背伸びの先に見えたもの
最近働き詰めということもあり、今日俺たちは隊長から休みをもらった。歌歩さんもここのところ俺たち担当のこと多いから、もしかしたら……と、ちょっと期待を込めて歌歩さんに予定を伺ったら、どこかのユニットとの軽いミーティングだけってことだった。だから思いきって「待ってるから、放課後どこか遊びに行きませんか」と誘ってみた。歌歩さんは二つ返事で快諾してくれて一気に有頂天になったけど、後に俺は重大なことに気付いてしまった。普通のデートって、どうやるんだ。
放課後。歌歩さんがミーティングの最中、毎度お馴染みの顔ぶれとなった翠くんと仙石くんに緊急集合をかけて俺の為だけの作戦会議を開いてもらった。翠くんからは「女の子の希望には可能な限り応える、無理難題でも応える姿勢だけは見せる、誘った側でも誘われた側でもデートプランはある程度考えておくべき」という有り難い金言をいただいた。そのあとの「…じゃないとめたくそ怒られる」っていう一言に、過去の翠くんのデート相手の悲惨さを察した。
仙石くんは俺の為にいろいろ考えてくれながら、近場で高校生に人気の場所を調べてくれた。スマホを駆使して、ショッピングモールの営業時間を見てくれたり、俺たちでも気軽に入れそうないいかんじのカフェを幾つか見繕ってくれた。翠くんには他にもいろいろ為になる言葉や心構えを聞けた。最後に「逆に慣れてても怪しまれるよ」なんて身も蓋もないことを言われたときは腰砕けたけど。
取り敢えずふたりと話して、俺なりに出した結論。行き先にある程度は目星をつけつつ、まずは歌歩さんと話し合う。行き先はどこであれ、なるべくリードするつもりでいる。はじめてのデートでなにもかも上手く出来るとは到底思ってない。でも、出来る限りでがんばろう。歌歩さんの為にがんばろうとする自分のことは好きかもって、最近思えるようになった。歌歩さんのお陰だ。
緊急会議がお開きになって、どうしようかとひとりで校内をぶらついていたら歌歩さんから「お待たせ!終わったよー」とメッセージが入った。すぐに昇降口に向かうとまだ歌歩さんの姿は見えない。俺の方が先に着けたみたいでよかった。
二年生の下駄箱の前に到着すると、ぱたぱたと足音がちょうどよく聞こえて思わず期待をしてしまった。その期待は裏切られることなく現れたのは歌歩さんだった。歌歩さんは俺のことを見つけた途端、こっちの心臓が止まるんじゃないかってくらいの笑顔を見せてくれた。お付き合いする前から歌歩さんはよく笑うひとだったけど、あの笑顔とはちょっと違う。なんて表現すればいいのかはわからないけど…最近見る笑顔の方が、より眩しく見える。自惚れかもしれないけど、俺専用の笑顔なんじゃないかって思う。
「歌歩さん。お疲れさまっス」
「ありがと。待たせちゃったかな」
「全然。寧ろ早い方じゃないっスか」
「速やかに戸締まりしてきたよ。…さて、どこ行こうか」
早速話題に上がる。幾つか行き先の候補は考えておいたけど、歌歩さんはどうだろう。歌歩さんの希望があるなら、それがいちばんの最優先事項だ。
「幾つか思い付いたところはあるっスけど…歌歩さんは、どこか行きたいとこ、ないっスか?」
「そうだなあ……もし南雲くんに取り急ぎの用事がないなら…一緒に行ってほしいところは、ある」
「喜んでお供するっスよ」
取り急ぎの用事はないし、ぶっちゃけ俺は歌歩さんと一緒だったらどこでもいい。翠くんの意見を無視してるわけじゃないけど、これが本心。歌歩さんが行きたいと言うなら、そこが俺の行きたい場所になる。
上機嫌な歌歩さんについていくと、行き先は仙石くんが調べてくれたショッピングモールだった。ここなら少し予習できてるぞ、と内心ガッツポーズ。買い物かな、やっぱり女の子だな。なにかの買い出しかと思ったら、最終的に辿り着いた場所は意外なことにゲームセンターだった。こういうところに来るイメージなかったから、めちゃくちゃ意外。
「歌歩さん、ゲーセンとか来るひとだったんスね」
「どんなイメージよ」
「んー、なんていうか、こう……一言で言うなら、上品…?」
「あはは。ごめんね、とことんイメージと真逆で」
