笑顔じゃ隠せないの

3月15日。普段通り屋上前の階段に腰掛け、真澄とともにお弁当を嗜んでいた名前は真剣な顔をして言葉を発した。

「浮かれてて全然気にしてなかったけど、碓氷くん誕生日何が欲しくて何が欲しくないの?そろそろ聞かないと渡せなくなっちゃう」

ホワイトデーに踊らされた結果、渡そうと思っていた終業式式までは残り3日となっていた。プレゼントを買いに行くことを考えれば、そろそろ返事を聞きたいところだ。場合によっては買うまでに時間を要する可能性だってある。たとえば、近場で買えないものだとか。取り寄せる必要があるのだとすれば、余裕をもって4、5日は欲しいところだったが――生憎とそんなこと、浮かれきった頭からはすっかり抜け落ちていたわけで。
昨日帰宅してから、プレゼントにひとしきりはしゃぎ回った後、「これは碓氷くんへのプレゼントも気合いれなきゃ!」と考えてふと思い至ったのだ。そういえばまだ返事もらってない、と。それと同時に先程の可能性に行き着き、喜びが一転頭を抱えてしまったわけだけれど。

「30日までなら2週間あるけど」
「碓氷くん、あの時私のおはなしきいてたかな?」
「聞いてた」
「春休み入っちゃうから早めに渡したいって言った気がするけど……」
「うん」

真澄にも覚えがあったらしい。言ってたことは覚えてる、と言う。それは結構だ。結構だが、しかし春休みに入るから早めに渡したい、ということは、終業式以前になるだろうことは予想できると思うのだが。しかも、相手は頭の良い真澄。そこに気付かないほど鈍くはないだろう。
食べ終わったお弁当に蓋をして、箸入れに箸をしまう。膝の上に広げていたランチョンマットで食べる前と同じようにお弁当を包みながら、名前は真澄を見て困ったように言った。

「18日には渡したいんだけど」
「何で?」
「いや、春休みに………これ何回目かな」
「別に30日に渡せばいいだろ」
「……碓氷くん、私プレゼントを渡すついでにちょっと時間もらってカフェとか行ってケーキ奢ったりしたいなって思ってたんですけど」

簡単に言ってくれる、と名前は隠す気もなくむくれた。確かに渡そうと思えば渡せる。真澄にも、そのくらいの時間を名前に割くことに何の抵抗もないのだろう。今の発言がその証拠だ。
けれど渡すだけの時間で満足できないから、敢えて日にちをずらそうとした名前の気持ちも察してくれと思うのは、あまりにワガママが過ぎるだろうか。否、問うまでもなくワガママだし理不尽だ、彼女でもないくせに。それはわかる。わかるけれど、真澄は自分に名前より確実に優先されるだろう存在――言うまでもなく『監督」だ――がいる時点で、多少なりその可能性に思い当たってくれても良いのではないかと思わないでもない。たとえ名前と会う約束をしていたとしても、『監督』から「お誕生日おめでとう真澄くん!今からみんなでパーティーするよ!」と言われたらきっと名前との約束などドタキャンするだろう。そうなるくらいなら、当日じゃなくても確実に会えるほうが良い。

「碓氷くん、寮で誕生日パーティーとかするんじゃないの?そしたら会えないでしょ……」
「さあ……?知らない」
「知らないならサプライズでパーティーあるよ。多分監督さんも企画者の一人だよ」

もはや投げやりだった。ここで名前が言った以上行われるかもしれなかったサプライズパーティーはサプライズの意味をなさなくなったかもしれないが、その程度の抵抗は許してほしい。

「……まあ別に、碓氷くんが当日に私を優先してくれるならそっちのほうが嬉しいし、30日に渡せるに越したことはないんだけどー」
「……名字、聞きたいことがあるんだけど」
「え、このタイミングで……?」
「あんたは何で俺が好きになったの」

しかも私の発言は無視なの、という言葉さえスルーして、真剣な顔をした真澄が継いで発した言葉は、やはり脈絡というものを感じられない上、名前を当然のように困惑させた。
菫色の瞳があんまりまっすぐ見つめてくるので、名前は更に困惑した。そういえば、と名前が思い出したのは、真澄と初めて目が合った時のことだ。2年に進級してすぐ、名前が真澄を好きになった時の。あの時はそう、すぐに逸らされてしまったけれど。けれど今では真澄のほうが名前と目を合わせ、あまつさえこんなふうにじっと見つめてくるのだから不思議なものだ。

「……感覚的には一目惚れみたいな感じなんだけど、正確に言えばそうじゃないの。好きになったのは2年の初めに隣の席になった時、碓氷くんに挨拶無視された時なんだけど……」
「意味わかんない」
「私も。……私碓氷くんのことその時初めて見たわけじゃないし、一目惚れってわけじゃなくて。今になって考えてみれば、目が合ったからなのかな」
「……目?」
「違いが何かって言われたらそこしかなくて。1年の時は廊下ですれ違ったくらいだったから、目が合ったことなんてなかったし。……まあ、そう考えたら一目惚れって案外的を得てるのかもね」

今こうして真澄にじっと見つめられたからこそ、気付けたことなのだろう。もしかしたら名前は、一瞬だけ目が合ったその瞳に見つめられたかったのかもしれない。それだけであれば、願いは叶っているのだろう。4月、まだ真澄とこんなふうに話す仲になっていなかった名前であれば或いはこれだけで満足していたのかもしれないが――生憎、今の名前はそれで満足できていない。4月に始まってからのおよそ1年間で、名前が真澄を想う気持ちはどんどん強くなっていったのだから。

「がっかりした?」
「何で」
「大した理由じゃなくて」
「別に。俺だって一目惚れみたいなものだった」
「ふうん」

恋をした理由に共感されても全く嬉しいとは思えなかったので、自分が思っていたよりもずっと平坦な声が出てしまった。名前だって、真澄に一目惚れされてみたかった。あまりにも無い物ねだりなのは重々承知だけれど。

「……アンタはつまり、俺の目が好きってこと?」
「うん?……あ、目が合ったからってとこ?いや……うん、まあ、好きなんだけどね、目も」
「も?」
「碓氷くんならわかると思うけど、どこが好き?って聞かれたら全部だから。碓氷くんの目も好きだよ」
「……まあ、気持ちはわかるけど」
「共感されちゃうのもまあ辛いとこだけどね」

本当に。何が悲しくて好きになった理由と好きなところを話して、その張本人から共感を受けなければいけないのか。恋い慕われる相手は自分ではないのに。
あまりにも辛くて重苦しいため息が出そうだった。強かなのと傷付かないのはイコールでは結ばれないのだ。何だって利用していく所存ではあるけれど、それはそれとして傷心したのは一度や二度ではない。真澄に好きな人がいることを聞いた時だって、その時は何でもないような顔をしていたが涙で枕を濡らしたのだから。
しばらく絡んでいた視線を、先に逸らしたのは名前のほうだった。再び真澄のほうを向くことが何となく怖くて、名前はじっと手元を見ていた。

「いいよ」
「……うん?」
「30日、会っても」
「……え」
「だから自分で考えて」
「……は、え、待って、なんで?い、いいの?」
「いいよ。……これ以上は答えない」
「碓氷くん、」
「何?」
「……、せめて3時間くらいは私にちょうだいね」
「……ん」

予鈴が鳴るのを合図に真澄が立ち上がり、未だ階段に座ったままの名前を見下ろした。早く戻るぞとかけられた声にのろのろと立ち上がりながら、前を歩いていく真澄の背中を見つめる。

「……変に期待持たせるのやめてよ、碓氷くん」