現実逃避したっていいじゃない






「鉄虎くんいるでござるかー!」


間もなくお昼の時間が終わり、午後の授業が始まるという頃。仙石くんが血相を変えてうちの教室に飛び込んできた。人見知りで控えめなはずなのに、珍しく声を張り上げて。


「仙石くん!ちーっす!こっちこっち!」

「ちょっと失礼!至急話したいことが!」

「え、ちょ、なんスか!?」

「お、俺も…!?」


翠くんともども、仙石くんにぐいぐい引っ張られる。小柄なのにこんな力あったのか。火事場のなんとやらか?そうして俺たちは引っ張られるまま、人気の少ない廊下の端っこに連れてこられた。


「…ここなら、大丈夫でござろうか」

「なんで俺まで…用事は鉄虎くんにだけじゃなかったの」

「すまぬでござる翠くん…勢いというかなんというか…」

「…ま、いいけど。俺も聞いて大丈夫な話なら」

「別に翠くんに聞かれて困ることなんてないんじゃないんスかね。それで仙石くん、どんな話っスか」

「鉄虎くん。落ち着いて聞いてほしいでござる」

「…?少なくとも仙石くんよりは落ち着いてるっスよ」

「なら、いいのでござるが。実は…拙者、たまたま目撃してしまって…つい先程、歌歩殿が…」

「歌歩さん!?」

「鉄虎くん、落ち着こう」


落ち着いてると言った矢先にこれか。歌歩さんの話になったらすぐこうだ。コントロールの効かなさに自分でも呆れる。仙石くんが翠くんを引っ張ってきててよかった。


「ほら、鉄虎くん、深呼吸深呼吸」

「う、うっス。………うん、たぶん大丈夫っス。それで…歌歩さんがどうしたっスか」

「先程、校舎裏にいるのを目撃したでござる。アイドル科の二年生から呼び出されたようでして…」

「……それって…」

「人気のないところで、男女ふたりきり……ここまで言えば、わかるでござるな」

「どう考えても、告白だろうね」

「俺死ぬっスね」

「わー!待った待ったでござるー!」


深呼吸の甲斐も虚しく、冷静さも思考能力も、なにもかもぶったぎる超ド級の爆弾が飛んできた。

歌歩さんが告られた。抜け駆け…じゃないけど、先を越された。そのことをどうしても受け入れたくなくてガラスに頭でも叩きつけて現実逃避しようとしたが「まだ続きがあるでござる!」という仙石くんの言葉で踏み留まる。


「歌歩殿が告白されていたのは事実でござる。でも歌歩殿、きちんと断っていたでござるよ」

「……ほんとっスか」

「ほんとでござる。…ただ、ここからが本題でして」

「まだなにかあるんスか…?」

「お相手の男子が断られる理由を尋ねて、そしたら歌歩殿は『ほかに好きなひとがいる』と」

「…だれ」

「(うっわ、鉄虎くんの目死んでる…)」

「核心的なところまでは迫れなかったけど…同じアイドル科とだけ」

「死のう」

「ああもう!だから早まらない!俺たち置いて死なないでってば!」

「止めないでほしいっス!歌歩さんに彼氏が出来るのを見るくらいなら死んだほうがましっスよー!」

「待たれよ鉄虎くんー!」


本日二度目のやり取り。そりゃ一日っていうかこんな短時間で二回もこんな衝撃受けたら正直しんどい。しんどいどころじゃない。歌歩さんが告白されたこと、断ったはいいけどアイドル科に好きなひとがいること。これをダブルパンチと言わずして、なんと表現しようか。


「もう少し詳しい情報ないんスか…?」

「それが…相手方が食い下がり過ぎて『それ以上踏み込んでくるなら二度と口利かない』と歌歩殿を激怒させ…渋々引き下がらせた故、ちょっとわからないでござる」

「なるほど…」


あの温厚で穏やかな歌歩さんが激怒…思わぬところで新しい一面のネタが転がってきた。優しいひとほど怒るとおっかないっていうけど、どうなのかな。


「…自分が怒られるのは嫌だけど、ちょっと見たかったかも」

「鉄虎くんどこまで欲しがるの」

「そりゃ興味そそられるっスよ。優しい歌歩さんが怒るって、かなり新鮮っス」

「めちゃくちゃ怖かったでござるよ。ヒステリックに怒鳴り散らすとかではなくて、あくまで落ち着いてて、でもそれが逆になんとも言えない雰囲気で…声が明らかに違ってたし、例えるなら地底でふつふつと煮えくり返ってるマグマというか」

「……俺、歌歩さんのことは怒らせないようにしよう」

「っスね…」


聞かなきゃよかったと若干後悔。あの綺麗な顔と声で、あくまで冷静に詰められるのか……想像したらとんでもない恐ろしさだった。たまたま見てしまった仙石くんがトラウマ抱えるレベルだもんな。実際は想像の何倍なんだろう…


「まあ、それはともかく…知らせようか黙っていようか迷ったのでござるが……拙者、恐らく隠し事とかできないと思ったので」

「ううん。正直に話してくれて感謝っス」


仙石くんが話してくれたことは本当に聞いたことに違いない。歌歩さんに好きなひとがいるのも、その相手がアイドル科というのも本当かもしれない。もしかしたら効率よく断る為の口実だったかもしれない。真偽は今の俺には解らない。でも、俺以外にも歌歩さんに惹かれている奴がいること、歌歩さんは実際人気者であったこと。これは紛れもない事実。うかうかしてたら本当にいつか盗られる。


「…俺も、いつかは覚悟決めなきゃいけないっスよね」

「なるべく早くしなね。じゃないと次こそ本当にかっさらわれちゃうよ」

「あうっ!」

「ちょ、翠くん!なにを!?」

「ショック療法。ちょっと発破かけようかなと」

「今はそのときじゃなかったのでは…!?」


発破どころじゃない、頭をがつんと殴られたような衝撃だった。今の俺にはかなり堪える、衝撃の強すぎるショック療法だけど…これがいつか効果が出る日は来るのだろうか。もたもたしてたら、なんにもしないまま歌歩さんが誰かのものになってしまう。頭ではわかっていても、行動に移せない臆病者の背中を押してくれるだろうか。



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