第01夜



「本当に失敗知らずだ」

もう覚えてもいない誰かから言われたような覚えがある。
用意は念入りに。
準備は抜かりなく。
そして、
手順は完璧に。

失敗が起こるのは、どこかの手順が狂ってしまい、歯車が合わなくなるから。

「魔術師」としてもだ。

魔術とは
少しの気の緩みで、目標とはかけ離れた結果になる可能性がそこかしこにある。
だからこそ、俺は慎重になる。

その誠実さは、きっと力になる。
俺の味方になる。

聖杯戦争で、必ず。





1月上旬。
始業式の前に、前日登校というものがある。
課題の提出や、連絡等が主なもの。
それは始業式で良くないのかと思うが、
そうでも無いらしい。

外は雪が降っていた。
珍しい。こんな日に限って。
寒いのは体が思うように動かなくなるので好きではない。
暖かい飲み物を飲んで
自分の家で落ち着いても誰も文句は言わないだろう。
文句を言う住人も居ないが。

家は少し標高が高い場所にある。
隣接している…というより、近所と言われる家は近くに無い。
ぽつんと立っている…と言った方が正しいだろう。
3階建ての洋式建築。建てられたのは随分前。
掃除は割とすきで、綺麗に保たれてる方だと思う。

…ともかく、まだまだ時間はある。コーヒーでも飲んでゆっくりしよう。

キッチンは一般的に料理で使うものだけが揃っている。
中でも、コーヒーメーカーは特に使う頻度が高い。
全自動タイプのエスプレッソ。
「エスプレッソ」感をより強く感じたい人のために、お湯を調節出来たりする
セミオートのものもあるらしい。
が、
飲む頻度も多いし、自動で美味しいものを作ってくれるのなら、全自動の方がいいなと思って購入した。
購入した時にオススメされた、温度や豆量、抽出量を設定する。か
なんだかんだ口にあっているので、いつもこれで飲んでいる。
カプチーノも作れるみたいだが、俺はあまり飲まない。

「…ん」
外から、控えめなチャイムの音が聞こえる。
二階の窓から、家の門を覗き見てみると
見慣れた茶髪の少女が、こちらを不安げに見上げていた。
俺と目が合うと、表情を明るくさせて、小さく手を振った。
「よく飽きないな」
懲りずにやってくる後輩を迎えるために
俺はリビングを離れた。



「またコーヒーだけで済まそうとしたのですか?
朝はしっかり食べないと良くないって、
いつも言ってるじゃないですか」
「そんなこと俺に言うのはお前くらいだよ」

この少女、白夢心陽は、毎朝早めに俺の家に尋ねて来ては、
朝食に口出しをする後輩。
いつだったか、
一緒にテスト対策をしている時に、
「朝は食べずにコーヒーだけで済ますことが多い」
と口からこぼしたのが始まりだった。
平日の朝は、必ず訪ねてきては、俺の朝食を作っている。
挙句の果てには昼飯用の弁当まで初めてしまった。
「藤先輩はお昼の時も、購入したもので済ませる時が多いって言ってたじゃないですか。
高校生なのですから、ちゃんとした栄養食べなきゃいけませんよ」

…何時からこの後輩は、物好きな世話焼きになったのだろうか。

「今日は和食と洋食どうしましょう…藤先輩、なにか希望はありますか?」
「…じゃあ、洋食」
「分かりました。では、残っていたパンは全部使いますね。明日の朝、色々と食材補充しますね。
あ、コーヒー出来てたので、先に飲んで待っててください」

いつの間にか出来上がっていたコーヒーを受け取る。
白夢は花歌を歌いながら、キッチンの冷蔵庫を開け、慣れた手つきで材料を取り出していた。

ここ最近は、朝昼だけでは無く、夜も食事を作りに行こうかと言われる…が、
さすがに夜は断っていた。
女子を夜に連れ込むのも気が引けるし、1人で食事が作れないわけじゃない。
それに、魔術研究の妨げになってしまっては困る。
…朝と昼だけでも、十分にありがたいが。

コーヒーを1口飲み、小さく息を吐く。

昨日は、例の「下準備」も完了し、
「実行」するだけ…といった所まで来た。
あまり他のことに意識を向けたくはない…のだが。

…連休明けに、いきなり欠席をする人間とは思われたくないので、仕方ない。

下準備というのは

聖杯戦争に、参加するためのもの。

聖杯戦争が、この街で、起こる。
万能の願望器、聖杯を掛けて
7人のマスターが争いあう。

なにも身一つで争う訳では無い。

マスター…魔術師は、
「サーヴァント」を召喚して、それに戦わせる。
サーヴァントは強力な使い魔…と言ったところだろうか。
元は歴史を変えた英雄かもしれない。
国を背負った王かもしれない。
人々を恐怖に陥らせた犯罪者かもしれない。

それらがサーヴァントとなって、マスターに従う。

まあつまりは、
聖杯戦争に参加する条件としては
サーヴァントを召喚すること。

召喚の下準備をしていた訳だ。

召喚には、魔力も多大に必要となってくる。
自分で言うのもなんだが、魔術師としてはかなり力のある方だと思っている。
魔術師として生きるために育てられた。
魔術回路にも恵まれた。
家宝とも言える魔術刻印を引き継いだ。

もう俺は、「完璧な魔術師」として生きる他ない。
苦痛でもなんでもない。
俺のやるべきことは決まっているのだから。

聖杯戦争でも、十分に戦えるだろう。
だが、誰がマスターになるかは分からないから、油断はしてはいけない。

そのためにも、強力なサーヴァントを呼び出さなければならない。
俺は、それだけでなく
自分と相性のいいサーヴァントを呼び出すことも大切だと感じている。
戦闘は戦略も大切だ。
相性の悪いサーヴァントでは、逆にお互いが戦闘の邪魔になったり、協力ができない可能性も出てくる。

俺が望んでいるのは…そうだな。
第1候補がキャスター。
妥協案でアサシン、アーチャーだな。

聖杯戦争で召喚されるサーヴァントのクラスは、全部で7つ。
セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー。

性能面でいえばさっきの3騎が合うだろうなと言う…俺の勝手な考えだ。
俺は表立って相手を殴りに行く活動力がある訳でもないからな。
念入りに下準備をして、確実に仕留めるタイプだ。

