再掲載三角関係BL

(呉羽樹桔梗の同世代トリオが高校生。季節は決めてない。
樹←桔梗←呉羽←樹の一方通行三角関係トライフォース。ドロドロ3角。
それ前提にどうぞ。)







ーーーーーーーーーーーーーーー




「いいんだよ。叶わないから。
相手が好きな人いるの知ってるから。その人と幸せを願うだけだよ」
それが彼の口癖だった。



「いっっっちゃぁぁあん!!
なんで今日置いてったの!!
オレずっと待ってんだよーもー!!」
「頼んでない」
「一緒に登校しようって昨日約束したのにー!」
「お前が一方的に言ってきただけだろ」
「…ふふっ」
いつもの桔梗と樹の言い合い。
呉羽は「仲の良いゆえに」と分かっているので、何も思わない。
というより少し微笑ましくなり、笑いがこぼれる。

朝にある少しだけの自由時間。
各々が自由にする中で、3人は樹の机に集まっていた。

「じゃあ今日の放課後一緒に帰ろーよー」
「気が向いたら」
「それ絶対来ないやつじゃん!!」
むうーっと頬を膨らます桔梗。ふと、呉羽の方をちらりと見る。

「…え、な、何?」
「そんなツレないいっちゃんと比べて、素直に付いてきてくれる呉羽は本当にイイヤツだよなー。なよなよしてるけど」
と言いながら、呉羽にどんっと抱きつく。

いっちゃんがひどいよー、俺はこんなに愛してるのにーなどとぶつぶつ言いながら。
一方呉羽は、突然の事で驚くと共に、彼の心拍数も上がっていく。
突然好意を抱いている相手に抱きつかれて、声が裏返ってしまう。

「な、なよなよしてるは余計だよ…。そ…それに、いつ君だって用事とかあるかもだし…」
「……」

そんな様子を樹は黙って見ている。
あれ?俺おかしなこと言っちゃったかな?
と呉羽が不安になった時

「呉羽がお前のストッパーとしているなら別にいいけど。これと言って用事ないし」
とぽつんと言い放った。

「ほんと!?やったー!てか久々じゃん3人で帰んの!なんか食べてこ!」
「まっすぐ帰る」
「えー」

流れで一緒に帰ることになった呉羽。
俺がいてもいいのかな。きょー君の邪魔にならないかな?
と、じわじわと疑問が出てきたところで
一時間目の本鈴が鳴る。
それは朝の自由時間の終わりを告げる合図。

ガラガラと教室のドアが開き、教師が入ってくる。席を立っていた生徒達は、それぞれの場所へと戻っていく。
「おわ、やば、戻んなきゃ」
と桔梗は即座に自分の席へと帰ってゆく。
呉羽も自分の席へ戻ろうとした時、
ふと樹に呼び止められる。

「呉羽」
「ん?何?」
「……。いや、やっぱ後ででいい。授業始まるし」
「…?そっか」

特に樹に表情の変化はない。それが余計に疑問を深めた。
(やっぱり俺、何か変なこと言っちゃったかな…)
教室に入ってきた教師が、生徒に着席を促す。
呉羽も慌てて席に戻って行った。

「……」
そんな後ろ姿を、樹はただじっと見ていた。



「ニノ灯……追加の宿題は今日で締切だぞ」
「あっ……。
も、もちろん!忘れてないー…とー…思うー…」
「はぁ…。全く。
放課後5時位までなら待ってやるから、それまでに出しに来るように。先生ずっと職員室にいるからな」
「え、マジで!?今日限定!?明日まで待ってー!!今日はダメなんだってーー!!先生ーー!!」
「知らん知らん。忘れたやつが悪い。今日までに出さなかったら、単位に関わると思え」
「わぁーーーん!!先生のケチーー!!!」


