夢現、うたかたの一夜
姉御が用意してくれたお揃いの浴衣をみんなで着て、本番までの短い時間だけどお祭りを満喫した。深海先輩たちと金魚すくいして、仙石くんの見事なヨーヨー釣り見て、姉御とりんご飴、翠くんとかき氷食べて、少しだけど大将と会話もできた。隊長と姉御と一緒に迷子のお母さんの捜索したりと、楽しみながらも流星隊らしい活動もした。
ステージも概ね成功だったと言えるだろう。機械不良で花火が遅れるというトラブルはあったものの、翠くんと仙石くんと協力しながら、さらにはValkyrieの助力を得ながらも場を繋ぐことができた。隊長と深海先輩が登壇してきてからの7人でのパフォーマンスは文句なしだと思うから、総合的に見てもなかなかよかった。Valkyrieのひとたちの助太刀がなかったら…と考えると冷や汗ものだがとにかく無事に終えることができた。…しかし、俺の仕事はまだ終わっていない。寧ろここからが正念場とも言える。
「やったじゃん。鉄虎くん、がんばったね」
「うんうん!男女ふたりで夏祭りなんて、完全にデートでござるよ!」
「いつもより男らしさ三倍増にしてほしいっス!」
「いや三割が限度でしょ」
翠くんの冷静な突っ込み炸裂。半分は冗談だが、半分は本気。今日は、今日だけは。歌歩さんの隣を堂々と歩けるようになりたい。
今日の大舞台を成し遂げて気持ちが多少大きくなってしまった俺は、ステージ後に「お疲れ様でした!」と笑顔で労いに来てくれた歌歩さんに言ってしまったのだ。「よかったらこのあと、俺とお祭り回ってくれませんか!」と、後先考えずに、完全に勢いで言ってしまった。しかし歌歩さんはまさかの快諾。そんなわけで俺はこのあと、歌歩さんとお祭りにふたたび出掛ける。翠くんと仙石くんに事情を話すと、ふたりとも快く浴衣の着付けを手伝ってくれることになった。
「…うん!できたでござる!」
「ちゃんと三倍増っスか?」
「それは鉄虎くん次第だね」
「さ、歌歩殿待ってるでござる。めいっぱい楽しんでくるでござるよ!」
「いってらっしゃい。歌歩さんによろしく」
「ありがとう!行ってくるっス!」
ふたりに手を振って、急いで歌歩さんのもとへ。わかりやすいところで待っててくれたおかげですぐ見つけられた。あー…やばい緊張する。仙石くんが言ってたように、これはどう考えてもデートだ。
いや、ここまで来て今更怖じけるな。情けない姿を晒すわけにはいかない。気合いを入れる為に、支障のない程度の強さで両手で頬を叩く。ぺちん!という快音が響いた。……よし、大丈夫。行こう。
「歌歩さん!お待たせしました!」
「大丈夫。思ったより早かったくらい」
「……えっと、どうしたっスか?なんか、ついてます?」
「ううん。浴衣姿、素敵だね」
歌歩さんにじーっと見られて、直後の表情を緩めての一言。歌歩さんからの言葉は至ってシンプルだった。だからこそ、余計な雑味を感じないでストレートに響く。本当に褒められてる気がする。歌歩さんに言われるのは、素直に嬉しい。
「へへ、ありがとうございます。姉御が用意してくれてたみたいで」
「そうなんだ!ということはお手製だよね。すごいなあ……めっちゃ上手い…」
「着心地抜群っス」
「ちょっと観察してもいい?」
「いいっスよ」
「ありがと。では、失礼しまーす……」
浴衣を凝視してる歌歩さんを、チャンスとばかりに凝視する。歌歩さんの浴衣姿は見られなかったけど、代わりに超貴重と思われる私服姿を拝めることができている。紺の薄手のカーディガンに、白の膝丈ワンピース、足元は派手すぎないゴールドのサンダル…全部が全部、よく似合っている。いつもプロデューサーとして同行してるときは制服だから、はじめてお目にかかったけど…私服だとこんな雰囲気なんだ。どうしよう、語彙力滅ぶくらい可愛い。
「…うん、ありがと!」
「もう大丈夫っスか?」
「うん。ばっちり。…そういえば南雲くん。おなか空いてない?」
「ライブ後なんで、多少は減ってるっスね」
「ほんと?実は今日用事おしちゃってさ、なにも食べずに来たからめっちゃおなか空いてて。なにか一緒に食べてくれる?」
