物語は終わらない
俺の前代未聞のハプニング告白が奇跡の成功を収めた。みんなが祝福してくれて、隊長の提案で流星隊の活動費で焼肉を食べに行くことになった。勿論歌歩さんも一緒に。魚介類好きの深海先輩も、普段は面倒くさがって食べようとしない翠くんも「今日はめでたいから特別」と一緒に食べてくれた。お祝いされるのって、いいもんだなと改めて思った。しかもみんなが気を利かせてくれて歌歩さんとは隣になれた。最初はめちゃくちゃ緊張したが、ことあるごとに俺の方を見ながら「おいしいね」と話しかけてくれるのが嬉しくて、たまらなくて、ただただ幸せだった。
ごはんを食べ終わったあとは、メンバーの後押しもあって、お宅まで送り届ける申し出も出来た。歌歩さんは俺が遠回りになるのではないかと戸惑っていたけど、大丈夫だと告げれば了承してくれて。そんなわけでめでたく、か、彼氏として、初仕事というわけだ。
並んで歩くのは流星祭以来かな。でも、あのときとは全てが違う。歌歩さんは俺より歳はひとつ上だけど、身長は俺より小さい。歩幅も俺が歌歩さんに合わせるかたちになる。…なんか、いいなあ。こういうの。
「あ、あの、歌歩さん」
「はい」
「これからは、時間が合えば一緒に帰ったりとか、していいっスか?」
「うん!いいね、一緒に帰ろう!」
二つ返事で快諾してくれた。しかも眩しい笑顔つきで。これからこの笑顔も、歌歩さんの時間も、俺が独占できるのかな。どうしよう、今の俺絶対に地球上でいちばん幸せな人間だ。
「南雲くんって、門限とか、この時間までに帰っておきたいとか、そういうのある?」
「特には無いっス。普段からレッスンで遅くなることありますし、連絡さえしておけば割と寛容っスね」
「そっか。…なんにも予定ない日は、寄り道とか買い物とか、買い食いとか、いろいろ一緒に行けたらいいなって思ってるんだけど…どうかな」
「勿論っス!俺で良ければ、いつでも何処でもお供するっスよ!」
「…嬉しい。ありがと南雲くん」
そう言って歌歩さんは優しく笑ってくれる。今までより心なしかやわらかい、ふんわりした笑顔に、きゅうーんって胸が締め付けられる。ちくしょう可愛い。でも…違うよ歌歩さん。嬉しいもありがとうも、全部俺の台詞だよ。まだ半人前の、こんな俺を選んでくれて。俺は本当に嬉しいんだよ。…あれ、そういえば、歌歩さん……
「…歌歩さん」
「なあに?」
「その…どうして、OKしてくれたんスか…?」
こんなこと聞くなんて我ながら相当女々しいと思う。でも知りたい。歌歩さんの相手は本当に俺でいいのか。だって歌歩さんは、こんなに魅力的で素敵で…到底俺なんかじゃ釣り合わない。
「簡単な答えで申し訳ないんだけど…わたしも、南雲くんのこと、好きなの」
予想してない回答だった。俺を、好きでいてくれた?そんなまさか。だって、歌歩さんは、俺が姉御を好きだって思ってたわけで、だから俺の背中を押すようなことを…そもそも、歌歩さんには好きなひとがいるのではなかったのか。あれはまさかフェイク?それとも、俺のことを………だめだ。同じ気持ちだったことが発覚して嬉しいはずなのに、その喜びを越える驚きと疑問が脳内を占める。ええいっ、ここまで来たらもういっそ全部ぶつけてしまえ。
「でも、歌歩さんは…俺は姉御のこと好きだって思ってたんスよね」
「うん。……今だから言えるけど、結構ひとりで悩んでたよ。誰にも相談できなくて苦しかった。でも、たくさん考えて悩んで、それでもわたしは南雲くんのことを好きだから、だったら南雲くんを応援しようって決めた」
南雲くんが幸せになるなら、それがいちばんいいって思った。歌歩さんは穏やかな口調でそう言った。ちょっと的外れではあったものの、俺のことを本当に大切に想ってくれていたようだ。
「でもまさか、相手がわたしだとは思わなかった」
「そ、そうっスか?」
「うん。…でもみんな知ってたんだね」
「あれは、俺も驚きました…」