放課後、ホームルームを終えた呉羽は、図書室に本を返しに行った。
提出期限はしっかりと守っているので、何も問題はない。

その帰りに、担任と桔梗が廊下で話しているのを見かけた。
担任が桔梗の前から去った後、呉羽は話しかける。

「きょー君。宿題って言ってたけれど、どうしたの?」
「あー!呉羽盗み聞きかよー。趣味悪ー」
「え!?ち、違うよ!!ただ偶然聞こえただけで!ぬ、盗み聞きしようとしたわけじゃ…!」
「ジョーダンだってー!可愛い反応するなー呉羽は」
「……か、可愛いは余計だよ。
…で、さっきのは?今日締切の宿題ってなかったと思うけど…」
桔梗は頭を掻きながら、いたずらがバレた子供のような顔をして答える。
「いやーあははー。
この前宿題思いっきり忘れてて…プラスの宿題範囲追加で、今日までに出したら、なんとか点数付けてくれるって、先生言ってたんだけど…」
「…忘れちゃった?」
「せっいかーい!」
星マークを飛ばす勢いで笑い飛ばす桔梗。

この人は反省してるのかなぁ…

呉羽は内心少し呆れていた。
「まあ、ノートと教科書は持ってきてるから、今からやらないとなー…。
呉羽さー…いっちゃんに
「今日帰れなくなった」って言ってきて…俺顔合わせるの怖い…。
あー…いっちゃんと呉羽と三人でまた帰れると思ったのにー…。
あわよくば呉羽のノート見せて。
数学Tだから」
「ダメだよ。自分でやらないと。それに今日数学ないから持ってきてないし」
「無慈悲!」
と、がっくりと肩を落とす桔梗。

確かに放課後は、三人で帰る約束をしていた。
ホームルーム終了後、樹は呉羽と同じく、教室を離れていたが、今は帰ってきて待っているだろう。
呉羽は少し考えて、桔梗に提案をしてみる。

「きょー君。ノート見せるのは難しいけど…俺がいつ君に待って貰えるか頼んでみよっか?」
「へ?」
「いつ君がいいよって言ったら、一緒に暇つぶしして待ってるからさ。それからきょー君は…図書室とかで?課題を早く終わらせて、教室に来る…みたいな」
「……」

桔梗が無言で、無表情で見つめてくる。
そしてすぐにいつものふざけた顔に戻る。

「ええーー!?そこでなんで俺1人ーー!?
そんなのあるーーー!!?寂しいってーー!!!」
「あ、や、やっぱりおかしいかな…。一緒でも全然いいんだけれど…、きょー君、俺達といたら全然進まないの目に見えてるし…」
「うぁ…ぐぅ正論」
オーバーリアクションで、後ろに仰け反る桔梗。

「……その…」
「おあ?」
ふと、呉羽にとある不安がよぎった。
心が苦しくなるような、キュッとなるような不安。疑問。

「…お、俺…が、いつ君と2人きりは…やめた方がいい、かな…」
「え?なんで?」

いつもの調子で疑問を返してくる桔梗。
その声に、自分がすっ飛んんだ質問をしている事に気づいて、慌てて誤魔化す。

「い、いいや!あの、別に気にしないで!
俺のちょっとしたアレというかその!…なん…でもない…」
「んー…呉羽さ、別に俺は何聞かれても怒んないし、お前のこと嫌ったりしないから、何思ったか言ってみ?」
「え…や…その…」
「そういうところがナヨナヨしてるって言われんだよー。
俺らの仲は質問1つで崩れたりしないって。
思ってことは聞くのが一番だと思うぜ?」
「…そう……だけど…」
桔梗はそう言うが、呉羽にとっては、息が詰まりそうで苦しかった。

きょー君はこんなことを言ってるけれど…でも…
…俺の思ってることを聞くのは…間違ってるかな…
でも、どうしても、ずっと聞きたかった…し…
間違いなら…思い込みだったってだけで…いいんだ…

