この気持ちが行き着く先は
いつもより少し早い部活帰り。ひとりで廊下を歩いていたら、明かりが点いている教室を発見。人の気配しないし消し忘れかと思って覗いてみたら、人がいる。しかも、そこにいた人物に驚いた。まさかこんなところで逢えるなんて。
「歌歩さん!」
自覚できるほどに弾んだ声が出た。急に声を掛けられて歌歩さんはちょっと驚いてる様子だったけど、俺だとわかったらすぐに笑顔を見せてくれた。更には俺が入っていいか尋ねる前においでと手招きまでしてくれた。つられるままに教室に入り、歌歩さんが座っている席の前の椅子を拝借。誰のものかわからないけど、まあいっか。
「お邪魔するっス」
「どうぞどうぞー。部活帰り?」
「うっス!歌歩さんは、なにしてるんスか?」
「えっとね、グッズのデザイン考えてた」
「全部のユニットの?うわあ、大変っスね…」
「うん。でも、やりがいあるよ。自分が考えたものがそのまま商品化されて、実体化すると凄く感動する」
そう言った歌歩さんは本当に充実そうな笑顔。頑張りが報われる瞬間は、誰だって嬉しい。仕事の内容は違ってもその気持ちはわかる。
「ちょっとだけ見てもいいっスか?」
「ここだけの秘密にしてくれるなら、いいよ」
俺と歌歩さんの秘密…か。大した内容じゃないのに、なんだろう…言葉の響きが、破壊力が凄い……って、なに考えてるんだ俺。せっかくの歌歩さんのご厚意を無駄にするつもりか。
気を取り直してスケッチブックを拝見する。そこに描かれていたのは、それぞれのユニットの特徴を捉えた、可愛くて個性的なシリコンバンドとマフラータオル、Tシャツ。どれも王道だけど人気が高く、安定した売り上げが見込める品だ。
「どれも可愛いっスね!」
「ありがと。あとは一定額以上購入してくれたお客さんにはショッパーつけたりとかも考えてるんだ」
「うんうん。いいっスね」
「ただ、ショッパーに関しては、まだ全くデザイン考えてないんだけどね」
「これからやればいいんスよ。…あ、もちろん期限とか締切とかは守らなきゃ、っスけどね」
「ね。じっくり考えたいけど、そうもいかないからさ」
デザインを見ながら歌歩さんのお話に相槌を打つ。話からも絵からも、ひとつずつ丁寧に考えられているのが伝わる。もっと話を聞きたいと思ったけど、気付いたらスケッチブックを捲る音しかしなくなってる。歌歩さんが黙ってしまった。…俺、なんかまずいこと言った?やらかした?なんか地雷踏んだ?思い当たる節はないけど…やばい、なんか冷や汗でてきた。
「えっと、あの、歌歩さん…?」
「……南雲くん、質問があるの」
「え!は、はい!なんでしょう!」
「遠慮とかお世辞とか無しで、正直に答えて。南雲くん、この中でいちばんお金出して買おうって思うのはどれ?」
男性目線の意見が欲しいな。そう歌歩さんは付け加えた。俺が偉そうに意見を言うのもおこがましいと思うけど、目の前の歌歩さんは真剣そのもの。もしかしてさっき、このことを切り出すかどうか考えて黙っていたのかな。…俺なんかの意見で、歌歩さんの参考になるのなら。
「俺なら、普段から使えるTシャツかマフラータオルがいいっスね。片方だけ買うとするなら…迷うけどタオルかな。柄は、紅月って言いたいとこっスけど、やっぱり流星隊で」
「主観入ってない?」
「俺の場合は入れるなってのが難しいっスよ。でも紅月や流星隊は男でも全然気にしないで持てる柄だとは思うっス」
「そっか……うん、そっかあ!」
俺の意見に、心なしか歌歩さんは嬉しそうに何度も頷いた。そんな大層なこと言ってないと思うけど。なにかが歌歩さんにとって満足する発言だったのだろう。
「正直に答えてって言って、ほんとに正直に答えてくれたの南雲くんだけだよ」
「え、あ、すんません!気の利いたこと言えなくて!」
「ううん。凄く嬉しい。みんなお世辞ばっかりでうんざりしてたの。全部いいよとか、どれも欲しいとか。そういうのが聞きたかったわけじゃないのに。良いものは良い、だめなものはだめ。みんなの正直な意見が欲しかったのにさ」
「それだけ歌歩さんのセンスがいいってことっスよ!それに俺は主観的な意見になっちゃってるし!」
「確かに聞こえはいいかもしれないけど、わたしが欲しかったのは南雲くんがくれたような純粋な意見。主観でも、今のは南雲くんの意見でしょ?だから、いいの」
「え、えっと…とにかく、歌歩さんに喜んでもらえたなら、よかったっス!」
ほんとに喜んでくれてる様子の歌歩さん。あんな意見でも力になれたのなら、馬鹿正直で良かったと心から思った。……この雰囲気なら、今なら、言えるかもしれない。
「…あ、あのっ!」
「はい」
「俺も、歌歩さんにお尋ねしたいんスけど!」
「なあに?」
この間、告白してきたっていう相手は誰ですか。他に好きなひとがいるからって断ったそうだけど、本当ですか。本当ならその相手は誰ですか。訊きたいことは山のようにあるのに。本人を目の前にして口にするにはどれも勇気が要る。
「やっぱ、なんでも、ないっス…」
そして悩んだ結果、なにも言えないで終わる。だって、それ訊いてどうするんだってかんじだし、そもそも俺にそんなこと訊く権利なんてない。……なんて、言い訳ばかりでチキンで女々しいところはどうも変われない。男の中の男とは正反対だ。
「南雲くん」
「はい!」
「わたしが答えられることなら、なんでも話すから。いつでも、なんでもきいてね。レッスンのことでも、それ以外でも」
俺の言いたいことなど知るよしもないだろう歌歩さんは、それとなく言いやすい空気を作ってくれる。なんて優しいんだ。その気遣いが嬉しいし有難い。それでもまだ言えない弱気でビビりな俺だけど。じゃあ…せめて。これくらいなら、伝えられるかな。
「あ、あの!」
「はい」
「これ、あくまで俺個人の独断と我儘なんスけど!」
「うん」
「その…歌歩さんに、流星隊のレッスン、見てほしいんス!」
「…あんずちゃんじゃなくていいの?」
「歌歩さんが、いいっス!」
少しでも多くの時間、俺を見て欲しい。どこにも行かず、他のひとを見たりしないで。ただ貴女と、同じ空間に居たい。そんな我儘しか詰まってない頼み事だ。歌歩さんはきっと気付いてない。今はそれでいい。ユニットごと巻き込んでしまおうという俺の狡くて浅はかな企みには、どうかまだ気付かないで。
「わかった。でもわたしの一存じゃ決められないから、守沢先輩と前向きに相談してみる」
「よ、よろしくっス!」
勝手極まりない俺の提案に、嫌な顔ひとつしないで頷いてくれた。歌歩さんはもう、これだから。しかも前向きに相談ってことは…歌歩さんとしては引き受けてくれるつもりなんだろうな。隊長は断る理由ないだろうけど………いい方向に決まってくれたら、いいな。
そして、歌歩さんと隊長が相談した結果、歌歩さんは暫く俺たち流星隊を優先すると約束してくれたという報告にひとり狂喜乱舞することになるのは、そう遠くない、数日後のお話。
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