

家族に会いたいあまり、
家族が望んでいた自分を捨ててしまった。
またそうだ。

私は、とんでもないワガママな子なんだ。

ワガママなのを、悟られたくなくて
ずっと、殺していた。

「そんな目で見ないで」
「私はただ、みんなと暮らしたかった」
「どうか、どうかあなただけは」
「同じ一瞬に生まれたあなただけは」
「私を化け物のように扱わないで」





心陽は馬鹿だ。
心陽はわがままだ。
心陽は抜けているんだ。

心陽は、完璧じゃないんだ。


貼り付けられた聖女の仮面の隙間から、
かすかに除く本当の心陽。

「少し抜けてるところは、変わらないんだ。
お前は悟られてないと思ってるだろうけれど、頑固だし、言い換えればわがままでもあるんだよ。
頭がいいくせに、なんでそんな時に馬鹿になるんだ」

あぁ、やっぱり、僕の双子だった。

安堵と他者への優越感。

僕も相当人が悪いんだなぁ。


たとえ周りが心陽を聖女に仕立てあげようと
うちの一人が、忠誠を誓おうと
本当の心陽を分かっているのは、ひと握り。

「僕は、心陽を分かってる。
双子だから、わかることも沢山ある。
そう言い聞かせると

自分の生きている意味が、少しでもあるような気がしたんだ」





今は、闇雲に人を助けたりはしていない。
双子の片割れが、教えてくれたから。

「助けないことも、相手のためになることもあるんだ」

私が、「人間らしく」生きようとすると、
当然、困惑する人も沢山いた。

いつもの君はどうしたんだ。
なんで助けてくれないの。
あなたは誰かに誑かされているんだ。

私は思った。


「私は、こんなに多くの人の人生を、狂わせてしまっていたんだ」





「でも、それはきっと、人間だって同じことだよ」

「心陽は聖女じゃない」

「聖女の振りをした、人間だって」

「もっと早く気付けば良かったな」





優越感






「ここの近くの大学でしょー?何とか美術とか言ったっけ?
その心陽ちゃんだよね?」
「そ、そうですね…」
「俺の女友達がさー、君と凄い仲良いんだよ。んで、是非話したいんだよね。今からどっか行くの?暇?一緒に遊ばない?」
「あの…待ってる人が…」
「お友達?なら一緒に来ていいからさー」


今日は、午後で授業が終わる水曜日。
学校終わりに千陽と待ち合わせをして、 ご飯でも…と思ったのに。

集合場所の駅前に早く着いて、千陽を待っていたら、

この状況に。

突然知らない男の人から、声をかけられたと思ったら、
「一緒にどこかへ出かけよう」との誘い。
私の記憶が正しければ、この人との面識はない。
…仲のいい女の人って、誰だろ…。名前を言ってくれないと…分からない…。
けれど、この男の人は、いかにも私が友人であるかのように話しかけては、
掴んだ手を離してくれない。

(困った…強く拒絶をして、彼が通報されてしまっては、可哀想…)

なんとか説得して、私たちは見知らぬ他人であることを、理解して欲しい。



「その…私たち、面識は…」


「そんなこと言わずにさー、俺今、遊ぶ人いなくてー…


困ってるんだよね」


「っ」

困っている。

「君って困ってる人ほっとけない優しい人だって聞いてさー。
女友達も、よく助けて貰ってるらしくてー。
君しか頼れないんだよー。
ちゃんと連れの子にはこっちから言うからさ。
女友達のよしみで助けてくんない?
ね?」
「…」

掴まれた腕をみる。
褐色の健康的な色をした腕は、徐々に黒く濁った色に染まって行く。

「っ!」

私を頼る、真っ黒い人達。
私は、その黒い手に、救いをさしのべなければならない。

(私の願いはかなったのに)
(頭から離れない)

そこから視線を上に持っていく。

あれ?この人、
真っ黒い色をしていたっけ?