だから、その考えに適して、動いてくれそうなのは…と言うチョイス。

そのための準備もしたのだ。
魔力もなにもかも…だから。

…そう言えば
セイバーは、聖杯戦争で有利とは聞く。
どこかの戦いで、勝利を収めたサーヴァントだと。
能力的にも優れており、戦闘面で非常に頼りになる。

けれど、セイバーをそこまで欲しいとは思わない。

俺がセイバーを望まない理由は、ただ単に
彼らの戦い方と俺の戦い方が、きっと合わないと思っているから。

過去の聖杯戦争を少し調べてみたが、
セイバーやランサーは、やはり1体1の
ぶつかり合いが多いし、真っ向からの力比べで勝っている…といったイメージだ。
俺はそういった戦闘をサポートできるとは思えない。

魔術にも得意不得意があるんだ。出来るなら得意な魔術でサーヴァントをサポートしたい。
バーサーカーは論外だ。
狂化というスキルがかかっており、
意思疎通が出来ないのがほとんどだ。

バーサーカーを望んで召喚する奴もいるそうだが
そんなやつを好んで召喚する魔術師は、
バーサーカーによく似た精神をしているんだろうと、勝手に思っている。
こう、手遅れな…歯止めのきかない…


「藤先輩、ご飯出来ましたよ」

白夢の声で、意識を現実に戻す。
既にテーブルには、鮮やかな朝食が並べられていた。



「今日はフレンチトーストと、スクランブルエッグにしてみました。
卵には、トマトとソーセージを入れています」
「美味しそうだな。昔のドジばかりのお前とは大違いだ」
「い、いつまでも前のことを言わないでください!」
「冗談だよ。冷めないうちに頂こうか」

いただきます、と、2人で声を合わせる。
ここに来た当初は、お世辞にも「できる後輩」とは程遠かった。
料理が下手な訳では無い。ただ、ドジが料理の美味さより目立つだけで。
包丁で指を切っている所を何度見たか。
手が滑って、お湯を手にふっかけそうになった時はさすがにヒヤヒヤしたが。
でも、今となっては、料理も慣れたものらしい。
ドジばかりしていた姿は見当たらない。

「お前はいい嫁になると思うよ」
「ごふっ」

白夢が珍しく咳き込んだ。器官にでも入ってしまったのだろうか。

「…水いるか?」
「だいっ…大丈夫です…。
で、でも、とつぜん、そんなこと言うのやめてください…」
「?分かった」

治まったらしい。また食事を再開した白夢。
その顔は心做しか、ほんのり赤く色付いていた。




りりりり…

突然、ベルのような音が聞こえる。
音の出処は
家に備え付けてある固有電話だろう。

「藤先輩、出てきてください。その間に、片付けは済ましておくので」
「じゃあそうさせてもらおう。ありかとうな」

朝食の後片付けは、妙に張り切っている後輩に任せるとしよう。

固定電話の前に立ち、液晶に映される文字を見つめる。
表示される名前は…

「…はぁ」
こんな朝から何の用だ。
一呼吸置いて、
渋々受話器をとる。

「はい、藤です」と、
当たり障りのない挨拶を出しておく。
「もしもし、
私、監督役のシャル・リ・カヴァリエールと申します。…既にご存知だとは思いますが。
藤樹さんでお間違いないですね?」
「ええ」

一回り下のような幼い声が聞こえる。

彼女は、今回起きる聖杯戦争の監督役…お目付け役みたいなものだ。
1度会ったことはある。
金色の髪に、まだまだ子供らしさが残る顔立ち…
あんな小さいのに務まるのかどうか。

「そうですね。ところで、何か御用ですか?」
なるべく愛想のいい声色を意識する。

「最終確認をさせて頂きたくて。
藤樹さん。あなたは、聖杯戦争に参加するお気持ちに変わりはないですね?」
「ええ。もちろん」
「それは良かったです。
では、本日か明日には、サーヴァントの召喚をお願いします。
今のところ、1名が既に召喚を終えています」
「…1人か」

現時点では1人なのか。
まあ、変更になる可能性もあるだろうが。

「一応、もう1人の監督役…烙さんが、名残の人数に心当たりがあるとは言っているのですが」
「もう1人…?あぁ、あの包帯の男ですか」
「ええ。2人体制の方が、より正しく聖杯戦争を導けますもの」

小さな少女だけだは頼りないと感じたのか、監督役はもう1人配属されていた。
顔に包帯を巻いた、見るかに胡散臭い男だった。名前は聞いていなかったので忘れたしまったが。
見るからに相性が悪そうだが…やっていけてるのだろうか。
…いや、むしろ、包帯男よりも、この子の方がしっかりしている可能性もあるな。


「とにかく、意思が確認出来たのならば結構です。
では、ご検討を祈ります」

かちゃん、と静かに置く。
今日か明日、ならば、今日の夜だな。

予定を頭の中で組み込み、再びリビングへと戻る。

「お待たせ。悪いな、片付けは任せて」
「い、いえ、大丈夫です」
「ありがとう。いい時間だし、もう行こうか」

まずは学校に行かなくては。
ソファに置いてあったカバンをとり、上着を羽織る。

「…藤先輩」
「何?」

白夢の方を見ずに答える。
珍しく、言い淀んでいるらしい。

「…今日は、夜、用事があるのですか?」
「あぁ。悪いけど 、今日は真っ直ぐ帰るよ」
「そう、ですか」

その答えで納得したらしい。それ以上は聞いてこなかった。

「先に降りてるぞ。お前も早く準備しろ」
「は、はい!」

後輩が慌てて支度を始めるのを、視界の端でとらえてから、
リビングを後にする。
ここは暖かい。何時まだもいてしまったら、本当に学校に行きたくなくなってしまう。



「…」

「…まさか、藤、先輩も…」

「参加するなんてこと…ない…よね」



吐く息が白くなり始めたのは、随分前から。
今や見慣れてしまった光景。

むしろ早く終わって欲しい。寒いと体が思うように動けなくなるのでな。

学校へはいつも徒歩で向かっている。
電車で行くほど遠くもないし、この距離なら歩いた方が健康のためでもある。
何故か体力は一向に付かないが。

「お前は毎回俺の家に来て、家族はなんにも言わないのか?」
「はい、私の家族は忙しいので、あまりおうちに帰ってこないのですよ。
家に居ても1人のことが多いですし、
だから、藤先輩の家に来れて…」

言いかけて、ごほんとわざとらしい咳払いをする。

「…いえ、なんでもありません…。
寂しくは無いですよ。色んな人と毎日楽しく過ごせていますから」
「なら良かった」

2人で住宅街を歩いていると
視界の先に、人影が写った。

中学生だろうか。
黒い髪で、いわゆる「学ラン」というものを着ていた。
どこの中学かは知らん。
普段なら気にもとめないが、少し異様な光景だった。

「…?」

住宅街で、1人の少年が、電信柱に向かってなにか話しかけてい…る?

