すべてはここから始まった





「南雲くんって、いつから歌歩さんのこと好きなの?」

「ごふっ!!」


いつものように翠くんと仙石くんに話を聞いてもらっていたときのこと。翠くんが唐突に爆弾を投下してきた。驚き過ぎて一気飲みしてたコーラを盛大に吹き出した。


「鉄虎くん!だ、大丈夫でござるか?」

「う、うん、たぶん、大丈夫っス…」

「…なんか、ごめんね……」


未だに噎せる俺の背中を「ごめん…」と何度も呟きながら翠くんがさすってくれる。しゅん、となってる。まあ…めちゃくちゃ驚いたけど怒ってはいない。


「そ、それより翠くん、急に、どうしたっスか?そんなこと…」

「なんとなく…気になったから?」

「…鉄虎くんごめん!それ、拙者も聞きたいでござる!」

「う、うーみゅ…仙石くんまで……」


思わぬところから援護射撃が来た。いつも引っ込み思案なのに、ちゃっかりしている。……ちなみに俺も言った記憶がない。いつだったか唐突に「俺、歌歩さんが好きなんス!」とだけ打ち明けた。気持ちを抑えられなくて、でもまだご本人に伝える勇気なんて出なくて。誰かに聞いてほしくて、信頼できる翠くんと仙石くんに話した。それから今までふたりには話や愚痴をたくさん聞いてもらった。そのふたりが所望するなら…俺も話すべきなんだと思う。


「これ言ったら軽蔑されるかもしれないんスけど…」

「…そんなに不純な動機?」

「そうじゃなくて!いや、その……」

「その?」

「……ひ、一目惚れ、なんスよ…」


なんだか急にこっぱずかしくなって、最後の方はごにょごにょと話すことしかできなかった。でもふたりの耳には届いたらしく、目をぱちくりさせて、目配せした。


「別に、不純でもなんでもないのでは?好きになっちゃったのなら仕方ないでござるよ」

「俺もそう思う。普通…じゃないかもだけど、そんなにおかしくもないんじゃない」

「そ、そうっスか…?」


ふたりの反応が思いのほか普通だったことに心底安堵した。だって一目惚れって、そのひとのことをよく知らないうちに完全に見た目だけで好きになることだ。そのひとの上っ面しか見てないようなものだと思ってた。そんなの偏見を持たれるに決まってるって勝手に思ってた。でもよく考えたらそうだ、翠くんも仙石くんも、そんなこと思ったり言うようなひとたちじゃない。


「拙者は逆に運命的なものを感じるでござるよ。一目惚れ」

「まじっスか!?」

「まじでござる。だって、そのひとに逢った瞬間に好きって思えるって滅多にないことでは?特に拙者は人見知り故に、そんなことは有り得ないに等しいことであるからして。だからそういう意味では鉄虎くんが羨ましいでござるよ」


笑顔の仙石くんの言葉に翠くんも頷いてくれる。なんだろう、この感じ。いいな。なんか……


「本当に、ふたりが話し相手でよかったっス」

「拙者も鉄虎くんの話聞くの楽しいでござるよ」

「特に俺は本当に聞くだけになっちゃってるけど」

「それだけでも充分有難いっスよ」

「南雲くんがそれでいいなら、俺たちは全然」

「それで、いつ歌歩さんと出逢ったのでござるか?」


おおう、今日は結構ぐいぐい来るな…特に仙石くん。俺も聞いてアピールしてるときってこんなかんじなのかな。うん、圧が凄い。でも今回は圧は関係無しで話そう。いつも聞いてもらってるお礼と…俺も少なからず話したい。気持ちを積もらせるばかりでちょっと苦しかったから。


「…絶対、他言無用っスよ。あれは……」




目を閉じて、ゆっくりと思い出す。あれは、DDDが終わって慌ただしかった校内も少し落ち着いて、俺自身もユニットにも部活にもだいぶ慣れてきた頃のこと。その日は、ユニット活動は休みだったけど、どうしても身体を動かしたくて大将に我儘を言って鍛練に付き合っていただいてた。道場の窓から、鮮やかに色づいた葉桜を見ながら鍛練に励んでいた。

途中、大将はお呼び出しがかかって席を外した。暫くひとりで自主トレしていたら、遠慮がちなノック音が道場に響いた。大将ならノックせず入ってくるだろうし、他の部員も今日は休み。…部外者の方だろうか。たぶん大将に用事なんだろうけど、大将は留守。だからって放置なんて失礼なことはできない。出来る範囲で俺が対応しよう。このときはそんな軽い気持ちで、ゆっくりドアを開けた。


「はい。どちらさまっス、か……」


ドアの先に居たのは、姉御とは違う、見たことがない女の子。おおきくてぱっちりした目、すっとした鼻、綺麗な髪。直感的に、素敵な子だと思った。


「こんにちは。お忙しいところすみません。空手部さんの部室は、こちらで合ってますか?」


ふわり。女の子は穏やかに笑った。そして驚いた、顔負けしない綺麗な声。えっと…青色の上履きとリボン。どうやら二年生らしい。あ、そういえば新しいプロデューサーが来たって、話題になってたような。もしかして、このひとなのかな。


「あんずさんから、こちらの鬼龍紅郎さんという方にお届けものです。いらっしゃいますか?」

「えっ?…あ、その、た、大将は、今ちょっと野暮用で、不在なんス」

「そうですか…わかりました。出直します」

「あ、あの!お、俺でよければ、預かります、よ?」

「…本当ですか?助かります。ありがとうございます」


咄嗟の申し出に驚いていたけど、先輩はすぐ笑顔になって「お願いします」と荷物を差し出した。そして気付いた。手、ちっさ。いかにも女のひとの手という感じだ。俺とは全然違う、柔らかそうな……って、なにを考えてるんだ。


「た、確かに、お預かりしたっス」

「お手数おかけしますが、よろしくお願いします。えっと…部活、がんばってください」


お邪魔しました、と頭を軽く下げた先輩。まずい、このままでは行ってしまう。待って、まだ行かないで。


「あ、あのっ!」


頭で考えるより先に声が出ていた。もう少しだけ引き留めたくて。もっと話がしたくて。俺を見てほしくて。


「俺!一年A組、流星隊の南雲鉄虎っていいます!……その、先輩の、お名前は…?」


咄嗟に名乗っていた。こんなときでも、名前を尋ねるときは自分から、を実践できたらしい。自分で自分を褒めてやりたいがそんな殊勝なものじゃないことくらいよくわかってる。ただ貴女のことが知りたい一心だ。教えて。どんなことでもいいから、貴女のことを。


「名乗りもせず、たいへん失礼しました。先日演劇科からプロデュース科に参りました。二年A組、橘歌歩です」


さっきよりも深く頭を下げた先輩。橘歌歩先輩。おこがましいのは承知だけど、いい名前だなって思った。それに綺麗な声。だけどそれだけじゃない。俺より小さな背丈も、小さな手も、なによりも眩しい笑顔も。誰とも違うなにもかもが魅力的に見えた。


「まだまだ至らないことが多いと思いますが、精一杯がんばります」

「押忍!これから、お、お世話になります…!」

「こちらこそ。よろしくお願いします。南雲くん」



これが人生初めての一目惚れ。そして、俺にとって人生最後の恋になる。根拠なんてないけど、この笑顔にふれて確信した。



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