(ーそうだ、真っ黒な人は
困っている)

この人は困っているんだ。
だから私が助けなきゃ
助けてあげなきゃ
助けなきゃいけないんだ

「…では
…私が…」

助けなきゃ

「ぐえっ!!!」
「ひびゃ!?」

助けます…という言葉は、口から発せられることは無かった。
突然目の前の人が、横へと吹っ飛ばされる。
その衝撃で私も驚き、腕を振りほどいてしまう。

(黒い影はなくなって、元の男性の姿になっていた)

衝撃が与えられたであろう方向を見ると、
「いかにも今蹴りました」と言わんばかりの、双子の片割れが居た。
片足を上げて、相手を見下し、女の子がするような顔では無い表情を浮かべている。

…ちょっとだけかっこいいと思ってしまった。

「姉に近づいてんじゃねーよド変態」
「いっつ…何お前…?こいつのカレシかなにか?」
「んなわけねーだろっ!!こいつの妹!!
ていうかそんな事いーんだよ!!あまりしつこいと警察ぶち込むぞ!! 」
「…っ…はぁ…萎えた」

男は気だるそうに立ち上がり、私にも、千陽にも振り向かず、遠くへと歩いていった。
千陽はその背中を鼻で笑う。

「ふんっ、ただの雑魚のくせに」

まるで少年漫画の主人公。千陽は女の子なのに。

「千陽…」

恐る恐る声をかける。
千陽は、少し怒っていた。
いつものじっとりとした目は釣り上がり、
不機嫌だと言わんばかりに、私を見つめる。

少し騒ぎすぎたのだろうか、
私たちの周りが、少しだけ騒がしくなった。

「え、今の何?」
「演出?」
「けったよねあの子」
「でも、あの女の子のこと守ったんでしょ?」
「少女漫画?良い彼氏じゃん。…あれ、弟?」

…千陽は女の子なのに。

目立つのは嫌なのか、千陽はため息をついた。

「…目立ってるから、早くここから離れよ」

私の手を素早くつかみ、歩いていく。
かという私は、

私は

「…

あの人…
困って…

ないのですか?」

(困ってる)
(助けなきゃ)
(なんで見捨てる)

そんな声がこだまする。
私が、「人らしく」生きようとする度に、
頭の中に響く声。

その声が聞こえる度に、
私は、手遅れなのかもしれないと、
不安になった。


(「私」を捨てていたあの時は、こんなこと、思いもしなかった)


「…」

突然、ぎゅむっと、手を強く握られる。
千陽の力は強くはない…けれど、
誰だって、力いっぱいにされたら、
痛い。

「いひゃ!?痛いです痛いですあまり強く掴まないでください…」

千陽はただただ無言だった。
痛みを伴ったまま、私たちは、歩いていく。


さっきの声は、いつの間にか、消えていた。


ーー


心陽を連れて、すぐ近くにあった公園へ入る。
平日の真昼間というランチタイムのせいか、人はそこまで居ない。
適当なベンチに座らせて、僕も隣に腰を下ろす。

心陽の座り方は、優等生を形にしたような姿勢だった。
僕は正反対だけど。
(僕達は、こんな所も、似てないんだね)

心陽がものすごく気まずそうに、視線を泳がせる。
…あぁそうだ、僕は言いたいことがあったから、連れてきたんだった。
ちょっとムカついていたから、飛んでた。

はぁ、とひとつため息をついて、心陽の目を見る、

「…あのさ」
「…は、はい…?」
「さっきのは嘘に決まってるじゃん。困ってるとか、お前を釣るだけの言葉」
「…そう、でしょうか」

やっぱり未だに、こいつのことは掴みづらい。
10対0で嘘だとわかることも、この姉は信じようとする。
…それで利用されてきたことだって、沢山あるだろうに。
昔よりかはマシになっても、まだその名残があるんだろう。

「人はお前みたいに清らかで正しくなんかない。
裏切るし平気で嘘つくし、
お前だって覚えはあるんじゃないの?」
「…」
「最近さ、よくノート貸したりしてるじゃん?昼飯も、沢山持っていったくせに、めちゃくちゃ腹空かせて帰ってくるし。
強請られてんじゃないの?」
「それは…その…困ってる人が…いて…」