あれか。いわゆる「電波」と言うやつか…?
あまり関わりたく…

あ、違う。猫か。

電信柱の影に、野良猫がいたらしく、
少年はその猫と向かい合っていたらしい。

気を取り直し、学校への道をすすむ。

「君はいいことがあったんだ。良かったね」

不思議と、猫が嬉しそうに返事をした気がした。
なんだアイツ。猫と話せる人間なのか。
そんな馬鹿みたいな人間はいないか。
魔術師の俺が言うのもなんだが。

…あ、目が合った。

少年が、こちらに気がついてしまった。
そんなにじっと見たつもりは無いが、知らない人間から見られるのは嫌だろう。
俺も嫌だ。

心の中で謝罪をし、
今度こそ、少年を視界から外し、
歩を進めた。

「猫ちゃんとお話出来るんですかね?
いいですね…羨ましいです」
「お前の発送は幸せそうだな」





「…」



ーーー




また負けてしまった。

これでは、いつまで経っても、聖杯にはたどり着けん。

代を重ねるごとに、魔術師としての才は廃れていく。

みろ、今回の世代なんぞ、魔術師の欠片も見当たらん。

しかし、あとから生まれた方ならまだ…。

もう、後がないのだ。

最後の、私たちの……





「おはようございます!

ししょーといっしょに
がっこーにいきたいからきました!
ししょーいますかー?」
「あぁ、はしらか。ちょっと待ってろな」


…ん

…なんだか、
聞き慣れた声がする。

体を起こして、目を擦る。

あ、また地下室で寝ちゃってた…。

家の地下にある、大きいスペース。
一般的な教室よりも少し狭いくらいじゃないかな。
壁に敷き詰められるように置かれた本棚。
そこにはいっているものは、

全て魔術関係のもの。
おれがいま、いっぱい勉強しているもの。

いつも机に何冊か持って行って、
読み漁っていると、
どうしてもここで…

「はしら!!お前また地下室で寝たな!!!
寝る時は自分の部屋行って布団に入れっつってんだろ!!!」
「いひゃい!」
ぺちんと頭を叩かれる。
怒った顔をして立っているのは、
いつも美味しいご飯を作ってくれる、おれのお兄ちゃんだ。

「ごめんなさい。でも、本読んでただけで、今日は汚してないから!」
「はぁ…ここで寝る癖やめろよな。
ご飯出来てるから、さっさと食べろ。
友達も中に入れて待っててもらってるから」
「うん!」

椅子から降りて、階段を上る。
お兄ちゃんのご飯は、どのご飯屋さんよりも美味しい。
それはおれが保証する。



「はしらの準備が済むまで待ってやってくれ。ごめんな」
「だいじょうぶ!じかんたっぷりあるから」
「ありがとな。ほら、良かったらこれ食べてくれ」
「ぷりん!ありがとう!」

あ、それ、今日帰ったら食べたかったのに。
でも、おれが遅く起きたから悪いし…。

お魚美味しい…。

お魚に、おみそしるに、ふりかけがかかったご飯。
人参と…もやし、きゅうり?とかが入った漬け物
…にんじん…。
にんじんだけをそっと退けて、ほかを食べる。

「おい、残すな」

みつかっちゃった。

「だって我輩にんじん嫌いなの兄者は知っとるじゃろう!」
「だから入れてんだよ!」
「嫌じゃ!!にんじんなど存在する意味がわからぬ!
嫌いなものをなぜ食べなければならぬのか!!」
「ししょーにもにがてなものあるんだね!」
「ぐっ…」
「そーだぞ。その「ししょー」にも苦手な気野菜はあるんだぜ。
…ま、野菜は全般的に食わねーけどな」

下僕がみてる…。
下僕…おれの友達は、歳下なんだけど、
家が近所でよく遊んでる。
学校も一緒だから、ほとんど一緒にいるかもしれない。

そんなノワの前で…好き嫌い…おれより下の学年の前で…!

「うぅう…ううぅ…」
嫌々にんじんを口に入れる。
漬け物の酸っぱい味がするけど…その奥にあるにんじんの風味が…

「うえぇ…」
「よーし、よく食ったな。それでこそ男だ」

頭をポンポンと叩いてくれるお兄ちゃん。
褒められたのは嬉しいけど…にんじんは嫌い…。



「じゃあな。気をつけて行けよ。
どっちもな」
「はーい!」
「任せておけ!吾輩がかならず下僕を守って見せよう!」
「わーい!ししょーかっこいい!」

ここ付近のこともはおれたちしかいない。
なので、集団登校は、2人だけ。
といっても、2人じゃ集団登校とも言えないので、
形だけのものだけれど。

お互いが休みの時は、一人で行くことだってあるから。

「…あれ?
わが兄者よ。なにか手紙が来とるぞ?」
「…」

お兄ちゃんは、黙ってそれを取ると、
乱暴に開封した。
(…!)

少しだけ、魔力の匂いがする。
てことは…

「すまぬ。わが下僕よ。先に学校に向かってはくれぬか?」
「さきに?」
「待ってもらったのに申し訳ない。
あとから吾輩も必ず追いかけるのでな」
「わかった!じゃあさきにいってるね!」
「悪いの。感謝する」

ノワを先にいかせる。
何が書かれているか分からないのでな。
あの子を巻き込むわけには行かない

背伸びをしたら見れるかな?
後ろから覗き込んでみる。
その手紙の差出人は不明。
おれが過去で見た事もないような筆跡をしていた。

ー親愛なる幼き魔術師様と
落ちこぼれの人間様。

聖杯戦争が、この街で起こりますー


聖杯戦争…

手紙の下に、不自然な空白があった。
(…ここから魔力が少しだけ残ってる。
もしかして…)

魔術回路を、ゆっくりと開く。
魔術を使うために。
スイッチを、入れるように。

おれの魔術回路を開くイメージは、服についているチャックのようなイメージ。
下におろしていくと、魔術回路が開いて、魔力が流れる。
逆にすると閉じる…と言った感じ。
魔術回路を持ってる人には、いろんな魔術回路の開き方のイメージがあるみたい。
お父さんは切り替え式のスイッチ。
お母さんはレバーのイメージ…だったかな?