焼肉パーティの最中の出来事。唐突に隊長が「南雲の想いが報われてよかった。ずっとみんなで見守ってたんだぞ」とサラリと爆弾発言した。みんなって、どういうこと。なんで隊長が知ってるんだ。歌歩さんへの気持ちは翠くんと仙石くんとあんずの姉御にしか報告してない。みんな言いふらすようなひとじゃないのに、どうして……と思った矢先、深海先輩までもが「てとら、とーっても、わかりやすかったですよ〜」なんて言うものだからフリーズ不可避。どうやら俺の態度は凄くわかりやすかったようで周囲にはダダ洩れだったらしい。更には流星隊だけでなくアイドル科の人間には殆どバレていたというとんでもない事実も飛び出した。
「……で、唯一奇跡的に気付いてなかったのが歌歩さん…一周回っておかしくなっちゃいましたね」
「ね。それもそうだけど…当事者じゃないみんなが感付くくらい、南雲くん、がんばってくれてたんだよね。…気付けなくて、ごめんなさい」
「え、ちょ、歌歩さん!?いえ、そんな、なんも謝ることじゃ、ないっスよ!」
「だって…」
「いいんスよ!俺も気付かれてたことに気付いてなかったですし!だから、あいこです」
「…本当?鈍感すぎて愛想尽かしてない?」
「それは絶対ないって、お約束します!」
「…よかった」
少しだけ下を向いて顔を緩めた歌歩さん。ほっとしてる、といった表情か。ていうかそのくらいで愛想尽かすとか有り得ない。そもそもそんな生半可な覚悟で告白なんてしない。…とはいえ告白なんて人生初だから、なにが一般論でなにが正解なのかわかんないけど。でもこれだけは言える。場当たり的な勢い任せだったけど、後悔は一切してない。そう思えるのは、きっと報われたからだろう。
「かくいう俺も、歌歩さんに好かれてるとは思ってなかったっス」
「そりゃあ、めっちゃ必死に隠してたからね」
「ですよね。だから絶対、俺じゃない誰かだろうなって…」
「……ん?どういうこと?」
「…あ!えーっと…少し前なんスけど、歌歩さん、アイドル科に好きなひとがいるって、風の噂で聞きまして」
危ない、墓穴を掘りかけた。怪しまれない程度に詳細は濁しながら伝えると歌歩さんは「あー…なるほどね」と溜め息混じりに頭を掻いて、少し気まずそうに同級生から告白されたこと、はっきり断る為に好きなひとの存在を明かしたと正直に話してくれた。
「引き下がってもらう為にも、ある程度は本当のこと話した。でも思った以上にしつこくて…わたしもちょっと、大人げない対応しちゃってさ」
「歌歩さんは悪くないっス!そいつが男らしくなかっただけの話っスよ」
「ふふ、味方してくれるのね、ありがと。でも、あの会話流れてたんだ……全然知らなかった」
流れてたというより、仙石くんがたまたま立ち聞きしたのを教えてもらっただけなんだけど…これは言わない方がいいかも。俺だけじゃなく仙石くんまで巻き添えにしかねない。それだけは避けたい。…なんて、いい子ぶってるけど、俺が単に嫌われたくないだけ。
「あの、歌歩さん。その好きなひとって、もしかして、俺だったりします…?」
「…する」
恥ずかしそうに笑って頷いた歌歩さん。あの頃には既に好きになってもらえてたんだ。照れくささと嬉しさが混ざってなんとも言えない気持ちになる。でも、幸せ。泣きそうになるくらい、幸せだ。
「寧ろ、あれがきっかけ」
「あれ?」
「あの日呼び出されて、そのひとに告白されて……そのとき思っちゃったの。これが南雲くんだったらよかったのに、って」
「え…」
「無意識でそんなこと思って、ようやく気付いた。南雲くんから好きって言われたいくらい、南雲くんのことが好きなんだって」
歌歩さんが同級生に告白されたと聞いたときは本当に絶望で死ぬかと思ったけど、今は別の意味で死にそう。いいのかな、俺なんかが、こんなに幸せで。好きなひとに好きでいてもらえるって、こんなに嬉しいことなんだ。
「…なんか恥ずかしい。こういう話」
