手段なんて問いません





「南雲くん」

「姉御!ちーっす!」


今日は珍しいことに、一年の廊下で姉御の声がした。わざわざ出向いてくれたのかな?呼びつけてくれればどこへでも伺うのに。…でも気のせいかな、姉御から呼ばれるのが久しぶりな気がする。いつもは俺から用事ないかって押し掛けてたもんな。


「ちょっと、おつかい頼まれてくれるかな」

「お安いご用っス」

「これ、ひなたくんに渡してほしいんだ。同じクラスだよね」

「うっす。ひなたくんっスね。了解っスよ」


レッスンメニューが書かれていると思われるノートと、なんか校外イベントのチラシを数枚手渡された。ライブできるところ捜してるのかな。ひなたくんも頑張ってるんだな。一年生でリーダーなんてきっと大変だろう。


「なんか、新鮮っスね」

「新鮮?」

「姉御からおつかい頼まれるなんて。珍しいなあって」

「確かに。いつも逆だものね」

「あ、嫌だとか、決してそんなんじゃないっスよ!珍しいなって、ただそれだけで!」

「わかってるよ」


俺の失言を深く捉えないで、笑って流してくれる。さすが姉御だ、器が大きい。姉御も、尊敬できるお方のひとりだ。


「最近どう?」

「ユニット活動も部活も楽しいっスよ。ちょっと腕が筋肉痛っスけど…これも勲章みたいなもんっスよね!」

「いやいや、そうじゃなくて」

「え?じゃあ、どういうことっスか?」

「歌歩ちゃん」


なにを今更、といった雰囲気で、さも当たり前のように姉御は問い掛けた。突然出た歌歩さんの名前に、自分でも驚くほど狼狽えた。


「え、いや、ちょっ、……ど、どう、というのは…?」

「もう面倒だから単刀直入に言う。進展あった?」

「いや、あの、ま、まあ…普通、っスよ…」

「はっきりしない物言いだねえ」

「…姉御、全部ご存知っスよね」

「南雲くん見てれば。いいことあったかな、とか、今日は話せてないのかな、とか、その程度だけどね」


うーん、お見通しってことか…さすが姉御。ここまでバレているなら、話してもいいのかな。いつも協力してくれてるし報告しておくのが筋かな。…なんて、俺が話聞いてもらいたいだけなんだけど。


「ちょっと、前なんスけど」

「うん」

「歌歩さんと、ふたりで話したっス。歌歩さんが考えてた物販のスケッチ見せてもらって、意見訊かれたから正直に答えて、そしたらすげえ喜んでくれて…」

「よかったね」

「それで俺も調子に乗って、流星隊を贔屓してって我儘言ったら、次の日には隊長と話し合いしてくれたみたいで…暫く、優先順位のいちばん上にしてくれるって…」


あのときのことを思い出して、なんだか急に恥ずかしくなって顔を手で覆いながら俯いた。だってあんな我儘、すぐに行動にうつしてくれるとは思わなかった。だから隊長からこのことを聞かされたときはすげえ嬉しかった。そんな腑抜けた俺に姉御は「それ、誰にも言っちゃだめだよ」と釘を刺した。勿論俺も言うつもりはないけど。ついポロッと言わないように気を付けなきゃ。


「あの、姉御」

「ん?」

「…姉御にこんなこと訊くのは卑怯だと思うんスけど」

「うん」

「歌歩さんが告られたって話、ご存知ですか」

「結構前だね。まあ、一応知ってるよ」

「詳しく聞いても、いいっスか」

「…うん。確かに卑怯だわ」

「ですよね…」


本人に確かめないで、こそこそと嗅ぎ回る。自分でもすげえコスいことしてんなと思う。でもどうか多目に見てほしい。まだ絶望的じゃないと、僅かでもいいから俺にも希望があると思い込みたいんだ。