魔力流れを感じ、血が熱くなる。体がじくじくと痛んでくる。
このくらいは、もう慣れっこだ。

(…)

目に魔力を流してみる。
眼球に全て巡らせるように。
細い血管の一つ一つに、溶け込むように。
魔術はイメージも大切。
地下室の本のひとつで読んだことがある。

その目で改めて手紙を見ると、
新たな文字が浮かび上がってきた。

ーもし、あなたに叶えたい願いがあるのなら、
サーヴァントを召喚しなさい。

あなたの地下室に、資料はあるでしょう?

サーヴァントを召喚し、あなたの家が
見下され続けた屈辱を晴らすときですよ。
あなたのためにも、

魔術師になれなかったお兄様のためにも

きっと、あなたなら、素晴らしい活躍をされますよ?ー


息を飲んだ。
なんで、こんな事までこの人は知っているんだろう。

明らかに、おれたちのことを知っていた。
サーヴァント…聖杯戦争…たしかに、地下室の資料で呼んだことはある。
おれたちの祖先が、参加しようとしたりしたことも少しだけ知ってる。
けど…

「…」

お兄ちゃんが、
手紙がくしゃりと歪めた。

「気にするな。ただのイタズラだ」
そういって、ぐしゃぐしゃの手紙を、ポケットの中に突っ込んで。

「…聖杯戦争が、起こると、書いてあったが…」
「起こるんなら起こるんだろ。でも

きっと、関係ないことだ」

その目はどこか、苦しそうだった。

お兄ちゃんは、その文字は見えないんだ。

見ることが、出来ないんだ。

「ほら、きにすんな。お前は学校だ。
友達追っかけなきゃダメだろ?」
「!…うん。
…それじゃあの、兄者よ」

慌てて走り出す。



俺の家は、魔術師としてはあまり良くない出来の方だった。
聖杯戦争には、参加していたけれど。

大した成果もなく、歳を重ねる事に、薄れていく魔術回路。
魔術刻印も引き継がれていったけれど、それが大きく成長することは無かった。

そして、もう終わりだと思われた代に生まれたのが、
お兄ちゃんとおれ。

お兄ちゃんは、ついに魔術師としての潜在能力を持たない人間だった。
お父さんやお母さんは悲しんだ。
けれど、おれが生まれたら、すごく喜んだ。

おれが、立派な魔術回路を持っていたから。
お父さんやお母さんは、おれを立派な魔術師にさせる為に、沢山の本を用意してくれた。

お兄ちゃんは、もう、期待されなかった。

お父さんやお母さんは、今、どこにいるのかは知らない。
仮にも魔術師だから、忙しいのかもしれない。
お兄ちゃんは今、バイトしながら、俺を育ててくれてる。
魔術の勉強をしてても、
何も言わない。

むしろ、応援してくれてるようだった。

だからおれは、立派な魔術師になることを決めた。
そして、家をバカにしたヤツら、お兄ちゃんをバカにしたヤツらを許さない。
お父さんやお母さんにも、お兄ちゃんに謝ってもらう。

「…」

その、願いが、叶うとしたら…

「…聖杯戦争で、勝てば、叶うと、したら…」

手をぎゅっと握りしめる。

俺にはある決意が生まれた。

(今日は、早く帰らなきゃ)


ーーー


「これで今日の予定は終了やなぁ。
皆さんお気をつけてかえるんよ〜」
「はーい!」

今日の日直が号令をかける。
起立、礼の在り来りな挨拶。

「いつくんは、今日予定あるの?」
「あぁ、だからまっすぐ帰る」

話しかけてきたのは、同じクラスで友人の椿呉羽。
このクラスにはもう1人、友人……がいるが、
厄介でうるさい。
呉羽はその正反対かのように、大人しく控えめな性格だった。

「そっか、きょーくんが帰りに、3人でどこか寄りたいって言ってたからさ…」
「すまないが断っておいてくれ」

きょーくんと言われたやつが、例のうるさいヤツ。
悪いやつでは無いと思うが、とにかく、やかましい。

「分かった。また今度遊ぼうね」
「あぁ」

奴みたいに食い下がらない呉羽は、そのまま手を振って教室から去っていった。
あのくらいすんなり諦めてくれたらいいのにな。

「俺も帰るか」

少ない荷物をカバンにまとめて、机から立ち上がる。





「会長。これはこっちに置けばいいのかしら?」
「今は会長じゃないよー。うんうん、そこに置いてて」

生徒会室の前を過ぎようとした時、中から声が聞こえてきた。
下に降りる階段のすぐ側に位置するので、嫌でも前を通ってしまう。
1人はとても聞き覚えのある声だった。

同じクラスの委員長。杏夜鷹。
何かと目立つやつだからよく覚えている。喋り方は……慣れた。
もう1人は…

「あら、藤さん?今帰りなの?」
「ええ、杏さんもお仕事お疲れ様です」

杏に見つかり、声をかけられる。
喋り方が独特なだけで、悪い奴ではない。
仕事も責任をもってこなす奴だから。

「生徒会室で何を?」
「ちょっとした気分転換よ。本当は年末までに片付けたかったんだけど、なかなか手をつけられなくてね…」
「ご苦労様です」

本来杏は生徒会役員ではない。
それでも役員の手伝いをするのは、ただのお人好しなのか。
…いや、そう言えば、後期の役員に、杏の妹が当選していた…気がする。
それが理由か。

「藤さんって部活や委員会には入らないの?文系の部活に入れば、賞とか獲得できそうなのにね」
「いえいえ、僕は部活に貢献出来る時間が…」

「ねえー夜鷹ちゃん!喋ってないで手伝ってよー。誰と話してるの?」

杏の後ろから顔をのぞかせた、もう1人の声の主。
黒髪で横に髪をまとめ、眼鏡をかけた女子生徒。
名前は

「…結城先輩」
「…ぁ」

「あら?どうしたの?お知り合い?」
「…。
ええ、お世話になった先輩ですので。
お仕事のお邪魔になってはいけませんので、これで失礼致しますね。
では、杏さん、…結城先輩、お疲れ様です」

一礼して、背を向けて歩き去る。
不自然では無いはずだ。
もう他人のフリは慣れきっている。

「藤君どうしたのかしら?会長、喧嘩でもしたの?」
「…ううん。なんでもない。いつもああいう感じでしょ?藤君は。
さ、片付けの続きするよ!」


……

靴を履き替えて、鞄を持ち直す。
今の時間は、下校する生徒で埋まっている。

「あ、いっちゃん!!」

この学校は、部活に入部するのを推奨している。
が、今日は登校日。部活を行っているところは少ない。
それに、今の時期は受験シーズンでもあるし、帰宅する人間の方が多いのだろう。