「それが利用されてるって言ってんだよ。そいつから見返りあったの?
友人とか、君しか頼めないとか、そんな言葉で騙されてんでしょ?」

目を伏せて、黙ってしまった。…ちょっと言いすぎたかな。

「…まあ、その言葉を聞いたら、助けずにはいられなくなるって言う、お前の性格は…分かってるつもりだけど…」

なんだかこっちが申し訳なくなって、頭をかく。
心陽の性格は、兄も僕もわかっている。
兄はわかった上で、大抵の事は口出ししない。
行き過ぎてたら止めるけれど。
でも僕は、ムカつくことはムカつくので、よく心陽にトゲついた言葉をぶつける。

その繰り返しだ。

「いつか、そんなことを、他のお友達にも言われたことがあるんです。
「助けすぎだ。あの人は絶対あなたを利用してる」って。
でも、私、
利用されてるとか、そういうこと…よくわからなくて」
「…」

胸に手を当て、ポツポツと話し始めた心陽。
その顔から、聖女の笑顔は消えていた。
今の心陽は、「本当の心陽」。

うん、この目の時のほうが、僕は好きだ。

「私は元々利用されるためにあるんです。
誰かのために、誰かを助けるために。
だから…嫌とか、思ったことないんです」

あ、やっぱその口から出る言葉は嫌い。

「まあ、昔よりかはマシになったけどね。
でもさ、何でもかんでも助けて、騙されて…取り返しのつかないことになって…
悲しむのは、兄さんだよ」
「…!」

そう。僕はそれが1番もやもやする。
人間は綺麗じゃない。
平気で裏切る。平気で捨てる。
こんな善意の塊の女のことだって、利用して捨てる奴だって、絶対に居る。

そうして、騙されて、取り返しのつかない事になって、
誰が1番悲しむと思うんだ。

…兄さんだけじゃ、ないんだぞ。

こいつは、それをわかってない。
自分のことを、自分だけの問題だと思ってる。
それが1番ムカつく。

「助けるも助けないも自由だろうけど…
少しは自分の価値を分かれよな。
体が何個もある訳じゃないんだし」
「…そうですね」

心陽の目が潤む。
胸を抑えて、苦しそうに。
多分、さっきの言葉が予想以上に効いたんだろう。

(…泣かすつもり無かったのに)

ま、分かってくれたのなら、幸いだ。

「ま、そこも含めて…わがままだって分かってるよ。
僕はお前の双子なんだし、

分かってやる」
「…」


ベンチから立ち上がる。
ポケットの中にある財布を確認して、心陽を見下ろす。
「ジュース買ってくる。何がいい?」
「あ、え!?いや!?わ、私が買ってきますよ!?」
「僕が買って来るって言ってんだよ。さっさと何が欲しいか言え」
「…」

何が欲しいか。
何が飲みたいか。
何が食べたいか。

そんな時、心陽は決まって、
目を真っ直ぐ見て、笑顔で、
こう言う。


「どれを選んでくださっても大丈夫です」









歩いている時に見つけた自販機の前に立ち、乱暴に小銭を入れる。

「分かってたけどムカつくなやっぱ」

なんでもいい。
大抵の人間がこう言えば、「どうでもいい」と同義のようにも聞こえるけれど、
心陽は本当に「なんでもいい」んだ。
どれも選んでも嫌いなものなんてない。
全部「好物」みたいなもんだ。