一緒。最強のパワーワードだと思う。だって、俺と歌歩さんで、おんなじことをするって意味だもんな。こんな大人数が行き交うお祭りで、歌歩さんと一緒に居るのは俺なんだと、俺だけなんだと教えてくれる言葉だ。
「じゃあ…歌歩さんが食べたいもの、一緒に食べたいっス」
「…それ本気?南雲くんったら欲ないのねー」
ご冗談を、と脳内で突っ込んでしまった。歌歩さんに関しては俺ほど欲まみれの人間も居ないだろう。欲がなければステージやお祭りに誘わないし、浴衣姿見たいとも思わない、私服姿に狂喜乱舞しそうにもならない。
「結構がっつりめにいっても大丈夫?」
「俺は大丈夫っスよ」
「じゃあ……お好み焼きでもいいかな」
「了解っス」
「ありがと。じゃあ、買ってくるから、このあたりで待ってて」
「いや、あの……せっかくですから、一緒に並びましょう」
「…いいの?退屈しない?結構な列だけど」
「全然!こういうのも、お祭りの醍醐味だと思うんス!」
「そっか。じゃあ、一緒に来てくれる?」
「お安いご用っス!」
こうして一緒に回ってるんだから極力別行動はしたくない。おひとりにしたら確実に絡まれるだろうし、なにより俺が離れたくないんだ。
一緒に行列に並ぶこと5分。間もなく俺たちの順番が回ってくるところで、ぎょっとした。歌歩さんは、なんの迷いもなく鞄から財布を取り出した。
「歌歩さん!待って!俺、お支払するっスよ!」
「だめだよ。わたしが食べたいものだから、ちゃんと払う」
「いえ!そもそも俺がお誘いしてるんスから!歌歩さんは遠慮せず奢られてください!」
「うーん、それ言われるとなあ………ううん、やっぱり、ここはわたしが出す。そのあとデザート食べたいから、そこでご馳走してくれる?」
「わ、わかったっス!約束っスよ!」
誘った手前、全額出すつもりではいたんだが…今回だけは歌歩さんの厚意に素直に甘えることにした。俺ばかり出したら、きっと歌歩さんも気にしてしまうだろう。でもここからは、やっぱり可能な限りは俺が出すべきだな。
「屋台飯なんて久しぶりだよー」
「なかなかいけるっスね!」
「うん。美味しい」
できたばかりのお好み焼きを持って、人通りが少ないところで、ふたりで立ち食い。座れる場所が近くにないから「今日だけ行儀悪くても勘弁ね」なんて笑い合って、一緒にお箸を進める。……歌歩さん、食べ方綺麗だな。一度だけお昼を一緒に食べたことあったけど、あのときはアホみたいに緊張しまくって、そんな観察する暇なかった。今は、あのときと比べれば、こうして考え事ができるくらいには落ち着いていると思う。たまに心臓跳ね上がるけど、それでも少しは冷静でいられるようになったのかな、なんて。
「…ふう、食べたー。ごちそうさまでした」
「デザート、いつにします?」
「いこうと思えば今でも全然」
「じゃあいっちゃいましょう。今度は俺がご馳走します。約束っスからね」
「律儀だね。ありがと」
「とんでもないっス。なにがいいっスか?」
「じゃあ、あれ!」
目を輝かせて、少し先のクレープ屋さんを指した歌歩さん。もともとよく笑う方だと知ってたけど、こういう顔は見たことない。歌歩さん、こんなふうにも笑うんだ…
「…今、子供っぽいって思ったでしょ」
「なんで!?」
「笑ってた」
「え、あ、それは、その…」
笑ってたことは否定できない。ただ、馬鹿にしたような感情は一切ない。純粋に、可愛いなって思っただけ。子供っぽい…と言ってしまえばそうなのかもしれないけれど。でも、無邪気でいいなって、思った。
「もういい!こうなったらクレープも一緒に食べてもらうからね!」
ぷくーっと頬を膨らませた歌歩さん。それすらも可愛く見えてまた笑いそうになってしまった。なんとか堪えながらお店の前に到着、一緒にメニューを眺める。
「歌歩さん、決まりました?」
「チョコカスタードクリーム」
「…重くないんスか」
「全然」
