おれのヒーロー
この世の中には性別と個性の他に第三の性別が存在する。α、β、Ωに分類されるそれらの性別は過去に様々な問題を引き起こしたらしい。特に問題視されたのがΩの存在だ。分類される3つの性の中で最も地位が劣っているΩには発情期という厄介なものが存在し、その発情期が原因で長い間社会的に冷遇されていた。しかし医療技術が進歩した現在、発情期は自分に適した抑制剤を用いることでほぼ完全に自己管理できるようになった。その為Ωの社会的地位も改善し今では他の性別と何ら変わらない扱いを受けている。そう。こんなことをいっている俺も、紛れもない"Ω"なのだ。
「苗字、例の先方へ提出する資料は用意できたか?」
「はい、大丈夫です。できてます」
初めてΩと診断されたときはそれなりに凹んだ。一般的に優秀とされるαまではいかなくても、せめて平凡なβであると信じたかった。この広い世界で最も少ないといわれているΩ性。まさかそれに自分が当てはまるなんて。でも救いだったのは、比較的すぐに自分にあった抑制剤が見つけられたことた。お陰で俺は発情期というものを未だに一度も経験していない。発情期のことは知識としてそれなりに知ってはいるが、あんな厄介なもの、これから先も経験するつもりは毛頭ない。
「うわ、この近くに敵が出たらしいですよ!」
「え、うそ!こわーい!」
ネットニュースの速報が入り、俺が働いているこの商社の近くに敵が出現したと他の社員たちが騒いでいる。
「今ヒーローが来て…おっ、烈怒頼雄斗だって!」
「烈怒頼雄斗?!今の人気の若手ヒーローじゃない!近くで見たーい!」
「れっど…?」
「えっ!苗字先輩、烈怒頼雄斗知らないんですか?」
聞き慣れない名前に思わず聞き返すと、側に居た後輩が信じられないものを見るような目で俺を見た。悪かったな。俺はヒーローに疎いんだよ。先程淹れたばかりの珈琲に口をつけながら後輩をじとりと睨む。後輩はそんな俺の視線に気づきもしないでネット上の該当ページを開きその内容を読み上げ始めた。
「烈怒頼雄斗はあの雄英高校出身の実力派若手ヒーロー!デビュー以来数々の事件を解決してて、実力も然ることながら、その硬派で漢らしい性格とルックスの良さも相まって今人気沸騰中のヒーローの1人、だそうです!」
「へぇー」
あの雄英高校出身なのか。そら凄いな。まぁそんなに凄いヒーローが出動したのなら、きっとすぐに敵もやっつけてくれることだろう。
「じゃあ俺、そろそろ先方のとこ行ってくるわ」
「えっ!苗字先輩、行くんですか?危ないですよ!」
「そのれっどなんとか?っていう凄いヒーローも出動してるんだし、大丈夫だろ」
「烈怒頼雄斗ですってば!気をつけて下さいね、本当に近いんですから!」
「おう。何かあったら後は頼むな」
「苗字先輩〜!!」
後輩とそんな軽口を言い合って職場を出たのがつい10分程前。まさかその時はこんなことになるなんて、本当に、全く思ってもいなかったのだ。
先方の商社がある場所まではタクシーで数分程だ。いつも通り職場を出てすぐにタクシーを拾い乗り込む。そして行き先を運転手に説明している最中、突然激しい衝撃が襲った。慌てて運転手と外へ出るとそこには先程ネットニュースで見た敵の姿があった。大きなワニのような風貌をしている、俗に異形型と呼ばれるやつだ。敵はその姿に似合わしい屈強な尻尾でタクシーを真っ二つにしてみせた。タクシーの運転手はその様子に腰を抜かしてしまったらしい。地べたにへたりと座り込み動けずにいる。
「運転手さん!危ない!!」