イメージと真逆。そういう部分は今まで何度も見てきたけれど、それがマイナスに働くことは一切なかった。寧ろ俺しか知らない歌歩さんの情報なんて嬉しくないわけがない。そしてまた、俺しか知らない歌歩さんの一面を見られたのだから万歳三唱だ。
一緒にゲーセンの敷地内に入り、目的地に向かう歌歩さんのすぐうしろをついていく。歌歩さんが足を止めたのはUFOキャッチャーのコーナー。歌歩さんの目線の先には、大きめのぬいぐるみだった。
「これは…ペンギン?」
「うん。このあいだ来たときに見つけて、でもそのときは時間なくてさ。いつか絶対お迎えするって決めてたの」
「そうなんスね。じゃあ今日は必ずお持ち帰りしましょう!」
「がんばる!」
歌歩さんが狙いを定めているのは、結構大きい可愛らしいペンギンのぬいぐるみ。なかなか難しそうではあるけど、歌歩さんは気合充分といったようすだ。
「あのね、南雲くん」
「はい」
「えっと、ここまで来ておいてあれなんだけど、先に言っておく」
「なんスか?」
「わたし、結構ゲーセン好きで…特にUFOキャッチャーではムキになるタイプなんだけど……ひ、引かないでね!」
全く予想してなかった言葉に、思わず吹き出してしまった。恐らく至極真面目に言ったであろう歌歩さんには申し訳ないけど…やばい、ツボにハマったかも。
「な、なんで笑うの!?」
「いや、すんません、だって…ふふっ」
ひとしきり笑って、拗ねた雰囲気の歌歩さんに向き直す。膨れっ面も可愛い、なんてこの場で言ったら余計怒るだろうな。
「全然大丈夫っスよ。寧ろ俺、ゲーセン好きっスから。一緒に遊べるなら大歓迎っス」
「でも、たぶん、南雲くんの想像を越えると思う…」
「だとしても、それくらいじゃ引きませんから。俺の前でくらい、素の歌歩さんでいてほしいっス」
寧ろ嬉しいとさえ思えた。引かれるかもしれないってくらいの素を、俺には見せてくれるんだから。誰も知らないであろう歌歩さんの姿を、俺は見せてもらえる。これが優越感ってやつなんだろうな。
「…その言葉、撤回させないからね」
「上等っス」
返事はしたものの、そもそも撤回するという発想がなかった。さっきも思ったけど、俺しか知らない歌歩さんの一面を見られるのは特権だろう。
財布を出した歌歩さんは、まずは迷いなく500円玉を突っ込んだ。…そりゃそうだよな、結構でかいから長期戦覚悟だよな。さすがにそれくらいは俺でもわかる。
「歌歩さん、やり慣れてるっスね」
「……やっぱりわかる?」
「そりゃ、まあ。アームの動かし方に迷いがないんで。感覚もわかってるかんじするっス」
「やり込んでるの先に言っといてよかった…」
微調整を繰り返しながら様子を伺っている歌歩さん。口数が一気に減ったのは、一生懸命攻略法を考えている証拠だろう。静かな、でも確固たる熱量を感じて、なんとなく横から口を挟んじゃいけない気がした。こういうのは自力で取るから達成感があることも理解できる。今の俺に出来ることは心の中で応援しながら見守ることだけだろう。
「ちょっと両替行ってくるね…………あっ」
「どうしたっスか?」
「南雲くんも、やりたいゲームあったら行ってきていいよ。わたし、暫くここから動かないから」
「んー……じゃあ、もう少ししたら、ぐるっと一周してくるっスね」
「うん。行っておいで」
歌歩さんは穏やかな口調でそう言ってくれた。ゲーセンが好きなひとだからこその気遣いだ。一緒に居たい気持ちもあったけれど、ここに居座る限り歌歩さんが気を遣い続けるであろうことは火を見るより明らかだった。やるからには集中して挑戦してほしいし、俺のことを気にしてくれたことは素直に嬉しい。少し店内を見て回ることにした。
モール内のゲーセンってだけあって、いろんな種類がある。ひとくちにUFOキャッチャーといっても、いろんな景品がある。他にもシミュレーション、音ゲー、ガンシューティング、メダル、スロット、パチンコ……どの年代のひとでも楽しめるかんじだ。馴染みのある格ゲーもあるけど…NPCと対戦してもなあ。ひなたくんとやるからこそ楽しいし。それに他のゲームも…どうせなら歌歩さんと一緒がいいな。