呉羽は1度深呼吸をして、小さい声で、桔梗に尋ねた。

「…本当に、失礼な質問…かもしれない…けど…」
「うん」
「……きょー君…ってね…」
「うん」
「……いつ…君の……こと、…っ」
「ん?好きだよ?うん好き。大好き。ていうかよく分かったな!」
「すぅうっっ」
あまりにもストレートに言われてしまい、呉羽は変な声がでてしまう。
「もちろん友情的でもだし、恋愛的な意味でも好きだぜ!」
「ふぐぅっ」
追加攻撃。真っ直ぐすぎる返答に、こちらがダメージを受けてしまう。
「いやほんと、なんでわかったんだ?誰にも聞かれたことないのに!すっげー」
「へ!?あ、えっと…えっと…な、なんと…なく…かな?
…その……う、うん、なんとなく……」
「何となくで!?お前の観察眼半端ないな…」

好きだから分かったとか言えないじゃん!!

と、心で叫びながらも、呉羽は呉羽で思ったことを言う。

「……き、聞かれたこと…やじゃないの…?俺に…言ってもいいの…?」

やっと返せた言葉がこの言葉。桔梗はさっきと変わらない様子で答える。

「んー?そりゃもちろん?
嫌ってわけじゃないよ?聞かれたら…人は選ぶかもだけど、ちゃんと答えるし。
呉羽になら言ってもいいかなーって」
「…そっか」
「呉羽はそんぐらい信用してんの!」
「…っ」

にいっと満面の笑みで笑いかける桔梗。
その笑顔にドキリとしてしまう。

「…あれ?なんかお前顔赤くね?照れてんの?」
「ち、違うよ!きょー君が急にそんな事言うから!
もう…恥ずかしい…
信頼って…大げさな…」

「だって呉羽は俺の理解ある1番仲の良い友人の1人だぜ?
信用するに決まってんじゃん!
言わせんなよーこっちも恥ずかしくなってくんじゃん!」

その言葉に、
ズキリ、と心が痛む。

「っ…ありがとう」
その痛みを隠しながら、普通に笑うのがやっとだった。

「それにいっちゃんと2人きりがどーのこーの言ってたけどさ、別になんとも思わないよ俺。
そこは信頼とかそういうのじゃなくて、ただ単に俺の性格的な問題だからね。
だから今回三人で一緒に帰れるのも全然OKだし、むしろ嬉しいんだぜ?」
「…う、うん」
「だから、自分が邪魔してるとか思うんじゃないぞー。
ふやふやしてるくせに」
言い終えると同時に、呉羽の額に軽くデコピンをする。
手加減はされているが、少し痛いと感じる呉羽。
「うっ…痛いし…ふやふやって何…?」

桔梗は満足したような顔をして、くるりと後ろを向く。
呉羽に手を振りながら、走り出した桔梗。
「じゃ、お前の言う通り、図書室行って、宿題やってくるわ!
なんかいっちゃん見たら、ずっとその場に居ちゃいそうだし!
呉羽からなんとかいっちゃん説得してくれー!頼むー!
目指せ宿題討伐30分!!」
「え!?…い、いいけど…?
頑張って…。
あ、ま、前ちゃんと向いて走って!
や、ち、違う!そもそも廊下は走らないで!」
もう遠くなった背中に、注意を呼びかける呉羽。

