うそから出たなんとやら_1
「お前さんのこと好きやけ、付きおうてくれん?」
「は?」
続けて悲鳴を上げそうになった自分の口を両手で押えつけた私は、慌てて周囲を見渡した。
いくら仲が良いとしても相手は学校中の人気者だ。加えて彼は他人を欺くことを得意としている。
この言葉を信じていいのか、察しの悪い私には判断できない。
§
意気揚々帰宅へ足を向けた私の行く手を阻んだ仁王は「よう」と気怠げに片手を上げ、そのまま小さく手招きをした。
背中にはいつ見ても重そうなラケットバッグ。暑さの盛りは過ぎ、緩やかに秋が歩み寄って来ているものの毎日の練習は体に堪えるだろう。3年生が引退したばかりで新体制がスタートし、熱も入っているという。全国区のテニス部は大変だ。
「どうしたの?部活は?」
「まぁまぁ、それは置いとって。こっちじゃ」
銀の尻尾をひるがえした仁王は、私が付いてくると微塵も疑わないようでこちらを振り向くことなく歩みを進める。説明が足りていないと思いつつも惚れた弱みだ。
首を傾げて気ままな彼の後を追った私はLHR直後でひと気のない中庭に導かれ、そして冒頭の爆弾発言を食らったのである。
遠くから放課の喧騒が聞こえる。私たちは日陰にすっぽりと覆われていると言うのに、熱くなった手足がドクドクと普段よりスピードを増した脈を主張していた。
ドッキリ? 何かの罰ゲーム? はたまた本気? 誰か見てる?どう返事するのが正解?
口を押さえつけたまませわしなく周囲をうかがう頭のでっかちの私の様子に対し、仁王は嫌そうな顔ひとつせずそっと私の耳元に口を寄せた。
う、わ……。
「おまん、この状況をドッキリか罰ゲームと思っちょろう?勘が良いのう……」
「!」
一歩後退し目を見開いた私を見て、詐欺師はやれやれといった様子で目を伏せた。長い睫毛が頬に影を落とす。
「真相はミョウジの想像に任せるが、人助けと思ってひとつ頷いてくれんか?」
真相は私の思考に委ねられたが、彼の口ぶりから考えるとこれは何かの罰ゲームというところだろうか。
心理戦にはめっぽう強い仁王が勝負事で負けるなんてと不思議に感じたものの、好きな子ができたらどうするかと聞いた時、「絶対に好きって言わせてみせるぜよ」と悪人のような笑顔を返されたことを思い出す。
そんな彼が、冗談以外で告白なんかするだろうか。
「……」
正解はどこにあるんだろう。
自分より高い位置にある仁王の顔を伺えば彼は私の背後に目を走らせていた。色素の薄い瞳が右、左、右と何かを追うような動きをする。
もしかして罰ゲームの仕掛け人がこちらを監視している……?
今すぐ振り向いて馬鹿な賭け事に私を使った誰かへ当り散らしたい衝動がむくむくと膨れ上がった。しかしそんなことをしてしまえばきっと仁王の面倒ごとが増えるだろう。
胸からせり上がってくる感情を押し留めた私は、大きく息を吐き、日々数多くの女の子の告白を断り続けている彼がこんな形で私を詐欺にかけるメリットはないはずだと自分に言い聞かせ決意を固めた。
少し空いた距離を埋めるように背伸びをして口を開くと、気を利かせた彼はこちらへ再び顔を近づけた。なんとも言えない甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
臆病者のつま先が少し震えた。
「ひとつ頷くって私は具体的に何をしたらいいの?」
「話が早くて助かるナリ。すまんが1ヶ月だけでいいけ、カノジョ役してくれんか? ミョウジに振られたら俺、また別のやつにこんな小っ恥ずかしいことせないかんかも」
紡がれたセリフは予想の範疇であったものの、薄い唇から放り投げられた“別のやつ”という言葉にチクリと胸が痛んだ。
私が断ったら、次はどの子に頼みに行くのだろう。そもそも私より先に声をかけられた女の子がいるのかもしれない。
なんか、それ、嫌だな。
とは言え、嫌って主張する権利はただのトモダチである私には無いんだよなぁ。
「ミョウジ?」
「え……あぁうん、分かった。いいよ。仕方ないから可哀想な仁王の詐欺に一枚噛んであげる」
自問自答で勝手に傷つきネガティヴへ沈みかけた私を一言で引き上げた仁王は、お礼の代わりとでも言わんばかりに、私の頭を乱暴にかき回した。
「おまんに頼んで正解じゃな」
「ちょっと!」
「おっと! まぁそう怒りなさんなって」
抗議の声とともに払いのけられかけた手を煽るように振り、仁王は余裕たっぷりに口角を上げる。
私はひらりひらりと難解な彼の言動を捕まえようと試みては左に右に転がされている。しかし今のような気安い、トモダチ関係が心地良いのもまた事実。恋人という甘い存在への立候補をする勇気も持たない私は偶然降って湧いた幸運を手放せない。
1ヶ月の間仁王のカノジョになれる。これも一種のイリュージョンかもしれない。そう考えるとなんだか楽しくなってきて、本当に詐欺師と一緒にいると退屈しないなと思う。
「あんま遅れると真田がうるさいけ、部活行くわ。お前さん別の男について行かんようにな」
「……仁王はせいぜいこのひと月の間に私が本命に声かけられないよう祈っときなよね」
楽しそうに放たれたジョークへの意趣返しのつもりでハッタリを仕掛ければ、詐欺師は片眉を上げ顎をさすった。
「その本命とやらはまた今度じっくり聞かせてもらうぜよ」
「教えるわけないでしょ」
慌てた心の中を読まれないよう、単調を心がけて返事をした。言えるわけないでしょ。たった今本命のカノジョになりました、とか。
気づけば陰の間を縫うように伸びた日向が私のつま先をほんの少し照らしていた。