メランコリーを飛び越えろ





世間一般の高校生は大概、夏休みが好きだろう。大量の課題があれど、約40日間のお休みとなれば嬉しいはずだ。だが、世の中にはそんな夏休みを疎ましく思う少数派も存在するわけで。


「歌歩さんに逢えない…」


例えば、俺。普段の学校生活でしか逢えないわけだから、休みだとどうしたって逢いに行く口実を作れない。お出かけに誘えるような間柄でもないし、そもそも俺にそんな根性はない。つまり、この憎たらしい現状を甘んじて受け入れるしかないのだ。


「急にどうしたの…」

「急じゃないっスよ!夏休みになって、まともにお顔見てないんス!」

「海賊フェスで逢ったでござるよ?」

「もはや遠い記憶になってるっス…」


最後にお顔を見たのは海賊フェス。でもあのときはお互いに仕事だし、予定外のことばかりの事態が立て続けに発生したりでずっと慌ただしくしてた。先日の海の家でのお手伝いには他のユニットと先約があるとかで来られなくて。今度の流星祭にも、他のユニットのお世話が運悪く被ってしまいこちらには顔を出せないそうで。仕方ない、歌歩さんの手腕なら他のユニットに必要とされるのもわかる。そうは思っていてもやはり逢いたい気持ちが勝る。だって好きなんだから。


「さっきまで集中して話し合いできてたのに…」

「気緩むと、どうしても歌歩殿がちらつくかんじでござるな…」

「ごめん。だめなのはわかってるんスけどね…」


ふたりが言うように、集中できているときはいいのだが、それが切れると一気に揺らぐ。それじゃいけないとわかっているのに。隊長に「任せてくれ」と言った手前、それに一応、隊長代理を務めている身でもあるし。

でっかい溜め息と同時に、とんとん、とノック音がした。隊長じゃないよなあ。となると深海先輩か。「どうぞー」と軽い気持ちで返事した。


「こんにちは」


予想外すぎた来客に椅子から転げ落ちるかと思った。だって、信じられないようなタイミング。歌歩さんが来てくれたなんて。


「歌歩さんっ!!?」

「ふふ。久しぶりだね」


暑さで頭がやられてる…わけじゃないよな。こっそり自分の手をつねってみたが痛い。どうやら幻覚でも幻聴でもないようだ。


「ど、どどどうしたっスか?他のユニットのお世話は?」

「今できることは片付いた。あんずちゃんは喧嘩祭での紅月さんとfineさんの衣装作りにかかりっきりで手が離せないみたいだし、守沢先輩に一度頼まれてる身としては気になっちゃって。つい来ちゃった」

「そ、そうなんスね!」

「もしかして、迷惑だったかな…?」

「滅相もない!」

「そう。よかった。…そっち行ってもいいかな」

「勿論っス!どうぞ!」


歌歩さんは律儀に「失礼します」と言って向かい側に座った。…歌歩さんが目の前にいる。隣でも緊張しただろうけど、これはこれで…やばい。動悸が一気に激しくなった。


「歌歩さん来たとこで少し休憩にしよう。俺考えすぎて頭回らなくなってきた…」

「あ、そうっスね!なにごとにも適度な休憩は必要っス!」

「拙者も頭使ったから少々疲れたでござるー」

「鉄虎くん。俺、ジュース買ってきていいかな」

「勿論っスよ」

「ありがとう。…仙石くん。一緒に来てくれる?」

「え、拙者でござるか?」

「うん。みんなの分も、買おうと思う。一緒に持ってくれると助かる」

「……う、うむ!了解でござる!」


翠くんのお誘いに、仙石くんは了承しながら勢い良く立ち上がった。俺も糖分ほしいかも。コーラお願いしようかな………ん、待てよ。ふたりが出ていったら…ここに残されるのは俺と歌歩さん。え、ちょ、待って。え?狙ってる?ねえ、狙ってる!?ふたりきりなんて、そんないきなり心臓に悪いことしないで!