一人残された廊下で、ポツリと小さく呟く。

「……友達…だよね」

呉羽自身、桔梗に好きな相手がいるのは薄々気がついていた。
自分が桔梗のことが好きだから、ずっと見てたから、見てたゆえに分かったこと。

そして今日は、桔梗の好きな相手は、樹が好きなのかもしれない…と、なんとなくわかってしまった。

今回の質問は、
「自分の思い込み」だった
と、呉羽自身が逃げたかった道。密かに縋っていた希望だった。

…その希望も、打ち砕かれたが。

「……うん。…分かってたことだし…大丈夫、大丈夫……」

自分に言い聞かせる。元々自分の思いは叶わないものなのだったと

「……ん。大…丈夫…」

じわりと涙が浮かぶ。こぼれ落ちそうになる前に、ゴシゴシと目をこする。

「…よし、戻ろう。いつ君に言わなきゃだし」

まだこみ上げてくる思いを振り切るように、呉羽は早足で教室へと向かった。



「いつ君は…っと…。…ちゃんと待っててくれてる…良かった…」

こっそりと、教室の外で、開いている引き戸から覗いてみる。
珍しく人が居なくなった教室で、樹は自分の席で静かに本を読んでいた。

「…いつ君、ごめん」
そう言いながら、静かに教室に入る。
「何が?」
こちらに気づいて、本を置いて言葉を返してくる。
「あ、えっと、ま、待たせちゃってごめん」
「気にしてない」

「それで…その、きょー君がね、宿題やり忘れてたらしくて…。
30分くらいで終わらすから、出来れば待ってて欲しいって」
「…はぁ…。あいつから誘っておいたくせに…。やっぱどうしようもない馬鹿だな」
「俺からもお願い。久しぶりに三人で帰れるの、きょー君すごく楽しみにしてたから…。
俺もそうだし…いいかな?」
「…まあ、30分くらいなら良いけど」

良かった。いつ君待っててくれるんだ。
呉羽はホッとする。
樹の事だから待たずに帰ってしまうのではないかと、少しだけ不安だった。

「ありがとういつ君」
そう言って、樹の後ろの席に向かう。
「少し借りますね」と小さく呟きながら、静かに座った。

樹の席は高校の中庭が見下ろせる窓際。
日中は日当たりが良くてついウトウトしてしまう。
今は夕方なので、赤い光が射し込んでいる。

「…」
「…?ど、どうしたの?」

樹が、呉羽の方を向いて、目をじっと見ている。
一つ前の席ということもあって、少々近い。
呉羽は別にどうということもなくはないが、少し気恥しい気がして、目をそらす。

「別に答えたく無かったら答えなくていいけど、お前さっき泣いてた?」
「えっ」

声を出して驚いた。何せ図星だ。
大泣きこそしていないものの、ポツポツと小さく泣いてしまっていたからだ。

「え、あ、えっと…」
「目が赤いから、そうなのかなって」
「…」
目を擦ったのがアダとなったか、元々泣いてた後がまだ残ってしまったのか、鏡がない以上分からない。

それよりも、この質問をどうしようかと悩んでいた。

ふと、桔梗の言葉を思い出してみる。

質問1つで、俺達の関係は崩れない。

呉羽自身、2人をとても信頼してるし、2人もそうであったらいいなと思っていた。
…結果的にその片方に恋心を抱いてしまったが。

質問1つで崩れないのならば、逆も、また然りなのだろうか。
その1つの、返答でも、この関係は崩れずにいられるのだろうか。
と呉羽は考えた。

実際、勇気を振り絞って桔梗に聞いた質問も、桔梗は笑顔で返してくれた。
そして、その答えを聞いて、呉羽も桔梗への信頼を無くすことなどなかった。(失恋はしたが)

「……ちょっと長くなるけど、きいてくれる?」

いつ君も、そんな事で関係は崩れないって思って、質問してくれてるのかもしれない。
だった、俺も、ちゃんと応えよう。
と、呉羽はここに決めた。

「いいよ、ただじっと待ってるだけってのも暇だしね。お前の話聞かせてよ」
樹は呉羽と向き合って答えた。

呉羽の座っている机に、肘をつきながら…なので、人の取り方によっては、質問した側の態度ではないと言うかもしれない。
が、呉羽は逆に安心する。
それがいつも通りの、「友人に対する樹」の姿だから。