「そうは言っても全部は知らないよ。歌歩ちゃん本人から聞いたわけじゃないし、噂レベルの知識しかない」

「それでも、聞かせてほしいっス」

「…約束して。他言無用ね」


頷くと、人通りが少ない廊下まで案内された。確かに、誰かに聞かれてあまりいい話じゃないもんな。でもそんな話をしてくれるってことは、姉御も少しは俺を応援してくれてるのかな。なんて自惚れかな。


「結論から言えば、歌歩ちゃんは断ってたよ」

「他に好きなひとがいるから、ですよね?」

「そう。まあ、それ知っていれば探り入れたくなるよね」

「姉御、なにかご存知ないっスか?」

「歌歩ちゃんの好きなひとについては、全く」

「そうっスか…」

「でも、歌歩ちゃんに告ったひとについてなら、知ってる」

「まじっスか!」

「でも、そんなこと知りたい?」

「敵情視察っス」

「片方は振られてるんだから敵ではないんじゃないの」


姉御の話によると、相手は姉御や歌歩さんたちの隣のクラスで、新しく結成されたユニットのひとりだった。話をよくよく聞いていくと、歌歩さんが夏休み中、殆ど毎日一緒にいて面倒を見ていたユニットだということも判明した。概ね、ほぼ毎日一緒にいて、歌歩さんの人柄にやられたのだろう。驚く程に優しいもんな、歌歩さん。好きになる気持ちはわかる。でも……やばいな、すげえ嫉妬してる。


「その男子、振られたと思われる次の日、わざわざうちの教室まで来てさ。一晩考えたけど、やっぱり諦められない。振り向いてもらえるように頑張るって、うちのクラスで堂々と宣言してた」

「…そっスか」

「でも歌歩ちゃんの返しも秀逸で。『ここまでしてくれて申し訳ないけど、なにをされても振り向かない。きっぱり諦めて』って」

「……歌歩さんが、そんなこと…?」

「あまりにも、はっきり言うもんだから。相手の男子には失礼だけど一周回って面白くて。それに歌歩ちゃんも、あそこまで言うからすごく格好よかった」


そんなに、心変わりしないと断言するなんて。その男子のことがよっぽど嫌いなのか、或いは…その想い人のことが、よっぽど好きなのか。希望は前者だけど……きっと、後者なんだろう。じゃなければ自分のことを好いてるひとに対して、そこまではっきりした物言いしないと思う。だって今の俺がそうだから。例えば告白されたとしても、今の俺ならはっきり断る。それくらい歌歩さんのことが好きだから。


「そういうわけで、歌歩ちゃんは大丈夫だと思うけど。相手がどこまで動くかってところまでは流石にわからない」

「なるほど…わかったっス!」

「もうさ、そんなに好きなら言えばいいのに」

「いや、その、まあ…頭では、わかってるんスけどね…」

「どうせだめだって思うなら言った方がいいよ。ちゃんと伝えて振られるのと、言わないで失恋したときのダメージは比じゃないと思う」

「振られる前提で話進めるのやめてもらっていいっスか…?」

「告白できないってことは、そういうことなのかなって」

「いや、まあ、間違っちゃいないっスけど…」


そうだ。自信がないから伝えられないんだ。自信があるならとっくに伝えている。姉御にもお見通しだったんだな、俺がチキっていたことなんて。そりゃあ、いつか言わなきゃいけないことだと俺もよくわかっている。それでも言えないんだからどうしようもない。


「まあとにかく、がんばって。協力している身としては、うまくいってほしいって思ってるよ」

「あ、あざっす!がんばるっす!」


翠くんと仙石くんもそうしてくれてるけど、やっぱり誰かにこうして応援してもらえるのは嬉しい。無謀だよ、諦めなよって言われることほど淋しいものはないから。姉御がそんなこと言うひとじゃないのは知ってるけど、それでも嬉しいものは嬉しい。




そして、このときの俺は、姉御と話すことに夢中で全く気付いてなかった。遠くから俺たちの様子を見ていた視線があったことに。



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