これが縁の愛しさか



(轟くん、どこへ行ったんだろう…)

1日の授業を終えた放課後、緑谷は担任である相澤に頼まれ同級生である轟を探していた。教室内の彼の机の上にはまだ彼の荷物が残っており、校内に居ることは確かなのだが、かれこれ10分程探し回っているが一向に見つからないのである。

(弱ったなぁ…スマホに連絡しても返事ないし…、相澤先生も別に急ぎの用事じゃないって言ってたし、明日伝えようかな)

廊下をとぼとぼと歩きながら、もう諦めて帰ろうか、と緑谷が教室へ戻ろうと身を翻したとき、ふと視界の端に、なかなか珍しい、しかしよく見慣れた紅白色が見えたような気がした。ばっと窓から身を乗り出してよくよく目を凝らしてみると、校舎裏の物陰に風に揺れる紅白色が見えた。

「居た!轟くんだ!」

緑谷は走った。途中足がもつれて転けそうになったがそれでも走った。そして目的地の校舎裏へ着くと乱れた呼吸を整えながら彼の名を呼んだ。

「ハァ、ハァ…ッ、と、轟くん!相澤先生が呼んでた、よ…、」

名を呼ばれた紅白色の彼が振り返る。同時に緑谷は驚きで目を見開いた。目の前に居るのは確かに見慣れた髪色で、整った顔のパーツや凛とした雰囲気も同じ。なのにどこかが違う。よく見れば左側にあったはずの火傷痕もないし、左右の紅と白の髪色もまるで鏡に映っているかのように逆になっている。髪型もいつも見ている彼とは少し違うように見えた。

「え、轟くん…?」
「はい、轟ですけど」

目の前の轟(仮)はきょとんとしている。

「えっと、君は…1年A組の轟焦凍くん…?」
「いいえ、俺は1年C組の轟名前です」
「ほあっ?!」

どういうこと?!緑谷は慌てふためいた。目の前に居る彼は轟くんだけど轟くんじゃない。一体どういうことだ。もしかして誰かの個性?誰か先生に知らせた方が良いのだろうか。緑谷がぐるぐると考え込んでいると、聞き慣れた声がした。

「おい名前、水買ってきたぞ。っと、緑谷じゃねーか。なにやってんだ?」

ペットボトルの水を片手に小走りでやってきたその人物は、紛れもなく緑谷が探していた轟焦凍だった。今度こそ間違いなく本物だ。

「と、轟くん!今度は本物だあ〜!」
「お?なんだ本物って。ほら名前、水」
「わざわざごめん。ありがとう、焦凍」



事の経緯を聞いた焦凍は緑谷に全てを説明した。名前は焦凍の双子の弟で、ちょっとした持病があり、その持病が少々悪化していた為に数日前からようやく通学できる状態になったということ。その持病の関係でヒーロー科ではなく普通科へ通っているということ。淡々と説明する焦凍に凭れ掛かるように身を預けながら静かにその話を聞く名前。そしてその事実に驚きを隠せない表情の緑谷。

「ほあ…まさか轟くんに双子の弟が居たなんて…」
「名前が通学し始めたのはつい最近だからな、知らないのも無理はねぇ」
「驚かせてごめんな」

申し訳なさそうに眉尻を下げながら、名前が焦凍から離れ緑谷に近づく。そして横に居る焦凍には聞こえないよう、耳元で呟いた。

「体育祭、見てた。緑谷くんの力で焦凍は変われた。本当にありがとう」

びっくりして横を見れば、柔らかに笑みを浮かべる名前と目が合う。その顔つきは確かに兄である焦凍と同じのはずなのに、どこか独特な艷やかさがあり、緑谷は思わず余韻の残る耳をおさえ赤面した。そんな2人を見ていた焦凍は名前の腰に手を回し、勢いよく自分の方へと引き寄せる。

「おい、緑谷になに言ったんだ」
「別に?ねぇ緑谷くん」
「はあっ!え、あ、うん、ナンデモナイヨ!」

明らかにムッと顔を顰める焦凍。そのなんともいえない空気に耐えられなくなった緑谷は、時間も遅いし自分が教室から荷物をとってくるからもう帰ろう、と話題をすり替えたのだった。

「ところで、2人の個性は全く一緒なの?」

緑谷と焦凍、そして名前の3人は学校を出て帰路についていた。そこで緑谷は会ってからずっと疑問に思っていたことを思い切って聞いてみたのだ。

「ああ、名前の個性も半冷半燃。全く一緒だ」
「見ての通り左右は逆だけど。あとは焦凍の方が圧倒的に強いくらい」
「それは仕方がねぇだろ。お前は病気なんだ、無理したら怒るぞ」
「はいはい、肝に銘じてる」

