これが私のハッピーエンド

気合い入れすぎ、狙いすぎ、と誰もが言うだろう服装をしていると自覚している。実質デートだ、真澄にとってそうではなかったとしても、名前にとってはそうなのだから張り切るのも無理はないだろう。
この日の為に新しく買った、「今日はデートです。張り切っています」と主張するような可愛らしいデザインのワンピース。それに似合うような小物をこの数日ああでもないこうでもないと悩み続け、ようやく納得いくコーディネートになったのは一昨日の夜のこと。今日会えることが決まった15日からそわそわしたまま落ち着かなくて、少しでも気持ちを落ち着ける為に春休みの宿題などをしていれば過去最高のスピードで全ての宿題が出来上がってしまった。
待ち合わせは天鵞絨駅。予定時刻の1時間前に到着してしまったのは流石に早すぎたかと思ったが、どこかに入って飲食する気分でもなかったので、駅内のベンチに座って2、3度深呼吸をする。
当然、昨日はあまり眠れなかった。大事なデートの日に化粧ノリが最悪だなんて目も当てられないから、寝る前のケアが無駄にならないようなるべく早めの時間に眠るようにはしたので、幸い化粧ノリだって過去最高。まあ、それでも高校生なのでナチュラルメイクの域を出ないから、決して濃いわけではないが。
刻一刻と迫り来る待ち合わせ時刻に、名前は緊張を禁じ得ない。そわそわと落ち着かない気持ちで時計を眺めてたりワンピースの裾を伸ばしてみたりしているうちに、時間はとうとう5分前。あと少しで碓氷くんが来る……と思っていると、少し先にその姿を見つけ、名前は意味もなく隠れたくなってしまった。
知ってはいたがかっこいい。周囲の女が真澄の姿をみとめると、「やだ!あの人かっこいい!」と黄色い声ではしゃいでいたり、「あっ、真澄くんじゃない?」「ねえ声かけてみちゃう?」なんて同じ高校だか他校だかわからない女子高生らしい子達が数人で話していたりする。真澄自体はそういった言葉をかけられることに慣れているのだろう、女子達を歯牙にもかけず歩いて来る。

「……名字」
「……あ、えっと……こんにちは、碓氷くん」
「いつからいたの」
「さっき来たばっかり」

これ見よがしに1時間前からいたよ、なんて言えるはずがないので、待ち合わせの常套句を口にする。デートっぽい、とただでさえ高いテンションが上がった。

「どこか行きたいとこある?」
「え?えーっと……個室っぽくなってる喫茶店があるから、そこに行こうかなって思ってる」
「わかった」

お誕生日おめでとう、を伝えてプレゼントを渡すことが今日のメインではあるけれど、それだけでは終わらないだろう。一日中そこにいるというわけではなくても、ある程度長時間は居座ることになる。それなら、気兼ねなく何でも話せるような場所がいいだろうと思ったのだ。
喫茶店は駅から徒歩で5分。立地的に行きやすい場所にあるし、メニューも美味しいし、リーズナブルだ。席が空いているかだけが問題だが、まあ空いていなければその時は他の店に行けば良い。

「あ、ここだよ」
「……ああ、」
「来たことあるの?」
「喫茶店のほうはないけど、そこのCDショップには」
「そうなんだ。よく行くの?」
「品揃えがいいから、まあ」
「へえ〜。今度連れてってね」
「ん」

軽口をたたきながら喫茶店に入ると、幸いにも待つことなくすぐに座ることができた。店の奥の窓際と立地条件もすこぶる良い。ここであれば、多少話し込んでいてもそこまで目立つことはないだろう。
飲み物と軽食を注文したところで、名前よりも先に真澄のほうが早く口を開いた。「ねえ」と呼び掛けられた声に、素っ頓狂な声で返事をする。普段であれば名前が話題を提供することが多いことを鑑みれば、珍しいことだった。それに今日用があるのは名前のほうだったのだ。一体何を言われるのかと緊張するのも無理からぬことだった。

「俺、監督に一目惚れって言ったけど。正確に言えばそうじゃない」
「……は、はい」
「ストリートACTしてたんだ。あの頃はまだ劇団に監督と咲也と支配人しかいなくて、団員募集の一環で。まあ咲也とかもそうだったけど、監督も、すごく演技が上手いとかではなかったんだと思う。でも、一生懸命で、芝居好きなんだろうなってわかるような、……それが可愛くて、好きになったんだと思う」

何故監督を好きになったのか、名前はそれを、真澄に聞いたことがなかった。何だか聞いているだけで勝ち目なんて皆無なのではないかと思えてしまって胸が苦しくなって、テーブルの下でワンピースの裾を、皺になってしまうほど握り締める。
真澄の顔は見られなかった。それはおそらくは、名前が今の自分の顔を見られるのが嫌だったという理由も含まれていたのだろう。普段であれば隠すことができたはずの感情が、最近はどうも隠せなくなってきている。

