貴女からもらうすべてが宝物





『鬼龍先輩と衣装作りするから、この日に道場にお邪魔するね』と歌歩さんから報告を受けたのは三日前のことだった。尊敬してやまない大将と、大切で大好きな歌歩さん。ふたりとも俺にとって特別だし信頼しているけど…それでもやはり大切な恋人が自分以外の男と密室でふたりきりというのは気にならないわけがない。大将に限ってそんなことないと思うし、歌歩さんだってやましいことがないからちゃんと報告してくれてるんだと思う。だけど、それでも。ただの先輩と後輩とか、アイドルとプロデューサーって、簡単には割り切れない。

今日のお昼にも、お弁当を一緒に食べながら「予定通り道場に行く」と改めて伝えてくれたのだって、歌歩さんの身の潔白と俺への信頼の証だと、頭ではわかってる。それでもまだ心のどこかで不安に思ってる。こんなのは身勝手な嫉妬。それを自分でもわかったうえで、俺も道場に行くと大将にも歌歩さんにも伝えた。ふたりとも「おいで」と快く言ってくれたし、取り越し苦労としか思えない。でも…嫌なものは、嫌なのだ。





そしていよいよ放課後。当番だった教室の掃除を終わらせて、捕まらないギリギリの速さで移動する。若干駆け足にもなったが、運よく誰にも見つからずに道場の前まで辿り着いた。このドアを開ければ、大将と歌歩さんがいる。ふたりで仲良くお裁縫している。間違いなんて、なにひとつ起きてなんかない。大丈夫。絶対、大丈夫。

すう、と一度深呼吸して、覚悟を決めて手を伸ばす。南雲鉄虎、いざ突撃………







「鉄が、世話になってるそうだな」


先程の覚悟はどこへやら。俺の話題が聞こえてきて、ドアノブにさわる寸前で手が止まった。それだけじゃなく、なるべく音を立てないよう、そーっとドアに耳を近づける。……盗み聞きする気満々。ああもう、ほんと、こういうとこだよなあ。俺の女々しいところは。


「…なにが、なんて白々しいことは申し上げませんよ」

「はは、察しがいいな」

「鬼龍先輩こそ。ご存知でしたか」

「まあな。本人から直接聞いちゃいねえが、嬢ちゃんに惚れてんのは割と早い段階から知ってたぜ。付き合ってるかどうかは…そうだな、今嬢ちゃんに確認とる前から、なんとなくわかってたけどな」

「わたし…わかりやすかったですか?」

「いや、わかりやすかったのは鉄だよ。暫く弁当は必要ないって、あんなに嬉しそうに言われればな。嬢ちゃんに作ってもらうって、顔に書いてあった」


大将の言葉に思わずのたうち回りたくなる。顔に書いてあるって…つまりそういう顔してたってことだろ。だから大将、なにも訊かないで了承してくれたんだ…全部お見通しだったってことか。俺の単純さが、こんなところで露呈するなんて。


「寧ろ嬢ちゃんはわかりにくかったってか、全然気付かなかった」

「ふふ、がんばって隠してましたからね」

「鉄とは大違いだな。……なあ、嬢ちゃん。あいつ、早とちりすげえし落ち着きねえし、まだまだ危なっかしい奴だけど…大丈夫か?嬢ちゃんに、迷惑かけてねえか?」


大将の言葉が連続で突き刺さる。早とちり、落ち着きがない、危なっかしい。全部が全部、俺に当てはまる。勿論全部身に覚えしかない。…俺ってこんな欠点だらけだというのに、歌歩さんは一体こんな俺のどこを好きになってくれたんだろう。だってこんなの、好きになってもらえる要素ゼロじゃん。歌歩さん、本当に俺でよかったのかな……


「確かに南雲くんは、早とちりだったり、せっかちさんだったりするかもしれません。でも言い換えれば、それだけ一生懸命なんだと思います」


…驚いたなんてもんじゃなかった。散々いろんなひとに言われた、自分の欠点。それなのに歌歩さんは前向きな言葉をかけてくれた。ネガティブさを微塵も感じさせない言い方をしてくれた。


「一生懸命、鬼龍先輩や守沢先輩、深海先輩を追いかける。目標に向かって、いつだって真っ直ぐで全力。ときどき周りが見えなくなっちゃうのは、それくらい真剣な証拠だと思います。脇目もふらず、こうって決めたら一直線。そこに辿り着くまで、よそ見は一切せずに、決して努力を怠らない。……わたしは、そんな南雲くんがいいんです。そのままの南雲くんでいてほしい。そのままの南雲くんだから…好きになったんです」


歌歩さんの言葉が、ひとつひとつ心に滲みていく。そんなこと思ってくれてるなんて。そんなふうに見ててくれてるなんて。そんな俺を好きだと言ってもらえるなんて思ってもみなかった。