「…」

僕の分は、迷いなく選ぶ。
今日は炭酸の気分だ。どぎついやつ。
そうだな。いっそ心陽も同じやつを選んでやろうか。
コーヒーって言って騙して。
どんな顔するんだろ。

想像して少し笑ってしまう。

「…ま、そんなことしないけど」

さて、僕の分は自販機から落っこちてきたし、次は姉の分だ。
「…」

なんでもいい、というのは、どれでも好物だということ。
嫌いなものなんかない心陽。

でも、僕が選んだのは…

「…」

ガコン、と飲み物が自販機から落ちてくる。
心陽の分も取り上げて、ゆとりのあるズボンのポケットに突っ込む。
さあ、僕は僕の分を飲みながら帰ろうと思った時だ。


「あ、てめ…さっきの!」
「えーなに?この子が邪魔したやつー?」


うっすらと聞き覚えのある声がして、振り返ると、
僕が駅前で蹴っ飛ばした男がいた。
…そして、全く知らない女が隣に。

遊ぶ相手がいないなんて嘘じゃんか。女いるじゃん。なんだこいつ。

女は嘲笑うように僕を見つめる。
男は僕を心底憎そうに見下し、今にもぶん殴ってきそうだ。
嫌悪されるのは慣れてるけど、殴られるのは慣れてないかな…。

「さっきはよくもやってくれたな…」
「そっちが姉に手を出すからでしょ。馬鹿じゃないの?」

わざとらしく片眉を釣りあげて、煽ってやる。
簡単に、男の癪に触ることが出来たらしい。
ガッと胸ぐらを掴まれる。
まさか漫画のようなことが僕に起こるなんて。少し驚いている。
その拍子に、手に握っていた炭酸ジュースは地面に落ちてしまった。
コロコロと転がり、自販機へとぶつかる。
…絶対開けたくない。

「妹がなんだか知らねえがな、女だからって調子にのんなよ?」
「え、この子女の子なのー?もっさい!オタク?」

いやめちゃくちゃな言われようじゃん!!
なんなんだよ!どいつもこいつも!

「でも白夢とはぜーんぜん違うね。
性格真逆じゃん。血が繋がってないんじゃないの?」

真逆。
そうだよ。僕と心陽は真逆。
双子なのに、全く似ていない。
同じ顔をしているのに。
別人みたい。

…ていうかいい加減離してくれないかな…。
ちょっと苦しい…。

「…顔見たらわかるだろ…双子だよ…」

「まじ?どこも全然似てねーじゃん!」
その一言のどこにツボったのか、笑って僕を離した男。
いや顔は似てるだろ。ほかは知らん。

「身内なら挨拶しとこっかなー。
うち、白夢とめっちゃ仲良いんだよね」

ぴくり、と、まゆが上がってしまう。

「大学の別コースだけどー、偶然仲良くなって?よくお昼とかも一緒に食べてんだよねー。
あいつ少食だから、よく食べ物貰ってんだよねー美味しいし。
沢山食べ物持ってきてくれて、私に譲ってくれんの!」


アイツ呼ばわりかよ。


「あいつから全然身内の話聞かないから、てっきり一人っ子だと思ってたわ。
まあ…君ちょっと失礼だし?隠したがるのも分かるかなー」


その程度で。


「なんだかんだ私に甘くてさー、よく授業のノートとかも借りるんだよねー。
おかげでテスト完璧だし」
「聞けば聞くほど似てないよな」
「だよね!?白夢も大変だなー」



その程度で
わかったフリするな。

知ったかぶりするな。

利用するな。



(心陽は優しすぎる。

本当は大好きなご飯も、

誰かに強請られたら、上げてしまう。

本当は予習復習したいノートも、

誰かに強請られたら、貸してしまう)



(それを、察することが出来るのは、
きっと、
僕だけ)



「ひとつ聞いていい?」
「は?何?」

気分よく話していた女が、僕の質問に、不機嫌気味に答える。


「お前って、心陽の「友達」?」


「何それ?当たり前じゃん。ちょー仲良いんだから」
「お前が邪魔したせいで、俺はお友達になれなかったけどな」





「優越感」





「…はい?」

そう。まさに。
まさに。
人間は、優越感が、大好きな生き物なんだ。



「その程度で優越感浸ってんじゃねーよって言ってんだよ。クソ女」



ガッ…と、鈍い音が響いた。
数秒遅れて、全身に響く衝撃。
「あぁ、殴られたんだ」
とおもうのは、殴り飛ばされて、自販機にぶつかった時だった。
ジンジンと、頬に痛みが広がる。
口の中に血の味が広がる。

痛い。

「口の利き方気をつけよォなぁ?」
「何この子。ほんとウザイ」

ウザイ?ウザイのはお前だよ。
心陽の懐に入れたと勘違いしている、
哀れで惨めな人間。


「…いるんだよね。たまに。
「あの心陽」を利用した程度で、知ったかぶりするやつ」

「は?」

「だからムカつく。縋るやつも、利用するやつも、崇拝するやつも、みんなムカつく」

なぜかって。簡単だそんなこと。
心陽は人間で、
僕の姉だ。
兄さんの妹だ。
なんでみんな、そんなことが分からないんだ。

「「心陽」は頼めば何でもしてくれたろ?
良かったな、苦労せずに楽しめて。
徴収した気分になるのは癖になったか?
「心陽」無しじゃ、なんにも出来なくなったんだろ?