「……でも、多分名字もそうなんだって思って」
「……え、と、なにが?」
「芝居」
「私お芝居したことないけど……」
「してたんだろ、ずっと。だって、言ってたじゃん。共感されるの辛いって。アンタが一目惚れだったんなら、俺がアンタと話すようになった時には既にそうだったってことで。それで、アンタと話すようになった時には俺は監督が好きだったから、監督のことが好きだって話も、何回もしてた。多分その度ずっと、辛いっていうの隠してたんだろ」
「……――それは、」

否定できなかった。事実だったからだ。今まで重ねてきた自分を守るための嘘がボロボロ剥がれ落ちて行くのを自覚しながら、名前は必死に何か取り繕おうと頭を働かせて言葉を紡ごうとするけれど、結局それが明確な言葉となって口から出ることは無かった。

「……名字が俺のこと好きだって、知らなかったけど。でも、名字に無神経なことたくさん言ったと思う。……傷付けたと、思う。ごめん」
「そ、んな。謝らなくても」

真澄と話すようになってから、言葉を交わした回数なんて覚えていない。その内容だって明確に思い出すことなんて出来はしないし、それは真澄だってそうだろう。けれど、確かに真澄の言う通り、何度も『監督』の話は聞いてきた。そしてその度に傷付いていたのも事実だ。だけれどそうだとして、真澄がそれを気にする必要なんかないのだ。名前が真澄に好きだと伝えたのはつい先日のことで、それまでは気持ちがバレないようにひた隠しにしてきた。それに、相談を受けるようなフリをしながらさりげなく恋の妨害をしたことだって話したのと同じくらいある。 だから本当に、真澄が謝ることなど何一つないのだ。
注文していたアイスティーとサンドイッチセットを店員が持ってくるのを、この雰囲気の中ではさぞ届け難かっただろうなとどうでもいいことを頭の隅で考える。

「俺昨日、監督に告白した」
「……、は?」
「今までしたことなかったわけじゃないけど、改めてっていうか、正式に……?」
「………う、ん」
「フラれた。わかってたけど」

真澄は一旦、アイスティーに口を付けた。普段以上によく話したから、喉が渇いたのかもしれない。名前も口の中はカラカラだったけれど、飲む気にはなれなかった。身体に水分を補給したら、ズキズキと傷む心のまま、水分を摂っただけ全て涙になって流れてしまいそうな気がしたからだ。

「……俺は監督のことが好き。だけどもしかしたら、恋じゃなかったのかもしれない。そういう感情が全くなかったかって言われたらそれは、違うと思うけど。抱き締めたいとか、キスしたいとか、思わなかったわけじゃないし。監督が俺じゃない奴といた時、嫉妬したりもしたし」
「……碓氷くんは、何が言いたいの……」

自分でもよく聞き取れないような、か細い声だった。それが聞こえたのか聞こえていなかったのかわからないが、真澄は話を続けていく。

「……名字に好きだって言われた時、困ったけど、嫌じゃなかった」
「嫌だったら、それこそ他の女の子と変わらないじゃん。嫌がられないってわかってたから告白したんだよ。碓氷くんと仲良い自覚あったから」
「うん。でも俺、名字が他の奴からお返しもらっててムカついた」
「……、ぇ」
「バレンタイン、渡したんだって。俺が特別でもやっぱりムカついて、……でも名字が俺のお返し、そいつのと比べ物になんないくらい喜んでたから、どうでもよくなって」

名前は、そこでやっと顔を上げて真澄の顔を見た。真っ直ぐな瞳に見据えられて、どくんと心臓が跳ねた心地がする。

「……別にいきなりってわけじゃ、なくて。自分でも気付かなかっただけで、もうずっと前から名前のこと特別だと思ってたんだと思う。それがどういう感情かは別として」
「……う、すい、くん?」
「最初からそういうふうに見てたわけじゃない。多分最初は女子にしては話しやすいとか、友達とか、そういう意味だったんだと思う。でも多分、自分で望んで名字に声かけるようになった時点で、……」

真澄は、そこで一旦言葉を切った。名前だとて、その先に続く言葉がわからないほど鈍くはないし、頭が悪いわけでもない。自分がそれを期待したいから、という理由だけではないはずだ。この流れで、それ以外の言葉があるだろうか。

「アンタがくれた物なら何だって嬉しいって思った。……言わなかったけど。アンタが嬉しそうな顔で喜んでるのが可愛いって思った。これも、言わなかったけど。でも気付いたのは、アンタが他の奴にもバレンタイン渡したってことに、嫉妬した時。……どうでもいい奴に嫉妬したり、しないし。……言わなかったのは、俺にはまだ、言う資格がないと思ったから」