…ただ、樹の返答が、友人に向けてにしては、
やや優しげというか、柔らかいものが含まれていたような感じがしたが…

気の際だろう。
と、呉羽は考えを振り払う。
一呼吸おいて、話を始めた。
ついさっき、失恋した自分の話を。




大体はさっき起きたことを話す。

勇気を出して、相手に好きな人がいるのかと聞いて、そうだということ。
それは分かっていたのだが、その事実を見れば見るほど、辛くなってきて、一人で泣いてしまったと。

桔梗や樹の名前は出さずに、出来事だけを話していく。
樹は黙って、聞いている。

「……大体そんな感じだよ。ありがとう、聞いてくれて」

呉羽は、その言葉に、「この話はこれでおしまいだよ」という意味を込めて言う。
概ね話し終えたという意味と、これ以上自分の気持ちを話していたら、また涙がこみ上げてきそうと感じたから。

「…あ、ええっと、その、お、俺、2人分…いや、きょー君帰ってきてあげるから、3人分飲み物買ってくるね!いつものお茶買ってくる!」
と言って、誤魔化すように呉羽は立ち上がる。
カバンをから財布を取り出して、出口へ向かおうとする。

「呉羽」
そんな呉羽に、樹は声をかける。声をかけると言うより、その言葉には、「少し待て」という意味も込められていた。
「ど、どうしたの?」
呉羽が樹の方へ振り返ると、樹はゆっくりと立ち上がり、呉羽に近づいてゆく。
呉羽の目の前に立ち止まると、
一つため息をついて、

慣れない動作で、優しく呉羽を抱きしめた。

「……え、ちょ!?
い、いつ君どうしちゃったの!?」
突然のことに、呉羽は慌てる。
とんでもなく慌てる。
呉羽が知ってる限り、樹は急に人を抱きしめるような性格ではないと思っていたので、焦りというより驚きが大きい。
わたわたとしていると、樹がポツリと呉羽へと呟く。

「別に泣きたい時は泣けば良いんじゃない?」
「…ぇ…」

樹には、お見通しだったようだ。
呉羽が泣くのを我慢していたことが。
優しく抱きしめたまま、呉羽の頭をぎこちなく撫でる。

「こうしてりゃ、泣き顔も見られないし、少しは落ち着くと思って。
イヤならすぐ離すけど」

…これは、樹なりの、気遣いなのだろうか?
どちらにせよ、
呉羽は心の芯から、じわりじわりと暖かくなるような感覚がした。

「…ううん。そんな事ないよ。びっくりしただけ。
……じゃあ、その…落ち着くまで、こうして貰っててもいいかな」
「別にいいよ。あの慌ただしいバタバタした足音も聞こえないから、桔梗もまだ来ないだろ」

呉羽は、その言葉を聞くと、すっと目を閉じる。

まだ来ないなら、少しだけならいいか。

…きょー君は、2人きりは何も言わないって言ってたけれど…これは…申し訳ない気もする。
ちゃんと来る前に、いつも通りにならないと。
…うん。いつも通りに、ならないと。
もう、この思いと、ちゃんとお別れしないとダメなんだ。
ゆっくり、ゆっくり、お別れしていこう。

と、頭の端で考えながら、
暖かい人の温もりを感じつつ、
静かに、涙を流した。

樹の表情は見えない。ただ、呉羽を抱きしめ、頭をずっと、慣れない手つきで撫でていた。



「…ありがとう。いつ君。落ち着いた」
暫くした後、すっかり気持ちも落ち着いた呉羽は、樹に声をかける。
「そっか」
と言って、樹は呉羽の頭を撫でる手を止める。

「うん、もう大丈夫。本当にありがとうね、いつ君。また頼んじゃうかも…なんて」
「ま、たまにならいいよ」
「あははっ。じゃ、きょー君そろそろ来ちゃうかもしれないから、離れないと……ね……?……」