「いっちゃーん」

今部活をやる所なんて、運動部くらいだろう。
よるやるなぁ…と思う。
正直俺はあんまり

「うわぁぁぁぁあいっちゃんが無視するぅぅうううう!!!」
「うるさっ」

せっかく見て見ぬふりをしていたのに。あまりにも大きい声を出されては、嫌でも意識が向いてしまうじゃないか。
こいつが例のうるさい友人。
ニノ灯桔梗。面倒くさくなるのが見えていたので、出来ればあいたくなかった。

「まあそんないっちゃんも好きだけど」
「じゃあすぐ近くで叫ぶな。呉羽から聞いたろ。俺は今日はまっすぐ帰る」
「聞いたよー。仕方ないから呉羽とのデートで我慢しようとしたけどさー。いっちゃんが居るんだもん。声かけずには居られなくない?」
「それはご苦労な事だな。じゃあな」
「待って待って待って待って」

早足で去ろうとした俺の腕にしがみつく。
あぁあなんでこいつは無駄に力が強いんだ。

「俺より大事!?俺よりその用事が大事なの!?
あなたいっつも仕事ばっかりじゃない!
俺と仕事どっちが大事なのよ!」
「ぶん殴るぞ」

ヒソヒソとこちらを見て笑われている気がする。
「まるで痴話喧嘩」って言ったやつ誰だ。
やめてくれ本当に。

「とにかく、今日はやめてくれ。また近々付き合ってやるから」

無理やり桔梗を振りほどき、口だけの約束を出す。
こんなことで披露したくないんだ俺は。

「…」



「明日が来るのかな」

「…?」




「なんてね、じゃあ約束だよ。また今度遊んでね」

さっきとは打って変わって、潔く手を離した桔梗。
そのまま何も言わずに走り去ってしまった。
…嵐のようなやつだな。

「…早く帰ろう」

気を取りなさなければ。
振り回されている場合じゃないんだ。


ーーー


「はいきょーくん。これ」
「どーも」

きょーくんが選んだココアを渡し、隣に座る。
彼がとつぜん行きたいといった場所は、変哲もない、ただの公園だった。
てっきり、カフェやゲームセンターに行きたいと思っていたけれど。
…あ、でも、いつくんが来れなくなっちゃったから、行きたくなくなったのかな。

「ごめんね、いつ君誘えなくて」
「べっつにー。俺ももう1回言ったけど断られたし」
「でも、いつ君と一緒に行きたい所あったんでしょ?ここじゃなくて」
「…」

一瞬だけ、口を開き、閉じた。
きょーくんは、こちらの目を覗く。
こんなこと言うのもなんだけれど、彼の目は綺麗だと思う。
…オレだけかな、こう思ってるの。

「いいや。元からここに来たかったから」
「…そ、そうなの?」
「うん。…ここはさ、人少ないじゃん。たまには
静かに話したかったから」

以外。きょーくんって静かに話したいって思う時あったんだ。
嵐をそのまま人間にしたような感じなのに。

「ま、いっちゃんが来れないなら仕方ないかな」
「明日とかは?また今度…」

「今日じゃなきゃダメだったんだよ」

「今日じゃなきゃ、明日は、もう俺は」

「…」

胸がざわついた。
冷たい空気が背中を駆けた。
どくりと心臓が大きく鳴る。
これは多分、楽しい予感じゃない。

きっと、きっと、嫌なことが起こる。
なんで、彼を見てこう思うんだろう。
彼は変わらず、ここにいるはずなのに。
明日になったら、何もかも変わってしまうような…

「呉羽とも話せてよかったよ。もう残りのココアあげる」

強引に残りのココアを押し付けられて、きょーくんは立ち上がる。
すぐ背を向けられてしまったので、表情は見えない。

「じゃあね、呉羽」

歩き去ってしまう彼を、引き止める言葉は出てこなかった。

引き止めては、いけないような気がした。


ーー


学校帰りで
一人で帰宅するのは久しぶりだ。

いつも桔梗が無理やり着いてくるから、

静かにひとりで帰るのも悪くない。
むしろその方がいい。
特に考え事をしている時は。

妙に人気のない道。
まるで俺以外誰も居ないみたいだ。

ふと、前から足音が聞こえた。

「…」

前を見ると、1人の少年らしき人物がたっていた。
深くフードを被っており、顔はよく見えない。
橋から見える微かな肌は、恐ろしいくらい白く感じた。

「…いいんですかぁ。彼を1人きりにして」

…俺に話しかけてきている?面識はないはず…


「赤い方のお兄さん…可哀想ですねぇ


下手したら死んじゃうかも、ですよ」


ーーっ!!!

突然、前方から突風が吹いてきた。
思わず目を瞑り、手で庇う。
一瞬の出来事だった。

「…?」

改めて前を見ると、もう少年は消えていた。
…見間違い…では無いはずだ。
隠れられる場所もない…。

「…今は、そんな場合じゃないか」

全く気にならない…訳では無いが、俺にはやる事がある。
頭から先程の出来事を消して、家路を進む。

これからの聖杯戦争に、
集中しなければいけない。




学校帰りにいつも行くところがある。
それは病院。

私の大切な人がいる場所。

「こんにちは。お見舞いに来ました!」
「ん?ああ、夕輝ちゃん?
じゃあ名前書いてねー」

受付で、いつもの様に名前を書く。
何百回とここで書き続けた名前。
そして、最近相手をしてくれるのは、
オレンジの髪の男の人。
といっても、ほんの軽い世間話しかしないけれど。

「じゃあいいよ。もう食事も終わってるしね」
「ありがとうございます!」

私はすぐさま目的の病室へ歩く。
いつもこの時を楽しみにしてるから。

「…健気だなぁ」



ノックをしてから、ドアをゆっくり開ける。
白い四角い部屋に、真っ白いカーテン。
私がプレゼントした、色とりどりの花たち。

彼はこちらに気がつくと、大好きな笑顔をしてくれた。

「夕輝。今日も来てくれたんだ」
「もちろん!毎日来るよ」

ベッドのそばにある椅子に座る。
夕結。私の双子。
大切な家族。

小さい頃から体が弱くて、入院生活が続いている。
自由に外へ行けない夕結。
私はそんなに夕結の代わりに、外でたくさんのことを学ぶ。そして知る。
見て、聞いた全てを、夕結に伝える。