先程といい、今といい、焦凍は弟である名前に対してすごく優しい。現に今も焦凍は名前に歩道の内側を歩かせ自分は車道側を歩いているし、腰に手を添えてそっと身体を支えている。兄なのだから弟に優しいのは当たり前なのかもしれないけれど、なんというか、こう、空気が甘ったるいのだ。双子ってこういうものなのだろうか。

「その、名前くんの病気って学校生活に支障はないの?もし僕になにか手伝えることがあったら何でも言ってほしいんだ」

聞いてはいけないことだと思ったが、もし自分にできることがあるのであれば力になりたい。世間体とかではなく、緑谷は心からそう思った。緑谷の発言に名前はぱちくりと目を丸くしたが、また柔らかに笑った。

「ありがとう。病気っていってもそんな大したものじゃない。生まれた時から気管支が弱くて、ちょっとした風邪なんかでもすぐ悪化したり、個性で出す自分の炎や氷なんかの煙や冷気もダメで…」
「その自覚があるのににすぐ無理して個性の練習しようとするのがお前の悪い癖だったな」
「俺だって焦凍に並びたいって思ってた時期があったんだよ。まぁ、もう俺の夢はヒーローショートを全力でサポートすることになったけど」
「ああ、期待してる。名前と俺はずっと一緒だ」
「それって兄弟愛ってやつ…だよね…?」

思わず突っ込みをいれてしまった緑谷。その瞬間、3人の後ろで爆音が響き渡った。反射的に3人が振り返ると、そこには筋肉隆々な上半身を露わにした男が1人立っていた。先程の爆音はこの男が道路沿いの壁を破壊した音だったようだ。

「ッ!敵?!」
「名前、俺の後ろに居ろよ!」
「焦凍…!」

咄嗟に名前を自分の後ろへ隠す焦凍。しかしここは市街地だ。いくら雄英のヒーロー科の生徒とはいえ、仮免許を取得していない2人は個性を使うことができない。プロヒーローが駆けつけてくるまでどう時間を稼ぐか、緑谷と焦凍は必死に考えた。敵は手当たり次第に破壊活動を続けている。

「名前、なるべく遠くに逃げろ。俺と緑谷はヒーローがくるまで市民の救護をする」
「でも…!」
「大丈夫だよ名前くん、僕たちは雄英のヒーロー科なんだから!」
「ッ!2人とも、後ろッ!!」

名前の慌てた声に2人が前を向くと、敵によって砕かれたコンクリートの大きな破片が2人を目掛けて飛んできていた。間一髪のところで破片を避けた2人だが、その影に隠れていた敵の存在に気付くのに一歩遅れをとってしまった。屈強な敵の打撃が2人に襲いかかる。

「焦凍!緑谷くん!」

敵の攻撃を受け倒れ込む緑谷と焦凍。違反にはなってしまうが個性を使うしか無いか、と2人は拳を握った。その時、駆け寄ってきた名前が2人を庇うように立ちはだかり、すうっと冷えた目で敵を見据える。

「名前くん…?」

緑谷が声をかけた、その刹那。名前は一気に敵に向かって駆け出した。敵の攻撃を巧みに躱しながら距離を詰め、そして敵の顔面へ強烈な飛び膝蹴りを繰り出した。続くように後頭部への踵落とし、こめかみを目掛けての回し蹴りをお見舞いすると、自分よりも何倍も体格の良い敵を巴投げで投げ飛ばしてみせたのだった。名前の見事な連続技をまともに受けた敵は地面に四肢を投げ出して完全にのびている。

「いったい、なにが…?」
「…名前は持病のせいで個性は使えねぇけど、それ以外の格闘技に関しては俺より遥かに強ぇんだ。個性の代わりにってクソ親父に鍛えられたからな」

よっ、と立ち上がった焦凍は未だに信じられないと目を白黒させている緑谷を置いて名前の元へと駆け寄る。

「名前、大丈夫か?」
「けほっ、久しぶりだったけどなんとかなった。焦凍こそ大丈夫?」
「ああ。名前が助けてくれたからな。個性も使わずに済んだ」
「よかった。個性使って焦凍が怒られたら嫌だ」

サンキューな。焦凍は名前の額に感謝を込めて軽いキスをする。恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにそれを受け入れる名前。そのまま頬を撫でたり髪や衣服についた砂埃を払いあう2人の轟。その様子を未だ呆けながら眺める緑谷。

(僕はひとりっ子だから…兄弟愛はわかんないや…)

力を入れるとずきりと痛みを感じる腹部を撫でながら、遠くから聞こえるサイレンの音にほっと安堵するのであった。