臆病者にエールを





歌歩さんが流星隊のレッスンを優先的に見てくれるようになって、どれくらい経っただろうか。歌歩さんが来てくれるようになってから、レッスンの時間があっという間に過ぎていくように感じていた。どんだけ都合よく作られてるんだろう、俺の頭は。

今日は流星隊に一日ついてくれるけど、もちろん普段は他のユニットからの依頼だって当然のように入る。でも歌歩さんは、どんなに僅かな時間でも流星隊が活動しているときは必ず顔を出してくれる。ギリギリまで使える時間をめいっぱい俺たちに充ててくれて、練習メニューの提案、歌やダンスについての意見とアドバイス、いろんなものをくれる。目に見えない沢山のものを、俺たちにくれる。

俺も、歌歩さんの期待に応えたい。歌歩さんの前で格好悪いところなんて見せたくない。もっと格好いいところを見てほしい。アイドルとして良くない動機だろうけど、そう思いながら練習に励むようになってから物覚えが良くなった気がする。振り付けの間違いも少なくなったし、周りを見ることも少しずつ出来るようになった。少しずつだけど、自分に出来ることが増えてきた。成長できてるなあ、なんて自画自賛してみたり。


「…よし!今日のレッスンはここまでにしよう!みんな、今日もよくがんばったな!」


隊長の号令で、今日の練習はお開き。今日もなかなかしんどかった…俺たちがだいぶ馴染んできたのを計算しているのか練習がどんどんハードになる。歌歩さんも、よくこれだけのメニューを考えるなあ……それだけ期待されてるってことなら嬉しいけど。


「皆さん、お疲れ様です」

「歌歩もお疲れ様。今日も…というか、いつもありがとな」

「とんでもないです。流星隊さんのレッスン、わたしも楽しみにさせていただいてます」

「申し訳ないくらいに優遇してくれてるもんな。練習メニューも、どれも身になるものばかりだ」

「はい。がんばって考えました」

「俺たちのこと、よく見てくれてるんだな。本当にありがとう。光栄だ」


さすが隊長。ナチュラルに褒めている。三年生の貫禄。比べて俺はああいった気の利いたことひとつ言えないもんなあ……年の功というやつかな。俺はあとどれくらいすれば、あんなふうに褒めるような言葉を嫌味なく言えるのだろう。

…結局、あれから歌歩さんの好きなひとに関しての情報は全く掴めてないし。まさか、隊長…じゃないよな。歌歩さん褒められて嬉しそうだけど、基本的にいつもにこにこしてる。隊長も、誰に対してもあんな感じだ。ふたりの間に特別な感情はないんだろうけど…まあこれは俺の希望でもあるんだけど、とにかくああいうの見せられると結構堪えるな。


「はあ………」

「……ん……南雲くんっ」

「…え、あ、はいっ!?」

「なんか、ぼーっとしてる?…大丈夫?疲れてる?」

「いえ、大丈夫っス!ちょっと、考え事をしてただけなので」

「それならいいけど……ごめん南雲くん、少しお時間もらえるかな」

「はい!いいっスよ!」


急なことで声が上擦った。ユニット練習のときに、指導以外で歌歩さんが俺単体を呼ぶことは滅多にない。大抵の相談事は隊長か深海先輩にしかしないのに。それなのにわざわざ俺だけ引っ張って話とは…なんだろう。どこか、悪いところがあったかな。叱られるならまだいいけど。失望させたり、してないかな…?


「あの、もしかして俺、どこか至らない部分ありました…?」

「ううん。今日のところは、深海先輩に言われたところ以外は問題なし。南雲くん、最近すごく上達してる」

「あ、ありがとうございます…!」

「うん!その調子だよ!……あ、ごめんね、脱線しちゃったね。えっと、この資料なんだけど、明日で構わないからあんずちゃんに届けてほしいの」

「別に構わないっスけど…歌歩さん、明日なんか用事でもあるんスか?」

「そういうわけじゃないんだけど、南雲くんに頼もうかなって」

「俺は全然、いいっスよ」

「うん。…これで明日もあんずちゃんに逢いに行けるよ」


資料を差し出した歌歩さんは、なにかを小声で付け足した。………ん?あんずの姉御に?なんで?俺がわざわざ行く必要性があるのか?いや全然行ってもいいんだけど。行けば行くほど恩恵は受けられるから、俺にとっては得しかないんだけどさ。でもなんで俺?得意気な表情をしている歌歩さんの意図がわからない。