敵によって砕かれたコンクリートの破片が運転手に向かう。俺は咄嗟に個性を使った。運転手の前に壁が形成されコンクリートの破片を防ぐ。俺の個性は任意の場所に壁を作るというもの。でも1度につき1枚しか作れないし、作った壁は俺が地面から手を離すと消えてしまう。要するに、今俺はこの場から動けない。なんとか運転手を逃し、今この場に残るのは壁で隔てた敵と俺だけになった。
(まさかあの軽口が本当になってしまうとは…。後輩よ、すまん)
己の死を覚悟したその時。ふわりと、甘い不思議な匂いが漂った。刹那、ずくんと身体の奥が疼くような感覚と、急激に上がる体温、荒くなる息。頭がくらくらする。なんだ、これ。絶え間なく襲ってくる身体の疼きに耐えきれなくなった俺は、その場に力なくへたり込んでしまった。
「この匂い…お前、Ωか!たまらねぇ匂いさせやがって…!」
敵が目の色を変えて此方を見る。舐め回すように凝視した後、とうとう我慢ならないと飛びかかってきた。俺は反射的に目を瞑る。
「させるかぁああ!!」
怒声と共に吹っ飛ぶ敵。立ち籠める砂煙の中から現れたのは、後輩が興奮気味に語っていた、今人気の若手ヒーロー、烈怒頼雄斗だった。烈怒頼雄斗は怒りを顕にした風貌で両の拳をぎりりと握りしめ、叫ぶ。
「そいつは俺のΩだ!汚え手で触るんじゃねぇ!!」
烈怒頼雄斗は圧倒的な強さであっという間に敵を制圧してみせた。既に戦闘不能になった敵の胸ぐらを掴み上げ、乱雑に警察へと引き渡す。俺は呆然とその様子を眺めていた。
(やっぱりヒーローはすげーな…瞬殺…)
未だに疼く身体をぐっと抑えていると、烈怒頼雄斗が此方に向かって歩いてくるのが見えた。そしてあの匂いが、さっきよりも遥かに強く匂ってくる。なんだ、一体何なのだ。そうだ。俺は、あいつの、烈怒頼雄斗の、精子が、遺伝子が、ほしい。本能がそう訴えかけてくる。口の中に唾液が溢れ、下半身から湿った音がした気がした。霞む目で前を見ると、俺と同じ様に息を荒くし、きつく奥歯を食いしばりながら、湧き上がる衝動に抗おうと全身で耐えている彼が立っていた。その姿はまるで獲物を前にした獣の様だ。
「悪い、もう、耐えらんねぇ」
「ん、いい、はやくかんで。かんでほしい、はやく、」
本能的に俺は喉元を差し出す。彼の犬歯が、ずぷりと薄い皮膚に食い込んだ。
そういう経緯を経て、俺は烈怒頼雄斗、元い切島鋭児郎と番になった。あの後初めての発情期と番の契りで気を失った俺を近くのホテルまで運んだ鋭児郎は、結局耐えきれず意識のない俺を相手に抜かずの3発をキめこんだ。途中で覚醒した俺は訳も分からないまま鋭児郎にぐでぐでに溶かされ、思い出したら恥ずかしさで死ねそうな淫語を言わされまくった挙げ句にまた気を失った。そして次に目を覚ました時にまず視界に入ってきたのはパン一で土下座をしている鋭児郎だった。あの情けない姿は今でも鮮明に覚えている。あれから半年。お互い名前も知らないまま番関係になった俺と鋭児郎は、今では世間も公認の家族になった。
「ただいまー!」
「おかえり。今日もお疲れさん、ヒーロー烈怒頼雄斗」
「名前〜、疲れた〜腹へった〜」
「はいはい、飯できてんぞ。先風呂入ってこい」
「んんー…、飯も食いたいけど…名前が1番食いたい…」
ぐりぐりと肩口に額を擦り付けながら甘えた声を出す鋭児郎。その手はしっかりと俺の服の中に潜り込んできている。薬指の指輪がひやりと冷たい。
「馬鹿なこと言ってないでさっさと風呂入ってこい」
「いてててて」
「…明日、有給とったから。鋭児郎も明日休みだろ」
「…、それって…!」
言葉の意味を理解したのか、ぱあっと顔を輝かせる鋭児郎。対して恥ずかしくて顔を上げれない俺。いそいそとバスルームへ向かう背中を見送りながら、ずくりと甘く疼く首元に指先で触れた。