虎視眈眈

わざとらしさなど毛ほども感じさせない自然さで。さも、「そういえば思い出したんだけど」との前置きが付きそうなくらい、例えるのなら明日の天気や課題の進捗を尋ねるくらいの気安さと日常性を以って。
この手の話題を彼に切り出す時は、そういう体が丁度いいのだと分析をしたのは、もう随分と前になる。
昼休み特有の、各教室の喧騒が少しだけ遠くに聞こえる屋上、その手前の階段に2人して腰掛けて弁当を嗜むのが日常と化したのは夏の終わりから。ここまで長かった、と懐かしみながら卵焼きを嚥下し終えた名前は、満を持して――そのような壮大さはもちろん感じさせないだろうけれど――顔を上げ、彼、もとい真澄の顔を見遣る。あいも変わらず美しい顔をしている、と惚れ惚れした。

「ねえ碓氷くん、何か欲しいものある?」
「監督」

出た、監督。ここ数ヶ月で幾度耳にしたか知れない、特定個人を示すその煩わしい称号が、愛しい声音で鼓膜を震わせることの忌々しさに内心舌を打つも、その悪感情を完璧なアルカイックスマイルの下で押し殺す。とはいえ、ここまでは想定内だ。むしろ名前の目的はその質問の答えを得ることではない。

「私にあげられる範囲の物を指定してくれないかな」
「……別に欲しい物は自分で買えるし。何で?」
「何でって、碓氷くん、30日が誕生日でしょ?でももうすぐ春休み入っちゃうし、早めに渡せたらなって思って」
「何で知ってんの」

真澄が「言ったことあったっけ」みたいな顔で尋ねてくるのには「そりゃあ女子が騒いでたもの。自然と耳に入ってくるよ」とあらかじめ用意しておいた答えを返す。すると名前へのそれよりも格段に不機嫌そうな顔で、「何で知ってんの」と同じ問いが投げかけられた。
それに気分を良くしながら、その質問にも答えていく。

「騒いでた女子がっていうなら、知らないけど。まあ誕生日を知る手段なんていくらでもあるしね。碓氷くん、校内で生徒手帳とか落としたこととかない?」
「一回だけ」
「それじゃないかな?書いてあるでしょ、生年月日。拾い主が持ち主確認した時に見たんじゃない?まあ、もしかしたら本当は落としてなかったのかもしれないけどね」

名前がそう言えば、真澄はぎゅっと眉を顰めた。心当たりがあるのかも知れないし、想像して不愉快になったのかもしれない。元より女子にきゃあきゃあ騒がれること自体、真澄は鬱陶しそうにしているのだ。それがその中の女子に私物を盗まれた可能性があるなどと示唆されれば、いい気分にはならないだろう。
苦笑しつつもさりげなく真澄の肩をぽんと叩き、励ますように声をかける。

「身辺には気を付けて。割と碓氷くん危ないところにいるからね。……それで、何か欲しい物はないの?あれば近いうちに教えて。無ければ、これだけは止めろみたいなやつがあれば教えてもらっていい?それ避けてプレゼント選ぶから」
「ていうか何でいきなりプレゼントとか……別に要らない」

ストレートに「じゃあこれが欲しい」と言われるなんてことは想定していなかったにしろ、本気で欲しい物が――というか、名前からのプレゼントとして欲しい物が――ないのだろうと受け取れる返答に若干気持ちが沈むものの、この返答をこそ名前は待っていたのだ。
「碓氷くんって噂の監督さんの誕生日にプレゼントあげないタイプ?」と尋ねれば、「そんなわけない」と速攻で答えられた。プレゼントを押し付ける理由もできたし、名前が伝えたい言葉を自然な流れで言う理由もできた。

「私も一緒なの」
「……アンタ監督が好きなの?知り合い?」
「碓氷くん監督さんに関しての読解力クソすぎない?いつも現代文90点台だよね?ていうか別に知り合いじゃないし好きも嫌いもないけど、つまりね、好きな人の誕生日にプレゼントをあげない選択肢はないってこと。どぅーゆーあんだーすたん?」
「……発音がゴミ」
「ツッコむところそこなの?」

さすがの真澄も、驚いたのだろう。表情はあまり変わらなかったが。本気かよ、みたいな顔でこちらを見てくるので、負けじと名前も真澄の目をじっと見つめ返す。何秒間か、はたまた1分を越したのか、しばらく見つめ合ったのち、真澄は視線を逸らすことなく真剣に、丁寧に言葉を紡ぐ。それは大切に大切に台詞を読み上げていた、あの千秋楽にも通じるものがあったかもしれない。
好きだのかっこいいだの言われたところで無視をするか、「は?」だの「興味ない」だの「うるさい」だのと返す真澄には考えられないことだ。それだけ真澄は名前のことを不特定多数の女子とは違う立ち位置に置いているのだろうことがわかって、少しだけ嬉しかったのはここだけの話だ。

「……俺は監督が好きだから、名字を好きにはならないよ」
「碓氷くんって監督さんに好きな人がいたら潔く身を引いちゃうタイプ?」
「引くわけない、そいつ殺してでも好きになってもらう」
「あはは、そこまではいかないけど私も一緒。引けるわけないんだよね、だから碓氷くんが監督さんと恋人になるまでは私、碓氷くんのこと諦めないでいていいでしょ?」

そう言われて、「やだ、諦めろ」なんて言えないくらいには真澄が名前に厳しくなりきれないことは承知済だ。まあ諦めろと言われたところで、素直に「はい」と答えるほど従順ではないのだが。
そしてこうは言っても、真澄が恋敵と恋人になることをおとなしく指咥えて見ているつもりだって、毛頭ないわけだけれど――その下心さえ、柔らかな笑みの下に綺麗に隠し込む。

「……。……別に、良いけど」
「ありがと!じゃあ誕生日プレゼント、考えておいてね」