「えっと、あの、なんで姉御に…?」

「明日もうちのクラス来るのには、なにか口実があったほうがいいんじゃないかなって思ったんだけど」


口実?口実とは、なんだ?余計にわけがわからなくなってきた。どうして歌歩さんがそんなことを気にする必要があるのだろうか…………いや、ちょっと待てよ。なんか、嫌な予感がする。これは、もしかして…もしかしなくても……


「……あれ?もしかしてわたし、余計なお節介しちゃってる?」


無言になった俺に、歌歩さんは複雑そうな顔で問い掛ける。しかし俺の心境の方が100倍は複雑だ。だってお節介どころではない。盛大に勘違いされているのだから。

歌歩さんが差し出しているのはどこかのユニットのレッスンメニューの資料のようだ。要はこれを持って、明日も姉御に逢いに行けということだろう。手を出すか否か、自分の中で葛藤が勢いよく渦巻く。確かにこれを引き受ければ明日も姉御のところ、つまり歌歩さんのところに堂々と行ける。だけど今俺が直面してるのはそういう次元の話じゃない。俺の好きなひとは、俺が姉御を好きだと思い込んでいて、現に橋渡し的な役割を買って出ている。なんでこんなカオスな状況になってるの。

それにしても歌歩さん、なんで急にこんなことを。今までこんなことなかったのに。…足りない頭で考えてみると、ひとつの疑惑が生まれる。もしかして、この間の姉御と話し込んでいるところを見られたのか。あのときの話の内容は九割が歌歩さんのこと。しかし話を聞かれず、その現場だけ見られていたとしたら。あんな校舎の隅っこで人目を気にしながら内緒話をしているところを見られていたとしたら勘違いされても仕方ない。この状況にも合点がいく。つまり、こうなったのは自業自得。歌歩さんに気持ちを伝えるどころか疑問ひとつ正直にぶつけられない俺の責任。全部、なにも言えない臆病者の俺が悪い。わかってる。頭では、わかってるんだ。…でも、だからってこのまま勘違いされたままでいいわけがない。だって、俺は……!


「……違うっスよ」

「南雲くん…?」

「おっ、俺が、好きなのは、歌歩さんです!!!」

「………へっ!!?」


歌歩さんのすっとんきょうな声が辺りに響く。こんな声でも透き通った綺麗な声なんだなあ、なんて悠長なことを思った。歌歩さんも歌歩さんで状況が全く飲み込めてない様子。だけど構うもんか。変に誤解されるくらいなら、もうここで全部言ってしまえ。


「毎日、おつかいがあるふりして、いつも歌歩さんに逢いに行ってたんス。なにもなくても…例えば姉御とか、歌歩さんに近い方への用事、無理矢理つくって…だから毎日行ってたのは全部、他でもない歌歩さんに逢いたかったからで!だから…!」

「な、南雲くん!ごめん、ち、ちょっと、待った!」


慌てて制止する歌歩さんは、顔が真っ赤。そんな歌歩さんを見て急に我に返る。そうだ、ここはまだレッスン室で、隊長も深海先輩も翠くんも仙石くんも、みんな残っている。みんなの目があるどころか全部聞かれていたわけで、俺たちは今ものすごく注目を浴びている。全部俺のせいなんだけど。


「す、すす、すんません!俺…っ」


歌歩さんのことを考えずに、ひとりで突っ走って、ましてこんなムードもクソもない告白とかクソだっせえ!こんなの、男の中の男とか、そんな欠片もない。………でも、ここで逃げてどうする。例えば後日に仕切り直しにしたとして、それでどうする。もし今日このままなあなあにしたら、明日から気まずくなるのはわかってる。そしたら今までみたいに逢いに行けなくなるのかな。そっちの方が嫌だ。だったらもう引き下がらない。どうせ退路なんて無いに等しいものだ。当たって砕けろ。いや砕けたくないけど。