一周したし、そろそろ歌歩さんのところ戻ろうかなと思ったら、ひとつのUFOキャッチャーが目に映った。いろんな動物がデフォルメされた、手のひらサイズのマスコットが景品。『初心者向け!』と大々的に貼り出しているだけあって、ちょっと動かせば落ちてきそうだ。……やってみようかな。
ちょうど握っていた100円玉を投入してアームを動かす。景品口に近い山にアームを突き刺すと、想像以上にばらばらとマスコットが落ちてきた。景品袋をもらって取り敢えず詰めるだけ詰め込む。それから、収穫の確認。大将、妹さん、翠くん、仙石くん、隊長、深海先輩…それからひなたくん、創くん、友也くん、姉御。ばらまいても問題ないくらいの量だ。100円でこんなに大盤振る舞いしてもらって、なんか得した気分。
これだけ取れたなかで奇跡的に、ペンギンだけがふたつ取れた。勿論、みっつ以上取れたものも、ひとつだけ取れたものもある。それでもペンギンだけが、ふたつ。……これ…俺と歌歩さんで持てないかな。歌歩さん、お揃いとか大丈夫かな。そういうの嫌がらない方だといいんだけど……いや、言う前からヒヨってどうする。
意を決して歌歩さんのもとへ戻ると、歌歩さんはちょうどしゃがみ込んで取出口に腕を突っ込んでいた。……すげえ、取れたんだ。ぬいぐるみを手に立ち上がった歌歩さんは、俺が戻ってきたことに気付くと、嬉しそうにペンギンのぬいぐるみを見せてくれた。
「見て見て南雲くん!取れた!」
「おおっ!すごいっス!おめでとうございます!」
「ありがと!めっちゃがんばった!ね、さわってみて。ふかふかで柔らかい!」
「んじゃあ、ちょこっと失礼するっス。……うわあ…!本当っスね!」
見た目通り、いや見た目以上に手触りがいい。これは確かに、がんばった価値はあるだろう。「がんばった甲斐あったよー!」とひたすらに嬉しそう。……渡すなら、今しかない気がする。
「あの、歌歩さん」
「はい」
「えっと……がんばった歌歩さんに…俺からちょっとしたプレゼントっス」
「ん、なになに?」
「手、出してもらってもいいっスか」
「いいよ。どうぞどうぞ」
差し出されたのは、俺よりずっと小さい手。衝動的にさわりたくなってしまったが、ぐっと我慢。てのひらに、ポケットにあらかじめ仕込んでおいたマスコットを置いた。それがペンギンだということに気付いた歌歩さんは、一気に眩しい笑顔になった。
「うわあ!可愛い!もらっていいの?」
「うっス!」
「嬉しい!ありがとう!」
めちゃくちゃ眩しい笑顔で「どこにつけようかなー」と言う歌歩さん。どこからどう見ても可愛すぎるが、満足している場合じゃない。もう一仕事、まだ俺には残ってる。
「………あ、あの…っ」
「うん?」
「じ、実は……」
お揃いです。たった一言なのに、言葉にすることがひどく難しいことに思えた。言葉にする代わりに、もうひとつのマスコットを鞄から出して歌歩さんに見せた。
「…もしかして、おんなじ?」
「う、うっス……」
「……ふふ。そっか」
否定も拒否もない、ただただ嬉しそうに笑った歌歩さん。それだけじゃなく「一緒に鞄につけようか」と提案までしてくれた。いつの日だったか、なるべく一緒がいいと、せこい真似していたときもあった。それなのに、こんなに堂々と「お揃い」というリア充みたいなやり取りができるなんて思わなかった。ほんと、人生なにがあるか、わからないもんだな。
「…さて。わたしの用事は終わったからさ。今からは南雲くんに合わせる」
「じゃあ…なんか一緒にできないっスかね」
「いいよ!一緒に遊ぼう!なにかおすすめない?」
「うーん……どうせなら対戦よりは協力っスよね」
「うんうん。せっかくだし、協力がいい」
「…ちょっと、野蛮なもんでもいいっスか」
「うん。なんでも付き合う」
「じゃあ、あれでお願いするっス」
俺が選んだのはガンシューティング。操作は簡単だけど、いろんな銃を駆使して攻略を目指していく。ガード機能もついており、タイミングは難しい。ゲームの難易度は高い方だと思う。
「おー、ガンシューティングかー!」
「…もしかして、嫌っスか?」
「ううん、全然。ずっと興味あったけど、自信なくて、なかなか勇気でなかったの。……うまくできるかなあ…」