そういう奴なんだよ、「心陽」は」


「…ねえ、何言ってんのこいつ」
「きっも…」

通じない。当たりまえだ。
心陽の「聖女」に付け上がっているやつは、
大抵、僕の話が通じないんだ。

…それもまた、僕がムカつくと同時に…
すこしだけ、愉快な気持ちになる理由。

「せいぜい、仮初の優越感に浸ればいいさ。
「聖女」はどんなお前でも受け入れてくれる。

逆に、「心陽」は絶対に、お前たちを認識しない」

聖女に頼ってしまったら最後だ。
聖女の優しさに触れたものは、後戻りができない。
…いや、そうでも無いやつもいるけれど。


大体は、
「真っ黒な人間」のままだ。


「…ねえ、もう行こ」
「殴った時に頭でも打ったか?」

女が、男を引っ張り、その場を去ろうとする。
別に僕は止めない。

聖女を利用しているのは、こいつらだけじゃないんだろう。
吐き気がすると同時に、少し、心がふわっと浮くような気持ちになる。
あぁ、どれだけの人間が、このあと、「人間の心陽」に、捨てられるんだろう。と。


「…ていうか…痛…」

殴られた頬をさする。
腫れるかもしれない。くっそ、親父にも殴られたことないのに。
…てセリフ、本当に思う時がするなんて。

…あの人は、殴ることさえしないだろうけど。



「千陽っっ!!!!」


また別の声が響く。
悲鳴にも近かった。
でもその声は、死ぬほど聞き覚えがある。


「千陽!千陽!何が…いえ、先に!手当…っ!!」

心陽が駆け寄ってくる。
震えた手で、僕の殴られた頬に触れる。

その顔は、聖女の欠片もない。
恐怖と、悲しみと、焦りでぐちゃぐちゃになって、
美しさの欠けらも無い、頼りない姉の顔。

「…ふは」
「何を笑ってるのです!?…とにかく、ベンチに戻りましょう…」

心陽に連れられて、ゆっくりと歩く。
飲もうと思っていた炭酸ジュースは、地面に転がったまま。
まあ、いっか。
僕は清く正しくないから。





僕をベンチに座らせると、心陽は走って近くのコンビニに向かった。
息を切らせて帰ってきたその手には、
消毒液、ガーゼとホワイトテープ。
そして、保冷剤。

過保護だなぁ、と言うと、心陽は少し怒る。

「女の子の顔を殴るなんて、考えられないです…。
傷が残ったら、一生モノなのですよ」
「…そうだね」

心陽の手当は手馴れだのだった。
テキパキと傷の消毒をし、ガーゼを被せる。
テープで補強をし、保冷剤を手持ちのハンカチで包む。
「これで暫く冷やしてください」

と言われて、おとなしく従う。


ふと、心陽がゆっくりと項垂れた。
少し焦る。どうしたのかと思うと、

ポタリポタリと、ベンチに落ちる雫。

ギョッとした。
汗…じゃない。え、もしかして…な、泣いて…


「ちょ、こ、こは…」
「…あなたが言ったんじゃないですか。1人の体じゃないって…。

それは千陽も同じことでしょうっ!?
あなただけのものじゃない!あなたの義理の親がどうでもいいと思っていいものでもないっ!!」

「…」

驚いた。
こんな風に、怒鳴られたのは…初めてだ。
約10年ぶりに出会った時は、怒鳴るというか、縋り付くような感じだったから…
ここまで、涙を流しながら、怒りを露わにして、叫ぶ心陽は、初めて見た。