「…この際だから、このまま言わせてください。確かに、ひとりで焦って、とち狂ったこと言いましたけど…でも、嘘は言ってないっス」


話を続ける俺に、歌歩さんはなにも言わずにゆっくり頷いて、俺の言葉に耳を傾けてくれている。戸惑いながらも俺の目をちゃんと見てくれる。突拍子のないこんな告白でも、真正面から受け止めてくれようとしている。こんなときでも誠実で真面目。


「ずっと毎日お邪魔して、俺相当鬱陶しかったと思います。でも、それなのに歌歩さん、いつも笑って迎えてくれるから…それが凄く嬉しくて、もっと歌歩さんに逢いたくなった。どこに居ても歌歩さんのこと考えちゃうし、歌歩さんの姿がないか捜しちゃうし…」


自分でも驚いてる。一目惚れして、その瞬間勝手に歌歩さんの人物像を自分のなかで描いた。その後どんな面を見ても、想像とどれだけ違う部分を知っても気持ちが揺らぐことはなかった。それどころか、そのたびに好きだなって思ってた。


「なんでもない世間話できるだけで嬉しかった。歌歩さんに逢えなかったり、歌歩さんが誰かと話してるの見ると、お仕事だから仕方ないってわかってても辛かった。嫉妬、してたんスね。…こんなに自分の気持ちが解らなくなること、はじめてで…」


ただ、好きなんです。はじめて逢ったときから、歌歩さんのことが。どうしていいかわからなくなるくらい。ここまで拗らせるくらい、貴女のことが、好きです。ずっと好きで、大好きで仕方なかった。こんな形の成り行きな告白になっちゃったけど、俺が本気だってことだけでも、どうか伝わって。


「なんか、全然上手く言えなくて申し訳ないんスけど…改めて言わせてください。歌歩さんのことが、大好きです。まだまだ未熟な俺ですけど、歌歩さんを好きって気持ちだけは、誰にも負けるつもりはないっス。だから、よ、よろしければ!俺と、その…っ、お付き合い、してください!」

「は、い…っ!」

「いや、わかってたんスよ!まだ全然俺なんか男の中の男には程遠いですし!こんなまだちんちくりんの俺なんか絶対相手にされないって…………え」


歌歩さんの一言が時間差で脳に届いた。聞き間違いじゃなければ、いま、歌歩さん………


「えっと、その……わ、わたしで良ければ、…喜んで!」


目と耳を疑った。歌歩さんは耳まで真っ赤になりながら、目をぎゅっと瞑って「喜んで」と言った。うそ。え、まじで?本当に…?本当に、俺でいいの?そう確認しようとした瞬間、四方八方からの衝撃が全身を襲う。今まで動向を静かに見守ってくれてたから存在を忘れかけてたが、みんな居たんだった。


「やったな南雲!よく言った!真っ直ぐで、素晴らしい告白だった!格好よかったぞ!」

「ふふ。おめでとうございます、てとら。とっても、すてきでしたよ」

「やったでござるな鉄虎くん!拙者も、まるで自分のことのように嬉しいでござるよー!」

「鉄虎くん、ずっとがんばってたもんね。俺も嬉しい。よかったね」


突然の告白だったにもかかわらず、みんな、こんなに祝福してくれるなんて。普段は暑苦しくて絶対に受け入れたくない隊長のハグも、今は本当に有り難くて嬉しい。他のみんなも最後まで見守ってくれていた。普段は変わったひとたちだと思うけど、みんな根は優しくてこんなにもあったかい。俺は流星隊に入れてもらえてよかったって心から思う。


「みんな…あ、ありがとうっス…!」


泣きそうになりながら、ひとりひとりにお礼を述べる。その最中、ふと、歌歩さんと目が合った。今まではふんわり優しい笑顔だった。それだけでも充分だったけど。今は、少し照れたように顔を赤くして、でも目を細めて笑っていた。あれは、はじめて見る顔だ。あんな幸せそうに笑ってくれるんだ。これから歌歩さんのいろんな表情を見ることができるのかな。それを独り占めできるのかな。だとしたら俺は、死ぬまで世界一の贅沢者だって断言しよう。



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