「大丈夫っスよ歌歩さん。絶対に俺が、守ってみせるっスから!」
……実は単にこれが言いたかっただけだったりして。このゲームも好きなことは好きだが、歌歩さんに格好つけられそうというのが、いちばんの決め手。不純な動機なのは百も承知だ。
「…うん!わたしもがんばるけど、フォローお願いね!」
「お任せくださいっス!」
歌歩さんに良いところを見せられるよう、俺もがんばらなきゃ。ぱちんと顔を叩いて気合いを入れた。無様な姿は、絶対に見せられない。見せたくないから。
「ふー……なんだかんだ、めっちゃ遊んだね」
「結構な時間になっちゃったっスね」
あれから俺たちはあのガンシューティングを遊び倒して、割と体力を消耗してしまった。終わった頃には結構へとへとで、「休憩しよっか」という歌歩さんの提案で、モール内でお茶している。
「つーか歌歩さん予想以上に上手かったっスね。あの順応性、はじめてとは思えなかったっス…」
「根はゲーマーだからね、習うより慣れろってやつかな。南雲くんがずっと盾になってくれてたから、やりやすかったんだよ」
「それは当然っスよ」
言った通り、歌歩さんを守ることはできた。ただ、歌歩さんは火事場の馬鹿力タイプだったようで、俺がピンチになると途端に強くなって、逆に俺が守られる場面も少なくなかった。そんなふうに俺たちは助け合って進めていった。何回かコンティニューはしたが、かなり少ない金額でクリアできてしまった。友だちと遊ぶよりもうまくいった。寧ろ全クリなんてできなかったような。
「でもすごく楽しかった。誰かとゲーセン来るのって、楽しいことだったんだね」
「お友だちとは来ないんスか?」
「うーん…なんか誘いづらくてさ。声かけて一緒に付き添ってもらったのは、南雲くんがはじめて」
お友だちには遠慮していたのに、俺には声をかけてくれたってことか。…俺、歌歩さんにとって、そんなに特別扱いなのかな。……そうだといいな。俺にとっても歌歩さんは特別だから。
「ありがとね。一緒に来てくれて。それと…引かないでくれて」
「だから言ったじゃないスか。全然大丈夫だって」
「…そうだったね」
そう呟いた歌歩さんは下を向いて、俺と一向に目を合わせようとしない。若干顔が赤いように見えるけど……もしかして、照れてる?なにその反応。めちゃくちゃ可愛い。
「……あ!今日の戦利品、ここで出していいかな」
「もちろんっスよ。もっかい俺にも見せてください」
誤魔化すように言ったのがありありとわかる口振り。がさがさとわざとらしく音を立てて袋から戦利品を取り出した。わざとらしかったのはそこまでで、ペンギンのぬいぐるみを手にした歌歩さんは、作り物じゃない幸せそうな顔をしている。
「ペンギン、お好きなんスか」
「うん。無理なことを前提で言うけど、飼いたい」
おお、そこまでの熱意があるとは知らなかった。歌歩さんはペンギンがお好き…と。これも脳内メモに記憶。保護機能もつけて忘れないように。
「じゃあ…動物園とか水族館とかは?」
「行きたいとは思ってる。でも時間ないし、なかなか機会なくてね……」
プロデューサーとして、いろんなユニットのお世話をしているもんな。流星隊が休みのときも、歌歩さんは当然のように他のユニットの面倒を見ている。あんずの姉御もそうだけど、プロデューサーのおふたりは、いつも俺たちよりも忙しそうにしている。休みの日が合えば…そんなの俺がどうとでもしてあげるのに。
「…いつか、一緒に行きたいっスね」
「連れてってくれるの?」
「歌歩さんが望むなら、何処へでも」
冗談なんかじゃない、これは本心そのものだ。歌歩さんが俺に「連れてって」と言うなら、何処へだって連れていく。歌歩さんの希望を叶えるのが俺の義務だし、俺だけに与えられた権利だ。
何処へ行くにも、なにをするにも、一緒がいい。歌歩さんと一緒がいい。歌歩さんの傍には、いつも俺がいたい。この願いが永遠のものになるよう、これから先も精一杯努力していく所存だ。
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