うそから出たなんとやら_2

「よう」

 仁王の詐欺の片棒を担いで早1週間が過ぎた。
 けれどカノジョ役を引き受けたからといって私たちの関係が大きく変わることはなく、今までどおり友達として大して中身のない会話をするくらいのものである。目まぐるしい展開に身構えていた私は正直拍子抜け。少し浮ついていた私の甘酸っぱい恋心を返して欲しいところだ。まぁそんなことは、向こうの知るところではないけど。
 そんな折、昼休みの教室でお弁当を取り出す私の前の席に腰かけた仁王はニコニコと笑顔を浮かべていた。一見すると爽やかな表情だが仁王の場合は胡散臭さしかない、これは何か企んでいる時の顔のひとつだ。
 この顔に騙され、何度イタズラを仕掛けられたかわからない。パッチンガムに始まり、お弁当のおかずを盗まれたことだってある。私は警戒心を隠すことなく来たるナニカに身構えた。

「今度は何?」
「さっすがミョウジ、察しが良いナリ」
「はいはい、もうそれは良いから」
「つれんのう」
「用がないならお昼ご飯でも食べてくれば?」
「ああそうじゃった、飯食お」
「おいおいちょっとちょっと!」

 一瞬の隙をつき私の手元からお弁当を奪った仁王は、そのままそれを人質に席を立った。
 やられた! 箸だけを握りしめる間抜けな形となった私は慌てて人の間を流れるようにすり抜けていく銀色を追う。
 かなり無理矢理だが仁王が私を昼食に誘うのは初めてで、小さな非日常に気付いた鋭い女の子たちの視線が背中に刺さりいたたまれない。向けられる注目に慣れきっているのか、それらを意に介さずのんびりと階段に足をかけた彼の手にはいつの間にか私の人質と共にビニール袋がぶら下がっていた。
 ひとつ上の3階は1年生のフロア、更に上は屋上だ。仁王の目的地はおそらくそこだろう。普段鍵のかかっているはずの扉の向こうは仁王の頻出ポイントとして名高い。

「屋上?」
「おん。教室じゃあ誰に聞かれるか分からんけ」
「……これで変な噂になっちゃうかもだよね」
「そんならおまんの本命とやらに牽制できてラッキーじゃな」
「……」

 器用に階段を上るかかとの踏み潰された上履きを眺めながら、どこまでが彼の本心でどこからがお得意の詐欺なのか、その境目を考えてみたけれど、答えはもちろん出なかった。データマンの柳でさえも仁王のことはあまり多く知らないと言うのももっともだ。


 鍵のかかった扉を簡単に突破した仁王は、慣れた様子で屋上の一角にある日陰に腰を下ろした。
 私は少しだけ考え、拳3つぶんの余裕を持ってその隣に座る。左からは失笑がこぼれた。
 以前に「お前さんは人と微妙な距離の取り方をする」と笑われたことが頭をよぎり、失敗したなと思った。

「で! 結局今度はなに?また罰ゲームなの?」

 笑う仁王の手から人質を奪いかえし、伸ばした脚の上で包みをほどく。
 いただきますと両手を合わせた私の隣からはガサガサとビニールの音。そして案外育ちの良い詐欺師のいただきますの声。

「またっちゅーか、今の状態やと、本当に付き合うとるんか疑われてしまうじゃろ?」
「あー、まあそうだよね。私たち偽物だしなぁ」

 面倒くさくも妥当な意見に苦笑いをこぼすと、仁王は銀の猫毛をガリガリとかいた。綺麗にセットされていた髪が少し乱れ、ぴょこんと変に跳ねたひとふさがあざとい。

「そういうことやき、今日から一緒帰ろ」
「えっ、部活終わるの待ってろってこと?」
「おん」
「面倒くさ……」

 全国大会常連の立海テニス部はその実績に恥じぬよう練習もハードだ。練習は正門が閉まる時間ギリギリまで続くことも少なくない。
 口をついて出た感想とともに眉をひそめると、仁王はわざとらしく唇を尖らせた。さらにあざとい。これは全部計算なのだろうか。
 正直言うとそのギャップに私は白旗だったりするって、知ってた?

「お前さんも高校でもテニスすりゃあ良かったんに」
「中学で燃え尽きたからもういいの。んー、協力するって言っちゃったししょうがないか。帰り待っててあげる」
「サンキュ、やっぱ持つべきもんは優しい優しいナマエちゃんじゃね」

 急に名前を呼ばれて小さく動揺している間に仁王はいつかのように私の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。
 衝撃で弁当の蓋に落下した卵焼きを見てようやく我に返った私は、まるで犬猫のような扱いに抗議の声をあげたが、その手の優しさがまんざらでもなかったのは決して言えない秘密である。

§

 開け放たれた図書室の窓からはパコンとボールを打つ音が絶え間なく響いていて、時折口うるさい副部長の声も聞こえて来る。夕陽が目にしみる時間帯だが強豪テニス部の練習はまだ終わらないはずだ。
 図書室の人影はまばらで、勉強に励む生徒や運動部の彼氏を待つ人がちらほら。中学の頃は恋愛事には縁がなく、太陽の光とクレイコートからの照り返しで肌を真っ黒に焼きながら走り回ってはラケットを振るっていたことを思い出し懐かしさに口角が上がった。確か仁王と喋るようになったのはサーブのアドバイスをしてもらったのがきっかけだったっけ。
 気付けばいつだって、夏でも肌の白い狐目を思い出している自分に苦笑を零し、私は再び課題へ視線を落とした。
 真田の「集合!」と言う大きい声と共にインパクト音が止んだ。もうじき部活が終わるのだろう。外は夜の顔をのぞかせ始めている。
 かの詐欺師には終わったら連絡すると言われていたが、これならわざわざスマホが光るのを待つ必要もない。机いっぱいに広げていた荷物をまとめた私は校門へ足を向けた。心なしか、私の足取りは軽い。浮かれていると自覚せざるを得ない状況に陥っている自分がらしくなくて可笑しかった。
 自転車を傍らにスマホを眺めること30分。数人のテニス部員の背を見送ったところでようやく『どこおる?』の短いメッセージを受信した。
 もしかしたら自主練をしていたのかもしれない。勝手に判断するのはダメだなと反省しつつ居場所を伝えると3分ほどして少し息を切らした仁王が現れた。

「お疲れ様。走ってこなくても良かったのに」
「……どんだけ待っちょった?」
「んー、ちょっとタイミングを読み間違えたから30分くらいかな」
「こん暗い中?」
「そりゃあね」

 はあ、と仁王は深いため息を吐いた。何か気に障ることでもしただろうかと首を傾げると、彼の細い指が私の額を軽く弾いた。

「あいたっ」
「わからんって顔じゃの」
「えっ、……もしかして心配してくれたとか?」
「……明日からは校舎内で待っときんしゃい」

 フイと視線を外し、長い脚を動かし始めたのは分かり易い照れ隠しか。ニヤニヤと頬を緩めながら早歩きで追いつけば「何笑っとんじゃ」と再び長い指が額へ伸びてきたのだった。
 まったく、私がマゾに目覚めたらどうしてくれるんだ。なんてね。もう手遅れかな。

「今日は練習終わった後自主練してたの?」
「ん」
「そっか、テニス好きだね」
「……まぁの……ってなんで自主練のこと知っとる?見とったん?」
「ううん。真田の声、図書室まで聞こえるんだもん。テニス部の様子筒抜けだったよ」
「あぁ……あいつは暑苦しいけぇの」

 ケラケラと肩を震わせる私たちを追い越した人影が、驚いたように振り返った。


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