飾らない貴女に逢いたいんだ
歌歩さんのコンクール出場から早一週間。この一週間はいつもよりあっという間に過ぎてった気がする。歌歩さん、あれからどうしてるだろう。顔は見ているけど、話という話はまるで出来ずに挨拶程度しか交わしてない。
…元気に、なってるだろうか。なんてのは余計なお世話かな。でも気になる。あれだけ関わらせてもらったのに、その後はなにもないなんて淋しい。今日は時間あるし、だめもとで逢いに行ってみようかな。手ぶらで行くわけにもいかない気がして、ふと閃いた。あのとき確か、ミルクティー飲んでた。思い返せば歌歩さんっていつもミルクティー飲んでる印象だ。…持っていったら喜んでくれるかな。どんなことでもいいから喜んでもらいたい。そうと決まれば買いに行こう。
一秒でも早く行きたいと、走りたい気持ちを抑えて早歩きで向かう。自販機の前に立っていた影を見て思わず財布を落としそうになった。この運の良さは一体なんなんだろう。
「歌歩さんっ!」
「…あ、南雲くん!」
笑顔で「ちょうどよかった!」と言われた。それは本来俺の台詞なのに、そんなことをそんな笑顔で言われちゃこの距離でもダッシュで向かうしかない。ここは外だし、走っても別に咎められない。はず。
「えっと、どうしました?」
「突然でごめん。南雲くん、コーラ飲むよね」
「はい。今ちょうど買いに来たとこっス」
「あのね、わたしうっかりして、間違ってコーラ買っちゃって…よかったらもらってくれる?」
「え、いいんスか?」
「うん。もらって」
「喜んで!」
ほんとに今買ったばかりなんだろう、よく冷えたペットボトルを受け取る。なんだろ、ただのコーラなのに歌歩さんからもらったっていうだけで特別感する。…あれ、このままじゃ本末転倒じゃね?俺なんの為に自販機に来たの。
「歌歩さん、なに飲みます?コーラのお礼にご馳走するっスよ」
「ありがとう。でも大丈夫だよ、間違ったのはわたしの責任だから、ちゃんと自分で買う」
「うーみゅ、でもそれじゃ俺ばかり得してるっス………よし、じゃあこうしましょう。歌歩さんが買う予定のもの、俺が当てられたらご馳走させてほしいっス!」
「なにそれ」
ちょっと困ったように、でも面白そうだねと声を出して笑った歌歩さん。歌歩さんを元気づけたくて来たはずなのに、俺の方が元気もらってどうする。ここは是が非でも当てなくちゃ。
「えーっと、コーラと間違えるってことは、近くの商品っスか」
「ふふ、考えてー」
深い意味などないとわかってる。でも俺の頭は都合よく解釈するよう出来ているようで、歌歩さんのこと考えていいって、公認してもらえたなんていう意味にねじ曲げる。でも今だけは歌歩さんのこと考えていいよな。
コーラとうっかり間違えるってことは…買おうとしてたのは、この間飲んでたミルクティーじゃないんだな。コーラに近い商品って炭酸ばっかだ。歌歩さんってあんまり炭酸飲んでるイメージないけど…それはイメージなだけで、そんなことないのかな。コーラ以外の炭酸で、歌歩さんが好きそうなやつ………よし。
「決めたっス!」
「じゃあ、わたし目瞑る。楽しみにしてるね」
うわ、なんか急に緊張してきた!いや、今更怖じ気づくな。最初からギャンブルなんだから足掻くな、寧ろ足掻いた方が悪い方向に行く。腹を括ろう。覚悟を決めてお金を投入して、ボタンを押す。ガコン、と割と大きな音を立てて出てきたジンジャーエールを取り出し、歌歩さんに差し出した。
「歌歩さん!どうぞっス!」
目を開けた歌歩さんは、もともと大きな目を更に丸くさせてジンジャーエールと俺を交互に見て「うそ…」なんて呟いた。え、なに?うそって、なに?俺が見当違い過ぎてて引いてる?やべえ、急に不安になってきた。心なしか冷や汗まで出てる気がする。
「……ほんとに当たった…」
「うぇえっ!?ま、まじすか…!」
「うん。唐突にジンジャーエール飲みたくなって来たんだ」
「え、じゃ、じゃあ…もらってくれますか…?」
「寧ろ本当にもらっていいの?」
「勿論っスよ!」
「ありがとう」
一瞬、優しい歌歩さんが合わせてくれてるのかなって心配になったけどそんなのは杞憂で。ジンジャーエールを受け取った歌歩さんはすぐさま蓋を開けて「いただきます」とぐいぐい飲んだ。俺も炭酸好きだからわかる。これ、ほんとに好きなやつだ。美味しそうに飲むなあ、歌歩さん。せっかくだから俺も便乗してコーラをいただくことにした。うん、冷たくてうまい。
「久しぶりに飲むと美味しいー」
「歌歩さん、炭酸飲めたんスね」
「飲めないわけじゃないんだよ。でも炭酸はメロンソーダかジンジャーエール以外は、あんまり好まない」
「なるほど…」
思わぬところで情報ゲット。歌歩さんは炭酸ならメロンソーダかジンジャーエール…脳内メモリに記憶させなければ。
