またひとつ、知らないことを知る
今日はドリフェスの中でも大規模なハロウィンパーティだ。『S1』とやらに分類されるようで、準備にも練習にも莫大な時間を費やした。楽しかったから、全然苦じゃなかったけれど。
準備までにいろいろあったが、無事にハロウィンパーティ当日を迎えられた。今回は隊長がボンクラだったせいで、とにかくいろいろとまごついてしまった。…まあ、かっこつけしいの隊長の、人間味ある部分が見られたのは、よしとする。
俺たち流星隊は夜の部のライブということで、翠くんと仙石くんと一緒に校内を回りながらお客さんを楽しませたり、俺たちの宣伝したりしている。…お、このあたりは俺たちが飾り付けがんばったんだよなあ。
「それにしても大盛況っスねー!」
「うん……みんな衣装、結構拘ってるよね」
「うむ。拙者たちに負けず劣らず、といったところでござるな」
「そっスね。みんな個性的でおもしろいっス」
「でも拘りすぎて、なにがなんだか…ってのも、ときどきいるね」
「それは確かに考えものでござるな。全くわからないものは、対処に困るでござるよ…」
「うーみゅ、それは言えてるっス。……あ!あれなら俺も知ってるっスよ!確か、ふしぎの国の、アリス………」
ちょうど視界に捉えていたアリスの格好をした女の子。その子の横顔がちらっと見えた瞬間、漫画のように膝から崩れ落ちた。なんと、天使がいました。ここは天国か。
「どうしたの鉄虎くん!?」
「具合でも悪くなったでござるか!?」
「あ、いや、その…具合というか、なんというか……」
寧ろ具合はすこぶるいい。本気で心配してくれたふたりに申し訳なくなるほどに。震える手でアリスを指差すと、少しの沈黙のあと、ふたりはどこか納得したように「ああ〜…」と声を揃えた。
「……なんか、やけに完成度高いね。お客さんより凄いかも」
「一瞬誰だかわからなかったでござる。よく顔を見れば歌歩殿でござったが」
「ちょっと待ってよ…あんな格好するなんて聞いてないんだけど…もうほんとになんなの可愛すぎ…むり……」
俺の好きなひと…もとい恋人は、どうしてあんなに可愛いのか。普段からどうしようもなく可愛いけど、今日は違う雰囲気で、くそ可愛い。本当に、くっっっそ可愛い。語彙力華麗に死亡のお知らせ。
「すみませーん、そこのアリスさーん」
「翠くん!!!!??」
「こっちで具合悪くしちゃったひとがいるでござる。ヘルプでござるよー」
「仙石くんまで!!!!!」
なにを企んでいるんだ!今こんな状況の俺が、歌歩さんと逢ったらどうなるか、わかるよね!?俺にだってわかる!わざとにしても酷い!そして翠くんたちの通報を聞いて緊急事態だと思い込んだ歌歩さんは、一目散にこっちへ急いで来てくれた。
「お待たせしました!」
ちょっとの距離だけどダッシュで来てくれた反動で、歌歩さんの息が上がっている。こんな近距離でもそこまでしてくれるって、ほんと歌歩さん、いいひと。……しかしまあ近くで見るとまた一段と可愛いなちくしょう。首から下げた『STAFF』のプレートがメタいけど、それを除けばどこからどう見てもアリスだ。完成度めちゃめちゃ高い。…モデルが歌歩さんだからなんだろうけど。
「南雲くん、大丈夫?」
「いや、あの……全然、大丈夫っス。それに今のは…半分以上は歌歩さんを呼ぶ為の口実なんで」
明らかに俺たちをふたりきりにしようって魂胆だった。その証拠に、ここには既に翠くんと仙石くんの姿がない。…まあ、ふたりなりの気遣いなのだろうけど。俺も歌歩さんとふたりになれたのは、素直に嬉しい。
「…すんません、歌歩さん。少し、いいっスか」
「……うん。少しなら、大丈夫だと思う」
周囲を気にしながらこそこそ話す。取り敢えず、ひとが居なさそうなところに移動することにした。飾り付けが施されていない空き教室を、歌歩さんはマスターキーを使って開けた。職権濫用。…おこぼれもらってる俺が言えたことじゃないんだけどさ。
「…ふふ。ちょっとだけ、話そうか」
「う、うっス!」
「ハロウィンだけど、どう?お菓子もらえた?」
「まあ、ぼちぼちっスね。小さい子が親御さんと一緒に来てくれて、嬉しかったっス」
「流星隊さん、最近ほんとに子供さんに大人気だよね。家族連れに強いのは、かなりのアドバンテージだよ」
他愛ない会話だけど、それでもいい。話せることが単純に嬉しい。ハロウィンパーティの準備期間はお互い忙しくてあまり話せなかった。毎日ちょっとしたメッセージのやり取りはしていたけれど、やっぱりこうして直接話す以上のことはない。
「それで、えっと…歌歩さん、その格好……」
「待って。改めて言わないで。変なのはわかってるから」
「いや俺なにも言ってないっスよね!」
たま〜にネガるんだよなあ、歌歩さん。基本的に前向きで明るいのに。…まあ、そんなとこも可愛いんだけど。それに、そういうところはたぶん俺しか知らないんだろうし。
「俺が訊きたかったのは、純粋に、その格好どうしたんスかってことで…」
「………あんずちゃんに有無を言わさず着させられた」
開場直前、衣装を二着持って満足そうにしていた姉御に「一緒に着よう」とせがまれて断ることなんてできなかったそうだ。……なるほど。姉御が得意気に「当日をお楽しみに」と言っていたのは、そういうことだったのか。そういえば、姉御は赤ずきんの格好をしていたっけ。俺の為なのか、姉御が純粋に歌歩さんと楽しみたかっただけなのか。たぶん、後者…かなあ。