そう言いながら、呉羽は樹から離れようとした。
したのだが、
樹の手が、呉羽の体を抱きしめたまま、離さない。
離そうとしなかった。

「……い、いつ君?えっと…?」
何も話さず、ただずっと抱き続けている樹に、呉羽は少し不安の声をだす。

「……あのさ」
「ぅあっ…な、なに!?」
そっと、呉羽の耳の近くで樹は話しかける。
ぞわりという感覚がするも、呉羽はなるべく自然に話し返す。

「もう一個質問あるけれど、いい?」
さっきと同じように、耳に近づけて話し続ける樹。
「い、いい、いいよ、いいから!その、み、耳が、耳がくすぐったいから、あまり耳に近づいて話さないで…!」
呉羽は半分悲鳴のような声で答える。
そして、樹はそっと、さらに耳に近づき、吹き込むように、問いかけた。

「お前のその好きな人って、桔梗のこと?」

「っ!!」
ビクッと体を震わせる。これは耳がくすぐったいから…ではなく、
ピンポイントで、当てられたから。

どうしよう。なんでわかったの?なんで?どうしよう。どうしよう。
変な人だと思われる。嫌われる。
ぐるぐると不安と恐怖がこみ上げて来る。

「…ち、…ちが、ちが…」
「違うの?」
「ちが…うよ…だから、その、離して…」
「じゃあ何でこんなに震えてんの」

離して、という言葉が通じるわけもなく、未だに呉羽の体は樹にピッタリとくっついたまま。
頭の中で、パニックを起こしている呉羽。

「あ、ああの、それは、その、その…」
「…」
もう樹は、何も言わない。
きっと呉羽の答えを待ってる。

何でそこまで俺の答えにこだわるの…?
さっきまでのはなんだったの…?
いっそのこと、きょー君早く来て…
と、心の中で叫ぶ呉羽。
その叫びは届かず、まだ桔梗が来る気配は全くない。
まだまだ溢れる恐怖に、じわりと、治まったはずの涙さえ出てきた。

やだよ、嫌われたくないよ。友達が好きだって、気持ち悪いって、嫌われたくない。

樹はそんな呉羽を見かねて、再び、頭を撫でる。

「そんなに怖がんなくていい。別に俺の答えが合っていたからって、呉羽のことを嫌ったりとか、軽蔑したりとかする訳ないだろ。
お前は少し思い込みが激しいぞ」
「……ぁ」