そうすれば、擬似的にも、
私たちは共に人生を歩めている気がした。

「今日は始業式の前に登校日だったよ」
「始業式の前に学校に行くんだね」
「そうだよー。始業式でいいんじゃないか!って思うんだけどね…」

こう話していると、本当に病気なのかなと思ってしまう。
このまま、私と一緒に、家に帰って、楽しく過ごせるんじゃないかなって。
そう思ってしまう。

「…っ…ごほっ」

夕結が咳き込んだ。
少し苦しそうに、息をしている。

「!…ゆっくり息をして。大丈夫だよ。今ナースさん呼ぶから」
「…ううん。少しむせただけだよ」
「でも…」

そっと、私の手の上に、夕結の手のひらが重なった。
暖かい。
生きてる。

「まだ夕輝と話していたいんだ。ナースの人呼んだらきっと、夕輝、帰らされちゃうから」
切なそうに笑う夕結。
胸が苦しい。
どうして私は、夕結の代わりになってあげられないんだろう。

「…分かった。でも苦しくなったらすぐ呼ぶからね」
「うん」

その後、私はつもりに積もった話を夕結にした。
毎日、毎日、面会時間のギリギリまで話し込む。
不思議と話題が尽きないんだ。
なんでだろうね。
きっと、夕結のことが大好きだから。
ずっとずっと、話していたいと、自然に思ってしまうんだろう。

だいぶ時間が経ったあと、後ろから控えめなノックが聞こえた。

「あ、あの…結城さん…?もう面会時間が終わるから、…そ、それまでに…帰って…ください…ね…」
「あ、はーい!」

私はいそいそと帰る準備をする。
さすがに規則を破ってここにい続けるわけには行かない。
今日は面会という形なんだ。
病院側のルールは守らなくちゃいけない。

「ごめんね夕結。もう帰らなきゃ」
「謝らないで。また明日、会えたら来てくれたら嬉しい 」
「もちろん!」

カバンを背負って、ドアを向かう。
もう一度、夕結に向かって手を振る。

「じゃあね!」

夕結は優しくてを振り返してくれる。
ああ、だめだ、まだ居たくなっちゃう。

私のわがままが爆発する前に、病室を出た。



「…ね、ねえ夕輝さん。一つだけ聞きたいことがある…んですけど…」

病室から出たナースさんに、声をかけられる。
その顔は、妙にかしこまっていて、なお怯えていたように見える。

「なんですか?」
「えっと…ごめんなさい…
夕結さんのこと、聞いて…るん…ですか…?」

その人がどういう意図で聞いたかはわからない。
過去に、何回か、別の人に聞かれたこともある。

私は、笑顔で答える。

「知ってますよ。
だからこそ、できる限り長く、一緒に生きたいなって思うんです」

真っ直ぐと、迷いない声で答える。

「…そ、そうですか…ごめんなさい…じゃあ、さようなら…」

そのナースさんは、オドオドとしながらさって言った。

「ひい…あの、すみません…夕結さんの体温記録…変わってもらってもいいですか…?」
「自分でやればいいだろ」
「お、男の人苦手で…」
「なんでナース担当になったんだよ」

歩き際に、そんな会話が聞こえてきた。
ナースさんなのに、男の人が苦手って、大変だなぁ。

「…」
なんとなく、晴れない気持ちで、病院をあとにした。



暗くなった道をとぼとぼと歩く。
いつか、この道を、夕結と歩いてみたかった。

「…叶わない、んだよね」

夕結は、もう、体は良くならない。
何が原因かは、私は知らない。教えてくれなかった。
けれど、これだけは言われた。

一緒に桜を見ることも、
一緒に海を見ることも、
一緒に紅葉を見ることも、
一緒に雪を見ることも
出来ないだろうって。

それを言われたのは、中学校の頃。

その時は、泣き続けた。
とにかく、泣き続けることしか出来なかったなぁ。
泣いたって何も変わらないのは分かってるけれど。

どうしようも出来ないのか。
私にできないのか。
治せないのか。
ずっとずっと叫んでいた。

家の人たちは、みんな悲しそうに、顔を歪ませていた。

「…」

でも、今は
私が夕結の代わりに、たくさんの綺麗な景色を見て、それを伝えたら
一緒に見たことになるんじゃないかと思っているから、大丈夫。

寂しくは…




「こんな夜中におひとりは危ないですよ?お嬢さん」



ハッも顔を上げる。
目の前には、誰かが立っていた。
暗くてよく見えない。
存在はわかるのに、姿がよく見えない。

「…誰ですか」
「これは失礼を。

今、あなたが欲しくて欲しくて仕方が無いものを、差し上げれると思いましてね」
「警察に連絡しましょうか、私はあなたのこと知らなーー」


「双子の方、助けたくないですかぁ?」


「っ…」

体が固まった。
息を飲んだ。
なんで知ってるの。
どうやって知ったの。
何者なの。

いくらでも言葉は出てくる。
けれど、口は動かなかった。
なんで…?



「悪い話ではないですよ?