「……どうしよう」
「どしたの?」
「姉御への感謝と若干の恨みで板挟みしてるっス」
「なんで」
「いや、だから、その……」
このもやもやを、なんと言えばいいのやら。俺ですらうまく言えそうにないというのに。……いや、思ったままを言ってみてもいいのか。きっと歌歩さんなら、それでも受け止めてくれると思う。なんていうのは俺の勝手な妄想だろうか。
「…歌歩さん、その格好、よく似合ってるっス。普段は絶対見られない格好っスから。それに関しては、衣装を作ってくれて感謝してるっス。ただ…それ、べらぼうに可愛いから……他の奴に見られたのが癪だなあって」
つっかかりながらも、思ったことをそのまま口にしてみた。その結果、歌歩さんは顔を真っ赤にさせて片手で口を覆った。……そういう反応は、ずるいと思う。言った俺まで恥ずかしくなってきた。
「…まあ、変に思われてないなら、よかった」
「それは有り得ないっスよ。……それか、完全にふたりきりの空間なら、万々歳なんスけどね」
「それはそれで別の問題がありそうだよ」
まあ…確かに一理あるが。それでも今の歌歩さんを不特定多数の目に晒すよりは、ずっといい。…それにしても俺って、こんなに独占欲の塊みたいな男だったっけ。歌歩さんとお付き合いを始めてからも、自分の知らない部分を知ることが多々ある。
「あ、そうだ。ごめん南雲くん。わたし、ちょっと行きたいところがあるんだ」
「どこっスか?お供するっスよ」
「大丈夫?スケジュールは……そっか、流星隊さん、夜の部だったね」
「うっス。それで、どこへ行く予定っスか?」
「資料室に行こうと思って」
「差し支えなければ、なんの用か伺っても?」
「……うーん…」
珍しく歯切れが悪い歌歩さんが少し困った様子で差し出したのは、幾つかのメモ用紙。受け取って中身を見てみると、そこには携帯番号やメールアドレス、SNSのID…とにかく、連絡先と思われるものが書かれた紙がしこたまあった。あとひとつ、中身を見る気すら起きない手紙も含まれていた。これ500%ラブレターってやつだ。実物は、はじめて見たかも。……ていうか貰いすぎじゃないか。まあ、差出人たちの気持ちはわかる。可愛いもんな、このアリス。
「本当は差出人にお返しできたらいいんだけど、いかんせん仮装してたから顔わからなかったし、だからってこっちに名前書いてあるわけでもないし、それに外部のひとかもしれないし。でも捨てるにしたって個人情報じゃない?だから、塗り潰してシュレッダーにかけようかなって」
シュレッダーにかける。可愛いお顔に似合わない突然のパワーワードに目を丸くした。個人情報を守ろうという意志は素晴らしい。でも、だからって、シュレッダーって。
「……歌歩さん、なかなか酷なことするっスね」
「じゃあ南雲くんは、わたしがここ全部に連絡とればいいとでも言うの?」
「ご冗談を!絶対に嫌っス!」
「だから確実に破棄しに行くの。わたしだって、逆の立場だったら嫌だもん」
逆の立場…ってことは俺がもし他の女の子から連絡先をもらったら、ってことかな。それを想像して嫉妬してくれたってことか。……ちょっと、なにそれ、嬉しいじゃん。めでたい思考回路と言われても構わない。だってそう捉えても仕方ない言い方するんだから。
「まあ、理由はわかったっス。…そもそもなんで受け取っちゃったんスか」
「もらったお菓子にうまく仕込まれてた。……まあ大多数はこの格好に騙されてるだけだろうから、連絡しなかったところで問題ないよ」
「…手紙は、どうするつもりで?」
「返事しようにも差出人がわからないって理由で無視する。これで脈なしって気付いてくれればいいけど、もし痺れを切らして接触してきたら、そのとき改めて断る」
話を聞く限り、やはりあの手紙の正体はラブレターだった。でも歌歩さんは全部断る前提で行動している。手紙を読むには読んだが、あくまで内容を把握する為だけに目を通したようだ。そしてふと、さっき言ってくれた「逆の立場だったら絶対に嫌」って言葉を思い出した。……ああ、俺って、自分が思ってる以上に、歌歩さんに想われてるんだなあって、今更実感する。
「歌歩さん!」
「は、はいっ!」
「俺、今日のライブ、がんばるっス!」
「…南雲くん?」
「ステージ上の…いえ、校内の誰よりも、がんばるっス!だから…どうか俺のこと、見ててほしいっス!」
今ここで宣言したのは、俺なりの覚悟。本当は言わなくても自然に歌歩さんの視線を奪えるくらいになりたいけれど。でもそれはきっとまだ難しい。ならばせめてライブ中だけは。その時間だけは、地球上の誰よりも輝いてみせるから。
「ご心配には及びません。南雲くんのことは、自然と見ちゃうから」
俺のちっぽけな覚悟をいとも簡単に打ち砕く、破壊力抜群の一言。顔を赤くして照れたように言うからそれがまた可愛くて仕方ない。目の前のアリスは、どうしようもなく可愛い。ああ、敵わないなあって、特に勝負を挑んだわけでもないけど心の中で降参した。
今日もらったお菓子は、あとで歌歩さんと一緒に食べようと思っていたけれど、なんだかその必要はなさそう。お菓子なんて要らないくらい、歌歩さんの言葉、笑顔、すべての糖度が高くて満たされる。
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