「…ね、南雲くん」
「なんスか?」
「今からちょっとだけ、お時間もらえる?」
「え、あ、はいっ!」
まさか、歌歩さんからそんなこと言ってくるなんて。予想外だったけど俺の目的と変わらないだろう。落ち着いて話したいとのことで、人が少ないテラスに移動した。
「ごめんね、急に連れ出して」
「大丈夫っスよ。今日はなんもないっスから」
「そっか。改めて、言いたいなって思って」
なんのことだろうと思ったけど、歌歩さんが「随分心配させちゃったし、迷惑かけちゃったもんね」と言ったことでわかった。俺が考えていたことと一緒だと。迷惑とは思ってないけど、事実心配はしていた。
「この間は、ごめんね。みっともなく泣いたりして」
「全然。気にしないでください」
「一応、校内ではまだ南雲くん以外の前で泣いたことないの。誰にも言わないでね?」
「わ、わかったっス!」
おどけるように言った歌歩さんに、勢いよく頷いてみせる。そうは言ったが、頼まれなくても誰にも言わなかっただろう。歌歩さんの為じゃなくて俺の為という最低な理由で。俺しか知らない歌歩さんの姿や泣き顔を自ら言いふらすなんて、そんな勿体ないことするわけない。ああ…あれは役得だったなあ。
「えっと…それでね」
「はい」
「コンクールの次の日、先生からお電話いただいたの。招待してくれて、演奏聴かせてくれてありがとうって」
「ほんとっスか!」
「うん。何度もありがとうって言ってくれて、それと…『先生もがんばって治療受けて、早く元気になるからね』って、言ってくれた。わたしの気持ち、ちゃんと届いたみたい」
「そっスか…!よかったっスね!」
「うん。先生の言葉で、全部報われたような気持ちになった。がんばってよかったなって思った」
嬉しそうに話してくれる歌歩さんの様子に、つられて俺まで嬉しくなる。…はずなのに、今俺の中で凄い理不尽で最低な疑問が浮かんだ。
「あの、歌歩さん」
「はい」
「ひとつ、確認してもいいっスか」
「どうぞどうぞ」
「今後、お箏は続けるご予定なんスか?」
どうしても、これだけは確認しておきたかった。歌歩さんの今後、ひいては俺たちの今後にも影響すると思ってしまったから。そんな俺の身勝手な質問に、歌歩さんはゆっくり目を閉じて、静かに首を横に振った。
「もともと、ふたつを同時にこなせるような器用なタイプじゃないんだ。今回だけ、特別」
「…そっスか」
「両立させるのは結構しんどかった。でも、それが出来ないなら今回わたしに出る資格ないって思ったから。それにあのとき言ったと思うけど、コンクールでベスト尽くしたからこそ、ここできっぱり辞められる。我儘通すのも迷惑かけるのもこれで最後。これからは改めて、プロデュースに注力するって誓うよ」
歌歩さんは本当に晴れ晴れとした顔で言った。…本当は、ちょっとだけ不安だったんだ。もしかしたらこれをきっかけに、またお箏の勉強したくなって、プロデュース科辞めちゃうんじゃないかって失礼なことを考えちゃったんだ。でもよく考えればわかることだった。歌歩さんは一度決めたことを投げ出したりしない。そんな中途半端なひとじゃない。前からわかっていたけど、今回の一件でもそうだった。お箏にもプロデュースにも、全力だったじゃないか。
「えっと。そんなわけで、これからはみんなとちゃんと向き合う。プロデュース科の生徒として、お仕事を全うする。南雲くん、改めてよろしくお願いします」
「うっス!こちらこそ」
歌歩さんは残ると、ご自分の言葉ではっきり言ってくれた。それと同時に、今度こそ心から安心できた。もう、なにも俺が心配することはない。
「…よかった」
「え?」
「歌歩さん、ちゃんと笑えてる。もう大丈夫そうっスね」
言葉からも表情からも、歌歩さんがきちんと前を向けていることがわかった。そして俺の言葉が意外だったのか、歌歩さんは目を丸くさせたあと、複雑そうに俺から視線を反らした。
「そんなこと言わないで。また泣きそうになる」
「我慢しないでいいっスよ」
「やだよ。完全に南雲くんしかいないならいいけど…ここ人少ないと言えど不特定多数の目があるじゃん」
そう言って歌歩さんはテーブルに突っ伏した。ああもう、そんなこと言われてしまっては…俺は周りと比べて少しばかり信用されてるって思い込んでいいのかな。もしそうだとしたら、どんなに嬉しいだろうか。
歌歩さんの笑顔も泣き顔も、いろんな表情を見たい。もっと言えば全部見たい。喜怒哀楽ありのまま全部、俺には見せてくれていい。俺なら、どんな歌歩さんも受け入れられる自信があるから。
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