「それに、思い込みが激しいのは、案外いい勝負かもしれません。だから、あいこかなって」

「…そうか。嬢ちゃんがそう言ってくれんなら、大丈夫だな」


思いがけなく聞けた歌歩さんの気持ちに目頭が熱くなった。もう、どうしよう。こんなの嬉しくないわけがない。他でもない歌歩さんが、俺を好きだと言ってくれた。こんな俺を選んでくれた。それだけで、俺は胸を張っていられる。自信をもてる。

俺だって、歌歩さんのことが好き。大好き。自分でもどうにもできないくらい、好きで仕方ない。やばい、一刻も早く歌歩さんに逢いたくなった。……ドアに伸ばした手も、ドアの前に立つ足も、震えてない。もう、深呼吸の必要はなかった。


「…うっス!お疲れさまっス!」


今しがた来たかのように、何事もないように振る舞う。室内では程よく距離を開けた大将と歌歩さんが、山積みの生地を挟んで座っていた。うん、やっぱり、なにもなかった。…一瞬、歌歩さんの肩がちょこっとだけ跳ねたのは…さっきのが俺に聞かれたかもっていう不安かな。ごめんなさい、ばっちり聞いてました。


「おう、鉄。遅かったな」

「用事長引いちゃって、すんません」

「俺じゃねえだろ、待たせてる相手は」


ぱちり。歌歩さんと目が合った。歌歩さんの顔がまだほんのり赤いように見えるのは、さっきの話の名残だろうか。そんな都合のいいことを思ってもいいのだろうか。……いい、よね。俺と目が合った瞬間、相変わらず俺専用って思えるくらいの優しい笑顔を見せてくれるんだから。


「どれ、一服するか。嬢ちゃん、なに飲む?好きなの買ってきてやる」

「あ、いえ!お構い無く!」

「こういうときは甘えておけ。鉄はコーラでいいか。ついでに買ってやるよ」

「いやいや!いちばん下っ端は俺なんで!俺買いに行くっスよ!」

「いいからお前は残れ。嬢ちゃんと留守番してろ」


本来なら、俺が行くべきなんだと思う。いちばん年下なんだし、大将と歌歩さんがふたりきりなんて言ってる場合じゃないんだろう。でも大将の気遣いが嬉しかった。そしてなにより、歌歩さんと離れたくなかった。


「…あざっス!今回はお世話になるっス!」

「はいよ。で、どうする?なにがいい?」

「俺はコーラがいいっス。歌歩さんはミルクティーでお願いしまっス」


たまたまポケットに入っていた500円玉を差し出したら「奢ってやるよ。ちょっとした祝いだ」と言われてしまった。……もしかしたら、大将は俺が盗み聞きしていたことに気づいていたのか。大将が男前すぎて、自分の小ささが余計に目立つ気がする。だって今のも…俺が歌歩さんのことを知っているっていうアピールにすぎない。それなのに…歌歩さんは、こんな俺でもいいって言ってくれた。それだけが唯一、俺に自信を持たせてくれる。

大将の足音が遠くなったのを確認してから歌歩さんの方を向く。ちょうど歌歩さんも俺を見ていてくれたらしく、視線がぶつかった。


「……あ、あのっ、俺、勝手に決めちゃったっスけど…よかったっスか?」

「うん、ばっちり。さすが南雲くんだね」

「歌歩さんはミルクティーのイメージ強いっスから。あと炭酸だとメロンソーダかジンジャーエールっスよね」

「おお、完璧!よく覚えてるね」

「そりゃあ…歌歩さんのことっスから」

「ふふ、ありがと。ほんとに南雲くんはわたしのことわかってくれてるね」


歌歩さんはそう言ってくれるけど、まだまだ足りない。歌歩さんのこと、もっとわかりたい。歌歩さんのことなら、なんでも知りたい。歌歩さんの、いちばんの理解者になりたい。歌歩さんのことになると、とりわけ欲が尽きない。

……そういえば…今更だけど、なんだかこんな展開、前にもあった気がする。俺と歌歩さんでふたりきり、ジュースを買いに行ってもらっているのを待っていることが。


「なんか、さ」

「はい」

「こんなこと、前もあったよね」

「流星祭の前っスよね」

「そうそう」


翠くんと仙石くんに、まったく同じことをされた。あの頃は、後々まさか歌歩さんと付き合えるなんて思ってもみなかった。あれから、いろんなことがあった。今こうして自然に一緒に居られるのは奇跡のようなものだろう。そう遠くない過去のことなのに、無性にあの頃が懐かしくなって、自然と顔が緩んだ。


「ん、どうかした?」

「今、おんなじこと考えてたっス」


歌歩さんと同じ思考をもっていた。まるで通じあっているようだ。それだけで浮かれ気分になる。我ながらどうしようもない単純さに呆れるけれど、歌歩さんも「嬉しい」と笑ってくれたから、よしとしよう。




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