全部受け止めてみせるから





『優秀賞止まりだったー!』


歌歩さんからの結果報告に気付いたのは、部活がちょうど終わってスマホをチェックしたときだった。連絡自体は約二時間前…もしかして本当に、結果がわかった時点ですぐ連絡くれたのだろうか。

しかし、こういうときにはなんて言葉をかけるべきなのか。報告のみの簡潔な一言だけだから、歌歩さんが今どんな気持ちでいるのかわからない。おめでとうございます、残念でしたね、また次がんばりましょう……どれが適しているのか。そもそも軽率に声を掛けていいのか。いや、でもこうして報告してくれてるし、いってらっしゃいも言わせてもらった。それなのに、なにも反応しないのは失礼すぎる。……ここは無難に「お疲れ様でした」がいいのかな…

返信の内容に迷っていると、あっという間に昇降口。人影が見えて、歩きスマホは良くないと唐突にそんなことを思ってポケットにしまい、一旦顔を上げた。


「…あっ」


その人影は歌歩さんのものだった。まさか学校に居るなんて思わなかった。歌歩さんも俺に気付いて、いつもの穏やかな声で「南雲くん」と呼びながら来てくれた。


「部活帰り?お疲れさま」

「あ、ありがとう、ございます。…コンクール帰りなのに、学校に来たんスか?」

「一応、報告に来た。我儘通して出させてもらったから、ちゃんとしようかなって」

「そうだったんスね。歌歩さんも、お疲れさまです」

「うん。ありがとう」

「…ごめんなさい!俺、なんて声をかけたらいいか…」


本人を目の前にすると、余計に言うべきことがわからなくなった。祝福するべきなのか、励ますべきなのか。それとも全く触れないほうがいいのか。どれが正解なんだろう。誰か教えて欲しい。


「なにも言わなくていいよ」

「…そっスか」

「その代わり、また話、聞いてくれる?」

「は、はい!」


なにも出来ない情けない俺に、正解を示してくれたのは他でもない歌歩さんだった。取り敢えず一緒に自販機で飲み物を買って、近くの公園のベンチに並んで座る。歌歩さんは買ったばかりのミルクティーをひとくち飲んで、身体をぐーっと伸ばした。


「んー、疲れたー!あんな大舞台久しぶりだったなー」

「…あまり、悲観的じゃないんスね」

「うん。最優秀賞のひと上手すぎて、一周まわって感動しちゃった。棚ぼたで演奏聴けてよかった、同じコンクール出られてよかったなあって、そう思えるくらい凄かった」

「そうだったんスか…」

「それに、自分がやれることは全部やった。ベストは尽くせた。だからかな、意外とすっきりしてるのは」


そう言った歌歩さんは、本当に清々しい表情をしてる。悔しい気持ちが全くない訳ではないだろうけど、後悔もしていないのだろう。歌歩さんが満足しているのなら、俺にとっても嬉しい。


「それにしても、どうして急にお箏のコンクールに?」

「……ちょっと前に、お世話になったお箏の先生が入院しちゃって」

「えっ…」

「実は前からあまり体調は良くなかったの。先生をお辞めになったのも、体調不良が原因。確か…わたしが中学三年に上がった頃かな」

「そう、だったんですか…」

「その頃は通院で済むくらいで、日常生活にも支障はなかった。でも…今回は、ちょっと楽観視できないって言われたみたいで。…でも、どうにかして先生を元気づけたくて。わたしになにができるか考えたら…お箏で恩返しするしかなかった。わたしもがんばるから、一緒にがんばりましょうって」


地雷踏んだかと一瞬焦ったが、歌歩さんから出てくるのは前向きな言葉ばかり。悲観するんじゃなくて、どうにかして好転させようとするところが、歌歩さんの人柄だよなあと思う。…そんなに想われて、お箏の先生は幸せ者だな。羨ましいな。嫉妬しても仕方ないのはわかってる。同じ土俵に上がれるはずなんかないのに。


「先生がいちばん好きだった曲で、いちばん指導してもらった曲でエントリーして、優秀賞もらえた。そりゃあ…欲を言えば、出たからには最優秀ほしかったけど。でも、ちゃんと弾ききれたうえに結果も出せた。ブランクがあった身としては上出来だと思ってる」

「歌歩さん…」

「それとね…先生、外出許可もらって来てくれたの。先生にその場で演奏聴いてもらえたことが、いちばん嬉しい。…わたしの気持ち、ちゃんと届いたかどうかだけが心配だけどね」


…ああ、そういうことだったのか。ようやく合点がいった。歌歩さんが結果よりも内容を重視していた理由。結果は気にしていないそぶりを見せつつも不安な色を隠せてない理由。今、それが全部わかった。お世話になった先生への真っ直ぐな想いだけが、ここにあった。