「…ごめんなさい。あなたに怒鳴るのは間違ってるって分かってます」
「…いいよ。心配かけてごめん」

お互いにベンチに座り直す。
何となく、向かい合うのは気まずかった。

隣でグズグズと鼻を鳴らす心陽。

「…」
「…」

「誰にやられたとか…聞かないの?」
「聞きたいですよ。

本当は、義理のお父様やお母様のことも、知りたい」

「でも、千陽は答えてくれない」

肩に、重力が掛かる。
心陽の頭がもたれかかっているんだなと、遅れて理解した。

「千陽は、ずるい。
私に「人間になれ」というくせに。
あなたは自分一人で抱え込もうとする。

他の人に沢山頼って貰えるようになったけれど、
あなたは頼ってくれない」

ポツポツと話だした。
敬語が抜けて、淡々とした口調。
あぁ、これは、

心の声だ。

聖女の仮面も、心陽の姿もない、
白夢心陽の、拙い心の声。

「お兄さんだって、あなたを心配してる。

私は、

あなたの双子なのだから、
全部解りたい」


「これも、きっと、私のワガママ」

だとしたら、僕もわがままだろう。
聖女として駆け上がっていた心陽を、
人間に落とそうとしたのだから。
自分と同じ場所に、いて欲しいと思ったんだから。

聖女に、すがる人間を、押しのけて。

「…僕達は、似てないよね」
「…うん」

「でも、やっぱり双子だなって思うんだ」
「…」

「顔しか似てないし、性格も真反対、考え方だって似てないし、正直僕も、お前の聖女面は受け入れられる気がしない」
「…私も、何でも1人で抱え込んで、倒れる千陽は嫌」
「うん」

心陽の方に、僕も頭を預ける。
頬を冷やすのをやめて、寄りかかった。
今くらいは、素直になりたい。

「でも、解りたいと思ってしまう。
全部知りたいって思ってしまう。

双子のように、全部分かってしまいたい」
「…」
「そんな所が…双子だなって思う」
「…」

双子っぽくないから、双子のようになりたい。
理解し合いたい。
僕と心陽が通ずるのは、その思い。
きっとそれだけで、相手のことを思えるし、
知ろうとできる。

少なくとも、聖女を崇拝している奴らよりかは、僕は心陽のことを理解している。

あぁ、アイツらのこと、言えないなぁ。
僕も優越感に浸ってるんだから。

「…ねえ」
「…?」

「ちゃんと、お昼食べなよ」
「…うん」
「ノートもさ、本当は、予習復習したいんでしょ?
なら貸しちゃダメじゃん。そこからだよ」
「…うん」
「本当にわかってんの?」

くすくすと、隣から笑い声が聞こえる。
もうその瞳に、涙は映っていないようだ。
僕の肩から顔を上げて、にこりと微笑む。

「じゃあ、千陽も自分を大切にすることから始めてください」
「…と言われても」
「もう危ないことしないでください。
危ないなと思ったら、ちゃんと頼ってください」

また、殴られた頬を触れられる。
今度は、手は震えていない。


ーー


そっと触れる頬。
千陽は、目を瞑って受け入れてくれている。

私は、千陽の全てを理解していない。
千陽も、私の全てを理解していない。

きっと、私たちは、離れすぎていたから。

「…そうだ」

千陽が、ズボンのポケットの中から、ひとつの飲料缶を取り出す。

「…ーーぁ」

「お前はなんでも飲める…
好き嫌いなんか無いのは知ってるけど」

差し出されたのは、250mlくらいの小さな缶。

「飲み物だけは、そこまで沢山飲まないのは知ってる」

赤いラベルに、白いロゴマーク。
…千陽が、よく飲むもの。

「僕はそれしか知らない。せっかくなら、お揃いの飲みたいなって思ったから。
…ま、僕の、どっか行っちゃったけど」

とくんとなる心臓。
目尻が暖かくなる感覚。
気持ちがふわふわとする。

「…「気分」じゃなかった?」

千陽が少し笑いながら尋ねる。


「…ちょうど、千陽とお揃いがいいなって思っていたんです」

笑って返すと、千陽は、小さくため息を着く。

「ほんと面倒。イラッとしながら毎回考える僕の身にもなってよね」





好き嫌いがないのは本当だ。
なんでも美味しく思う。

けれど、千陽へと尋ねる時は、少しだけ、意味が違う。

千陽は、今日は、どのように考えて、選んできてくれるのかなと、期待してしまう。
「なんでも」の裏に、「その日の気分」を隠して。

と言っても、大抵千陽とお揃いがいいなと思ってしまうのだけれど。
それも、千陽は分かってくれているみたいだった。

それだけで、嬉しかった。

他人に頼らず、誰も寄せ付けない千陽が、
私のひとつを理解してくれている。
それだけで、「双子」のように、意思疎通ができている気がして


優越感に浸っている。

-2-

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