しれっと言った歌歩さんに唖然としてしまった。ただ食べるんじゃない、歌歩さんは既にお好み焼きを食べているはずだ。そこにクレープ、しかもチョコとカスタードクリームと生クリームでしょ……すげえな。甘いものは別腹というのはよく聞くが、本当なのか。はたまた歌歩さんが特別なのか。
「南雲くんは苺スペシャルにしたら?」
「それ、なんスか?」
「大量の苺と、生クリームとカスタードクリームとバニラアイス」
「無理っス!」
「だろうね。わたしもさすがに無理だもん」
今の俺は、恐らく目が点になってるだろう。歌歩さんが無理なものは、どう考えたって俺も無理に決まってるのに。
「ごめん。からかいすぎたね」
「なんだ、ジョークっスか……よかった…」
「今度は真面目に選ぶよ。控えめに、苺カスタードとか、アーモンドチョコとかは?」
「確かに、他のと比べると食べやすそうっスね。じゃあ、アーモンドチョコにします」
「おっけー。注文しちゃうね」
超スムーズに注文してくれた歌歩さん。俺じゃあんなにすらすら言えない。照れとか恥ずかしさも多少生まれるだろうから。係員さんも手際が良く、すぐに出来上がった。手渡されたクレープをそれぞれ持って、また人通りが少ない端のほうで一緒に食べ始める。
「勧めたわたしが言うことじゃないけど…なんか、似たメニューになっちゃったね」
「最終的に選んだのは俺自身っスから。納得してるっスよ」
「南雲くんが大丈夫なら、いっか」
正直、狙った部分もある。自分の意志で似たようなメニューを選んだ。同じものは無理だと悟ったから、せめて似たものを。気休めにしかならないのはわかっていたが。こんなところでも、可能な限り「一緒」を求めた。
「そういえば、南雲くんは、なにか食べたいものとか、したいことないの?」
「え、俺っスか!?」
「うん。わたしが食べたいものばかりに付き合わせちゃってる気がするし。なんでも言って」
気遣いは嬉しいんだけど……この時点で既に俺の願望は1000パーセント叶っている。こうして歌歩さんと一緒に回れているだけで、ここにいる誰よりも贅沢させてもらってる。歌歩さんと居られるなら、どこでもいい。どこだって楽しい。この気持ちに嘘は全くない。でもきっと、歌歩さんはそれじゃ納得してくれないだろう。…なんて、正直に伝えることができない俺の、自分への言い訳だ。
「えーっと、そっスね…強いて言うなら、金魚掬いのリベンジしたかったんスけど」
「けど?」
「俺が一匹も掬えなかった隣で、深海先輩が殆どかっさらっていっちゃいまして…店主が肩落としながら店じまいしちゃったんス」
「それ、いつのこと?」
「えっと、ライブ前っスね。あっちの方で」
「別のところでも金魚掬いやってたよ」
「マジっスか!?全然気づかなかったっス…」
「ちょっと離れたとこだから、気づきにくいかもね。そのときはまだ沢山金魚いたから、よかったら行ってみない?」
応援するよ!と笑顔で言ってくれた歌歩さん。それ自体はこの上なく嬉しいし有難いんだけど…どうせなら、やっぱり歌歩さんと楽しみたい。
「せっかくだから、歌歩さんもやりませんか?」
「うーん…うまく出来ないかもだけど、いい?」
「もちろんっス!そもそも俺だって、あんまり、うまくないっスから……」
なんか、自分で言ってて空しくなってきた。深海先輩くらい…とまでは言わないが、その半分くらいの腕前があれば、歌歩さんにかっこつけられたんだけどな。
「じゃあ、わたしもやる。南雲くんと一緒なら、なんか出来そうな気がする」
「まじっスか!お、俺も、がんばるっスよ!」
「うん、がんばろうね!じゃあ早速行こう、こっちだよ!」
やっぱりいいなあ、一緒という言葉は。歌歩さんと一緒ってだけで、なんだか俺も出来そうな気がしてきた。
今日は、夢のような一日だ。ふたりきりで歌歩さんとお祭りを回れるなんて。一緒に歌歩さんの好きなもの食べて、金魚掬いして、思いっきり笑い合って……短い時間だったけど一緒に回れてよかった。これから、どれだけの年月を重ねようと。夏が来るたび、お祭りを見かけるたび、今日のことを思い出すのだろう。
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