目覚め







それは私が4歳の誕生日を迎える数日前のことだった。



「海咲ー!艦艇見学に行くぞ!」
『かんてーけんがく…?おとーさん、なにそれー!』
「おっきなお船を見に行くんだ!かっこいいぞ~!!」
『おふね!!かっこいいおふねみにいくー!!』


何故かその頃から、私は船が大好きだった。
お父さんは仕事が休みの日曜日に、たまに基地見学なんかに行っていたらしい。私が生まれてからは行っていなかったようだけれど、私も船に興味があると知ってからは「今度絶対一緒に見に行こうな!」と言ってくれていた。
それが、ついに見に行けるとなってとても嬉しかったのを覚えている。



「海咲、良かったじゃない!気をつけて行ってらっしゃいね。
何かあったら個性使って!」
『うんっ!!』


お母さんの言葉に元気よく返事してから、人差し指をくるりと回して、水を出して見せた。
両親の個性が水だったことから、なかなか強い水の個性を持って生まれた私は、自在に水を操ることが出来るんだ。
その様子を見たお母さんは優しく微笑んで、頭を撫でてくれた。


「予約はしてあるんでしょう?どこの基地に行くの?」
「ここからだと一番近いし、呉かな。他のところも連れてってやりたいけど、また今度な!」
『おとーさん!早く!!』
「はいはい!んじゃ、行ってくる。」


車に乗って景色を眺めているうちに、あっという間に目的地に着いた。
わくわくどきどきと、ずっと落ち着かない気持ちで、お父さんと手を繋いで歩く。
暫らくすると赤レンガの大きな建物が見えた、その時、


「ほぅら、おっきいだろ?これは旧呉鎮守府庁舎っていって―――って、海咲はまだ小さいからわからないか。」


困った顔しながらそう言うお父さんの言葉は耳に入ってこなかった。
なぜだかどうにも泣きたい気持ちでいっぱいになって、スカートの裾をぎゅっと握りしめて、必死に涙をこらえたんだ。


「ちょっと建物の中見学してから、お船見に行こうか。」
『…うん。』


もう一度目の前の大きな建物を見上げる。


『てーとく…』


小さな声で呟いた言葉の意味は、まだ私にはわからなかった。





*     *     *





「広かったしきれいだったなぁー!!父さんここは初めて来たけど、感動しちゃったよ…!!」


興奮した様子で手をぐっと握りしめてお父さんはそう言う。
私ももちろん同じような気持ちもあったが、何だか引っかかるような、気持の悪い、膜が貼られているような、変な気分だった。
何かあるんだけど、その何かが思い出せない。
お父さんの「次はおっきいお船見に行くぞー!」の言葉にハッとして顔を上げる。


『おふね!どこからみれるの?!』
「こっちだよ。あれ、今日は人少ないほうかなぁ…。」


見学に来ている人はまばらで、みんなヒーローの活躍の方が気になるんだろうな、なんて言うお父さん。
私はそれどころじゃなかった。
潮の香り、ここから見る海の景色、ぱちんと、頭の中に貼っていた膜がはじけてすべてを思い出した。

ああ、そうだ。
私は、一番最初≠フ私は、ここで生まれたんだ。

この呉の工廠で、改鈴谷型―――伊吹型重巡洋艦1番艦伊吹として、生まれた。


『じゅうじゅんようかんいぶき、しゅつげきします!!』
「海咲?!」


気がついたら、わけもわからずそう叫んで、海に向かって走り出していた。
出撃時の言葉を発した瞬間に現れた艤装。
思いっ切りジャンプして海に入る。
体に感じた懐かしい重み……ではあったが、久しぶりに感じる、それも何のトレーニングもしていないこの身体では、重すぎてバシャンと海でこけてしまった。
艦娘故か、沈むことはなく。
振り返るとぽかんと口を開けて驚いているお父さんがいた。


「…うちの子もう一つ個性あったんか……しかも、めっちゃ強そうなやつ……どうしよう、母さんになんて説明すれば……」


お父さんがブツブツ言っているけれど気にならなかった。
すべてを思い出して、悲しく思うこともあった。轟沈するその瞬間のことさえも覚えてしまっていたのだから。
あの後仲間はどうなったのかとか、とにかく色々。
けれどまた伊吹≠フ装備を手にすることが出来て、とにかく嬉しい気持ちで溢れていた。
今の私は練度1のひよっこだろうから、これからたくさん鍛錬して練度をあげなければ。


『おとーさん!』
「…ん?なぁに海咲…」
『わたし、ヒーローになる!!』


本来戦うために生まれてきた存在だから。
出来ることなら争い事なんてないほうがいいのだろうけど、それが私の生きる場所だから。
その時から、私の将来の夢は決まったのだ。







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よい子の箱庭