また、ふと、好きな相手のことを思い浮かべる。
呉羽が樹のことが好きなのかと聞く。
桔梗は、信頼してるから、と
樹が好きであると答えてくれた。

その時と、今は、同じような状況なのかもしれない。

同じように、桔梗に好きな人を言わせたのに、自分は
「嫌われるかもしれない、不快に思われるかもしれないから、誤魔化す」
のは、どうなんだ?
と思った。

俺は、いつ君のこと、すごく…信頼してる。
それにいつ君は、嫌ったりしないって言ってくれた。

……あぁ、でも、そうか。

俺は、思い込みが、激しかったんだね
そして、凄く、ずっと、失礼なこと、思っちゃってたんだね…

考え、決意し、1つ深呼吸をする。少しだけ震えが収まってから、樹の服をきゅっと握りながら、小さく答える。

「……そうだ、よ。
……俺の……好き、な…人は…
きょー君、だよ」
樹は何も言わない。
呉羽は、そう答えた瞬間、治まったはずの涙が、ポタポタと溢れ出していた。

「…変だよね…。
ずっと友達…だった子…好きになって…、それで、それで…」

もう止まらなかった。溢れ出した涙をどうすることも出来ず、ただ小さく嗚咽を出して泣き出す呉羽。

「……ごめん。すこし、やりすぎたな」

樹は呉羽を体から離して、両手で呉羽の涙を丁寧に拭う。
その言葉と、その行動は、
抱きしめてくれた時と同じ、心の底から暖かくなるような感覚。

「どうしてもこれだけは聞きたかったから。ごめんな」
「…っ…ううん…。
いいんだよ…っ…大丈夫…っ…」

俺もさっき、好きな人に、同じことしたから。
と、心で呟く。

…幾らか時間が立ち、
涙は今度こそ引っ込んだ。
目が赤いままの呉羽は、くすりと笑って
まだ涙を拭ってくれる樹に話しかける。
「もう大丈夫だよ」と言うように。

「…いつ君は…意外と、行動する人なんだね」
「…そうか?」
「うん。こんなこと、ほかの人にも、友達にもしないでしょ?だから、ビックリして…」

「呉羽は別だけど」


…ん?
ちょっと迷った。そのニュアンスは、少し、何か、なんというか…

「…いつ君?」
呉羽の顔に優しく添えられて樹の両手は、ぐっと呉羽の顔を掴んで上を向かせる。
樹と目が合う。
いつも通りと言えばいつも通り。だが、さっきの優しい時とも間違う、少し怖いのとも違う、何かがあった。

「俺は別って…な、な、何…?」
「……結構それなりに、分かるようにしてるつもりなんだけど」
してるって!?
再び混乱する呉羽をよそに、樹はさらに追い討ちをかける。

「さっきお前、友達を好きになるなんておかしいとか、そんなこと言ってたよな」
「…え、う、うん。そう、だけど」
ギクシャクしながらも答える呉羽をよそに、
樹の顔と呉羽の顔が近くなってゆく。

「…ぁ…!?いつ…いつく…!?」
呉羽はまだ状況が分からない。ただ、樹が目の前に、こんなにも近くにいて、どうしていいか分からなくなっていた。
そんな呉羽に、樹のトドメの言葉が刺さる。

「その事なんだけどさ
俺も、同じだから」


同じ?それって、どういうこと?

と呉羽が口にしようとして、それは塞がれた。

正しくは、
言葉を発そうとした呉羽の口を、
樹が自分の唇で、塞いだ。

「ーーーーー」

自分が何をされているか、理解するのに時間がかかった。
「自分は今、友達の樹に口付けをされている」
と気がついた時には遅かった。

樹はするりと左手を呉羽の腰に回して、右手で呉羽の頭をおさえる。
口付けの角度を変えられる度、深く深くなっていく口付け。

止めて、止めて。と、樹の服を引っ張り訴える。しかしそれは、樹には通じていない様子。

「っはぁ……はっ…ぃ、…」
やっと口を離してくれた。呉羽が荒い呼吸で、樹の名を呼ぼうとして、彼の顔を見る。
樹の顔は、今まで見たことのない顔をしていた。
無表情でも、どこか熱っぽく、抑えられないと言わんばかりに、じっとこちらを見つめている樹。
その表情に一瞬怯んでしまう。

「……呉羽…」
また近づいてくる樹の顔。
呉羽は荒い息のまま、ふるふると顔を横に振る。

「っ…なん…で…?」
「ここまでして分かんない?」

その質問には、
首を縦にも、横にも振りたくない。
が呉羽の気持ちだった。
その熱と、さっきの口付けで、「分かれ」と言っているのが何なのか。
呉羽は薄々気付いてる。
けれど、それを口には出したくなかった。

まさか、いつ君は、俺が好きなの?

その答えは、
「好きな人の好きな人は、自分だった」
という、訳の分からない罪悪感と、

「相手も、自分と同じだった」というほんの少しの安心感の後の、それを塗りつぶすような恐怖。

その恐怖は、気持ちを自分に向けられているからだろうか。

でも分からない。これが答えかわからない。
正直、分かりたくない。なにも分からないままでいい。
このキスも、ただの偶然で、事故で、なんの意味もないものなんだって、済ませたい。