「すんません。…でも、すげえ嬉しいっス」
「そ、そっか。……ね、南雲くん。唐突なこと訊いていいかな」
「なんでもどうぞ」
「最初に逢ったときのこと、憶えてる?」
「…はい」
そりゃそうだ。なんてったって俺は、一目惚れだったんだ。はじめて歌歩さんを見たとき、本当に息をすることを忘れた。頭を鈍器で殴られたようとか、雷に打たれたようとか、一目惚れを形容する言葉はいろいろあるけれど。そのどれもが表現するには足りないと思った。
「わたしもよく憶えてる。実はあの日、ひとりでアイドル科の校舎ふらつくの、はじめてだったんだ。南雲くんがあのとき荷物預かりますって申し出てくれなかったら、わたしはあのあとも鬼龍先輩を捜してずっとひとりで歩き回っていたかもしれない。それを救ってくれたのが南雲くんだった。あのときから南雲くんはわたしの唯一無二のヒーローなんだよ」
あのときはまだ流星隊に入って日も浅かった。ヒーローになんて全然近くない、半人前にすらなれていなかった時期のことなのに。それでも歌歩さんは俺のことをそんなふうに見てくれていたなんて。
「そんなことがあったから、南雲くんのことはすぐ認識できた。だからかな、なんとなく目で追うようになっちゃって。よく見ているうちに、部活にもレッスンにも一生懸命で、目標を立ててそこに向かって一直線な姿が、いいなあって思ってた」
「……なんか、照れますね」
「でも南雲くんの印象はずっと良かったんだ。毎日あんずちゃんのところにおつかいに来て、ついでと言えどちゃんとわたしにも必ず挨拶してくれて。なんて偉い子なんだろうって」
「…お目当ては最初から歌歩さんだったんスけどね」
「そうなの?」
「そうっスよ!あ、勿論、ちゃんと本当におつかい作ってました。だいぶ無理矢理作ったものではありましたけど……じゃないと、なんの用事もなく先輩の教室には行けないっスから」
上級生の教室にお邪魔するにはなんでもいいから口実が必要だった。チキンな俺は、ただ顔が見たいから、なんて理由では行けなかった。本当は歌歩さんに逢いたい一心だった。決して褒められるようなことはなにひとつしていない。動機はただの下心。
「じゃあ明日からは、わたしが行ってもいい?」
「え!?」
「わたしが一年生の教室に行くのはそんなハードル高くないと思うの。あまり大したことじゃないけど、南雲くんが今までがんばってくれてたみたいだし、そのお返し」
「いえ、そんなの、気にしないでください!俺がそうしたかっただけですし!貸しだなんて思っていないっスから」
「…もしかして、迷惑?」
「そんなんじゃないっスよ!嬉しいに決まってます!でも……出来れば今まで通り、俺から行かせてください」
俺と歌歩さんはもう、ただの先輩と後輩ではない。今までの他人行儀でありきたりな関係じゃない。そう思っても、いいですか。
「明日からは、理由なく逢いに行っていいっスか」
逢いたい、顔が見たい、声が聞きたい。そんな単純な動機で行っても許されますか。お付き合いしてるって、俺が歌歩さんの恋人だって、堂々と言っていいですか。
「いつでも待ってる」
俺の大好きな柔らかい笑顔で、そう言ってくれた。ああもう、本当に幸せ。俺と同じくらい、歌歩さんも幸せだと思ってくれてるだろうか。…いや、違うだろ。これからはより一層、俺が、がんばらなきゃいけないんだ。歌歩さんにも幸せだと思ってもらえるように。俺でよかったって思ってもらえるように。他の誰でもない俺が努力していかなきゃ。歌歩さんの為でもあり、俺の為だ。こんなのは苦労でもなんでもない。幾らでもがんばれるよ。
「歌歩さん。改めて、よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくね、南雲くん」
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