「きっと…いえ、絶対、先生には伝わったっスよ」

「南雲くん…」

「先生に喜んでもらえたって、俺も信じてるっス。そんな、心がこもった演奏、届かないわけない……」


思わず、ぎょっとした。歌歩さんの目から、涙がこぼれている。今度こそ俺が知らないうちに地雷を踏んだのか、目の前で泣き出してしまった歌歩さん。それなのにこんなときでさえも、泣き顔まで綺麗だな、なんて場違いで最低なことを思ってしまった。


「歌歩さん!?え、あの、大丈夫っスか…?」

「…あ、えっと……ごめんね、なんでもないよ」

「あの、ごめんなさい!俺、余計なこと言っちゃいました…?」

「ううん、違うの。南雲くんは悪くない」

「でも、俺が変なこと言ったから…」

「大丈夫。ほんとに、南雲くんのせいじゃない。気を遣わせて、ごめんね」

「あ、いえ!俺は全然っ」

「……参ったなあ。泣くつもりなんて、なかったのにな」


歌歩さんこそ、俺に気を遣っているのだろう。歌歩さんは未だに濡れている目を細めて笑った。確かに俺は、歌歩さんの笑った顔が好きだ。でも、そんな顔は見たくない。そんな無理して、取り繕ったような顔は見たくない。もっと、心から笑ってる顔が見たいんだ。


「……南雲、くん…?」

「無理に、笑わなくていいっス」

「え……」

「そ、そりゃあ、できることなら、笑ってほしいです!歌歩さんには、笑顔がよく似合うっスから!……でも、そんな我慢してまで、無理してまで笑ってほしくないっス」


タオルなりティッシュなり、ここでスマートに差し出せればよかったんだろう。でも今の俺の手元にはそんな気の利いたものはない。…こんなこと馴れ馴れしくないかちょっと躊躇ったけど、手を伸ばして、歌歩さんの目元をそっと拭った。


「…ごめんね。なんか今日は、ずっと迷惑かけっぱなしだね」

「俺は全然、そんなこと思ってないっスよ。でも、これくらいで迷惑だと思うんなら、幾らでも迷惑掛けてくれて構わないっス」

「でも…」

「とにかく、俺は大丈夫っスから。だから…」


なんでも話してください。受け止めますから。そう言ったら、歌歩さんはとうとう綺麗な顔を歪ませて、今までと比べ物にならないくらいぼろぼろ泣き出した。きっと今歌歩さんの中には、本番を迎えるまでの緊張やプレッシャーから解放された安堵感、先生にちゃんと伝わったかという不安、いろんな気持ちが混ざっているんだろう。

なんて声を掛けようか、それとも落ち着くまで暫く黙っていようか。悩んでいたら、突然右肩に重みを感じた。視線を向けた瞬間、呼吸が止まった。歌歩さんが、俺の肩に頭を預けている。いや確かに受け止めるとは言った。でもそれはこんな物理的な意味じゃなくて、もっとこう、気持ち的なことだったんだけど……てかやばい。ふれてる場所から、歌歩さんの体温がダイレクトに伝わってくる。こんな近くってか、これもうゼロ距離じゃん!いきなりこんな、刺激強すぎる!


「え、あの、歌歩さん…!?」

「…ごめんね。今日だけ…もう少しだけ、こうしてていい…?」

「あ、えっ、そ、それは、もちろん…!」

「…ありがとう」


まだか細い声でお礼を言ったあと、俺の肩に顔を埋めてきた。立て続けのことに心臓爆発するかと思ったけど、それ以上に歌歩さんの様子がここまで違うことへの驚きの方が少々勝る。…歌歩さん、相当きつかったんだな。いつもレッスンや打ち合わせをどれだけ掛け持ちしようと、段取りつけるのに苦労していても、愚痴は一度も聞いたことがなかった。辛いとかしんどいとか、そんな様子は一切見せず俺たちの前ではいつも笑ってた。だからだろう、こんな歌歩さん、はじめて見る。

…これは労うだけ、深い意味はないぞと自分に言い聞かせてゆっくり腕を動かす。小さな頭を、そっと撫でるようにふれてみた。自分のものとはまるで違う、さらさらで柔らかい髪にびっくりした。罪悪感が全くないわけじゃないけど…少しでも、元気になってもらいたいんだ。俺の調子に乗った手を歌歩さんは振り払うことなく、おとなしくされるがまま。そして「ありがとね」と幾分落ち着いたような、優しくなった声で言った。

なんだか俺の方がお礼言う立場のような。それにこんな寄りかかってもらってたら歌歩さんの全部預けてもらってる気がして。頼られてる気がして。今は誰よりも、歌歩さんの近くにいられて嬉しい。反面、また頼ってもらえるようにしっかりしなきゃなんて思う。もう一度、歌歩さんの傍で支えられる権利をもらえるように。真っ先に頼ってもらえるように。

この状況でこんなことを考える俺は、なかなか最低なんだろう。それでもいい。誰よりも傍に、いられるならば。



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