黙ったまま答えない呉羽に、樹は少し苛立ちを見せる。

「分かんないならまだやった方がいい?」
「っ嫌だ!やだ…
やめて…っ、やめてよ…っ!!もうやめて…っ」
「…」

その言葉は懇願に近かった。
樹は少しだけ、呉羽の顔から離れる。

「なんで…いつ君…なんで…」
自分の手で、自分の唇を抑える呉羽。
瞳には、また涙が滲み出す。
樹は表情を変えずに、未だ呉羽を離さない。

「だから俺はお前が」
「っ嫌だっっ!!!」

大声を出すと同時に、樹をドン、と押す。
後ろに揺らぎ、後ずさる樹。
表情は少しだけ、驚いた顔。

「…あっ…っ…」
やってしまった。自分の恐怖で、相手を遮ってしまった。

自分の答えが正しいか分からない、わかりたくないが、
それだけで、友達の言葉が恐くなって、
拒否してしまった。拒んでしまった。

「…っごめん…違う…違うんだよ…」

自分の顔を覆って、ふるふると頭を振る。
頭が混乱し、同時に出来事が起こり、友達を拒否し。
もう何も考えることは出来なかった。

「別に怒ってないから。お前は思い込み激しいって何回も言ってるだろ」
そう言って、また近づいてくる樹。

その言葉は優しいものだった。相手を少し思いやっている言葉だった。
ただ、今の呉羽には、伝わらない。

「っ……、…ごめんなさい…、ごめんなさいっ…、ごめんなさいっ!!」
バッと机の上のカバンを取って、ダッ…と走り出す。
樹の方を振り返りもせず、呉羽は教室を出て、廊下を走って行った。

周りが見えていないのか、机に当たったり、ドアにぶつかったりを繰り返す。
ただ、なにかに追われるように、周りに目もくれず、走っていった。

ダンダン…と、廊下から足音がする。
しばらくして、その音は遠くなり、聞こえなくなった。

「……なにか間違ったかな」
樹は追いかけず、1人の教室で、ポツリと呟いた。

何が相手をあんなにも怯えさせたのだろう。
…いきなりキスをしたのが、やっぱりまずかったか。
それは、たしかに俺が悪いな。

…ちゃんと、謝って、元通りにならないとな、どうにかして。
と、頭の中で考えを巡らせる。

「…呉羽の事だから…怯えるに決まってるよな…」



「そうだよいっちゃん。
あいつはね、ナヨナヨしてて、本当に弱虫で、なのに、変に気を使うからね。
だから、たまーに自分の思い込みが走りすぎて、暴走しちゃうんだよ」



声が聞こえる。1人だけと思っていた教室から、何処からか、声が聞こえた。
樹は弾かれたように、辺りを見回す。
何故ならその声は、
嫌ほど聞き飽きたものだったから。

「いっちゃんはもっと、呉羽を観察しないとね」

姿を現さない声の主。
樹は、じわりじわりと焦りが出る。

「でもいきなりキスなんて、行動的なんだね」

やはり見られていた。
あの出来事を。
誰もいないと踏んでのことだったのに。
樹は耐えられず声をかける
「…盗み聞き…いや、盗み見とは、失礼なやつだな」

「あはは。ごめんねいっちゃん。
そんなつもりは無かったんだよ。
しかし凄いねさっきの呉羽。
俺ドアのそばにいたのに、全く気づいてなかった。
まあ俺とは反対側の方に走って行っちゃったからなのかもしれないけど」

ゆっくりと姿を現した声の主。

「ていうかさーほんと聞いて。
邪魔するつもり無かっただけなんだよ?
盗み聞きとか盗み見とかひっどーい」

いつも通りに笑っている。笑っているはずだが、どこか違う。

「でもね。
俺さ、いっちゃんとか、呉羽のこと、よく知ってたつもりなんだけど。

そんな事は
知らなかったな」


その笑顔は、
笑っていながらも、
どこか泣いていて、
どこか怒りがあって、
どこか、黒いものが含まれていた。



(多分続くんじゃないかな)

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