「鉄虎くんと歌歩殿は?ついでに買ってくるでござるよ」

「あ、いや!俺も一緒に行くっスよ!」

「じゃあ、わたしも行くよ。みんなで行こうよ」

「いえ。ただでさえ歌歩さん、わざわざ来てくれたんですから。ここで待っててください」

「そうでござるよ!そういうわけで鉄虎くん、歌歩殿をおひとりにさせるわけにはいかぬので。一緒にお待ちして差し上げてほしいでござる」


ふたりにそんな言い方をされてしまっては…どこにも逃げ場がない。ああもう…これは覚悟決めなきゃいけないな。観念してコーラの代金を翠くんに渡した。歌歩さんは「ミルクティーお願いします」と仙石くんに注文。俺たちの注文とお金を預かったふたりは、俺にこっそり目配せして出ていった。はい、確信犯決定。

ふたりきりになった部屋が静寂に包まれる。………どうしよう、やばい、なに話そう。ふたりきりになると、やっぱり今でも緊張する。


「聞いたよ。南雲くん、隊長代理してるんだって?凄いね」

「え、あ、いや!そんなことは、全然!」

「南雲くん、普段からがんばってるから。だから守沢先輩も任せていられるんだね」


歌歩さんから話を振ってくれた。しかも俺を褒めるような内容。そんなこと言われると思っていなかった。どうしよう嬉しい…!


「歌歩さんこそ、最近、というかいつも忙しそうっスよね。あまり無理しないでほしいっス」

「あんずちゃんに比べれば全然。今回は衣装に関しても全然関わってないし」

「そんなことないっス!姉御も、歌歩さんも、おふたりともそれぞれ一生懸命っスよ!」


どっちがどうとかじゃなく、おふたりともそれぞれに役目を果たしている。それに姉御もそうだけど、歌歩さんも大概予定を詰め込んでいる。無理していなければいいのだが。


「そうだ。この間、海の家のお手伝い、行けなくてごめんね。せっかく誘ってくれたのに」

「プロデュースがあったなら仕方ないっス。歌歩さんはプロデューサーっスからね」

「ありがとう。でも楽しそうだなって、あんずちゃんの話聞いたら思った。行きたかったな」

「歌歩さんはどこのユニットのお世話してらしたんスか?」

「えっとね、少し前にtrickstarとknightsさんの合同ライブの手伝い、そのあとは殆ど新しいユニットに付きっきり。事務手続きとかレッスンのメニュー組んだりとか。やることいっぱいで大変だったよ」

「そっスか……」


新しいユニットか…いろいろ慣れない部分を手伝っていたということか。そのひとたちは実質夏休み中歌歩さん独り占めかよ。ちくしょう羨ましい。


「そんなわけで暫くは慌ただしかったけど、一区切りついたし。少しだけど手が空いたんだ」

「そ、そうなんスね…!」


今まで忙しかったはずなのに、ちょっと手が空いたからってわざわざ来てくれるなんて…このひとは本当、どこまで優しいんだろう。いつまで手が空いてるか、いつからまた忙しくなるのかわからないけど。…ここは一か八か。


「あ、あの!歌歩さん!」

「はい」

「もし、よかったら!流星祭、来てほしいっス!」

「流星祭って、流星隊さんが依頼されてるやつ?」

「はい!まだ隊長や深海さんには内緒なんスけど、俺、そこで太鼓披露するんス」

「そうなの?凄いね!見たい!」


思ったより太鼓に食いついてきてくれた。興味をもってくれたらしい歌歩さんは「予定確認するね」とスケジュール帳を開く。ぱらぱらと捲って……あれ、なんか難しい顔してる…?


「お祭りは、夕方からなんだよね」

「う、うっス!」

「うーん……うん。夕方なら、大丈夫。いける」

「声かけておいてあれなんスけど、お忙しくないっスか?」

「この日は仕事じゃなくて私用なんだ。でも夕方なら時間取れる。最悪ステージだけでも間に合わせられる。ていうか間に合わす。絶対行く」


忙しい歌歩さんに無理してほしくない、そうは思っていても、絶対行くとまで言い切られてしまえば、やはり嬉しいもの。


「南雲くんの勇姿、楽しみにしてる」

「う、うっス!がんばるっス!」


歌歩さんが来てくれる。俺を見に来てくれる。失敗できない理由がひとつ増えた。もとよりちゃんとやり遂げる気ではいるけど、それでも歌歩さんが来てくれると言うなら、自ずと気合いが入る。きっと、誰よりも輝いてみせるから。どうか見届けてほしい。



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