パーテーションで区切られているとは言え、部屋ごとに防音されているわけでもないので周囲の音が聞こえないはずはないのに、不思議と名前の鼓膜を震わせるのは真澄の声だけであるような錯覚を覚えた。いや、そんな錯覚であれば常日頃から割と味わっているけれど。名前の耳は実に都合のいいことに、真澄といるときは真澄の声にばかり集中してしまうので、他の音に対して鈍感になりやすいのだ。それは視界に対しても同じことで、真澄ばかり見つめてしまうからこそ、歩いている時だとかは躓きやすくなったりするわけだが。例によってこの時すら、真澄以外のものがほとんど視界に映っていなかった。

「監督は、俺が好きだって言っても、明確に答えてくれたことって今までなかった。まあ多分それは、俺が監督に会ってから何回も伝えてたからで、場所とかシチュエーションとかそこまで考えてなかったからで。好きだって思った時に口に出してたから、まあ本気ではあったけど、そう受け取られなかったのも仕方ないんだと思うし、むしろ明確に返事がなかったからこそ俺はああやって、監督に好きだって何回も言えてたんだと思う。……ただ、気付いてからは、それじゃダメだって思った。監督が俺のことそういう意味で好きじゃないのはまあ知ってたし、付き合ってたわけじゃないからけじめも何もないけど。だからって何もないまますぐに名字に伝えるのはダメだって思った、から」

名前はここでようやく、思わず潜めてしまっていた息を大きく吐き出した。図らずもため息のようになってしまったので、真澄はムッとしたように眉を顰めたけれど、生憎と今の名前にそれにフォローをしてあげられるだけの余裕はなかった。

「…………碓氷くんのばか」
「は?聞き捨てならない」
「ばか、ばかばかばかもうやだほんとやだ、もう、もう、もう!」

両手で顔を覆って、唸るように抑えていた言葉を吐き出していく。再度大きく息を吐き出して、それからじわじわと熱くなっていく目の奥を誤魔化すように手の下でぎゅっと目を瞑る。

「……名字、」
「好き」
「は」
「もう、やだ、すき……っほんとにすき、もう、ずっと、すきで、……………お誕生日おめでとう……」
「脈絡ない」
「うるさい……プレゼント、2週間かけてじっくり考えたけどっ、開けてみてよもう笑っちゃうから!」

もはや投げ渡すような勢いでバッグから出したプレゼントを真澄に押し付ける。こんなところで開けてもらうつもりではなかったけれど、いっそのこともうヤケだった。こんなはずじゃなかったのだ。だって名前がこの1年かけての計画というのは、真澄に自分を意識してもらうことだったのだから。恋人になることをゴールにしていたわけではない。それなのに一足飛びにこんな、言外に好きだと割と熱烈に伝えられて、パニックにならないでいられるほどポーカーフェイスを極めてはいなかった。
不可解そうな顔で丁寧に解かれていくラッピング。その中から出てきたのは数個の箱で、中身はそれぞれスマホケースとパスケースとブックカバーとポーチ。無駄に張り切ってバイト代数ヶ月分を注ぎ込んだそれらは、一つに絞りきれなかった故に複数個のプレゼントになってしまったわけだけれど。

「……別に笑えないけど、」
「笑ってるでしょ」
「嬉しければ笑う。けど、可笑しくない」
「……スマホケースも、パスケースも、ブックカバーも、ポーチも。全部日常的に使うものなんだよ、碓氷くん」
「……ああ、」
「使ってもらいたかったの、碓氷くんに。日常的に、私がプレゼントしたもの、使ってほしくて。……全部私的な欲求なの、もちろん碓氷くんのためっていうのだってあるけど、それだけじゃないんだから……」
「でも嬉しい」
「使ってね」
「使う」
「……うん」
「名字」

なに、碓氷くん。答えようとした声が、名前の口から漏れることはなかった。喉の奥に突っかかったような気になる。テーブルの上に置かれていた名前の手に、真澄が触れたから。

「好き」
「………」
「名字が好き」

触れた手の温度と、心地よく響く声と、ずっと望んでいた言葉に。先程は誤魔化した目の奥の熱さがとうとう抑えきれなくなって、ぼろぼろと涙が溢れてきたけれど。
でもこの時くらいは許してほしかった。だって、本当に嬉しかったのだから。

「……碓氷くん、手離して」
「なんで」
「涙が拭えない……」
「……」
「なんで手の力強くしたの?」
「……泣いてる顔が可愛いから?」
「ばかなの?」

prev next