1度、話を、聞いてみませんか?」



ーーー


自宅に着いたあとは、とにかく自分の気持ちを落ち着かせた。

今日はなにかと惑わされることが多い。
だが、召喚において、気の迷いは命取りになるだろう。
集中しなければ。

やるべきことを全て終え、ただ、「召喚」に集中する。
ほかのマスターなど気にしてる場合じゃない。
今俺は、最高のサーヴァント…
最高のキャスターを引く。

ー死んじゃうかもですよ?ー


「…」

…いけないな。知りもしない子供の言葉に惑わしれるなんて。

時を刻む時計が、11時を刺す。
俺が1番調子がいいのは、真夜中の12時。

その時にむけて、今は、
己の全てを統一させる。


ーーー


「…」

藤先輩は、聖杯戦争に参加するのだろうか。

「…」

私、先輩と、戦えるかな。

「…でも、決めたことですもんね」

叶えたい願いだってあるのだから。

明日。
私は、明日…


ーーー


「…よいしょ…よいしょ…」

こんな感じかな?
魔術書と比べる。

…よし、上手くかけた。
いつも使う地下室を片付けて、魔法陣を書いていく。
お兄ちゃんは、もう寝てるかな…。
起こさないといいけど。

「…長く聖杯戦争に参加していたからかな。
それに関連する資料が沢山ある…」

魔法陣の上に、触媒を載せる。
家の中で見つけた、古い古い、物語が書かれた巻物。
さすがに完璧に読むことは出来なかったけど、
簡単なことだけなら読み取れた。

俺の先祖…と言っても、わりと近い先祖だけれど。
聖杯戦争に参加した。
その代から、うちの家は、聖杯戦争に取り憑かれた。

でも結局、どの代も聖杯戦争は敗退。
その頃から魔術師としての質も落ちていたのかもしれない。

でも、おれは…
昔の人は無理でも、おれなら行けるかもしれない。
とにかく、強いサーヴァントが欲しい。
勝ち残って、聖杯を手に入れなきゃ始まらない。

そんな期待をしてる。

「…小学生が、聖杯戦争に参加しちゃダメな理由なんかない…。
ちゃんと戦えさえすれば…いいんだ…っ」

おれには望みがあるんだ。
望みのために、そして、お兄ちゃんのために。
今は、この体に感謝してる。

「…っ!」
血を一滴たらす。
その瞬間、青白い光が周囲に溢れ出す。

ドクンドクンと、血の巡りが早くなる。
暑い。身体が熱い。
おれ…いや、

我輩が授かることが出来た、魔術回路が
今、フル回転している。

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
祖には我が大師ーーー」

一言一言言う度に、体の熱さが増していく。
でも、もう引くことは出来ない。
我輩は、闘う…。

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」





「…っ」

あの怪しい人の指示で向かった場所は、
人気のない空き地。
そこには、見たことも無いような模様が書かれていた。

ーあなたの祖先は、魔術師の家系なのですよ。
おやおやご存知でしたか。

そういえばあなたの双子の片割れは…
怖いですねぇ。そんな顔をされては。
ではこの話は辞めておきましょう。

叶えたい願いがあるのなら、ここへ行くといいでしょう。

きっと、「サーヴァント」は、あなたの力になりますよー

ー舞台は、用意しましょうー

その声は、なんとも言えない不気味さがあった。
「本気でそう思っていない」ような感じ…といえば伝わるかな…。
「気持ち」が入ってないというか…

「…っ…」

瞬間、
ぶわりと、周囲に風が舞った。
蒼白い光が当たりを強く照らす。

(ーーっ…なにが起きてるの…?)

未知の出来事に、体が恐怖を感じてしまう。
らしくない。

(…今なら、まだ、引き返せるのかな)

体のどこかで、そう囁いた。
きっとそれは、私の最後の理性だったのかもしれない。
けど、けれど…

ー聖杯戦争で勝利を収めたものは…

聖杯が送られるんですよ。
聖杯はですねえ。

なんでも願いを叶えてくれる願望器ですよ。

まさに、
あなたが今一番欲しいものでしょう?ー

(…っっっ)

ーもう、外を見ることが出来ないと、
言われてしまった双子の片割れを…

助けたくないのですか?

聖杯なら、

叶えてくれますよ?ー

その顔は、
とてもとても
愉快で仕方がないという顔だった。

「…っ、…」

手をぐっと握って、私は教えて貰った言葉を、紡いでいく。

ー片割れのために、
誰かと闘う覚悟があるのなら、

聖杯戦争に参加するといいでしょう。

召喚の儀を行いなさいー

(…っ

やってやる。
大丈夫…、きっと、できる…っ)

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ」

ズキンっと体の痛みが酷くなった。
感じたことの無い、全身が熱くなって、
悲鳴をあげる叫び。

痛いけれど、熱いけれど、
それでも続ける。
続けたいと、思った。

「…っ繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

(だって、もう!
本当かどうかもわからないけれど…!

これに頼るしか…
夕結を救えるかもしれない道は…っ)


ーーー


「告げるーー」

すごく調子がいい。先程まで乱されていたのが嘘のようだ。
魔術回路も問題なく稼働している。
魔力の流れを強く感じる。
まるで、魔法陣と一体化しているようだった。

これならいける…!
最後まで、油断はしない。


ーーー


「汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に。
聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ――」

これは、兄のためでもある。
劣化と言われた我輩の兄。
廃れた家系と言われた…我輩の家。
そんなことを言ってきた奴らを見返してやるための。

我輩の戦いである!!


ーーー


「――誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者――」

夕結を助ける方法があるのなら、私はそれに縋るしかない。
信じ続けていれば、きっと、
奇跡だってなんだって起こせるんだ…!


ーーー


「――されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」

窓に響く轟音。
地響きが体の芯まで届く。

きっと、君はこう考えてるんだろうなぁ。

バーサーカーを召喚するやつなんて…

(バーサーカーによく似た精神をしているんだろう。
手遅れな、歯止めの聞かない、
どうしようもない人間だって)

仕方ないじゃん。そうさせたのは世界だよ。
何もかもだよ。もう俺は、昔から
とっくにおかしいんだよ。

(全部ぶっ壊してあげる)

聖杯戦争も、
魔術師も、

何もかも。

もう、今この時から、昨日までの俺はサヨナラしたから。


ーーー


12時を知らせる鐘が鳴り響く。
魔力が極限まで高まっている。
さっきまでの痛みでさえ、己を後押しする熱量になっている。
手の先が、広い海を滑るようだった。
その波の中で
大きく、存在するなにかを、
捉えている感覚がする。
あとは、この感覚を、

この場所に引きずり出す…!

(いけるーー!)

「――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

ぐっ…と、何かがこちら側に引き寄せられた感覚がした。
大物を釣りあげた時と似てる。
よし…!
完璧だ。上手くいった。

蒼白い光は一瞬、最大の光を放ちながら、徐々に消えていく。
ゆっくりと、目を開ける。

目の前に見えるのは、確かな人影。
ただし、人に在らず。

人を超越した英霊。
マスターに呼び寄せられた、サーヴァント。

(…これで…!)

これが、聖杯戦争へ
参加するチケットだ。第1歩だ。
第1歩のサーヴァント。
俺にふさわしいキャス



「問おう。

僕のマスターは、
貴方ですか?」


……………剣?


「サーヴァント、セイバー。
召喚に応じ、参上しました。
これからは、マスターの剣となりましょう」

と、燃えるような深紅の剣を構える目の前のサーヴァント。
誰もが虜になりそうな見目麗しい顔立ち。
華奢でありながらも、凛々しく逞しい佇まい。
剣の派手さに負けていない深紅の鎧。
全体的に中性的な姿で、性別はもはや分からない。

…いやそんなことはなんだっていい。

「……セイ…バー…?」

「おや…驚いて声も出ませんか?
そうでしょう。なんたってセイバーですからね。
見る限り、あなたは優れた魔術師のようですね。
なにより召喚への思い入れが違います!

僕も安心して、あなたの剣となれますよ
こんなにも僕は立派なセイバーなのですからね!」

なんてこった。

「…セイバー…を、引いて…しまった…」

思わずがくりと膝をつく。
本当なら喜ばしいことなのだが、俺はキャスターが欲しかった。
よりによって…セイバーか…
あまり会いたくないと思っていたセイバー…か。
しかも…

「むっ…なんですかその態度は。
聖杯戦争最有力と言われるセイバーですよ!
もっと喜んだらどうですか!?」

なんて初対面のマスターに、生意気に話し出すセイバー。
少し子供っぽいのだろうか。

絶対に相性が合わない。


俺はこの時初めて失敗した。

失敗しないようにしたことが原因で

失敗した。





「っうあ…!?」
思わず後ろに吹き飛んでしまった。
うう…おしり痛い…。

でも、召喚は成功できたのかな…。
魔法陣の上には、たしかに「誰か」たっていた。

体と同じ大きさくらいの杖を持ってる。
口を隠すように薄い布がかけられている。
フェイスベール…だったかな。
控えめながらも、カラフルな輝きを持つ宝石が散りばめられた衣装。
すごく大人っぽい。

「…初めまして。小さなマスターさん?
私はキャスター。
よろしくね?」

気配が人じゃない。
すごく綺麗な女の人だけど。
でも、人じゃない強さを持っているのはわかる。
そっか…

…できた。
サーヴァント…召喚、できた…。

(…っ…これで!)

聖杯戦争に、参加出来る…!
もう、我輩達を…無下になどさせない!

立ち上がって、真っ直ぐサーヴァントを見る。

「我輩はソナタのマスター、
はしらである!!

これから共に聖杯戦争を駆け抜けようぞ…
わがサーヴァントよ!」

今日から、マスターのはしらなんだ。
もう、子供のはしらじゃない。

「…小さいのに、すごく難しい言葉を使うんだね」

キャスターは困ったように笑う。

その笑顔で、我に返って、
少し恥ずかしくなった。

「でも、魔術師としての素質は十分だね。
じゃあ、私はあなたを勝利という物語へ導けるように、頑張るね」
「…………うん」





眩い光が包んで、目を瞑ってしまった。
風が強く吹き荒れて、
身体が飛ばされそうになる。

光が静まると共に、風邪は納まった。
ゆっくりと目を開ける。

目の前に、いたのは…

「やーっほ!ライダーだよ!こう見えても騎士なんだ!
よろしくね!」

青からピンク色のグラデーションの髪の毛。
騎士とは思えない装飾の鎧。
…男の子?女の子?どっち?
身体がわりとしっかりしてて、男の子な感じもするし…
でも、明らかに見た目が女の子だし…
女の子なのかな…?

「あれあれ?ライダーじゃ嬉しくない?
まあ、あなたの目の前にいる方のライダーは、
頼りないかもしれないけれど…」

ライダー…と名乗る子は、私の目の前に来て、
ぎゅっと両手を握った。

「でもね!ライダーは、あなたをずっと、絶対守るよ!
だからよろしくね!マスター!」

可憐な少女のような笑顔をされる。

(…この子が、サーヴァント…?)

こんな可愛い子が、戦うの…?
…いや、決めたからには、もう戻れない。
いざとなったら、私だって戦えるんだから。
気合いで!

「…ありがとう。ライダー…でいいのかな?
よろしくね」
「うん!」





「…」
「わぁ凄い。
そばに居るだけでも、刺されそう」

応じてくれたのは、俺よりも身長の低い女の子。
長い爪に、女の子が好きそうなフリルのドレス…。
黒とピンクの
「女の子」でありながらも
どこか「残虐性」を感じる。
でもちょっと禍々しいというか、
「血」を連想させるね。
白と赤の髪色が特徴的。
なにあれ?角と…しっぽ?
不思議。

「…バーサーカーのクラスとして召喚される日がくるなんて思いませんでしたわ」
「だって俺がそうしたし。
でも、意外と適任な感じじゃないの?」

なんの感情もないその目。
マスターを見る目とは思えないな。
でもそのくらいの方がおもしろい。
容赦なくやれるサーヴァントの方が
俺には合ってる。

「俺がマスター。君は俺のサーヴァント。
よろしくね」
「私は本来はランサーが適したクラスなのですが。
今回はバーサーカーで召喚されました。

不思議ですね。
バーサーカーになると。
頭痛が収まった気がします」

鈍器のような槍をもちなおし、
冷酷で冷えきった目と、
純血のように赤い槍を
真っ直ぐ俺に向ける。

「サーヴァント、バーサーカー。扱いにはお気をつけくださいね」



「…今日で3人のマスターか召喚をしましたわね。
あとは2人…」

一日の終わりには、必ず行う祈りを済ませる。
清く正しい聖杯戦争を。
私は、そのために

「心配せずとも、残り2人の目星は着いていますよ。
これでも監督役ですのでねえ」
「…キ…いえ、烙さん」
「選別は私に任せていただければ。あなたはあなたの望むままに、
あなたの正義で聖杯戦争を支配すればいい」
「…支配する、とは少し違います。
私は、自らの願いのために、命を捨てて戦うマスターやサーヴァントを、見下したりなどしません。
ただ、平等に敬い、見定めます」
「まあどちらでもいいですけど」

「…なにか企んでいます?」

嫌という程見た、愉快でたまらないという笑顔。
彼のことは、未だに分からないことが多すぎる。

「何をおっしゃいますか。今の私は監督役ですが、補佐にすぎませんよ。
あなたのサポートをさせて頂くだけです」
「…そうですか」

何かを企んでいても、私が目を光らせていれば、何も起こらない。
…彼も、「願い」を叶えたはず。だから、
今更、聖杯戦争に関わったりなどしないはずです。

「私はもう休息を取ります。
あなたも早くお休みしてください。
明日から忙しくなるのかもしれないのですから」
「はい」

一言だけ声をかけて。彼から離れる。
…明日から、始まるんです。

気持ちを、整えなければ。


ーーー



「いいですねぇ。聖杯戦争。
人と人の思いのぶつかり合い。

監視役になれて良かった」


「さあ、面白いものを見せてくださいよ?」

「そうでなければ、
この世界に残った意味が無い」


聖杯戦争(けんきゅう)の始まりは、もうすぐそこにある。



ーーー




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